94話 闘争という名のデート
レイジと那由他が遺跡風の通路を進んでいると、再び広い部屋に出た。
見渡せば、巨大な獣型ガーディアンが破壊されているのが見える。どうやらこの場所を守っていた防衛用のガーディアンなのだろう。そして部屋の中央には輝く金色の髪をした少女、アリス・レイゼンベルトの姿が。
「――アリス……」
「ようやく来てくれたわね、レージ。もうこっちはウォーミングアップも終わって、待ちくたびれてたところよ。これがデートなら、彼女を待たせた罪で彼氏失格ね」
アリスがほおに手をあて、冗談交じりに文句を言ってくる。
「いや、無茶言うなよ。ほとんど手掛かりがない状況で、ここまで来るのがどれほど大変だと思ってるんだ?」
「もう、そこは美人な彼女のために、死にもの狂いで頑張るところだわ。――フフフ、まあ今回は許してあげる。デートで彼氏を待つドキドキ感を味わえたから。でも次は頑張ってちょうだい!」
アリスは軽い足取りで、レイジのすぐ目の前へと。そしてこちらをのぞきこみながら、楽しげにウィンクしてきた。
もはややり合う前だというのに、いつもと変わらない反応をするアリス。なのでレイジもいつものように応えてやった。
「気を付けるよ。遅れた罰とかで、いきなり斬りかかられても困るしな。っていうかアリスの場合だと、どういう結果でもそうなりそうな気が」
「一理あるわね。先に待っててくれたら嬉しさで。同時なら運命を感じて、その勢いでみたいになるのかしら?」
「ははは、とんだ物騒な彼女だ。まあ、実際オレたちのデートでは特に問題はないか。どうせやることは変わらないんだからな」
あまりのアリスらしい発言に、笑ってしまう。
「じゃあ、そろそろ始めるとするか」
だがすぐさま気を引き締めて刀に手を掛けた。今は急いでいるため、彼女とのなにげない会話はここまでだ。
「あら? もう談笑タイムは終わりなのかしら?」
「ああ、悪いがこっちも急いでるんだ。だからかたらうのは、お互い剣を交えながらにさせてもらうさ。いつものように、な?」
「フフフ、そうね。じゃあ、始めるわよ! この部屋にいるのはアタシとレージの二人だけ! だから存分に闘争という名のデートを楽しみましょう!」
アリスは両腕をバッと広げ、まるで歌うかのごとく声高らかに宣言した。
そう、ここから先の楽しみは二人の闘争劇の中でやればいい。それこそ久遠レイジとアリス・レイゼンベルトのデートであるのだから。
しかしレイジとアリスが不敵な笑みを浮かべていると、急にツッコミが割り込んできた。
「ふー、ぶー、異議ありー! ここにかわいいかわいい那由他ちゃんがいますよー! なぜカウントされてないのでしょうかねー?」
那由多は手を上げ、いない者扱いされていることに抗議しだす。そして両ほおに指を当てながら、おかしいなーといった感じに首をかしげてきた。
「あら、いたの? レージのことしか眼中になくて、あなたがいることに今初めて気付いたわ。――ほんと、空気を読んでくれないかしら。せっかく盛り上がってたのに、水を差すなんて」
するとほおに手を当て、ひどくあきれた感じに苦情をぶつけるアリス。
「あはは、この人は相変わらず癪に障りますねー。それとデートとか彼女とか、変な言い回しをするのを止めてくれません? あなたはただ戦いたいだけなんですから、誤解を招くようなこと言わないでください!」
対して那由多は腕をぶんぶん振りながら、必死に訴える。
「――はぁ……、どうやら軽い愛しか抱けないあなたには、アタシとレージの深淵のごとく深い愛を理解することができないようね。なんだかあわれに思えてくるわ。自身を顧みない、あなたたちヒイラギの愛は……」
どこか悲しげな瞳で、含みのある謎の発言を口にするアリス。
わかることはアリス・レイゼンベルトが柊那由他を、心の底からあわれんでいるということだけ。まるで柊那由他という少女の根底を、すべて見透かしているように。
「――なんなんでしょう……。ひどく貶されてるかと思えば、今度は謎のあわれみを……。――ええい! とりあえず那由他ちゃんのレイジに対する愛が軽いと侮辱した罪は、決して見逃せません! レイジ! 先に行ってください! この女はわたしが引導を渡しておきますので!」
那由他は堪忍袋の緒が切れたらしい。ぷんすか怒りをあらわにしながら、レイジとアリスの間に割って入る。そしてアリスに勢いよく指を突き付け、宣戦布告した。
「わるい、那由他。この相手だけはどうしても譲れないんだ」
そんなやる気満々の那由他を静止して、前に出る。
今回アリスの相手だけはどうしても譲れなかった。レイジの選んだ道を突き進むためにも、彼女との立ち位置をここではっきりさせておきたいのだ。もちろんただ単にこの盛り上がっている最高の舞台で、アリスと闘争を繰り広げたい気持ちもあったのだが。
「フフフ、さすがレージ! ヒイラギナユタ、そういうことだから、この場所にあなたの出番はないの。相手ならまた今度してあげるから、さっさと先に行きなさい。アタシとレージのデートの邪魔よ」
「――ムムム、アリス・レイゼンベルトの指図を受けるのは気に食わないですが、レイジの頼みとあれば仕方ありません。ここは大人しく引きましょう」
レイジの頼みに、しぶしぶ身を引いてくれる那由他。
「那由他、あとのことは頼んだ。さすがにアリスと全力でやり合うとなれば、勝つにせよ負けるにせよギリギリなはず。だから……」
いくらレイジでもアリスと戦えば、おそらくただでは済まない。それゆえ後のことはすべて彼女に任せっきりになってしまうのだ。なのであとは那由多がどうにかしてくれることを信じるしかなかった。
「はい、お任せあれ! ここから先はわたしがなんとかしますので、レイジはなにも心配せず、アリス・レイゼンベルトと戦うことだけに集中してください! では、ご武運を!」
さすがレイジのパートナー。すべてを察してくれたみたいだ。那由多は胸に手を当て、陽だまりのような笑顔で引き受けてくれる。
そして彼女はそのまま駆け出し、アリスの横を通って先へと進んでいった。
「やっと邪魔者はいなくなったわね。これで存分にレージとやり合える……。フフフ、今度は前の時みたいに逃がさないわよ!」
アリスはうっとりとした表情で、背丈程ある太刀を取り出し臨戦態勢を。
「ははは、安心しろ。せっかくアリスとやり合うのにふさわしい舞台が整ってるんだ。だからここからは私情を優先して、最後まで付き合ってやるよ。オレかアリス、どちらかがぶっ倒れるその時までな!」
はしゃぐ彼女に、レイジも刀をかまえ応えてやった。
「――フフフ、そうこなくっちゃ! さあ、レージ! 再び狂おしくも甘美な、最高のダンスを踊りましょう!」
「ああ、ここに一幕の決着をつけよう、アリス・レイゼンベルト!」
レイジとアリスは互いに宣言し、同時に地を蹴る。
そしてここに二人だけの闘争劇が幕を開けた。
次回 柊の少女たち




