34話 レイジvs光 決着
抜刀のアビリティ。これはステラさんと同じく、狩猟兵団レイヴンに所属するSSランクの師匠から教わったアビリティ。効果は鞘から刀を抜こうとする抜刀時の極大ブースト。それゆえ抜刀術による一撃必殺を繰り出すためだけのアビリティといってよく、極限まで強化された斬撃はもはや、いかなるものも断ち斬る死閃の刃。その一刀が放たれたら最後、ガード不可避の秘剣と化すのだ。
レイジは抜刀のアビリティをいつでも撃てるように、演算を開始。ここで必要なのはイメージを、アビリティのシステムにくべること。イメージがより強く真に迫れば迫るほど、強力なアビリティを発動できる。ゆえに効果や射程、出力などの事細かなデータ。さらには原理といったその事象に対する理解力などで、イメージをより強固なものへと補完していくのである。ただこの作業はかなりの集中力が必要で、精神的に負担がかかってしまう。なので不用意に連発しすぎるとすぐに疲労し、アビリティを撃てないどころか自己修復やアバター操作にも支障が出て、非常にまずい事態になるのであった。
(あとはこの一刀で決めるだけだ)
瞬時に演算を終え、レイジは刀をにぎる手に力を込めた。
光は水の槍をかまえながら攻めてこようとせず、臨戦態勢を。おそらくレイジが間合いを詰める前に、片を付けるつもりなのだろう。そのためレイジを迎え撃ってくるのは、標的目掛けて自由自在に伸縮する流水の槍。しかも今までで一番強力なやつが来るはず。
実際抜刀のアビリティは強力な一撃必殺を繰り出せる、なかなか高位のアビリティであるが一つ大きな弱点が。それは抜刀するため、一度鞘に刀を納めなければならないこと。これにより相手に、必殺の一撃が来るタイミングを教えてしまうことになるのだ。
「そろそろ行くぞ!」
「どうぞ来てください。こちらの最大級の一撃で迎え撃って上げましょう!」
光が水の槍に力を込めた瞬間、レイジは地を駆け疾風のごとく特攻。
その直後いかなるものも貫き通す流水の槍の閃光が、レイジ目掛けて放たれた。せまり来る水の刃は予測した通り、これまでで一番の速度と威力を兼ね備えているといっていい。
鞘に納めた刀を、レイジは射線上に割り込ませるように突き出す。なんとこれで彼女の一撃を受け止める気なのだ。一歩でも読み間違えれば、対処どころかもろにくらってしまう危険な賭け。だがこの攻撃を真っ向からしのぎ切れば、最短距離で光にたどり着ける。
(そこだ!)
そして鞘に納められた刀と流水の槍が激突。強い衝撃が襲ってくるが、レイジはそのまま流れに身を任せるかのように鞘をひねり、矛先を受け流した。おかげで肩をかすめる程度で被害を抑えることに成功し、すかさず抜刀を放つ態勢へ。後は渾身の一撃を操り出し、隙ができているであろう光を斬り伏せるだけ。
「ッ!?」
だがレイジの計画通りに事は進まない。
攻撃が失敗に終わってすぐ、光はレイジに向かって疾走していたのだ。動きに一切の迷いがないところを見ると、初めからこうする気だったらしい。
(今のは囮か!?)
「アハハ、今度は防ぎきれますか? 流水の槍よ!」
一撃目はレイジを油断させ、完全に抜刀の態勢をとらせる罠。本命はギリギリ距離を詰め、狙いをさだめての二撃目。
さすがにこれを対処するのは不可能。受け流すのも、かわすのも光が距離を縮めたせいで対応しきれない。しかも一撃目よりも強力ときたものだからなおさらだ。
この必殺の一手をどうにかするには、抜刀を光ではなく水の槍に撃たなくてはならない。しかしそうなってしまうと、抜刀後の直後を狙われることになってしまう。
(ッ!? ギリギリだがやるしかない! 追加、演算開始!)
「叢雲流抜刀陰術、三の型、無刻一閃!」
レイジは即座に追加の演算をこなし、襲いかかる水の閃光に奥義を放つ。
SSランク死閃の剣聖こと、師匠に教わった絶技を。
「え!?」
光は今目の前で起こっている出来事を把握できていないのか、唖然と口を開いた。
驚愕は今の攻撃を防がれたからではなく、きっとレイジが打った次の手によるもの。なにが起こったかというと、レイジが抜刀しようと鞘から刀を抜きかけた瞬間、駆ける速度が一気に跳ね上がったのだ。そのスピードはもはや彼女よりもはるかに速く、二人の距離はまたたく間に縮められていく。
光にとっての問題はただレイジが加速しただけではない。そう、今も水の槍をまるで空気を裂くかのごとく斬り進み、せまる刃が一番の問題。現状レイジの刀の刃は鞘からまだ半分ぐらいしか抜かれていなかった。さっきまでなら刃がすべて抜かれきったとしても光には届かなかったが、急激に距離を詰めている今だと振りおえるころにはその斬撃の射程内に入ってしまう。
この急激な加速は抜刀のアビリティにあらかじめ組み込まれている、プログラムによるもの。実は抜刀時のブーストの対象になるのは斬撃だけでなく、様々な部分に瞬間的な強化を付加できるのだ。そのため今回は斬撃のブーストプラス、間合いを詰めるために必要な速度の方にもブーストをかけていた。ただ追加のブーストは抜刀のアビリティの性質上、アビリティを実際に起動してからのわずかな時間だけなのだが。しかも通常の抜刀のアビリティ時の演算だけでなく、追加で複雑な演算を済まさないといけない。これに関しては抜刀時の斬撃強化がメインであるはずなのに、他の部分まで強化するのは都合がよすぎるとアビリティの規範上、追加のコストを払わされるから。なので通常は精神力の温存のため、斬撃のブーストだけで済ませているのであった。
「う、嘘ッ!?」
とっさに光は持っている槍を手放し、再び水の槍を生成して防ごうと。さすがに双剣の技量ではレイジの斬撃に対応しきれないと、踏んだのだろう。そのおかげもあってかギリギリ刀の軌道に槍を割り込ませることに成功していた。
「え!? そんな!?
しかし抜刀による斬撃は、その槍を造作もなく断ち斬った。それはまるでバターをナイフで切るかのように滑らかであり、刃はそのまま光の首元へと吸い込まれていく。
いくら強度があるとはいえ所詮は水であり、普通の武器より少し上程度。レイジの刀みたいに高位の電子の導き手の強化を受けていなければ、この抜刀のアビリティによる斬撃を武器で防ぐことなど不可能だ。
「もう、オレの勝ちでいいよな? 光」
レイジは抜刀した刀を光の首筋に触れる直前で止め、勝利宣言をした。
「――たとえ今の一撃を受けたとしても、まだ勝負はついていませんでしたよ」
光は冷や汗をかきながら、抗議してくる。
「だろうな。けど状況はこちらが一気に有利になったはずだろ。そうなれば遅かれ早かれ強制ログアウトされるのは光だ」
「クッ、そうですね。さすがに抜刀の一撃をもろにくらえば、大ダメージだけでなく破損個所もでていたはずですし、負けていたかもしれません……。――わかりました。降参です」
レイジの正論に対し、光は目をふせ悔しそう負けを認める。
こうしてレイジと光の戦いは、幕を閉じるのであった。
お互い臨戦態勢とき、自然体へと。
「でも、レイジ先輩。ここで本当にワタシを倒しておかなくていいんですか?」
刀をアイテムストレージに片付けていると、光がひょっこり顔をのぞかせながらたずねてくる。
「いや、さすがにこの状況で、かわいい後輩を斬るわけにはいかないだろ。今はまだ明確な敵同士じゃないんだし、それはまた今度、仕事でぶつかった時にでもとっておくよ」
「うっ、可愛いって!? ――いえ、そうではなくて、ここでワタシを討っとかないと、後々面倒なことになるかもしれませんよ?」
光はほおを染めあたふたしだすが、すぐに落ち着き取り戻し事実を突きつけてくる。
確かにここで彼女を逃がすのは、エデン協会の者として得策ではないのかもしれない。ただでさえ狩猟兵団の集団がなにやら行動を起こそうとしている今、三日間とはいえ彼女ほどの戦力を削れるのは大きいはず。しかしレイジとしては可愛い後輩であり、しかも明らかにこちらに非があるということで、できれば倒したくなかった。
なので次はないというように、宣言だけしておくことに。
「その時はその時だ。敵として戦場で会ったなら、手加減はしない。たとえアリスや他のレイヴンメンバーだったとしてもだ」
「――わかりました。ではお言葉に甘えてここは見逃されておきます」
光は聞き分けてくれたみたいで、静かに一礼してくる。
「――さて、そんなことよりも強くなったな、光。あまりの成長っぷりに、これから追い抜かされるかもしれないって心配になるほどだぞ」
堅苦しい話は終わりだと、昔みたいに光の頭をなでてやりながらほめてやった。
「アハハ、ありがとうございます。レイジ先輩を見返してやろうと思って、頑張ったんですから!」
すると光はえへへと口元を緩め、胸元近くで拳をグッとにぎりながら無邪気にアピールしてきた。
「ははは、戦闘技術に水のアビリティ、おまけに改ざんまで。たった一年でここまでとはほんと末恐ろしい奴だ。元教育係として鼻が高いよ」
「――も、もしずっとレイジ先輩が教育係だったら、ワタシを成長させた立役者として後々盛大に言い広めてあげたんですけどね」
視線をそらしながら、テレくさそうに伝えてくる光。
「ははは、それは残念だ」
「――ええ、ほんと残念です……」
光はそうであったならどれほどよかったと、切実につぶやく。
そしてレイジからそっと離れていき、宙に画面をだしてなにやら操作しだす。
「レイジ先輩、連絡先の交換をお願いします。ハイ、これ今のワタシのです」
光は自身の連絡先を表示した画面をレイジに向けてきた。
「――どうしてもか?」
「ム、いやなんですか?」
気乗りしていないレイジに、光はほおを膨らませる。
「いや、光ならいいんだが、これ、絶対アリスに渡るだろ。そうなるとあいつのことだから、事あるごとに電話をかけてくると思うんだが……」
実のところそうならないようにレイヴンを出てすぐ、連絡先などもろもろ変更しておいたのだ。なので出来ればアリスにバレてほしくないのであった。
「今まで散々ほったらかしてきたんですから、お話ぐらいいいじゃないですか。それにワタシだってレイジ先輩に話したいことがいっぱいあるんです! だからつべこべ言わず、さっさと教えてください」
光はレイジに詰め寄り、圧をかけてくる。
その断れそうにない勢いに、仕方なくレイジの連絡先を教えてやることにする。
「――はぁ、仕方ない。光にはいろいろ迷惑をかけたから、今回は特別だ。ほれ」
「ヤッタ! レイジ先輩の連絡先ゲット!」
ガッツポーズをとりながら、はしゃぐ光。
「――あ、そうだ、レイジ先輩。明日ぐらいにアリス先輩と直に会ってくださいね。場所とかはワタシがセッティングしておくので!」
そして彼女はウィンクしながら、とんでもないことを告げてきた。
「おい、連絡先の件は妥協したが、さすがにそれは無理だぞ」
「アハハ、問答無用です。もし来てくれなかったら、レイジ先輩が所属するエデン協会の事務所にアリス先輩と乗り込みますから!」
光は満面の笑みで恐ろしいことを言ってくる。
どうやらこの話も受け入れるしかないみたいだ。これは予感だが、那由他とアリスが顔を合わせるのは非常に危険な気が。それは危ない意味ではなく、主にレイジの精神的負担の方。もはやめんどくさい言い合いが勃発するのが、目に見えていた。
「――あー! わかった。わかったから、それだけはマジでやめてくれ」
「アハハ、これでアリス先輩にレイジ先輩を説得してもらえます」
「クッ、それが本当の狙いだったか……」
「ハイ、レイジ先輩には戻って来てほしいですからね。後はすべてアリス先輩にお任せします。ワタシでは無理でしたが、アリス先輩ならきっと……」
光は瞳を閉じて自身の胸をぎゅっと押さえながら、想いをはせる。
その予想は確かに的を射ていた。そう、レイジをレイヴンに戻せるのはおそらくアリスだけ。彼女に戻ってきてほしいと言われたら、レイジは。
「――光……」
「――と、いうことでサヨナラです、レイジ先輩。あと結月さんもまた今度。では!」
そして礼儀正しくお辞儀し、去っていく光なのであった。
次回 結月の暴走?




