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貯金箱

作者: PP

 家に辿り着くとコンビニ弁当を机に置き、財布から小銭を取り出す。


 男は日課となっている貯金をする為、貯金箱へと小銭を全て入れてしまう。一日千円生活を始めて十年になろうか、慣れたものである。


「ふぅ、クソ上司め……いつか……」


 クシャクシャに皺のよったスーツを脱ぎ捨てると、電子レンジへコンビニ弁当をいれると温めボタンを押す。そのまま冷蔵庫にあるビールを取り出そうとして、男は固まってしまう。


「あー、しまった。きらしてたんだっけか」


 頭をかくと、今夜はどうしても飲まないとやってられないと思い『武士』と白色の漢字で書かれた黒シャツを着るとメンドクサイと思いつつも財布を手に外へ出ようとする。


 が、男は気づいてしまう。


「軽い……中はっ!?」


 茶色の安物財布を開くと、中にはお札は一枚も入ってなかったのだ。給料日は明日、そして小銭は全てこの貯金箱の中へと投入してしまったところである。


「かー、しまった。卸すにしてもまとめて卸さないと損だしな……」


 男は節約というなのセコイ男だった。唯一身長が低い事をコンプレックスにしているので、靴にだけはお金を使うようにしていた。といっても、靴底が高い物を選ぶ程度なのだが。


 そんな男も、今夜だけはどうしても飲みたいという欲求に誘われる。


 そしてついに、男は決断をする。


「苦節十年、お前には世話になったな。が、しかし今日ばかしは俺の為にその役目、終えてくれ」


 それは男が日々小銭を食べ続けた貯金箱という名の守銭奴へと向かって吐かれた台詞であった。黒くドラム型のソレは、たらふく食べ続けた小銭たちで下半身がギンギンに固く、そして重量感を感じ取れる容姿をしていた。それを手に取ると、台所から取り出した缶切りの刃を蓋の部分に食い込ませる。


「この瞬間がたまらんのだよ……くっくっくっ」


 一人テンションがあがり、笑いながら缶切りへと力を込める。しかしその瞬間、ガキリと嫌な音がして押し込む手に予想外の抵抗感が襲ってくる。


「なん……」


 再び力を込めるが、それ以上刃が食い込まないのである。それどころか、何度目かのトライでついには刃部分からピキリという音がなり、缶切りの方がダメになってしまったのだ。


「おいおい、噓だろ? これなら」


 次に取り出したのはトンカチである。ガンッガンッガンッと三度ほど叩いてみるも、その黒いボディが多少変形しただけで壊れる事は無かった。更には音が煩いために、それ以上叩く気にもなれなくなった。


「この貯金箱、なんでこんな頑丈なんだよっ」


 男は何を思ったのか貯金箱を片手に、思いっきり握力で潰しにかかってみせる。


「ぐぬぬううううううううううううううう、ふっ、ふうぅぅぅ、ふうぅううううん」


 力に自信があった男は何を思ったのか鋼鉄の貯金箱を握力で壊しにかかるが、そんな事が人間に可能なわけもなく。


「ぐうああああああああああ、あのクソ上司ぃいいいいいいいいいいいいい」


 そんな人が鉄を握力で壊すなんて、非常識が通用する訳が……。


「クソやろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」


 ペキリ、と黒光る鋼鉄のボディに驚くなかれ、凹みが入ったのである。男は既に錯乱状態だ。ついには黒いソレを両手掴むと圧縮に入る。


「何が上司だあああああああああああああああああああ、バカ野郎っ」


 くわっ、と目が開かれた瞬間、再びべコリと凹みが入る。


 鋼鉄という決して人類が素手で壊すことの出来ない素材を、上司への鬱憤という名のスパイス強度が上回った瞬間だった。興奮しながら、歪んだ顔をしたまま貯金箱を破壊してやろうとするも、貯金箱は多少の凹みをみせただけであった。


 黒く硬い強度を誇るソレは結局、それ以上びくともせずに男の手中で無情にもその存在感だけを示すのである。


 人間、何故自力で戦えなくなった時に暴れるという選択しかできないのだろうか。


 男は両手に握った黒光する、堅くて巨大なソレがこれ以上握力では壊せないとわかった瞬間、唐突に前後へと揺らしだしたのである。


 シャカシャカシャカと小銭たちが中で擦れ合い音を奏でる。男は男で、むきになり理性をうしなったのかフンフンフンと鼻息を荒げ、黒いソレが奏でる音になぞってリズムを奏でる。


 そして揺らしだしたソレは徐々に幅を広げ、ついには股間前から顔の前までと大振りになる……そして時は来る。


「ぐぅうううううううううううう」


 速度を増すシャカシャカ戦法は勝利したのだ。顔前まで振り上げた貯金箱は中身が何度も蓋部分にぶつかり、蓋を破壊して小銭を噴出してみせたのである。


 まさに絶景。ビールを買うために必要な金を得るために多大な労力を使った男は、やりきった顔で一人愚痴る。


「ふぅ……金は少し置いといてもいいかもな」


 貯金を続けて十年、少しは小銭も持とうと思った瞬間であった。

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