60話 招かれざる刺客たち
結月はアーカイブスフィアが保管してある部屋で、ゆきの護衛をしていた。
だが今の結月にできるのは、ゆきの作業を見守ることだけ。レイジたちを突破して敵が来ない限り、出番はなさそうだ。ゆきが忙しそうに作業をしているので声をかけて邪魔するわけにもいかず、ただ彼女を眺めているしかないのであった。
そんな中、不意にゆきが口を開く。
「あ、これはやばいかもぉ……」
「ゆき、どうしたの? ――ッ!?」
なにやら異変を感じたであろう彼女にたずねた瞬間、突如大気を震わせる轟音が鳴り響いた。その発生源は二か所で、タイミングを合わせたかのように同時。一か所目は三階の通路のどこか。そしてもう片方は。
「天井に穴が!?」
そう、この結月たちがいる部屋であり、なんと天井が突き破られたのだ。
「ゆづきかまえて! 敵が攻めてきたよぉ!」
「ッ!?」
彼女の声にしたがい、結月は瞬時に彼女のもとに駆け寄り氷のアビリティを起動。
ゆきも八本のきれいに装飾された細身の剣をその場に展開し、臨戦態勢とった。
「ゆづきやれるかぁ? 相手はきっと敵の主力。Sランクレベルのはずだぁ」
「うん、ゆきが用意してくれたデュエルアバター、すごく私になじんでくれてるみたいだからいけそうよ。これなら氷のアビリティを惜しみなく使えるはずだし、ゆきの護衛は任せて!」
昨日は急きょ用意したただのデュエルアバターだったが、今は違う。あの剣閃の魔女であるゆきが調整してくれたおかげで、同調レベルが上がっており、アビリティに関しても精度と出力が向上しているのがわかった。なので以前よりも動けるのは間違いなく、そうそう相手に後れを取ったりはしないはず。
「久しぶりね、剣閃の魔女」
二人でかまえていると、天井から二人の人影が下りてくる。
一人はゼロアバターとは違い、いかにも強固そうな鎧を全身に身にまとったデュエルアバター。
そしてもう一人は結月たちと同い年ぐらいの、ぶっきらぼうで人当たりがわるそうではあるが、かなり美人な少女。彼女は粛然とした態度で、結月たちに話しかけてくる。
「――はぁ……、最悪ー。よりにもよってあの女が、あっち側についてるなんてさぁ」
ゆきはうんざりしたように肩を落とし、敵である少女の方を見ていた。
どうやら面識があるらしい。ただそれは仲がいいとかではなく、厄介な敵として。
「ゆき、あの女の子知ってるの?」
「まぁねぇ。あいつはゆきと同じ世界で五本の指に入るSSランクの電子の導き手、名前は」
「クス、初めまして、アポルオン序列十三位次期当主、片桐美月の姉である片桐結月。あたしは幻惑の人形師、リネット・アンバー。以後お見知りおきを」
リネットと名乗る少女は髪をかき上げ、不敵な笑みを浮かべながら自己紹介を。
おそらく彼女がゆきのアーカイブポイント一帯に、改ざん網を張り巡らせている電子の導き手のようだ。まさか相手側にもSSランク、しかもゆきと同レベルの腕を持つ者がいたとは。もはや軍の電子の導き手が手も足も出ないのも、納得というものであった。
「あーあ、この改ざんの手際、ただ者じゃないと思ってたけど、まさか幻惑の人形師とはねぇ。いくらゆきより下! でもさすがにSSランクなだけはあるなぁ」
リネットのただ者ではない雰囲気にのまれていると、ゆきが挑発気味に啖呵を切りだす。
すると彼女も負けじとゆきに言い返した。
「だまれ。あんたは軍に媚を売りまくってるから、あたしよりもランクが上なだけ。本来の実力ならこちらの方が優秀」
「あれぇ、なに寝ぼけたこと言ってるのぉ? お人形遊びが得意なお子ちゃま風情が、剣閃の魔女であるゆきに勝てるはずないじゃん!」
やれやれと肩をすくめながら、あざ笑うゆき。
「なっ!? お子ちゃまってあんたが言う!? クス、ああ、ダメね。毎回性悪お子様にキレるなんてお姉さん的には大人げないと思うけど、しつけのなってないガキには教育が必要よね」
対してリネットはこめかみをぴくぴくさせながらも、ほおに手を当てお姉さんっぽくゆきを見下す。
「くっ、このやろぉ。相変わらずお子様だのガキだの言いたい放題言いやがってぇ。いつもみたいに返り討ちにしてやるからなぁ!」
「それはこちらのセリフ。どちらが上か、今日こそはっきりさせる! 目障りだから、さっさと消え失せろ」
お互いの視線が激しくぶつかり合い、一気触発な空気が辺りを支配する。どうやらこの二人、犬猿の仲といっていいほど仲がわるいようだ。
「――えっと、ゆき。少し落ち着こうよ」
どんどんヒートアップしているゆきに、少しでも冷静さを取り戻させようとなだめてみる。
だがすぐさまリネットの横に立っていた鎧の男が、注意をしてきた。
「やめておけ、片桐結月。剣閃の魔女と幻惑の人形師はまったく反りが合わず、いつも敵味方関係なくぶつかり合っていることで有名だそうだ。そんな二人の間に入ろうとするなら、きっと痛い目に遭うぞ」
「そうなんですか?」
「ああ、だから好きにやらせておけ。どうせ我々は戦う運命。自分としてもこの醜い言い争いの中、剣を抜くのは戦う前の形式美的に大変遺憾だが、我慢するほかあるまい。――さて、あちらもすでに戦闘を開始した頃合いゆえに、こちらもさっさと始めるとしよう。剣閃の魔女に、序列十三位片桐に連なる者よ!」
鎧を着た男は堂々とした宣言と同時に、結月たちの前に立ちはだかる。
(――あちらも? 今の騒ぎで久遠くんたちが駆けつけて来ないということは、もしかして!?)
この騒ぎにも関わらずレイジたちが来ないということは、向こうもなにか問題が起こったということ。爆発音は二か所からだったので、彼らとは別に侵入してきた者がいるに違いない。
「自分はアポルオン序列七位ウェルベリック家次期当主、アーネスト・ウェルベリック! すべては革新派の勝利のため、貴様らをここで排除する!」
剣を鞘から抜いて、並々ならぬ威圧感をまとった鎧の男。アーネストが声高らかに告げた。
そんな彼から発せられるあまりのプレッシャーに、結月は思わず後ずさりしてしまう。
「ヤバイ、あいつただ者じゃないなぁ。ゆづき、わるいんだけど、少しの間あの鎧男の足止め頼めるー? ゆきはその間に幻惑の人形師を仕留めるからぁ」
ゆきもアーネストの実力を見抜いたようだ。
彼女の深刻そうな表情から、彼の力の片鱗がうかがえる。おそらく結月では相手にならないほどの大物。だが自分もアイギスの一員として、むざむざ引き下がるわけにはいかなかった。
「うん、任せて! 少しでも長く、足止めしてみせるよ!」
ゆえに結月は覚悟を決める。氷の剣を生成し、ゆきに気合いを入れて応えた。
「やるぞ、リネット・アンバー。アラン・ライザバレット側の戦力としてその力、存分に示すがいい!」
「クス、言われなくてもそうしてあげる! さあ、幻惑の人形師、リネット・アンバーの舞台の開演よ! 無様に踊り狂えー!」
リネットは手のひらをバッと前に出し、クスクスと小悪魔的な笑みを浮かべながら宣言を。
それを合図にこの場にいる四人の戦いの火ぶたが切って落とされた。
次回 交わる刃と刃




