24話 電子の導き手
「ねえ、久遠くん。さっきから少し動きにくいんだけど、これはクリフォトエリア独特のものなの?」
廃墟の街中を歩いていると、結月がうーんと首をかしげながら質問してきた。
「たぶん結月のデュエルアバターがまだ、完全に調整されてないからだと思う」
「そっか。今使ってるのは、私専用のが届くまでの仮のアバターだものね。それに調整の仕方とかよくわからないから、簡単な設定しかしてなかったし」
結月は指をアゴに当てながら納得を。
どうやらレイジの読みは当たったらしい。デュエルアバターは使用者とほぼ完全に同調する仕様になっているため、スペックなどのカスタマイズのほかに、アバターとの感覚といった誤差修正などもする必要があるのだ。これは当人でもできるのだが今から会いに行く剣閃の魔女のような、ある特殊なスキルを持つ者に任せるのが一番なのであった。
「となると今回の依頼は、剣閃の魔女に頼んでおいた結月のアバターを取りに行くってやつだな。きっとその場で調整もしてくれるはずだ」
「そうなんだ。それなら安心ね」
「かなり期待していいぞ。結月のデュエルアバターを手掛けるのは、改ざんのスペシャリスト」
改ざん。これを使える者は第二世代の中でもほんの一にぎりしかおらず、演算力が高いのはもちろんのこと、さらにエデンとの親和性がずば抜けて高い者だけが手に入れられる力のこと。この力を持っているとある程度ならば、かつて存在していたハッカーのようにシステムそのものをねじ曲げることができるのだ。それはつまり現在起動しているシステムに干渉して、その効果を書き換えたりすることが可能ということ。これはデュエルアバターに同調するだけでなく、もはやエデンそのものに同調し世界の力を使うといってもいいだろう。この力は索敵や通信妨害などのサポート、地理データの干渉、エデンでの特殊な武器、アイテムの創造などなんでもありなのであった。
改ざんは一応エデンが生まれた時からあったのだが、その効力はきわめて弱いものだった。しかしパラダイムリベリオンの影響でエデンが不安定になって以来、よりシステムに干渉しやすくなり、今までの常識をはるかに超えるレベルまで改ざんの力を使えるようになったらしい。
「その中でも世界で五本の指に入るほどで、周りから剣閃の魔女と呼ばれ畏怖されてるSSランクの電子の導き手だ。オレのもあいつに作ってもらったんだが、性能は今まで使ってきたのよりもかなり上がってたといいな」
電子の導き手とは、改ざんの力でビジネスをする者たちのことをさしている。
今のクリフォトエリアでの戦いが激化する世の中だと、電子の導き手の力はもはや勝つための絶対条件の一つといってよかった。改ざんというエデンでのケタ外れの力は、より性能の高いデュエルアバター、本来ありえない概念を組み込んだ武器やアイテム、防衛用の様々なセキュリティーや戦闘用の人形であるガーディアンなどを用意できる。さらにサポートとして雇えば、クリフォトエリアでの活動を数倍の効率で進められるといっても過言ではないのだ。ゆえにその需要はいくら金がかかろうとも増え続けており、有名であればあるほど引っ張りだこなのであった。
ちなみに電子の導き手もライセンス制とランク制をとっていて、エデン協会と同じく白神コンシェルンがまとめていた。
「え? そんなすごい人に作ってもらってるの?」
「アイギスには特別なコネがあるからな。そのつながりで剣閃の魔女には、いろいろと仕事で世話になってるんだ。――ただ、反対にこき使われることもかなりあるけど……」
「――あはは……、その様子だと苦労してるみたいね……」
レイジの憂鬱そうな雰囲気から察したのか、結月は苦笑交じりに同情してくれた。
「ああ、あいつは腕はいいんだけど、少し性格がなんというか……。――まあ、あれだ。子供を見守るような、ほほえましい感じで接すれば大丈夫のはずだ」
黒いゴスロリ服を着て素顔を大きな魔女帽子で隠している、見るからに年下の少女のことを思い出す。頼りになるのだがとにかくめんどくさがりやで、人使いが荒い少女。いつも無茶な要求ばかりしてきて、本人は安全な場所から嫌味を言ってくる困ったお子様だ。だからこそ相手は子供だと言い聞かせながら接するのが、一番楽な付き合い方なのであった。
「あれ? 私が思ってたイメージとかけ離れてるような……」
きょとんとして首をひねる結月。
「ははは、会えばわかるよ」
「――そういえばその剣閃の魔女さんがいるところまで、あとどのぐらい?」
「あー、それについてはまだしばらく先なんだよな……。本当ならもっと近くに設定できたんだけど、剣閃の魔女が嫌がるからさ」
「なにか不都合でも?」
「改ざんは基本なんでもできるから、クリフォトエリアに入って来た場所の履歴を見ることができるんだ。そこで狙われるのはエデン協会の人間の履歴。なぜなら仕事のため、大抵は依頼主のアーカイブスフィアが保管されてるアーカイブポイントの場所に立ち寄るか、近くに向かうことが多いからな。さあ、結月。これがなにを意味するかわかるか?」
アーカイブポイントとは人々がクリフォトエリアでアーカイブスフィアなどを保管するために用意する、様々なセキュリティーがほどこされたいわば要塞そのもの。これもすべては自分のところのアーカイブスフィアが触れられて、データを奪われることを阻止するためであり、このエリアでは絶対に必要な措置であった。
「つまりそれによって、アーカイブポイントがある場所を特定しやすくなるってこと?」
「正解だ。基本依頼の数だけ呼び出すことになるから、履歴で見ると一目瞭然。あとは情報屋とかがその情報を買ったりするから、アーカイブポイントの所有者のところに様々なトラブルが押し寄せてくるってわけだ」
アーカイブポイントはアーカイブスフィアなどを守るのに特化した要塞であるが、その欠点は場所がばれてしまうとデータを求める者たちにとって、格好の的になるということ。これを避けるのはいろいろと難しく、基本はあきらめて受け入れるしかない。しかし剣閃の魔女のような高ランクの電子の導き手や、大手の企業、財閥、国といったレベルの高いデータがあるアーカイブポイントだと、損失の大きさゆえにそうやすやすと妥協できないのだ。そのため依頼の時に離れたところから呼び出したり、アーカイブポイントの周りを改ざんの力で細工して見つからないようにしたり徹底していた。
「そういう事情があるなら仕方ないね」
「わるいな。もしこの件が原因でバレでもしたら、あいつにどんな責任をおわされるか、わかったもんじゃないからさ、ははは……」
思い浮かぶのは剣閃の魔女が怒りのあまり、攻撃してくる姿。そしてそのあと散々文句という名の説教が始まるはず。
だがそれも仕方のないこと。なぜならアーカイブポイントがばれた場合、電子の導き手であるがため普通のところよりもよけいに狙われるのだから。そう、電子の導き手のデータは宝の山といっていいほど、金になるデータが詰まっている。なぜなら彼らが作った武器やアイテム、セキュリティやガーディアンのデータはその特別な性質上、個人端末に入れられずアーカイブスフィアなどで管理するしかない。このためもしそれらが奪われでもしたら、その技術や弱点などが露見してしまうのだ。
しかもそれだけではとどまらず、今までその電子の導き手が手掛けてきたアーカイブポイント内の情報。ようするにアーカイブポイントの内部構造や、ほどこしたセキュリティなどのデータがあるので、潜入時の要となった。そのため奪いに行くことを計画する者にとっては、なにがなんでも準備しておきたいものゆえに高値で取引されるのである。こういうことがあるからこそ高位レベルの電子の導き手のアーカイブポイントだと、データを奪った時の見返りの大きく、より集中して狙われてしまうというわけだ。
「――うわー、結構怖い人なんだ……。――でもそれならアーカイブポイント内のゲートを使わせてもらって、直接内部に座標移動させてもらえばいいんじゃ」
「んー、難しいな。ああ言うのは本来、絶対の信頼を寄せてる身内にしか使わせないものだ。いくらアイギスとつながりがあるとはいえしょせんはビジネスパートナーだし、しかも剣閃の魔女の用心深い性格からしてまず無理だと思う」
結月が言っているのは、アーカイブポイント内部に座標移動するために必要なシステムであるゲートのことだろう。ゲートを設置しておくと、ほかのエリアから座標移動で直接内部に飛ぶことができるのだ。これだと改ざんの能力でも捕捉されず、情報を求めてアーカイブポイントのある場所に張り込んでいるやからにも気付かれないで済むのであった。
ただこのゲートを使わせる権限を与えるのは、かなりリスクがともなってしまう。なぜならアーカイブポイントは外部からの守りに対して強固だが、内部からだとかなりもろくなるからだ。そのためもし中に入れた者に裏切られた場合、保管してあるアーカイブスフィアのところまでたどり着かれてしまい、最悪な事態におちいる恐れが。だからたとえ傘下の人間や、共同で仕事をしているビジネスパートナーでも、そう簡単にゲートの権限を渡さないのが一般的なのである。
ちなみにゲートはほかのエリアから来る時だけにしか効果がないので、クリフォトエリア内では使えない。ゲートから別のゲートへ飛んだり、ほかのエリアに向かうのも不可能であった。
「じゃあ、地道に歩いて行くしかないということね」
「大丈夫か、結月? きつかったら休憩入れるぞ?」
肩を落とす結月に、心配のまなざしを向ける。
一応、アイテムストレージに入れてあるバイクなどの乗り物を使って、移動する手段もあるのだがさすがに目立ちすぎるので使えなかった。
「ありがとう、久遠くん。でもこの先、アイギスのメンバーとしてやってくんだから、この程度で弱音なんか、吐いてられないよ」
結月は胸元近くで小さくガッツポーズをしてほほえむ。
この様子からして、最後まで頑張る気らしい。レイジとしては初日から無茶をさせたくないので、なにかほかに案がないか考えているとふと思いつく。
「――そうだ! いい考えがあるぞ。これなら結月に負担を掛けず、しかも早くたどり着けるはずだ!」
「本当!? ――あ……、でもあの久遠くんだし、なんか嫌な予感が……」
結月は一瞬期待に満ちた反応をするが、すぐにジト目でレイジを見つめてきた。
どうやらレイジのことを疑っている様子。さっきの普通の同年代と違っている話や、このエリアに連れて来る時のいい加減な行動があったので、気になっているのだろう。
「なんだその不安そうな眼は……。少し常識離れしてるとはいえ、那由他やレーシスよりはまともだと、自負してるんだからな」
これには胸を張って宣言するしかない。
ぶっとんだ性格の那由他やレーシス、さらには剣閃の魔女たちの中だと、常識人枠だという自信があった。
「ふーん。じゃあ、言ってみて」
「フッ、簡単な話だ。オレが結月を背負えばいい!」
「きゃっ、却下します!」
レイジの得意げな答えに、結月は顔を真っ赤にして一切の躊躇なく否定を。
当然レイジとしては納得がいかず、反論するしかない。デュエルアバターの身体なのでもし結月を背負って行けるなら、全速力で走ることも可能。そうすれば彼女の負担も減り、早くたどり着けるので完璧な案といってよかった。
「え? なんでだよ? オレなら結月を背負いながらでも走れるから、きっとすぐ着くぞ」
「そ、そんな恥ずかしいことできるわけないよ! ――はぁ……、やっぱり久遠くんは常識というか、価値観そのものがズレてるみたいね……。なんか先が思いやられる……」
結月は額に手を当て、ため息をつく。そしてレイジを放ってスタスタ先に歩いて行ってしまう。
「――いや、しかしだな……」
「そこっ! いつまでも止まってないで、歩いていくの!」
結月は振り向き、ビシッと指を突き付けてくる。
「――あ、はい。了解です……」
その有無を言わせない勢いに、レイジはただついて行くしかないのであった。
次回 剣閃の魔女




