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電子世界のフォルトゥーナ  作者: 有永 ナギサ
4章 第2部 それぞれの想い

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170話 ルナの一歩

 急いで相談したいというわけで、今回の待ち合わせ場所はエデン。そのビジネスエリアにあるとある事務所内のオフィスだ。なんでもここは伊吹が、執行(しっこう)機関(きかん)の仕事をする時によく利用する一室らしい。メンバーを招集して、作戦会議などをする時に使うとかなんとか。ビジネスゾーンは企業や財閥だけでなく、個人が私用で利用することもあるのだ。

 中は無駄(むだ)なものがなく、机やイスが()()められた会議室そのもの。あまりにシンプルすぎるゆえ、どこか重々しい雰囲気が立ち込めていたといっていい。ビジネスエリア内の建物は防音設備が完璧にほどこされており、声が()れる心配はない。なのでここで作戦プランのデータを広げ、込み入った話もできるというわけだ。

 ちなみに透はシティゾーンからすぐさまログアウトし、再びエデンに入り直して来ていた。またクリフォトエリアやアビスエリアに行くには三十分待たなければならないが、そのほかのエリア内ならなんの問題もないのである。

(とおる)、なんども付き合わせてしまって、すみません」

 中に入るとルナが透に気付き出迎えてくれる。

「ボクの方は大丈夫だよ。それよりなにかあったのかい? 確かサージェンフォード家当主であるルナの父親に、昨日のことを報告しに行くって聞いてたけど」

 先ほど喫茶店で別れるとき、彼女の次の予定を聞いていた。今回呼び出されたのは、その件でなにかあったにちがいない。

「はい、アポルオンの巫女(みこ)がエデンで自由になったことは仕方ないと、特にお(とが)めはありませんでした。それから今後のことを話し合っていたのですが、問題は別れ(ぎわ)にお父様がおっしゃられたある特命です」

「サージェンフォード家当主はなんと?」

「アポルオンの巫女であるカノンを強制ログアウトし、そこからとれるデータを回収してほしいと……」

 ルナは目をふせ、疑念に満ちた声で答えてくれる。

「なんだって!? カノンさんを倒してこいという意味かい?」

「はい、私もこのことを聞いた時、耳を疑いました。まさかアポルオンの象徴(しょうちょう)である巫女を狙えだなんて……」

 いつも落ち着いた彼女であるが、さすがの内容に戸惑いを隠せない様子。

 これが革新派ならば、まだ話はわかる。だがアポルオンのあり方を心酔する保守派(ほしゅは)が狙うとなると、納得がいかなかった。彼らにとってアポルオンの巫女はまさに象徴。ゆえに害が及ばないように守り、管理するべき存在だ。そんな巫女にみずから危害を及ぼそうとは、いったいどういうことなのだろうか。

「理由は?」

「エデン財団側からの依頼だそうです。なんでも彼らに依頼した研究を完成させるには、いづれアポルオンの巫女のデータが必要とのことで。それ以外にはなにも教えてもらえませんでした」

「――エデン財団……」

 透と因縁(いんねん)が深いエデン財団の名が出たことに、思わず息をのんでしまう。

 彼らが関わっているとなれば、ろくなことでないのは確か。エデン財団の中下位クラスはまだまっとうな研究機関だが、その上層部は話が別。研究のためなら違法だろうが倫理(りんり)だろうが無視する、危険極(きわ)まりない集団なのだから。

「一応この特命は、できればでいいそうです。あまり表だって狙えば、カノンの反感を買ってしまうからと」

「この件、ルナはどう思う?」

「さすがに今回ばかりは看過(かんか)することができません。いくらアポルオンの輝やかしい未来のためとはいえ、これまで尽くしてきてこられた巫女に危害を加えるなんて。それに巫女のデータ手に入れてまで行う計画が、普通であるはずがない。エデン財団もお父様も、なにかとんでもないことをしでかそうとしている気がして、止まないんです……」

 ルナは震える自身の肩を抱きしめながら、危機感をあらわにする。

 革新派側からの忠告。さらにはアポルオンの巫女を狙えというオーダー。それらから垣間見(かいまみ)える闇の大きさは、はかり知れない。もしかすると今、透たちの想像をはるかに超える計画が進行している可能性があった。

「ボクもエデン財団が関わってるなら、ヤバイ気がする。あそこの上層部は普通じゃない。自分たちの目的のためなら、倫理(りんり)なんて考えない連中だからね」

「――そうですか……。透、おそらく私が全容を知らされるのは、計画が実現する直前ぐらいになるでしょう。それでは反論したとしても、すべて手遅れ。なので私は独自に保守派とエデン財団が企む計画を、探ろうと考えています。本当にこの計画がアポルオンの未来にふさわしいのかどうか、見きわめるために」

 ルナは意を決したように、みずからの考えを伝えてきた。

 アポルオンのことを本当に想っているがために、この件見過ごすわけにはいかないのだろう。なにが正しく、なにが間違っているのか。まずはその答えを得て、保守派の計画を肯定するのか否定するのかを決めるようだ。

「本当にいいのかい? それは下手(へた)すると保守派、ルナの父親を裏切ることになるかもしれないよ」

「私も正直この選択が正しいのかわかりません。お父様の意に反するなんて、考えただけでも恐ろしい……」

 ルナは不安に押しつぶされそうになりながら、目をふせる。

 怖いのも無理はないだろう。ルナにとって父親は絶対の存在。これまでもずっと彼に従したがってきた。そんな人間に彼女は初めて逆らおうとしているのだ。ルナにとってはもはや未知の出来事ゆえ、その分不安もケタ違いのはず。

「――でも、これまでのように、ただなにもしないのは嫌なんです。――だから……。透、力を貸してもらえないでしょうか? 独自に動くため、危険な目に合う可能は十分ありえます。いくら私の立場でも、守りきれるかどうか。なので言っておいてはなんですが、(ことわ)った方が……」

 だがそれもつかの()、ルナはこれまでの自分と決別する。そして透に危険をうながしたうえで、手を差し出し協力要請(ようせい)を。

「ルナ、そんな確認は不要だよ。言っただろ? キミの力になると」

 固唾(かたず)を飲んで見守るルナに、透は力強く宣言した。

「――それでは……」

「ああ、ボクはルナについて行くよ。その一歩は人形なんかじゃなく、キミが自分の意思で決めたもの。その勇気を見過ごすわけにはいかないさ」

 今のルナの選択は、まさにこれまでの彼女との決別を意味する。そう、ただ言われた通りにしたがうだけだった少女が、自分の意志で歩こうとしているのだ。彼女のあこがれであったカノン・アルスレインのように。

 そんな大きな第一歩を踏み出そうとするルナに、力を貸さずしてなにが彼女の騎士(きし)か。そもそも透にとってルナは、力になってあげたい少女の一人。いくら危険があったとしても、考えるまでもなかった。

「――透……、ありがとうございます……。以前の私だったらなにもせず、不信感を押し殺して信じ続けるだけだったでしょう。ですが透が私の背中を押してくれたおかげで、新たな一歩を(あゆ)めました。もう、感謝しきっても、たりないほどです」

 ルナはうれしさのあまりか涙をはらい、心からの感謝を口に。

「はは、大げさだよ。ボクはほんの少し背中を押しただけなんだからさ」

「いいえ、あなたにとっては些細(ささい)なことだったかもしれませんが、私にとってはあまりに大きい恩。もう透が、かけがえのない恩人といってもいいぐらいなんですから」

 ルナは透の手を両手でつつむようにとり、いとおしげにほほ笑んでくる。

「――はは……、えーと、それより動くとするならいつなんだい?」

 このままではルナの感謝の言葉はおわらず、どんどんむずかゆくなってしまう気が。なので話を進めることに。

「そうですね。私としては、今すぐにでも動きたいところなんですが」

「わかった。じゃあ、二人でさっそく手掛かりを追おう」

「はい!」

 こうして透とルナは保守派の企む計画を追うため、共に立ち上がるのであった。




次回 カノンの答え

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