177話 片桐美月
あれからすぐレイジはクリフォトエリアの十六夜島付近にある、シティーゾーン。その広場に来ていた。
空はどんより曇っており、廃墟の街中はいつも以上にダークな雰囲気がただよっている。広場内もまた街道どうよう店が開かれていたり、デュエルアバター使いたちのたまり場がちらほら。大通りどうようワイワイにぎわっていた。ただどこも廃墟仕様の荒れ果てた感じのため、物騒さはぬぐいきれないのだが。
そしてレイジは指定された場所へと進んで行く。カノンの方もそのうち来るはず。今回はカノンとメインエリアで待ち合わせをせず、現地集合にしたのである。そして指定された地点に、一人たたずむ少女。お嬢様オーラを放っている彼女は、この殺伐とした場所だと非常に目立っていたといっていい。
「美月みたいなお嬢様が、こんな物騒なところに来て大丈夫なのか?」
「クス、ご心配なく。美月は結構ここの常連なんですよ。よく気分転換に散歩をしてます」
美月は優雅にほほえみ、さらりととんでもないカミングアウトを。
彼女は正真正銘のご令嬢であり、しかも片桐家次期当主なのだ。もはや場違いにもほどがあった。
「いやいや、散歩するとこ、絶対間違ってるぞ。ここはあらくれ者のたまり場みたいな場所。治安の悪さときたら相当だし、いつ厄介ごとに巻き込まれてもおかしくない。わるいこと言わないから、散歩コースは平和なメインエリアとかにしとくべきだ」
「レイジさん、刺激があるからいいんじゃないですか。美月はこの殺伐とした空気、好きですよ。ええ、逆に平和なメインエリアは、つまらなくてあまり乗り気になれません」
美月は両腕を横に広げて、クルリと一回転。周りの景色を見渡しながら、みずからの価値観をかたる。
ふと、メインエリアを楽しそうに満喫する結月を思い出す。もはや結月の妹とは思えないほど、真逆な価値観。その心情に、思わずとある人物の姿が浮かび上がってしまうほど。
「――ははは……、もしかして美月って、冬華みたいなヤバイ女の子だったりとか?」
「あの人とは根底が違いますよ。冬華さんはただ周りをかき乱し、楽しみたいだけ。でも美月は違います。そう、美月はつまらない不変の世界が大っ嫌いなんです。ただ役割をこなすだけの日々なんて、がまんならない……。ええ、壊したくなるほどに……」
見るモノすべてがつまらないといったかわいた瞳で、吐き捨てるかのように本音を口にする美月。その内には、秘めた怒りのようなものが感じ取れた。
「え?」
「クス、すみません、つい一人で盛り上がってしまいました。それよりクリフォトエリアに通ってること、姉さんには内緒にしといてくださいね。知られると、止めにきそうなので。美月とレイジさんの秘密です」
しかしそれもつかの間、美月はいつもの余裕に満ちた雰囲気に戻る。そして自身の口元に人差し指を当てながら、上目づかいで釘を刺してきた。
「オレは結月と同じで、止める意見なんだがな」
「では、レイジさんが美月のボディーガードになれば、問題ないというわけですね。たまには話し相手が欲しかったところなので、ちょうどよかったです。一緒にいけない街で、デートを楽しみましょう」
美月は手を差し出し、どこか小悪魔じみた笑みを浮かべ誘ってくる。
「――いや、デートって……。――まあ、ボディーガードだけなら、ヒマなとき引き受けてもいいぞ。さすがに美月みたいな女の子を、こんな場所で出歩かせるのには抵抗があるからさ」
少しドギマギしながらも、一応うなづくことに。
彼女は普段から世話になっている結月の妹。なのでさすがに放っておくわけにはいかない。仕事がないときぐらいなら、付き合ってあげてもいいだろう。
「クス、これはうわさにたがわぬ、お人好しぶりですね。では今度お言葉に甘えようと思います。ちょうど前回のデートの約束の件も、あることですし」
おかしそうに笑ったあと、逃がさないと言いたげにレイジの腕をつかんでウィンクする美月。
「――おいおい、あれって本気だったのか?」
「もちろんです。レイジさんには前々から興味があったんです。なにせあなたはすべてのきっかけである、久遠の血筋なんですから」
美月は意味ありげなまなざしを向け、なにやらもったいぶったような笑みを向けてくる。
「――それってどういう……?」
だがその答えを聞く間もなく、後方からカノンの声が。
「レージくんが美月ちゃんと、仲良さそうに話してるんだよ!? 私もまぜて!」
「おや、お姫様が来てしまいましたね。――ささっ」
手を大きく振りながらはずむ足取りで近づいてくるカノンに対し、美月は一歩後ろに下がった。
「あれ? 美月ちゃん、どうして少し距離を取るのかな?」
「――クス……、なんのことでしょう?」
美月はとぼけた笑みを浮かべ、さぞ何事もないような態度を。だがその間にもまた一歩後ろへ。
「また一歩下がったんだよ!? ――うぅ……、もしかして美月ちゃん、私のこと嫌いなのかな……?」
明らかに避けられていることに、カノンは悲しげに目をふせる。
実は先程カフェ出会った時から、美月はなぜかカノンに距離をおこうとするのだ。彼女が一歩近づけば、一歩下がるといった感じで。美月のことは結月から聞かされていたらしく、会えるのを楽しみにしていたとのこと。なのでなおさら、落ち込んでいるようだ。
「――いえ、むしろ好意的ですよ。美月もカノンさんと仲良くなりたいと、心の奥底では思っていますので」
カノンの悲しむ姿を見かねてか、美月は少し申しわけなさそうに本音を口に。
「えっ!? じゃあ!」
「ですが、すみません。カノンさんと話していると、心がすごく惹かれてしまうといいますか……。ええ、思わずそちら側に寝返ってしまいそうなので……。だから少し距離を取らせてもらいます。美月は立場上、姉さんみたいになるわけにはいかないので」
美月はカノンから視線をそらしながら、複雑そうに説明する。
ただその意味がわからなかった。その口ぶりだとまるで、美月がレイジたちと敵対しているかのように聞こえてしまうのだが。
「ええー!? そんなー!?」
「――クス、――まったく……、片桐の血筋には困ったものですね……」
美月は肩をすくめ、さぞおかしそうに自嘲的な笑みを浮かべる。
どうやら美月は美月でいろいろあるようだ。きらっているとか、マナのように興味がないとは違ったタイプらしい。
「では、レイジさんにはカノンさんの後光を遮る、壁になってもらって」
そしてさっとレイジの背中に隠れる美月。まるでカノン除けの盾にするかのように。
「ではカフェでの話の続きをしましょうか」
次回 手掛かり




