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電子世界のフォルトゥーナ  作者: 有永 ナギサ
4章 第4部 それぞれの想い

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190話 レイジvs透 第2ラウンド


 姫君(ひめぎみ)たちの戦いがくり広げられている中、廃墟と化した高層ビルの屋上でも激戦が。

 屋上という限られたスペースを、縦横無尽(じゅうおうむじん)に疾走する一つの人影。その速度はレイジを軽く追い越し、目で追うのも困難。もはや普通の風など生易しいものではなく、いかなるものも吹き飛ばす突風といっていいほど。圧倒的速度で駆け、標的目掛けて正確無慈悲な(やいばを放つのだ。

 もはやその姿は軍人に似つかわしくない。いうならば凄腕の暗殺者。すれ違い様に相手の急所を()ち、しとめる死神。実際透(とおる)のレイジを射抜(いぬ)く瞳からは、普段の温厚さが感じられない。機械のように冷徹な瞳で、殺意を放っていた。

「レイジくん、いい加減降参したらどうだい?」

「ははは、冗談だろ? まだまだお楽しみはこれからだ!」

 ふらつきながらも刀をかまえ、投げ掛けられた提案を笑い飛ばしてやる。

「残念だね。じゃあ、本気で仕留めさせてもらうよ!」

 透はレイジの死角である側面に狙いをさだめ、突撃。強靭(きょうじん)な突風と化し、ダガーを振りかぶる。

 その異常なまでの速度は、少し前アビスエリアの管理区ゾーンで斬り合っていた時よりも上。あの戦いの最後。こちらの叢雲(むらくも)抜刀(ばっとう)(いん)(じゅつ)三の(かた)無刻(むこく)一閃(いっせん)の時に見せた、最高速度なのだ。しかもこの速度は先程から常にたもったまま。おそらく今の透は極限(きょくげん)二式という状態なのだだろう。もはやその尋常ではないスペックにより敵の正確な位置がつかめず、どこから斬撃が飛んでくるかわからなかった。

 そう、現状レイジが劣勢。極限一式の透とはまだいい勝負ができていたのだが、ギアを上げられた()(たん)一気に分がわるくなってしまった。

「ッ!? 外しただって!?」

 だが奇襲の一撃は、レイジの肩口を斬り裂くだけでおわった。

 ダガーが届く瞬間、これまで磨いてきた直感に身を任せたのだ。そのおかげで本来首を落とす軌道であった銀閃を、ギリギリのところでそらすことができたのであった。

「とらえた! 抜刀!」

 レイジは斬られたのを躊躇(ちゅうちょ)しないまま、反撃に転じる。

 この不利な状況で普通にやり合えば、勝ち目はない。もはや肉を斬らせて骨を絶つぐらいしなければ、勝機を見いだせないだろう。ゆえに速攻で刀を(さや)へ。抜刀のアビリティを起動する。そして放たれるは、抜刀のアビリティで威力を限界までブーストさせた超斬撃。生半可な武器であれば、その本体ごと胴体を断ち斬る一閃だ。

 現状攻撃を受けた瞬間に動作へ入ったため、透は今だレイジの間合い内。しかも彼が回避する可能性も見越しているため、そう簡単に逃がしはしない。今のレイジは完全に透をとらえていた。

「クッ!? 二式のスペックなら!」

 だが透はせまりくる抜刀の斬撃に後退せず、態勢を整えダガーを振りかぶる。なんと彼はあろうことか、真っ向からぶつかる選択をしたのだ。

 大気を斬り裂き咆哮(ほうこう)を上げるレイジの一閃と、透が繰り出す全力のダガーの一閃が激突。するどい金属音があたり一面に(ひび)き、苛烈な火花を散らせた。

「チッ、まっこうから受け止めやがるか!?」

 結果、透は見事レイジの渾身(こんしん)一刀(いっとう)をしのぐことに成功する。透のアビリティは、自身のデュエルアバターの全スペックを上げるというもの。よって今の彼は機動力だけでなく、筋力や耐久といったパラメータも上昇していることに。そのおかげで抜刀のアビリティによる超斬撃を、真っ向から受け止めるという離れ(わざ)ができたのだろう。

「レイジくんでは今のボクを止められない。一気に排除させてもらうよ!」

「ッ!?」

 透は斬撃による反動をスペックで無理やり()じ曲げ、次の一手を。アイテムストレージからナイフを取り出し、慣れた手つきで投てきしてくる。

 ナイフは(くう)を斬り裂き飛翔(ひしょう)。標的目掛けて一直線に襲い掛かった。

 だがなんとか反応し、ほおをかする程度まで被害を抑える。

「ハァッ!」

 ナイフをやり過ごしたレイジだが、危機はそこでおわらない。

 再び敵に視線を移すと、透は次の攻撃へ。なんとすでに間合いを詰め、回し()りを放とうとしていたのだ。その体さばきは、まさに流れるよう。きれいに()えがき、レイジの顔を直撃。キレと重みがある強打が襲い、レイジを吹き飛ばした。

「ぐはッ!?」

 吹き飛ばされたレイジだが、すぐさま受け身をとって態勢を整える。

 それと同時にダガーの刺突が目の前に。すでに透が二段階上昇したスペックでまたたく()に接近。レイジの(ふところ)までもぐり込んでいたのだ。

 ダガーの刺突は次々にレイジの胸板に吸い込まれていく。もはやあまりに接近を許してしまったため、刀で防ぐことは不可能。よってレイジは刀を捨て両腕で、透の刺突を繰り出そうとする手をつかみ止めて見せた。

「レイジくん、もう倒れてくれ。ボクの極限(きょくげん)のアビリティは、自身のデュエルアバターのスペックを上限なく上げられるというものだ。この力の前に、今のキミは勝てはしない」

 膠着(こうちゃく)状態の中、透は非情な現実を突きつけてくる。

 先程からレイジは透に圧倒されっぱなし。なんとか攻撃に打って出るも、その上昇したスペックにことごとくしのがれてしまっているのだ。

 そんな絶対絶命のピンチ。だというのにレイジは、どうしても知りたかったことをたずねた。

「なあ、透。お前はなんのために、その力をみがいているんだ?」

「すべては妹のためだ。今度こそあの子を守ってあげられるように……」

「――守るか……。――ははは……、やっぱりその力は、誰かのために振るわれてるものなんだな」

 透の真撃な答え。

 その回答はレイジの思った通りだったため、思わず納得の笑みをこぼしてしまう。

「それがどうかしたんだい?」

「――いや、たんにうらやましいと思っただけさ……。その力はカノンと(ちか)いを立てた日から、ずっと求め続けてた力そのもの……。闘争の飢えを満たすために相手を斬り()せる力なんかじゃなく、誰かを守るという意味のある力……」

 まぶしそうに目を細め、透のダガーを見つめる。

 彼が振るう刃には、確固とした想いが込められていたのだ。それはレイジがアイギスに入ってから、ずっと求めてきた守るための剣に通ずるもの。いや、完成系といっていいのかもしれない。

(もしオレがカノン一筋で守るための剣をみがいてたら、透の域まで行けたのかな……。そして堂々と彼女の騎士に……)

 思わずもしもの未来を想像してしまう。

 レイジがアリスの手をとらず、ただカノンだけを選んでいたら。おそらく透の域まで守るための剣を磨き上げ、カノンの騎士として十分やっていけたかもしれない。そのことを想うだけで、(むね)が張り裂けそうになる。

「レイジくん?」

「ははは、わるい、わるい。ただ、透みたいなやつこそ、カノンの騎士にふさわしいんだって再確認しただけだ……。こんな闘争に()まった人間、彼女の騎士になれるはずがない……。そんなこととっくにわかっていたのにな……。カノンと再会して、まだ間に合うかもしれないなんてあわい希望を、(いだ)いてしまってたよ……」

 非情な現実を再び思い知らされ、自嘲の笑みを浮かべるしかない。

 今さら守るための剣を求めたところで、もう遅かった。そんな一年程磨いた力程度では、カノンを取り巻く強敵たちに歯が立たないのは明白。もし彼女の騎士になるなら、カノンと誓いを交わした九年前からでなければならなかったのである。

 そう、とっくの昔から、カノンの騎士になれる道は閉ざされていたのだ。その事実はこの前のアーネスト戦で痛いほど実感し、あきらめたはずなのに。しかしカノンと再会し求めていた輝きにふれたことで、熱に浮かされてしまっていたらしい。まだカノンの騎士になれるのではないかと。ここにいるのは彼女に似つかわしくない、闘争に飢えたけん()だというのに。

「ありがとな、透。おかげで目が覚めたよ。オレにはもう破壊のための剣しか、ないってことが!」

 現実を受け止め、今度こそ夢から()めることにする。

 そして自分がなすべきことを胸に刻み、透の腕をにぎる手に力を込めた。


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