93話 剣閃の魔女の力
レイジたちが十六夜タワーから座標移動した先は、アーカイブポイントを守るためにあるセキュリティゾーンのような場所。侵入者撃退用の、戦闘を行うに支障がない広い部屋がいくつもあり、そこを迷路状の通路がつないでいる構造だ。まさしくロールプレイングゲームのダンジョンといった感じである。レイジたちが十六夜タワーから出てきた所も開けた部屋で、ここがセキュリティゾーンなら今ごろ防衛用のガーディアンや、相手側の戦力が出迎えていただろう。
セキュリティゾーンの見た目は自由に設定でき、洞窟や遺跡、城内や近未来風、はたまた白一色といったものまでさまざまなバリエーションがあるのだ。あと内部は必ずある程度の光源が用意される仕様になっており、明るいのである。ちなみに今いる場所は古びた遺跡風の内装であり、壁の方には火のついた松明が等間隔に取り付けられていた。
「やっぱり、そう簡単に先に進ませてくれないよな」
レイジは襲い掛かる敵と戦闘を繰り広げながら、思わずため息をつく。
現在レイジたちは見事に敵の待ちぶせに襲われていた。そのためなかなか先に進むことができず、足止めを食らっている状況なのである。
相手側の集団にはゼロアバターが多く、デュエルアバター使いはあまり見かけなかった。どうやら彼らの中には狩猟兵団が混じっていない。おそらくこの場所がアポルオン側にとって重要なため、部外者の狩猟兵団たちをできるだけ入れたくなかったのだろう。それゆえアポルオン革新派の身内の戦力を集結させできたのがこの部隊。ゼロアバターなのは序列の立場的に、保守派側へ反発を示していることをさとられたくないためかもしれない。こうなると案外楽に片付けられそうだが、あちらは金にものをいわせたであろう強化された銃器やガーディアンを使っているのだ。両方とも使う分にはゼロアバターでも申し分なく戦えるので、少し苦戦を強いられているのであった。
前線で襲い掛かってきたガーディアンとやり合っていると、敵の銃器が一斉に火を噴く。アサルトライフルや軽機関銃など、バリエーション豊かな銃器の弾幕。強化された弾丸を使用しているのでもろに当たってしまうと、ダメージの蓄積がかなりのものになってしまうはず。
「久遠くん! 私が防ぐから、一度下がって!」
結月の声が後方から聞こえたため、即座に後退。
レイジが下がったのを見計らい、結月は氷のアビリティで防壁を。一斉掃射された弾丸は、ぶ厚い鉄の壁にぶつかったかのようにはじき飛ばされていく。
「ゆきちゃん、先にいる敵の戦力の数はわかりますか?」
那由他は結月の氷の防壁に隠れながら、ゆきにたずねる。
「うーんと、四人だなぁ。ここから少し向かった場所に一人、そして最奥に三人。調べた感じ災禍の魔女と幻惑の人形師が、システムをいじくってるみたいだから戦えないと思うよぉ」
ゆきは宙に出したいくつもの画面を操作し、報告してくれた。
「――ふむ、それなら戦力を割いても、ギリギリいけますかね! まずゆきちゃんにはあちらの作業の妨害もかねて、向かってもらわないといけません。なので……」
「ゆきにとっておきの策があるー! だからゆきはここに残るねぇ。後その関係上、ゆづきを護衛に置いといてぇ」
那由多のオーダーに対し、ゆきは不敵な笑みを浮かべながら進言する。
「わっかりましたー! ではゆきちゃんを信じて、先に進むのはわたしとレイジで!」
「ゆきが道を作るから、その隙に先へ進むといいよぉ。じゃあ、いくぞぉ!」
ゆきが前に出ようとした瞬間、氷の防壁を飛び越え一体のガーディアンが。
「おぉ、ちょうどいいところに来たねぇ!」
全長二メートルほどある、ゴーレム型のガーディアンの奇襲。対してゆきが手を前に出すと、ゴーレム型のガーディアンの動きが宙で止まった。まるで見えない強大な力に、全身を押さえつけられているかのようである。
「おらおらぁ、道を開けろぉ!」
ゆきが氷の壁から飛び出したかと思うと、なにかを投げるような動作をする。するとさっきまで宙に浮いていたゴーレム型のガーディアンが、振り回されるかのごとく思いっきりぶん投げられた。
豪快に飛ばされたガーディアンは味方を巻き込みながらも突っ込み、レイジたちが進むべき道の先でようやく止まった。
「よっと、荒っぽいやり方だが、おかげでたどり着けたな」
「あはは、さすがゆきちゃん! さあ、わたしたちはこのまま先へ進みましょう!」
レイジと那由他はゴーレム型のガーディアンがこじ開けた道を一気に駆け抜け、先へ向かう通路にたどり着く。そして彼らの相手をゆきと結月に任し、奥へと進んだ。
「やつらを追え!」
「ふっふーん、お前たちの相手はこのゆきたちだぁ!」
敵がレイジたちを追撃しようとすると、ゆきの静止の声が。
結月はゆきと一緒に彼女のアビリティによって敵の頭上を飛び、レイジたちが進んだ道の前で着地した。
「剣閃の魔女が直々に遊んでやるから、感謝しろぉ!」
子供みたいなあどけない笑みで告げるゆき。
この状況をどことなく楽しんでいるようだ。一見黒いゴスロリ服を着た小さな少女の通せんぼに見えるが、実際は彼女のただならぬオーラが立ち込めていた。もはやその気迫に相手側は思わず、一歩後ずさりしてしまうほど。さすが剣閃の魔女と畏怖されることはある。
「あはは、ゆき、なんだかすごく張り切ってるね」
「まぁねぇ。最近の戦闘ってどれも中途半端な感じだったから、ここいらでスカッとしとこうと思ってさぁ。だからゆづきに見せてあげるー。ゆきの剣閃の魔女の力を!」
ゆきは腕をぐっと伸ばしながら、得意げに笑いかけてくる。
どうやらここで電子の導き手SSランクである、彼女の力を存分に目にすることができるのだろう。
「あんな小さなガキに怯むな! 急いで先に向かった奴らを仕留めに行くぞ!」
「――あ、それを言ったらゆきが……」
敵が士気を上げるため叫んだ言葉に、結月はおそるおそるゆきの方を見る。
なぜなら今、ゆきのキレれたような音が聞こえたような気がしたから。
「ああん、誰が小さなガキだってぇ……。ふふふふふっ、きさまらには相当キツイお仕置きが必要みたいだなぁ!」
にぎる拳を震わせ、もう片方の手で敵を指さしながらブチ切れるゆき。そしてアイテムストレージから八本のきれいに装飾された細身の剣を取り出し、前へ。
それと同時に敵も動く。まずせまりくるは、七体のオオカミ型の戦闘用ガーディアンたち。
「なんだぁ? まずは人形遊びかぁ? ふっふーん、それならゆきも、久しぶりに遊ぼうかなぁ!」
ゆきがパチンと指を鳴らすと四本の剣が一人でに動き出し、そのまま三体のオオカミ型のガーディアン目掛けて飛翔。見事に貫いた。
「制御権をゆきへ! さぁ、残りの奴らを蹂躙しろぉ!」
ゆきが命令した途端、さっきまでこちらにせまってきていた三体のオオカミ型のガーディアンは標的を変え、一緒に襲おうとしていた四体のガーディアンへ牙を向く。そしてどれも一撃で仕留めた後、今度は敵陣へと突っ込み次々と破壊の限りを。
その尋常ではない軌道と爪牙の猛攻は、さっきまで彼らが使っていたのとはもはや別のガーディアン。おそらく電子の導き手SSランクのゆきが、性能を限界以上に引き出し操作しているのだろう。
三体の狼型のガーディアンに今だゆきの剣が突き刺さっているところを見ると、あの剣によって制御権をゆきのものにしているようだ。
「ゆき、これって……」
「ゆづきの思った通りー。ゆきの剣で突き刺した後、改ざんでハッキングして制御権を奪う。そうすればご覧の通り、ゆきの従僕になるってわけぇ」
結月の方を振り向き、楽しそうに説明してくれるゆき。
「今だ! やつを狙えー!」
だがその目を離した隙を突き、ゼロアバターたちはゆきに狙いをさだめ銃弾の嵐を。
彼女がいる限り敵側のガーディアンは奪われ続けたまま。たとえ破壊したとしても、ほかのガーディアンの制御権を奪われ振出しに戻ってしまう。ゆえにまず倒すべきは剣閃の魔女と見定め、全力で潰しに来たらしい。
「ゆき!? 危ない!?」
慌ててゆきの前に氷の防壁を張ろうとするが、彼女は特に問題はないといった感じでさらに前へ。結果、ゆきはみずから押し寄せる弾幕へと。
彼女がハチの巣にされるかもしれないと思わず目を閉じてしまうが、次に目を開けた瞬間驚くべき事態が。
(え? 銃弾がゆきの目の前で止まってる?)
なんとゆき目掛けて放たれた銃弾はすべて、彼女の手前で静止していたのだ。
「おらー、お返しだぁ! 受け取るといいよぉ!」
そしてゆきは腕を勢いよく横に振りかざす。
それと同時に静止していた弾丸はクルリと弧を描きながら、逆走。再び勢いを得て、これから食い破る標的へと襲いかかる。結果、銃器を持ったゼロアバターたちは、瞬く間に弾丸の餌食とかしていった。
しかし敵の追撃は終わらない。ゆきが操るオオカミ型のガーディアンをかいくぐり、六体のガーディアンが突撃を。
「剣よ、舞い踊りて、敵を仕留めろぉ!」
ゆきの掛け声に合わせ、彼女のすぐ後ろに待機していた五本の剣が宙に舞う。そして弾丸のごとく発射され、殺到するガーディアン五体の急所を貫き風穴を開けた。その威力はさっきのとは段違い。操るためのものではなく、相手を確実に仕留めるための攻撃である。
そんな中、残りの一体のゴーレム型のガーディアンがなんとか彼女のもとにたどり着き、剛腕で薙ぎ払おうとするが。
「はい、残念。ばいばーい」
五体のガーディアンを貫いたゆきの剣が、五つの閃光と化して襲いくる巨漢に降り注ぎ破壊し尽くした。
そのままゆきは何事もなかったようにゆうゆうと前進。操っていたガーディアンに刺ささる剣をすべて抜き自分のところへと戻す。よって計八本の剣が彼女のすぐ後ろに浮き、待機していることに。なので次に彼女が攻撃に転じれば、あの八本の剣が縦横無尽に舞い踊り、敵を容赦なく食らい尽くすことになるはず。
「どうしたのぉ? まさかこんな程度で終わりとか言わないよねぇ?」
ゆきは口元に手をやり、クスクスとあざ笑う。
「――なんなんだあのガキは……。レベルが違いすぎる……」
彼女の力量と圧倒的強者のオーラに、敵は怖気づくしかないみたいだ。もはや彼女を小さな可愛らしい少女とは認識できず、ケタ外れの力を持つ魔女としか見えていないのだろう。
「ふっふーんだ、ゆきを誰だと思ってるんだぁ! 世界で五本の指に入る、SSランクの電子の導き手! 剣閃の魔女なんだぞぉ! このくらいできなくてどうするって話だぁ!」
腰に両手を当て、つつましい胸を張りながら宣言する。
「どぉ、ゆづき! ゆきのこの無双っぷりはぁ!」
敵のあまりの怖気っぷりに、気分をよくしたらしい。ゆきは相手側を何度も指さし、はしゃぎながらたずねてくる。
「うん、やっぱりSSランクだけあってすごいね。あはは、私がもうここにいる必要がないように感じるよ。ところでそのゆきのアビリティってどういうものなの?」
今だゆきのアビリティがどんなものなのか検討がついていなかったので、聞いてみた。
八本の剣が宙を自由自在に駆け抜けたり、ガーディアンや銃弾を止めたりもできる。さらには人を宙に浮かして運ぶことさえも。一体どういうからくりなのだろうか。
「ゆきのアビリティは念動力! 物質を思う通りに操作するアビリティだよぉ! だから剣を操ったり、この力を応用して宙に浮くことだってできるんだぁ!」
ゆきはどんっと胸をたたき、自信満々に説明を。
今まで見えなかった力の正体はなんと念動力。これまでこの力で対象を一時的に支配し、自身の思う通りに動かしていたらしい。
「クッ、ゼロアバターやガーディアンごときでは相手にならん。こうなればデュエルアバター部隊で、一気に片を付けに行くぞ!」
「いいけどぉ、結果はあまり変わらないと思うなぁ。ゆきとやり合うなら、最低でもSランクはいなくちゃねぇ」
敵のデュエルアバター使いたちが武器をかまえ押し寄せるのを見ても、ゆきは涼しげな反応を。迎え撃つため八本の剣を、前方に展開する。
「なにっ!?」
だがゆきと相手側のデュエルアバター使いがぶつかるであろう瞬間、巨大な五本の氷杭が敵を串刺しにするといわんばかりに割り込んだ。
氷杭は地面にクレーターを生みながら破壊をまき散らし、標的を吹き飛ばす。
そしてゆきの前に出るのは、氷のアビリティを起動した結月の姿が。
「私だってアイギスのメンバーだもの。だからここからは私も参戦するね」
「おー、ゆづき、やっるー。あのゆきに抱き付いてくる姿とは、比べ物にならないぐらいの頼もしさだよぉ」
「それじゃあもっとかっこいいところを見せて、私への評価を上げないとね! そしたらゆきとの距離も近づいて、もっと愛でさせてくれるかもしれないし!」
そんなゆきの賞賛に、期待に満ちたまなざしを向けながらウィンクする。
「ひぃぃ!? それだけは絶対ないからぁ!?」
すると寒気を感じ取ったのか、顔を引きつらせながら後ずさるゆき。
「あはは、冗談よ」
「――冗談に聞こえないのは、ゆきの気のせいなのかぁ……。――いや、今はそんなことよりあいつらだぁ。二人でちゃっちゃと片付けるよぉ、ゆづき。ゆきの方もそろそろ打って出ないといけないしさぁ」
ゆきは敵に向き直り、真剣な表情でかまえる。
「わかったよ。エデン協会アイギス所属、片桐結月。状況を開始するね!」
気合を入れるためかっこよく宣言し、ゆきと共に戦闘を繰り広げるのであった。
次回 闘争という名のデート




