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電子世界のフォルトゥーナ  作者: 有永 ナギサ
1章 第2部 電子の世界エデン

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32話 レイジvs光


「あれ? 光ちゃん?」

 緊迫(きんぱく)とした空気が流れる中、急に結月がひょっこり前に出て口を開いた。

「――うっ、やっぱり覚えていらっしゃいましたか、結月さん」

 すると光は気まずそうに視線をそむけながら答える。

 どうやら二人は面識があるらしい。まあ、片桐も西ノ宮も世界屈指の大財閥であるので、どこかでつながりがあるのだろう。

「結月、光のことを知ってるのか?」

「うん、私の妹とすごく仲が良かった子なの。妹が言うには身分違いの恋をしたらしく、西ノ宮家の次期当主の座をかなぐり捨てて、かけ落ちしたとか言ってたっけ」

 結月はアゴに指を当て、説明してくれる。

「はあっ!? 美月みつきのやつ、なんてことを! ――ご、誤解ですからね、結月さん。ワタシのはただの家出みたいな感じで、今は狩猟兵団レイヴンに所属してるんですから!」

 光は驚愕(きょうがく)の顔を浮かべた後、腕をブンブン振りながら必死に訂正しだす。

「――やっぱりそうだったんだ。ごめんね、光ちゃん。美月、その駆け落ちの話をストーリ―付きで(こと)(こま)やかにかたりまくってたから、かなり広まってると思う……」

 目をふせ申しわけなさそうにする結月。

「え? もしかして例のパーティとかでも……?」

「――あはは……、ど真ん中でみんなに語り聞かせてたね……。しかもその話に東條冬華さんが大声で絶賛して、みんなに同意を求めてたからすごく注目を浴びてたよ」

 話の流れからして、結月の妹はなかなか愉快な女の子のようだ。いや、この場合Sっ気があるといった方がいいのか。それと冬華のことを聞いて、容易にその場面を想像できた。彼女の性格からして芝居(しばい)がかったようにはやしたてていたに違いない。そのせいで光のうわさは、きっとすみずみまで行きとどいているような気が。

「……おわった……。もうワタシ、あそこに顔見せできない……」

「だ、大丈夫よ、光ちゃん。美月にはきつく言い聞かせて、なんとしてでも訂正させるから、ね!」

 がっくり落ち込み(ひざ)をつく光に、結月は優しくほほえみながらさとそうと。

「――うぅ、結月さん。ありがとうございます……」

 すると光は目をウルウルさせながら、すがるように感謝の言葉を口に。

 気づくとなにやらいい感じに場の空気がなごやかになっていた。なのでレイジは手で制しながら、少し申しわけなさそうに話へ割り込む。

「えーと、なんだ。話がまとまったところで悪いんだが、オレたち急いでるんだよ、光。だから今度、改めて話そう」

「――あ、すいません、お引き止めしちゃって」

「いや、気にするな。それじゃあ、オレたちはもう行くから」

 手を上げて、別れを切り出す。

「ハイ、ではまた今度。さよならです、レイジ先輩、結月さん」

 対して光は礼儀正しくお辞儀し、それからきびすを返してこの場から去ろうとする。

「アハハ、そんなわけないでしょーが! なに考えてるんですか! レイジ先輩!」

 だがそれもつかの間、すぐさま振り向きするどいツッコミを入れてきた。

 いい感じに誤魔化せたと思ったが失敗したようだ。

「チッ、ダメだったか」

「帰るはずないでしょ! ワタシはレイジ先輩を倒しに来たんですから! なので結月さん。ちょっと手を出さないでくれますか? ワタシこの人にものすーごく、個人的な用があるので!」

 レイジを指さし、恨みがましい視線を向けてくる光。

「――えっと……、久遠くおんくん。どうしよっか?」

「光の言う通りにしてやってくれ。ここからはオレとあいつの問題だからさ」

「そう? わかったよ」

 結月は空気を読んでおとなしく下がってくれる。

「――一年ぶりか。光とこうやって、顔を合わすのも」

「ハイ、レイジ先輩がみんなに別れを告げず、レイヴンを出ていった以来ですね」

 非難するように言い放ってくる光。その口調から明確な怒りが感じられた。

「――うっ、あの時はオレにもいろいろあってだな……」

 頭をかきながら、弁解するしかない。

 そう、レイジがレイヴンを出ていったあの日。レイジが抱いていた迷いについて、レイヴンの社長であるウォードにさとされたのだ。このままでは自身の抱く想いの矛盾に、前へ進めなくなると。そこでレイジは、ウォードに勧められたようにレイヴンを出ていくことを決めた。ただみんなに別れを告げようとせずに。なぜならもしあの場でアリスに会ったならば、きっと決心が揺らいでしまう自信があったから。

「それでも一言ぐらいあっても、よかったと思うんですが?」

「えっと……、怒ってるか……?」

「当然! こっちにしてみれば教育係の先輩に、訓練とかそのほかもろもろすっぽかされたんですよ!」

 おそるおそる質問してみると、光は腕を組みながらぷんすか文句を口に。

「あー、そういえば光の教育係だったことをすっかり忘れてたな……。だから引き継いでもらう後任の話とかもまったく……、ははは……」

「アハハ、あのいい加減なレイジ先輩のことだから、そんなことじゃないかと思ってましたけど、まさか的中とは……。泣いて謝るならまだ許そうと思ってましたが、これはもう無理! マジでぼこぼこにしないと気が済まない!」

 こぶしを震わせ、怖い笑みを浮かべる光。そして光は()き通った槍を取り出し、レイジの方へ突きつけてきた。

 どうやら今の発言で、彼女の怒りはとうとうピークに達してしまったらしい。

「――光、本来ならお前の気が済むまで、やられる場面なのかもしれない。だけどアラン・ライザバレットがこの日本に来てる状況下で、強制ログアウトのペナルティーを受けてる暇はないんだ。だから……」

 実際この件に関してはレイジがわるい。せめて教育係として、光にはきちんと説明して行くべきだった。ゆえに光には思う存分、レイジに怒りをぶつける義務がある。そしてレイジはそれをすべて受けていいとさえ思っていた。

 だが今は無理なのだ。アラン・ライザバレットや狩猟兵団の者たちが押し寄せて来ているこの緊急事態の今は。そう、エデン協会アイギスに所属する者としてこの大事な時に、三日間クリフォトエリアに入れないのは非常にまずい。よってレイジはここで強制ログアウトするわけにはいかず、刀を取るしかなかった。

「一方的にやっても後味が悪いので、ぜひそうしてください。あと先に一つ忠告しておきますが、本気でかかってこないと痛い目に()いますよ? 以前の新人のころのワタシと思ったら大間違い! アリス先輩の地獄の特訓で、レイヴンの幹部クラスにまで上り詰めたんですから!」

 そんなレイジの交戦の意思を見て、光はどこかうれしそうに宣言を。

「ははは、それは楽しみだ。――いいぞ、どれだけ成長したか見てやるよ。元教育係の俺が、責任を持ってな」

 レイジも刀を(さや)からき、負けじと言い返す。

 なんとなくだが彼女は全力のレイジと、戦いたがっている気がしたのだ。今まで鍛えてきた力で、レイジを見返してやりたいと。なのでその意を()んで、全力で相手してやることにした。もちろん今の彼女の実力なら、存分に楽しめるだろうという思いもあったのだが。

「狩猟兵団レイヴン所属、西ノ宮光!」

「エデン協会アイギス所属、久遠レイジ!」

 光が気合いを入れようとしてか名乗ったので、レイジも名乗り返す。

「いきます!」

「いくぞ!」

 そして戦闘の火ぶたが切って落とされる。

 光は掛け声と同時に、地を()り全速力で突っ込んできた。

 ()き通った槍を構え砲弾のごとく突撃してくる身のこなしは、さっきレイジが戦った第一世代の槍使いと比べ物にならないほどの速さと技量を兼ね備えている。そのスピードはもはやレイジよりも上。ゆえに距離を一瞬で詰められ、(またた)きする間もなく光の間合いの中に。

 繰り出される槍の一撃。速く正確であり、放つタイミングも絶妙。もしこれが並のデュエルアバター使いであったなら、槍の軌道を予測する間もなくつらぬかれていただろう。

 レイジはその一撃をこれまでつちかってきた戦闘経験で、軌道を即座に見極め刀ではじく。武器同士のぶつかり合いに火花が飛び散り、鋭い金属音が響いた。光の初撃はさすがに受け流してのカウンターをできるほど、なま優しいものではなく防ぐだけで精一杯であった。

 最初の攻撃を対処したのもつかの間、すぐさま光は二発目、三発目を放って連撃を。どれも(くう)を切り裂き、標的を串刺しにするといわんばかりの突きの猛攻。それが止まることなくレイジに襲い掛かる。

 レイジはそれらすべてをはじき返して見せるが、なかなか反撃のタイミングがつかめない。こちらは刀で相手は槍。武器の射程範囲だとレイジ側が不利であり、攻撃しようものならまず間合いを詰めなくてはならない。もう少し甘い攻撃ならば問題なく間合いを詰め、斬りせることができただろう。しかし光の修練された槍さばきとなるとそうそううまくいかず、被弾覚悟で飛び込まないといけないようだ。

「どうしました? レイジ先輩! さっきから受けてばっかですよ。アハハ、もしかしてレイヴンを出ていって、腕がなまっちゃいましたか?」

「ははは、まだまだ始まったばかりだろ。そうあわてるなよ」

 光の挑発を軽く流しながらも、冷静に現状を分析する。

(――狙いは反撃時の隙ってところか……)

 そう、この状況は光自身、レイジが反撃するのを待っているとみるべきだ。光にとってレイジは教官のようなもの。よってその強さは彼女自身が十分理解しており、このぐらいの攻撃ではまず倒せない。となると光の勝機はいかにレイジの隙をつくかということ。なのでレイジが隙を生むであろう反撃のその刹那こそが狙い目であり、この攻撃は反撃を誘う罠である可能性が高かった。彼女は(さと)い少女で敵の分析は欠かさず、攻撃も様々な戦略を立ててから行う知的派の戦闘スタイル。ゆえにこのような防がれるのが目に見えている攻撃を、何度も放つはずがない。

 そしてこの状況下でレイジに後退の選択肢はない。致命的な隙になるのが目に見えているし、そもそも光が距離を空けるのを許してくれるはずがないのだから。おそらくこの戦況を振り出しに戻させないためにも、どこまでも追撃しこの距離をたもってくるはず。たとえ振り切ろうとしても、速度で負けている以上不可能。となると残る選択肢はただ一つ。相手がレイジの反撃を狙っているのなら、あえてそれに乗ってレイジを仕留める一撃に生まれる刹那の隙をつく。なので光が繰り出すよりも早く、レイジの(やいば)をたたき込む必要があった。

(少し危ない()けだが、やるしかないか。オレの全力全開の一撃で一気に片をつける!)

 刀で槍を受け流し、そのまま反撃に打ってでる。あくまで初動は彼女の必殺の一撃を誘う罠としての動作。案の(じょう)光は好機だと、連撃を止め瞬時に重い一撃へ切り替える。そのためわずかだが大振りに。

「そこだ!」

 レイジはすべての動作を一気に加速。 そう、これが全身全霊、レイジが今まで力を求めて磨き続けてきた剣技。光が反応する間もないぐらい、どこまでも速く正確無慈悲の死の刃。

 一瞬で間合いを詰め放った渾身(こんしん)の斬撃は、光が攻撃を繰り出す前に彼女の身体へと吸い込まれていく。

 だが。

「ッ!? まだです!」

 刀がはじかれる金属音が鳴り響いた。どうやらレイジの放った(やいば)は光に届く寸前、槍で軌道を()らされたようだ。

 すかさずレイジは二撃目の太刀を。しかしそれも防がれてしまいさらに追撃を加えようとするが、光は後方に跳躍し距離をとった。

「ほう、今の攻撃をしのぐとはやるな、光」

「ふぅ、さすがレイジ先輩。こちらの裏を読んで、逆に仕留めてくるなんて……。危うくやられるところでしたよ……」

 一歩後ずさりながら、一息つく光。

「悪くない作戦だったが、まだまだ詰めが甘い。及第点ってところだ」

「ふん、さっきのはあいさつ程度の小手調べ! ここからが本番なんですから覚悟してください!」

 一瞬気後れする光であったが、すぐさま己に喝を入れ闘志を燃やしだす。

「なら、そろそろウォーミングアップは終わりということで、本気で行かせてもらうぞ。いいか?」

 そんな彼女に挑発を込めて、試すようにたずねてやった。

「アハハ、それはこちらのセリフですよ、レイジ先輩。さあ、ワタシのアビリティをとくとご覧に見せましょう!」

 光は透き通った槍をその場で器用にクルクル回し、言い放つ。


次回 光のアビリティ

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