30話 アーカイブスフィアとメモリースフィア
「それにしても久遠くんってすごく強いんだね! アビリティなしであそこまで圧倒してたし、使ったら使ったでもう敵なしって感じだったよ!」
結月がレイジの方に駆け寄り、はしゃぎ気味に感想を伝えてくる。
「まあ、オレはガキのころからずっとこの戦場で戦い続けてきたからな。だからオレなんかよりも、初の戦闘であそこまで華麗に決めた結月の方が称賛ものだ」
「うーん、でも私の場合、初めはいい感じに決められたけど、最後にかっこ悪いところを見せちゃったからなぁ」
結月は頭をかきながら、苦笑する。
どうやら第二世代の少年が結月に攻撃してきた時のことを、気にしているらしい。
「いや、最後の奇襲にもちゃんと対応してたし、結月の腕はオレの予想をはるかに超えてたよ」
「うんうん、ゆづきはよくやったぁ。あとはゆきが用意したデュエルアバターさえ受け取れば、もう万全だぁ! きっとそこの戦うことしか能がない、バカを倒すことだって、夢じゃないはずだもん!」
ゆきがワシのガーディアン越しに、なにやら豪語してくる。
彼女に少し反撃したいが、今は結月をほめている場面。なのでここはあえてスルーすることにする。
「ははは、確かに急ごしらえのアバターで、あそこまでやれるからな。これだと普通に、Aランク上位レベルの力量と言っていいぞ」
腕を組み、うんうんとうなづく。
「あはは……、二人とも褒め過ぎよ……。勝てたのだってアビリティがただ単に、強力だったからだしね」
二人にべた褒められ、髪をいじりながらはにかんだ笑みを浮かべる結月。
「それでも十分使いこなせていた事が一番大きいさ。一体どうやってそんな高位アビリティを手に入れたんだ?」
一番注目するところはそこ。あのレベルのアビリティとなると、そこいらの人間が設定できるものではないはず。それがただの学生の結月ならなおさらだ。きっと高位クラスの電子の導き手が、かなり力を入れて作らないとできない代物だろう。
加えてアビリティを起動する時は、その種類によって演算のやり方が大きく異なってくる。なのでいくら強力なアビリティを手に入れたとしても、使用者との相性が合わなければ発動せず、使いこなすにもその演算に慣れなければいけなかった。だというのに結月は初めての戦闘にもかかわらず、慣れた手つきで氷のアビリティを自由自在に操っていた。まるで本来必要なはずの演算を、そこまで必要としていないかのようにだ。
「――えっと……、くわしくは教えられないけど、かなり特別なものとだけは言えるね……」
結月は視線をそらし、言葉をにごす。
おそらくレーシスが話していた、あるメンバーという言葉にその鍵があるのだろう。
「なるほど……。まっ、なにはともあれお疲れさん。結月の実力なら、これからはだいぶ楽ができそうだ。今までは人手不足で正直きつかったからさ」
「――そっか……、今まで久遠くんと那由他の二人だけだったんだよね……。それじゃあ、不肖ながら片桐結月、二人の負担を少しでも減らせるように精一杯頑張るから!」
結月はアゴに指を当て、静かに目を閉じる。そして意を決したように見開き、胸に手を当てながら力強く宣言した。
どうやらレイジたちの苦労を想像し、自分も力になりたいと思ってくれたのだろう。
「おっ、頼もしいな。じゃあこれからは貴重な戦力として、当てにさせてもらうぞ」
「うん、期待しててね!」
快くうなづき、ウィンクしてくる結月。
これでレイジが結月に対して抱いていた不安が、完全に解消されたといってよかった。戦力としては申し分なく、性格も那由他と違っていい子すぎる。もはや彼女は、レイジがアイギスの新しいメンバーに欲しかった完璧な人材そのものであった。
「二人とも、少しその場で待機しといて」
心の中で感動していると、ゆきがどこか緊張した趣で伝えてくる。
その様子からして、なにかあったのかもしれない。
「あれ、どうしたんだろ?」
「わからん。だがとりあえず、ゆきの指示にしたがった方がいいな」
「――そうだ。今のうちにあのメモリースフィアを回収しとかないと」
結月は思い出したかのようにポンと手を合わせ、近くにあったキラキラ輝くビー玉サイズの球体を拾う。
メモリースフィアとアーカイブスフィアは、アイテムストレ-ジに入れられないアイテムのようなもの。なので持っている者がログアウトすると、その場に取り残されてしまうのだ。そしてどれだけその場所に放置されようとも、ずっとその場に残り続けるのである。また壊すこともできないので、中身のデータが敵に渡る前に潰すという方法がとれなかった。
「へぇ、これがあの有名なメモリースフィアか」
物珍しそうに眺める結月。
メモリースフィアとはアーカイブスフィアと同じ共有用データの保管を目的に作られたものだが、一つ大きな違いが。アーカイブスフィアはデータの保管だけでなく、管理をもこなす記憶端末。ようは一般の活動団体や会社員、軍人といった者たちが自分たちの組織のデータに権限のレベル分アクセスし、閲覧や仕事をこなさせるといった働き。サーバーの機能をも有している。しかしメモリースフィアにはそのサーバーの機能がなく、ただコピーしたデータを保管することに特化した存在なのだ。
メモリースフィアはクリフォトエリアだけのシステムであり、とある理由からデータを奪う側と守る側が争う火種の一部になっていた。
「結月は実物を見るのは初めてなのか。まあ、クリフォトエリアでしかないから、普通の人が見る機会なんてそうそうないか」
「うん、さすがにただの学生には縁がなさすぎる代物だもの。でもメモリースフィアみたいなクリフォトエリアに関しての重要なことは、軽く授業で習ったりするよ」
「ははは、まさか授業に出るほどとは……」
「普通に過ごしてる私たちにとっても、決して他人事じゃないからね。それに第二世代ならなおさら、クリフォトエリアでの仕事をする機会が増えてるもの」
「それもそっか。ほんとパラダイムリべリオンの影響は、とどまることを知らないな」
「あはは、九年前のあの事件以降、世界はどんどんおかしくなっちゃってるよね」
あまりの世界の変わりように、結月と苦笑し合う。
「――ははは、すべてはエデンにあるすべてのアーカイブスフィアが、触れるだけで中のデータを好き放題できるクリフォトエリアの仕様に変わったのが始まりだ」
クリフォトエリア用の仕様。それはアクセス権限を持っていなかったとしてもアーカイブスフィアそのものに触れてしまえば、誰もが最高レベルの権限を持った状態で閲覧、改ざん、削除といった操作を自由にできるというもの。そして今エデンにあるすべてのアーカイブスフィアが、パラダイムリベリオンの影響でこの仕様になっていたのだ。これにより今まで裏の仕事をする者たちだけにしか関係のなかったリスクを、アーカイブスフィアを所有するすべての人々が受けることになってしまったのである。
ゆえにその時からセフィロトの絶対的なセキュリティーによる秩序が意味をなさなくなり、人々はみずからの手で自身のデータを守るために戦う世の中へと変わっていったのであった。
「そのせいで保管区ゾーンの管理が完璧じゃなくなり、どこも自分たちのデータを守るためこのエリアに来る羽目に。結局、それがきっかけで狩猟兵団やエデン協会が生まれて、データを奪い合う世界が当たり前になったもんな」
アーカイブスフィアはアイテムストレージに入れられず、保管する場所も決まっていた。その場所こそメインエリアのあちこちに用意されている、アーカイブスフィアを預けておく銀行のような施設、保管区ゾーン。ここに預けることでアーカイブスフィアはサーバーとしての機能を発揮できるようになり、ほかの者が権限を与えられた分アクセスできるようになるのである。ちなみにクリフォトエリアにあるアーカイブスフィアに関しては、常時サーバーの機能がオンになっている仕様であった。
そんな保管区ゾーンだが、もともとアーカイブスフィア自身のセキュリティが完璧であったので、施設内はガバガバ。セキュリティの類はほとんどなく、中を自由に行動できたのであった。よっていくらでも他者のアーカイブスフィアに触れられる機会があり、パラダイムリベリオン後は大パニックに。しかしこの問題は軍や白神コンシェルンなどの公正な機関に、施設内の警備を任せることで一応解決することになる。その守りは実際のところかなり強固で、いたる所にセキュリティ用の壁や、警備用のガーディアン、さらに警備の人員まで配備するというもの。もはやどこぞの要塞みたいな感じになっているといっていい。これらの要因のおかげでこれまで通り安心して預けられる形となっており、普通の企業や民間事業はアーカイブスフィアの管理を、保管区ゾーンにすべて任せっきりにしているのが現状。
しかし警備側の裏からの手引きや、改ざんの力でその強固な守りを抜けてくる恐れなどの不安も。そのため政府や上位クラスの企業、財閥たちは、データを奪い合う戦場の無法地帯クリフォトエリアにアーカイブスフィアを持っていき自分たちで保管するようになっていったのだ。これが今の世の中を形作る基盤になった、一連の流れである。
「もしアーカイブスフィアを悪用されたら、最悪すべてのデータが消えるかもしれないし、仕方ないといえば仕方ないよね。アーカイブスフィアってコピーして同じのを作ることができないはずだし」
「だからメモリースフィアがあるクリフォトエリアに、押し寄せていったって話らしいぞ。メモリースフィアにバックアップデータを入れておけば、再び自分のところのアーカイブスフィアを作り直すことができるからな」
アーカイブスフィアはセフィロトによる絶対のセキュリティに守られていたため、コピーしてスペアを用意する機能など存在しない。ゆえにパラダイムリベリオン後のこの世界で一度失うと、そこで完全に終わってしまうのだ。
だがクリフォトエリアではアーカイブスフィアのデータを奪い合うということで、メモリースフィアが用意されており、これさえ使えば一度のきっかけですべてを失わずに済むのである。というのもアーカイブスフィアのデータを丸々メモリースフィアに保存しておけば、それを媒介に再び自分たちのアーカイブスフィアを作り直すことができるのだ。なのでもし自分たちのアーカイブスフィアになにかあっても、いくらでもやり直しができるというわけだ。とはいえこの方法だと、奪われるリスクも高くなる。しかし保管区ゾーンだと今まで築いてきたものすべてが、一瞬のうちに消えてしまう恐れがあるのだ。そうなればもはやデータの流出どころの話じゃない。なにもかも失い路頭に迷う可能性も。よって一回ですべてを失わないすべがあるクリフォトエリアへ、持っていくのは必然といっていいだろう。
ちなみにメモリースフィアに関してはアーカイブスフィア同様、触れてしまえば中のデータを自由に扱えた。ゆえにアーカイブポイントで保管して、守るのが鉄則であった。
「このメモリースフィアって、本来ならどこかに更新されにいくはずだったのよね?」
これこそデータの奪い合いが起こる一番の問題。それはクリフォトエリアにあるアーカイブスフィアに、データを送信する機能がないということ。もしメインエリアにあるならデータをいくらでも送信できる。たとえ相手がクリフォトエリアにアーカイブスフィアを置いていようと問題なく送信でき、なんの労力も使わずに済むのだ。
だがクリフォトエリアでは仕様上送信ができない。結果、企業間におけるデータの納品時や、バックアップ用のメモリースフィアにデータを更新する時、面倒な手順を踏むはめになるのだ。それはアーカイブスフィアにメモリースフィアを接続し、持っていくデータをコピーする。それからそのメモリースフィアをみずからの足で運び、送りたいアーカイブスフィアやメモリースフィアに接続。データを直接送るという流れ。もちろんこうなると途中で奪われる可能性も出てくるので、エデン協会の人間などを護衛につけながらだ。
メモリースフィアはクリフォトエリアでしか存在できず、他のエリア経由などはできない。しかもクリフォトエリア内では基本座標移動の手段がないため、確実に足を使って運ばないといけないのである。
その中には運ぶ先が、別のアースにあるクリフォトエリアの場合も。このときは今いるアースのクリフォトエリアの外周部分へと向かう。そこでメモリースフィアとともに、目的のアースのクリフォトエリアの内周部分へと飛び、そこからまた運ぶ流れ。ただそのとき飛んだ場所は簡単に特定されてしまうため、追跡される危険性が。
あとクリフォトエリアからメインエリアの方へと、データを送る場合。この時はクリフォトエリア内のあちこちに設置されている専用の端末に、メモリースフィアを接続。こうすることでメインエリアにあるアーカイブスフィアに、中のデータを送れるのである。ただしすべてのデータが送れるわけではない。企業間におけるデータの納品のためというようななにかしらの正当な理由と、システムによる中身のチェックを受けなければならないそうだ。よってメモリースフィアに入れたデータを送れるだけ送って、メインエリア側からクリフォトエリアにある好きなアーカイブスフィアに送ってもらうといった反則技ができないようにされていた。
「ああ、そこを見事さっきの狩猟兵団たちに狙われたんだろ」
「こんなことが今もあちこちで起こっているのね。ねえ、久遠くん、実際のところ、エデン協会や狩猟兵団の人たちへの依頼って、そんなにも多いの?」
結月はふと思った疑問をたずねてくる。




