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電子世界のフォルトゥーナ  作者: 有永 ナギサ
4章 第4部 それぞれの想い

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186話 博士

 (とおる)とルナがナツメに案内されたのは、少しかたむいたボロボロの高層ビル。ところどころ窓が割れ、壁のいたるところが崩れている。さらに周りの廃墟(はいきょ)(がい)同様ツタに浸食され、しかも真横にある大きな湖に(しず)みかけていた。もはやあまりに荒れ果て過ぎて、いつ崩れ落ちてもおかしくないほどだ。ナツメいわく、上層部の人間はここの屋上でデータをとってるとのこと。

「着いたよ……」

 ナツメは屋上の扉を開ける。

 すると奥の方に一人の男が立っていた。

(この男、確か被験者時代に何度か……)

 眼鏡(めがね)をかけた、三十代後半の白衣を着た男。仏頂面(ぶっちょうづら)でなにを考えているのかわからない印象(いんしょう)を受ける。ただその人物には見覚えがあった。第三世代計画の被験者だったころ、何度か目にしたことがあったはず。

「今回は話し合いの場を作っていただき、ありがとうございます。ええと……」

「お初目にかかります。ルナ・サージェンフォードさん。自分の名前はヴィクター・エストマン。今日はお呼びしてしまい申しわけありません。自分、いろいろと忙しいもので」

 ヴィクターはうやうやしくお辞儀(じぎ)し、謝罪の言葉を。

「いえ、お気になさらず」

「ナツメさん、道案内、ご苦労さまです」

「じゃあ、もう、帰っていい……?」

 ヴィクターのねぎらいの言葉に、ナツメは冷たく返す。

「おや、どうしましたか? いつにもまして、やけに不機嫌そうではありませんか?」

「ふん、別に……」

「ふむ、これはかなり虫のいどころがわるそうですね。一体なにが……、うん? そこの少年、あなたどこかで?」

 そっぽを向くナツメに、ヴィクターはアゴに手を当て冷静に分析する。そして透の方に視線を移し、たずねてきた。

「ッ!?」

「透、どうしました?」

「――透……。なるほど。ナツメさんの機嫌(きげん)がわるくなるわけだ。久しぶりですね、(とおる)さん。まさかあなたがルナさんのところにいるとはね」

 なにやら納得したヴィクターは、透に対し意味ありげにあいさつを。

 どうやら向こうも透のことを覚えていたみたいだ。

「ええ、お久しぶりですね。ヴィクター博士」

「――ええと……、透とヴィクター博士はどういうご関係なのですか?」

 ルナは透とヴィクターを見比べながら、不思議そうに質問してきた。

「――それは……」

「――ふむ……、いやいや、昔、少しばかりありましてね。彼にはいろいろお世話になったんですよ。ですよね? 透さん」

 どう説明しようか迷っていると、ヴィクターがいろいろ察してくれたのか適当にごまかしてくれた。

「――ああ、そうなんだ。それでヴィクター博士。一つたずねさせてください」

「キミが聞きたいこととなれば、(さき)さんのことですかな?」

「ッ!? もしかして知ってるんですか!? 咲は今、どこに!?」

 いきなり透の核心を突いてくるヴィクターに、思わず取り乱してしまう。

 彼は当時からかなり上の立場の人間だったため、咲についてなにか知っていてもおかしくはないはずだ。

「ふむ、本来なら答えるわけにはいかないのですが、キミにはいろいろ世話になったのも事実。ゆえにお答えしましょう。彼女は今、自分たちエデン財団上層部のリーダー、アンノウンの専属エージェントをやっていますよ」

 ヴィクターはアゴをさすりながら答えてくれる。

「なっ、アンノウンの!?」

 SSランク最上位に位置する電子の(みちび)き手、アンノウン。表側にまったく姿を現さないため、もはや都市伝説といううわさもある人物だ。まさかそんなアンノウンのもとで、専属のエージェントをやっているとは予想外であった。

「ええ、被験者時代の経験を買われ、今では優秀なエージェントに。まあ、性格は少し(なん)がありますが、ウデは確かでしたからね」

「――咲……」

 彼女の身を案じるしかない。

 六年前の別れから、彼女はどういう扱いを受けてきたのか。そしてエージェントをやっている、今の咲の心情はどうなのか。もはや一刻も早く会いたいという思いにかられてしまう。

「――さて、ルナさん、すみません。さっきから関係のない話しではずんでしまって。では早速、本題の方に入りたいのですが……」

 透との話はこれでおわりと、ヴィクターはルナに謝罪しながら話しを進めようと。

 だがそこへナツメが、自身の愛刀である刀に手をやりながら報告を。

「ハカセ、そろそろ来る……」

「――ええ、そのようで。申しわけない、どうやら話しはここまでのようです」

 ヴィクターは目を閉じ、話を打ち切った。

「え? ヴィクター博士、どういうことなのですか!?」

「自分としてもいろいろ話しをしたかったのですが、敵が向かっているそうなんですよ。なのでこれより急いで離脱しなくては。敵に我々の情報を渡すわけにはいきませんので」

 そして彼は情報ろうえいを防ぐためと、離脱の意を。

 どうやらこの近くに敵が向かっているらしい。

「敵? 一体だれが?」

「相手はアポルオンの巫女(みこ)。そしてもう一人の少年は確か、久遠(くおん)レイジといいましたかね」

「カノンがここに?」

「ルナさんたちにはわるいのですが、彼らの足止めをお願いしたい。すべては保守派(ほしゅは)の計画、完遂(かんすいのためにね。――では、失礼」

 ヴィクターはうやうやしく頭を下げ、この場を去ろうと。

「待ってください! お父様はなにをやろうとしているのですか!?」

 (きびす)を返した彼の背中に、ルナは手を伸ばし問うた。

 するとヴィクターは(ふく)みのある口調で、答えを口に。

「フッ、アポルオンの理想を実現しようとしている。完全な不変の世界をね……」

「完全な不変の世界?」

「自分の口からはここまでしかいえません。あとはアンノウン、もしくはルナさんのお父上本人から聞いてください。ナツメさん、行きますよ」

 ヴィクターはナツメに声をかけながら、手すりの方へ歩いて行く。

「トオル、次会ったら斬る……」

 ナツメは物騒な宣言をし、ヴィクターのあとを追う。

 そしてヴィクターが指にはめた指輪(ゆびわ)を天にかざした瞬間、二人は(ちゅう)に浮きそのまま地上の方へとゆっくり降下していった。

「宙に浮かんだ? いや、それよりもルナどうする? カノンさんたちが来るらしいけど、言われた通りにするのかい?」

「――それは……。――透、一つ私のわがままに付き合ってもらってもいいですか?」

 ルナはしばらく考えた後、瞳を閉じ胸をぎゅっと押さえながらたずねてきた。


次回 立ちふさがる敵


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