305話 アキラとアーネスト
二時間目が終わった休憩時間。レイジは担任のステラに教材を運ばされていたという。ただ十六夜学園は広いため、まだ来たばかりのレイジではどこになにがあるのかほとんどわからない状況だ。なので学園にくわしい結月が、付き添いできてくれていた。
そして現在無事教材を運び終え、自分たちのクラスに戻る帰り道。中庭の方を歩いていると、揉めごとが起きている様子。気になって近づいてみると、知っている人物が。なんとエデン協会ヴァーミリオン所属の紅炎アキラと、ウェルベリック家次期当主であり革新派のアーネスト・ウェルベリックが、なにやら言い争いをしていたのである。
「あー! いちいち突っかかってきやがって! なんなんだよ、てめーは!?」
アキラがアーネストに詰め寄り、至近距離からガンを飛ばす。
「紅炎アキラ。キミの素性は知っている。保守派側に雇われ、この学園に転入してきたこともな。だから慣れない環境に戸惑う気持ちはわかるが、入ったからには十六夜学園生として恥じない行動をとってもらわなければならん」
しかしアーネストは一切ひるまず、堂々とした態度で説教を。
「恥じない行動だぁ?」
「ガンを飛ばしてみなを怖がらせたり、ところどころケンカを売りにいったり。そもそも身だしなみもなってない。もっときっちり制服を着こなせ」
アーネストはアキラの崩して着ている上着の襟元を、やれやれと整えてやる。
その行動を見て、女子学生の方からなにやら黄色い声が聞こえたのは気のせいだろうか。
「苦しいだろうが! よけいなお世話なんだよ! そもそも誰だてめー?」
アキラは彼を払いのけ、再びガンを飛ばした。
「クラスメイトのアーネスト・ウェルベリックだ」
「クラスメイトだぁ?」
「おい、アキラ。態度を少し改めたほうがいいぞ。アーネストさんはあの名高いウェルベリック家の次期当主さまだぞ」
態度をまったく改めないアキラを見かね、レイジも注意しにいく。
「けっ、家柄なんて知らねーよ! 文句があるなら力づくできやがれってんだ! てめーが俺に勝ったら、いうことを聞いてやるよ!」
「アーネストさん、すいません。アキラのやつはマジで脳筋で」
「かまわん。ウワサ通り、血の気の多いやつだ。本来なら相手にする場面ではないのだろうがな。しかし売られたケンカは買い徹底的にたたきつぶす、というのがウェルベリック家の流儀でな。紅炎、決闘だ。勝負の内容は、きさまの得意なデュエルアバター戦か?」
アーネストはその無礼な態度をとくに気にせず、腕を組みながら提案を。
「いい度胸してんじゃねーか! 俺は相手が偉いところのおぼっちゃまだろうと、手加減しねーぞ!」
「我が剣を持って、斬り伏せてやろう。光栄に思うがいい」
「く、久遠くん、なんか大事になってきてない? 早く止めないと」
結月がレイジの腕をクイクイしながら、耳打ちしてくる。
「いや、アキラとあのアーネストさんの対戦のカード。すごく興味がある。これは観戦しにいかないと」
SSランクのデュエルアバター使いであるアキラと、レイジすら圧倒するほどの剣技を誇るアーネストの戦い。もはやどちらが勝ってもおかしくない。激闘になることは間違いないだろう。こんな夢のマッチ、観戦しないわけにはいかなかった。
「えー、久遠くん……」
これには呆れたようにジト目を向けてくる結月。
「まったくもってその通りですよ! こんな熱い戦い、見逃すわけにはいきません!」
「うわっ、冬華!?」
するとどこからともなく、冬華が興奮した面持ちで現れた。
「この勝負ワタシ、東條冬華が立会人となってあげましょう!」
「――はぁ……、さわがしい女がしゃしゃり出てきたな」
「立会人だ? そんなもんお呼びじゃねーよ!」
「まあまあ、こうやったほうが盛り上がるじゃないですか! お二人の戦いを見たい方もたくさんいるでしょうし、ワタシがちゃんと舞台を整えてあげましょう!」
まったく歓迎していない二人を気にせず、冬華はいつもの調子で話を進めていく。
「女、見せもんじゃねーんだぞ」
「紅炎さんたちは周りを気にせず、プライドを懸けて泥臭くも熱い戦いを存分にやればいいんですよ。ただ負けた人には罰ゲームが待ってますがね!」
「なぜ罰ゲームなどしなければならんのだ?」
「敗者のさだめですよ。その方が盛り上がりますし、なにより気合が入ってよりすばらしい戦いができるというものでしょう? アーネストさん的にも勝てば、紅炎さんによりお灸を据え教育できるんじゃないですか」
「確かに一理あるな」
「うふふふ、では罰ゲームの発表です! 負けた方は一日ワタシの下僕になってもらいましょうか!」
冬華は手をパンッと合わせ、まぶしいほどの小悪魔じみた笑みで発表する。
「きさまの下僕になるなど、なにされるかわかったものじゃないだろ」
「もちろん手加減はしてあげますよ。本当なら大衆の前でひざまづかせ踏んであげたり、首輪をつけて校内を散歩したりしたいところなんですがねー。ですが欲しければいくらでもオプションを追加してあげますよ! ワタシが開発して、新たな境地にいざなってあげます! うふふふ、想像しただけでたまりませんね!」
冬華は両ほおに手を当て、くねくねしながら悶えだす。
「なんだかしらねーが、俺はいいぜ。温室育ちのおぼっちゃまに、負けるはずねーからよ!」
明らかに乗ってはいけない話だが、アキラは挑発した笑みを浮かべながら真っ先に了承した。もはや自分が負けるなど、微塵も思っていないがゆえなのだろう。
「そうですよ。勝てばいいだけの話なんですから!」
「紅炎がそういうなら、自分も問題ない」
「いいのか? 吠えずらかくことになるぜ?」
「こっちのセリフだ。それぐらいしないと、キサマも反省しないだろ」
「では決まりですね!」
「――はぁ……、なにやってるのアンタたち……」
話がまとまっていると、シャロンがさぞ頭が痛そうにしてやってくる。
「シャロンか。ふん、見ての通り、今から紅炎を教育してやろうと思ってな」
「それでデュエルアバター戦をやろうと? なにバカなこと言ってるの? 自分の立場をわかってるのかしら? この大事なときに、いつでも動けるよう万全な状態にしておきなさいよ。それにこんな遊びで、革新派のデータが奪われでもしたら目が当てられないわよ」
「ここまできて引き下がるわけにはいかん。売られたケンカから逃げるなど、ウェルベリック家の恥だからな」
「そうですよ、シャロンさん。せっかく盛り上がっているのに、それはあんまりですよ」
「勝負自体は止めないわよ。そんな物騒なことはやめて、もっと学生らしいことで勝負をしなさいっていいたいの。なにかしらの遊びとか、スポーツとかゲームでもいいしね」
「一理あるな。それなら健全だ」
「おい、女。男の勝負に口出ししてくるんじゃねーよ!」
アキラはシャロン相手にもまったくひるまず、ガンを飛ばす。
「紅炎。あまり問題を起こして騒ぎを起こすなら、クライアントのルナさんに抗議しに行くことになるわよ。そんなことしたらこっぴどく怒られることになって、困ることになるのはアナタじゃないかしら?」
「――それは……」
痛いところを突かれ、青ざめるアキラ。
「あなたもここまでくってかかって、なにもしないのはかっこつかないものね。だから別のことで勝負しなさい。それならあたしもこれ以上なにも言わないわ。ふふ、それとも自分の土俵以外だと、アーネストに勝てる自信がないのかしら? 恐れられる紅炎アキラも大したことないのね」
シャロンは大げさに肩をすくめ、あざ笑う。
「だまって聞いてれば、好き放題いいやがって。上等だ、なんでもかかってこいや!」
「決まりですね! ではすぐに終わってもおもしろくないので、盛り上がりもかねて三本勝負でやりましょうか! 一つ目の競技はそうですね! ふふふふ、グランド三十周とかどうでしょう?」
「走りで勝負はいいが、なぜそんなに長距離なんだ?」
「そんなの決まってるじゃないですか! しんどそうに顔をゆがめている表情を楽しむ……、ではなくより勝負が映えますからね。走りというより根気比べですよ!」
冬華は一瞬私利私欲にまみれた笑みをこぼすも、すぐさままともな表情で訂正する。
「ふむ、確かに意地のぶつかり合いとして、悪くない勝負かもな」
「おい、アンタ、今さらっと本音が出てなかったか?」
「紅炎さん、気のせいですよ! 次は、シャロンさんなにかいい案ありますか?」
「そうね。今日はすごくいい天気だし、茶道部の畳を干すにはもってこいの日ね。ということで運搬勝負よ。どちらが早く運びお終えるのかをね」
シャロンは晴天の青空を見上げたあと、髪を優雅に払いながら提案を。
「シャロン、それはいいように自分らを使おうとしてないか?」
「いいじゃない。二人の勝負に付き合ってあげるんだから、それぐらいの恩恵があってもね。これも有効活用よ。それに勝負の内容としても、男らしく力比べできるわよ」
「それもいいですね。! 苦しそうないい顔が見れそうで!」
「勝負は昼休みから、午後の授業の時間も使ってやりましょうか。どうせまだ自習みたいなものだし、サボっても問題ないでしょう。あと敗者にはワタシからの罰ゲームとして、干し終わった畳を元に戻してもらうから」
「最後まで抜け目がないやつだな」
「あー、なんでもいいからさっさと決めてくれ」
「最後はどうしましょうか?」
「もうめんどくさいし、じゃんけんとかでいんじゃない?」
シャロンは肩を落とし、もう飽きてきたといいたげに提案する。
「それはさすがに投げやりすぎだろ。我々の勝負をなんだと思っているんだ?」
アーネストは、いいように使うだけ使って放りだそうとするシャロンへ抗議を。
「では野球拳をしましょう! 負けたら一枚ずつ脱いでいく。いいですねー! 羞恥に耐える顔がまたそそります! 女子にはある意味サービスになりますし、これは盛り上がりますよー!」
冬華がとびっきり邪悪な笑みを浮かべながら、とんでもないことを思いつく。
これには周りの女子生徒たちが、なにやらざわつきだす。
「それはふざけすぎだろ。却下だ」
「おやおやー、ウェルベリック家次期当主とあろうものが、野球拳に恐れをなして敵前逃亡ですか? これぐらいでへこたれるとは、男気がありませんねー。ねえ? アキラさん」
「ハハハ、いいところのお坊ちゃまには、さすがにハードルが高すぎたみたいだな。俺はかまわねーぜ。どうせ勝つのは俺なんだからな」
「そうですよ。勝てばいいだけなんですから」
「いいだろう。その勝負も受けて立つ。ウェルベリック家の名を背負うものが、この程度で怖じ気づくわけにはいかん!」
冬華とアキラの見え透いた挑発に、簡単に釣られてしまうアーネスト。
「アーネストさん、乗せられてませんか?」
「久遠、男にはやらなければならないときがあるのだ」
アーネストは拳をにぎりしめ、メラメラと闘志を燃やす。
かっこいいことを言っているのだが、こうも乗せられまくっているとなんだか残念に見えてしかたがなかった。
「ハハハ、ごちゃごちゃ細かい話は終わりだ! ここからは俺たちの戦いだぜ!」
「望むところだ! 紅炎!」
「ふふふふ、久遠、アーネストほど扱いやすい男はそういないわよ。馬鹿正直というか、まあ、紅炎も同じタイプのようだけどね」
シャロンはクスクスおかしそうにしながら、二人をほほえましそうに眺めた。
「ははは、それで二人に遊ばれるというわけですか」
「あら、久遠、人聞きの悪いこと言わないでくれるかしら」
「そうですよ。ワタシたちは真摯に、二人に向き合ってるだけなんですから♪」
いがみ合う二人に対し、これでもかと愉快気におもちゃにするシャロンと冬華なのであった。




