169話 特別な存在
どこか薄暗い青空の下。透がいるのはクリフォトエリアのシティーゾーン。その人通りが少ない、とある路地裏である。街が廃墟ふうの構造のためさらに物騒さが際立ち、あまり人がより付かない場所といっていい。そのためよく密談や受け渡しの場所に指定されることが多かった。
「エデン財団上層部についての情報は、やはり難しいよ。いくら探っても、実体すらつかむことができないね」
フードをかぶった馴染みの情報屋の少女が、肩をすくめる。
彼女には現在、エデン財団の情報を探ってもらっていたのだ。そして今は彼女の仕事の合間にたずねて、くわしく話を聞いていたという。
「ふむ」
透は彼女のアーカイブスフィアにアクセスし、現在取り扱っている情報に目を通していく。必要なものがあれば閲覧権を買うのだが、とくに欲しいものはなさそうだ。
「引き続き調査の方を頼めるかい?」
見終えてから、さらなる調査の依頼をする。
こうやって優秀そうな情報屋を雇い調べさせているのだが、成果は今のところほとんどない。エデン財団自体の情報はそれなりに手に入れられるのだが、上層部となるとそうはいかない。あまりの機密性に、どんな情報屋でもお手上げなのだ。
「オッケー、透には世話になってるし、金も積んでもらってるからね。情報屋の意地で必ず尻尾をつかんで見せるよ」
「頼んだよ」
フードをかぶった少女は頼もしい宣言をし、路地裏を去っていった。
「さて、そろそろボクも危険を承知で、動くべきか。被験者時代の特殊工作員の経験を生かせば、それなりに嗅ぎまわれるかもしれない」
アゴに手を当て思考をめぐらせる。
当時、第三世代計画の研究者たちが欲していたのは、透たち被験者の高度なデータ。その実験過程で一番効率がよかったのが、デュエルアバターの操作だったのだ。というのもデュエルアバターを扱うには、日常で使う以上に高度な演算を多数行う必要が。その時の脳のデータほど、有益なものはなかったらしい。
よって現実での実験より、クリフォトエリアでのデータ収集が優先に。よく特殊工作員じみた指令を、日々こなしまくっていたのである。おかげで透たち第三世代計画被験者は、凄腕のエージェントとしてのウデを持っているのだ。戦闘はもちろん、尾行や追跡、潜入や暗殺といった様々な技術を習得していた。
「一番手堅いのは内部からだけど、思ったより手が出しにくいのが難点だ。ばれたらタダじゃすまないのはもちろん、最悪ルナにも責任が及ぶ恐れがある。ボク一人だけならどうってことないけど、さすがに彼女を巻き込むわけには……」
しかしルナのことが頭をよぎった瞬間、思いとどまってしまった。
「――はは……、始めは咲のため利用する気だったのに、今ではその相手の身を優先しそうになってるだなんてね。どうやらボクにとってルナは、特別な存在になりつつあるようだ。まったく、どうしてこうなってしまったのやら……」
そして自身の心変わりに思わず苦笑してしまう。
透の目的は、妹の咲を自由にすること。これは被験者時代はもちろん、咲に助けられてからもずっとである。もはや如月透はこのために生きているといっても、過言ではないほどだ。だというのになぜルナ・サージェンフォードという少女のことを、咲と同じぐらい気にかけているのだろうか。本来ならルナのことをうまく利用し、咲のことを調べればいいはずなのに。
「それもこれもルナが六年前、助けてくれた少女に似てるからなのかな……」
ふとそんな答えが思い浮かんだ。
そう、六年前助けてくれた少女の姿と、ルナの姿が少し重なって見えてしまうのだ。六年前の少女の姿は、意識が朦朧としていたため非常におぼろげ。ゆえに自信を持って似ているとは言えないのだが。だからこそ彼女が他人とは思えず、どうしても気にかけてしまっているのである。
「それにルナの抱える悩みを聞いて、力になってあげたい自分がいる。咲をしばられた運命から自由にしてあげたかったように、ルナも……」
さらに思い浮かぶのは、ルナのがみずからの悩みをかたったとき。
第三世代計画の被験者として、自分の思い通りに生きられなかった咲。サージェンフォード家次期当主としての責務にしばられ、したがい続ける人生だったルナ。その二人の自由に生きられない境遇が少し似ているのだ。それゆえルナも放っておくことができないのであった。
「そうか、六年前の少女がそうしてくれたように、今度はボクが助けたいと思ってるのかもしれない。あの少女の姿を重ねてしまってるルナを」
そして透はある結論に達する。如月透は助けてくれた六年前の少女に恩を返したいのだと。そう、彼女のおかげで透はエデン財団の魔の手からのがれられ、新堂家で新たな人生を始められた。あの被験者時代では想像もできないほどの、自由な日々を。その恩はこれまで幾度となくふくれ上がっていたのだ。それは咲を自由にしたあとその少女を見つけ出し、恩を返そうと計画していたぐらいに。
だからこそその少女に似ているルナを、よけいに助けたいと思ってしまうのだろう。彼女は今苦しみ助けを求めている。六年前の透のように。ならば力を貸さずにはいられない。あの少女がしてくれたのと同じく、今度は透が。
「――はは……、これは正直、困ったね。咲だけでも手一杯だというのに、そこにルナまで……。まあ、できる限りのことはやってみようかな。ルナの力になるって約束したことだしね。――うん? ルナから通話?」
手をぐっとにぎりしめ納得していると、ルナからの通話が。
基本クリフォトエリアやアビスエリア内は、外部との正規の通信手段はとれない。だがここはシティゾーンなので、ほかの例外どうようこのように通話ができるのであった。
「ルナ、どうしたんだい?」
「透、少しお話したいことが。保守派の、お父様のやろうとしていることについて……」
通話に出てみると、ルナが深刻そうな口調で伝えてくるのであった。
次回 ルナの一歩




