17話 ストーカーの女神?
「アイギスの人員はすべてわたしに任されてたはずなのに、勝手に連れてくるなんて……。もし信用にあたいしないなら、この話はなかったことにさせてもらいますよ!」
那由他は腕を組みながら、ぷいっとそっぽを向く。
「ハハッ、いくら那由他でもこの件は無理ってもんだ。なんたってその人物はあのお方がじきじきに推薦してきたんだぜ」
「え? あのお方が……? ――ムムム……、そういう事情なら仕方ありません。今回の件はおとなしく引き下がっておきます」
レーシスの説明に、あれだけ反論していたにもかかわらずしぶしぶ納得しだす那由他。
まさかこうも簡単に受け入れるとは。それほどまでにあのお方という人の影響力が強いのだろうか。
「どうせその子も那由他やレーシスみたいに、すごい人間なんだろ? そのあのお方って人が、じきじきに推薦したって話だし」
「それは興味がありますね! わたしが知る限り、彼女にそこまで信頼を得てるエージェントなんていましたっけ?」
「……あー、そのことについてなんだが……。実はそのメンバーは……」
詰め寄る二人に、レーシスは言いにくそうに言葉をにごしながら答えようとする。
どうやら相当問題があるメンバーのようで、レイジたちに押し付けるのが申しわけないといった感じだ。さっきのレーシスの言葉から不安しかないが、貴重な戦力としてあきらめるしかないのだろう。
息をのみながら彼の言葉の続きを待っていると、とうとうレーシスが口を開く。
「――よくわからんがただの学生らしい! デュエルアバターの戦闘経験さえ一切ない、まったくの素人なんだと!」
「――マジかよ……。そんな子、役に立つのか……?」
「――あはは……、どおりで言いにくいわけですねー」
レーシスのとんでもない発言に、レイジと那由他はがっくり肩を落とす。
すごいメンバーが来ると当然のごとく思っていたので、そのがっかり感も半端なかった。学生という点はぜんぜん大丈夫なのだが、デュエルアバターの戦闘に関して素人となるとそうはいってられない。よほどの素質がない限り、役に立ちそうにないのだから。
「まあ、あれだ。不安に思うのも無理はないんだが、おそらく大丈夫なはずだぜ。なんたってその子は、例のメンバーの関係者って話だし」
「――なるほど……、それを聞いて安心しました」
げんなりとするレイジとは別に、なぜか那由他はそれなら問題ないと納得する。
どうやらレーシスの言葉に安心できる要素があったのだろう。
「――ということでレイジ! お前を今日からその子の教育係に任命してやろう! 向こうは普通の新人であることを望んでるから、ビシバシ鍛えてやれ! ……さすがに俺たちだとあとが怖いしな……」
話にまったくついて行けないのでもう全部那由他に任せていると、急にレーシスがレイジの方にオーダーを投げかけてきた。しかも最後の方には、視線をそらしてぼそりと本音をもらしながら。
「おい、今さらっと本音が出たぞ!」
「ハハッ、細かいことは気にすんなって。レイジは結構面倒見がよさそうだから、きっとうまくいくはずだぜ。逆に那由他だと新人がかわいそうってもんだろ?」
「――クッ、確かにそれは説得力があるな……。はぁ……、仕方たない……。かわいそうだからオレが引き受けるか……」
確かに那由他のぶっ飛んだ性格だと、新人がいきなりついて行けずやめかねない。なのでここはレイジが受けるしかないようだ。
「ちょっと、お待ちを!? 納得する理由がおかしくありません!?」
手で制しながら、納得がいかなさそうにツッコミを入れてくる那由他。
だがここはノーコメントで、スルーすることに。
「よし! そうと決まればさっそくご対面だ。今ごろそこらを見学してるはずだから、呼んできてやるよ」
レーシスが席を立って部屋から出ていく。
彼の言い方からするとその人物はこの建物内にいるらしい。すぐに戻ってくるみたいなので、今のうちに那由他に聞きたいことをたずねておく。
「――なあ、那由他。オレはいつ、あのお方って呼ばれてる人のことを教えてもらえるんだ?」
「んー、その件に関してはまだしばらく、教えられませんかねー」
那由他はほおに指をポンポン当て、首をかしげながら答えてくる
やはりそう簡単には教えてくれないらしい。
「いい加減教えてくれてもいいだろ? さすがに見ず知らずの人間のために、いつまでも力を貸すなんてことできないぞ」
「あはは! そのことに関してならご安心を! なんたってこの那由他ちゃんが心酔してると言っても過言ではない、素晴らしい人物なんですからね! きっとレイジも会えばわかります! 彼女の魅力に!」
レイジの不満げな主張に、那由他は満面の笑みを浮かべて力説を。
その勢いは、もはや有無を言わせないほど。それほどまでに那由他はその人物になついているみたいだ。
「――はぁ……、つまり那由他を信じて、その人物のために戦えってことか?」
「はい! パートナーである那由他ちゃんのこと、もちろん信じてくれますよね!」
那由他は自身の胸に手を当て、得意げにウィンクしてくる。
もはやうなずいてもらう気満々であり、いったいどこからそんなに自信が湧き上がってくるのだろうか。ただ不覚にもそれで納得しようとしてしまっている自分に気づき、あわてて抗議した。
「――おい、さぞ当然のように言ってるけど、隠し事ばっかしてる自称パートナーのことなんて信じきれないからな……」
「もー、ここはだまってわたしのことを信じとく場面なのに……。それにレイジだって隠し事してるからおあいこですよ、おあいこ!」
那由他はほおを膨らませたあと、人差し指を立てながらなにやら主張してくる。
「ん? オレがなにを隠してるって言うんだ?」
「もちろんアレに決まってます! レイジがレイヴンをやめた理由ですよ! 理由! なにか思うことがあって、そうしたんでしょ?」
なにかと思えば、レイジ自身がかかえている問題についてらしい。
実際のところ那由他には、カノンやアリスに関することをまったく説明していない。那由他は何度も聞きたがってくるのだが話す義理もなく、別に話したところでどうにもならないからだ。
「だから答えを探すためだって言ってるだろ。オレが剣を振るう理由をな」
「そこ! その具体的な内容! レイジの幸運の女神である那由他ちゃんとしてはそのお手伝いをしたいのに、それだけだとなにをしていいか見当もつかないじゃないですか! 深刻なことなんでしょ? わたしの力が必要でしょ? だから遠慮なく話してくださいってばー!」
那由他はレイジの腕をつかんでゆさぶりながら、一生懸命聞き出そうとしてくる。
力になってくれようとしているのは正直うれしいのだが、それでも彼女に頼ることはしたくなかった。なぜならこれは久遠レイジと、かつて誓いを交わした二人の少女との問題ゆえに。
「断る。これはオレ自身が解決しないといけない問題だ。だからいくら那由他が相手でも、頼るわけにはいかない」
「ムムム……、本当に強情さんですね……。――ふーんだ! こうなれば意地でもレイジにつきまとって、その問題を解決してあげますよーだ! そう! 幸運の女神の名にかけて必ず!」
レイジのきっぱりとした拒絶に、那由他はソファーからガバッと立ち上がる。そしてメラメラと闘志を燃やし、レイジの方へ指をビシッと突きつけてきた。
そんな迫力満点の宣言に、レイジはふと思ったことを口に。
「――それ幸運の女神じゃなくて、ただのストーカーの女神じゃないのか……」
「ななな、なんて失礼なことを!? 今のはわたしに対して最上級の侮辱! こんなに健気にレイジのことを想って尽くし続けてきた那由他ちゃんを、なんだとお思いに!? ――ええ、その勢いはもはや、地獄の最下層まで一緒に堕ちていき、どこまでもついて行くほどなんですからね!」
すると那由他は大きく開けた口を手で押さえ、心底ショックを受けだす。それから胸元近くで両腕をブンブン振り、必死に訴えてきた。
「――いや、それを人はストーカーっていうんだぞ……」
「うわーん! マジレスしないでくださいよー、レイジー」
那由他はソファーに乗っかり、涙目になりながらレイジの腕をぽかぽかとたたきだす。
「連れて来てやったぜ。――さあ、キミも入った、入った」
そうこうしているとレーシスが部屋に戻ってくる。そして後ろにいるであろう人物に向けて声をかけた。
「はい。お邪魔します……」
レーシスに連れられて、那由他と同じ十六夜学園の制服を着た少女が部屋に入ってくるのであった。
次回 新人の少女




