74話 ルナの誘い
「いや、特に有益な情報は得ていないな。アラン・ライザバレット側にアポルオンの一派がついてるってことぐらいだ」
「うん、アポルオン序列七位、ウェルベリック家側が向こうにいたもんね」
「――序列七位か……。とうとう革新派が動き出したということだな……。ルナ、どうする?」
伊吹はアゴに手を当て思考をめぐらせながら、ルナの方に視線を向ける。
どうやら向こうについてるアポルオン側の一派は、革新派と呼ばれているみたいだ。
「口惜しいですが情報があまりにも少ないため、現状こちらから打って出る手段はありません。ですのでもし私たちが動くなら、まず彼らの計画を暴かないと」
ルナは首を横に振り、目をふせる。
彼女の話からして、アポルオン側はアラン・ライザバレットや革新派の動向をくわしくつかめていないらしい。よってアイギスと同じくしばらくは動けず、硬直状態を続けるしかないのだろう。
「ルナさん。序列二位であるサージェンフォードの権力で、その……、革新派を止めることはできないの?」
「確かに序列二位の力を使えば、少しばかり革新派の動きを封じられると思います。ですがそれが効くのも序列が低い者たちだけ。序列七位などの高位メンバーには、さほど意味をなさないでしょう」
「捨て身覚悟のクーデターみたいなものだからな。今さら保守派がいくら脅しをかけようが、もろともしないだろうさ」
肩をすくめ、苦笑する伊吹。
確かにすでに行動を起こしている今となっては、もう手遅れ。革新派にしてみれば後は勝ってすべてを手に入れるか、負けてなにもかも失うしかないのだから。
「――そっか……。それじゃあ無理だよね……」
「その場合序列七位はどうなるんだ? アポルオンに反する行為をしたから、除名とか?」
「いえ、それはありえません。現在アポルオンの序列はセフィロトが世界の影響力順につけているんです。そのためウェルベリック家の世界の影響力があり続ける限り、彼らは序列を維持できる」
「ようするにその権力をセフィロトに、保障されているということだ、久遠。こちらがアポルオンの権力を振りかざそうとしても、セフィロトがそれを許さない」
「――それって革新派に失うものはないってことじゃ……」
二人のもどかしげな説明に、あっけにとられてしまう。
たとえクーデターが失敗したとしてもその地位が約束されているため、革新派はなにも怖れずに事を進められる。もちろんほかからの風当たりは強くなるかもしれないが、今まで通り事業をやり続けられるなら、大した痛手にならないはず。こうなると力を蓄え、何度でも反旗を翻すことが可能であった。
「ええ、厄介なことにですね……。ただ逆を言えば、革新派がいくらクーデターを成功させても、最上位序列が多くを占める我ら保守派の権力を削ぐのは無理というわけです」
そう、もし革新派が滅びないのなら、同じ原理でルナたちがいる保守派もなくならない。となるとそもそもの話革新派の行動で、今のアポルオンの現状を覆すのは不可能ということ。そう、根源であるセフィロトをどうにかしない限り、意味をなさないのだ。自分たちを道連れに、アポルオンという組織を潰すなら話は別だが。
「確かに。じゃあ、革新派は一体なにがしたいんだ? セフィロトがある限りなにをしても無駄だと思うんだが」
「それがわかれば苦労はしないさ。自分たちの繁栄を約束する、アポルオンそのものを破壊するのは考えにくい。となると幾百の傘下をもつ最上位序列の経済力を、狩猟兵団などを使って片っ端から削ぎ落としていく手はあるが、さすがに難しいだろうし」
ありえない話ではないが、これに関しては難しいといっていいだろう。
世界有数の財閥のアーカイブポイントはどこも、国レベルの防衛網が敷かれている。もはや辺り一帯に私兵や雇ったエデン協会の者たち、電子の導き手を配置し常に警戒態勢。襲撃があった時は出し惜しみなくすぐさま増援を追加するので、セキュリティゾーンに入ることすら難しい。
そのため狙うなら標的の傘下たち。彼らを一つ一つつぶしていけば確かにダメージは与えられる。だが中、上位クラスとなってくると難易度ははね上がり、さらに警戒もされる。なのでそううまくいかない恐れが。
「そういうことなので、革新派がなにを狙っているのかを突き止めなければならないのです。このアポルオンが作ってきた秩序を、これ以上壊させないために……」
ルナは現状に憂いながら、深刻そうにかたる。そしてレイジたちに手を差し出し、問うてきた。
「片桐さん、久遠さん。どうかあなたたちの力を貸していただきたい。お互い協力して、革新派の計画を阻止しましょう」
「うん、さすがに革新派は放っておけないもの。ここはルナさんの力に」
「わるい、その協力はオレ個人としてはできないよ、ルナさん」
結月は乗り気だったみたいだが、レイジ個人としては断るしかなかった。
「く、久遠くん!?」
「ほう、序列二位次期当主である、ルナの誘いを断るとはいい度胸だな。久遠」
結月は予想外の答えに驚愕し、伊吹は眉をひそめて脅し口調で言い放つ。
「――はぁ……、伊吹、そんな脅すような真似やめてください。――それで久遠さん。理由を聞いてもよろしいでしょうか?」
そんな険しい視線を向けてくる伊吹を手で制しながら、レイジの問うてくるルナ。
「オレはアポルオンのためじゃなく、アイギス、いや、アポルオンの巫女のために戦うって決めてるんだ。だからたとえ敵が同じであったとしても、ルナさんたちアポルオンと手を組むとは別の話。――まあ、那由他が協力するっていうならあまり乗り気にはなれないけど、そうするよ」
対してレイジは迷いのない瞳で告げる。
そう、レイジにとってアラン側や革新派は敵だが、それはアポルオン側も同じ。彼らの理想は世界を支配し続けることにつながるため、決して容認できるものではない。レイジやカノン、アポルオンの巫女の理想を掲げるアイギスが目指すのは、その対極の誰もが自由で平穏に生きられる世界なのだから。ゆえにルナの手を取ることができなかった。
「――アポルオンのためには戦えないですか……。どうやらアポルオンのことをあまりよく思っていないみたいですね」
「ああ、さすがに世界を支配して自分たちの思い通りにしてる組織を、擁護はできないかな」
肩をすくめ、素直な感想を伝える。
「――えっと、ルナさん!? 久遠くんはアランさんに少ししか説明を受けていないから、いろいろと誤解があると思うの」
結月は身を乗り出し、慌ててフォローを入れる。
彼女の反応からみて、レイジはなにかを勘違いしているらしい。
「そういうことですか。それではアポルオンのことで、少し補足させてもらってもいいでしょうか? 久遠さんはまだこの組織について、くわしく理解されていないようなので」
「確かに敵対してるアランさんの話だけをうのみにするのは、問題があるよな。頼んでもいいか?」
今思うと、アポルオンについてはアランから聞いたことがほとんど。なのでもしかすると彼の偏見が入っているのかもしれない。だから物事を正確に判断するため、ルナの話も聞いておくべきであった。
次回 アポルオンの真実




