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電子世界のフォルトゥーナ  作者: 有永 ナギサ
1章 第1部 エデン協会アイギス

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16話 不穏な動きと新たなメンバー

 レイジと那由他なゆたは事務所からわりと近くにある、海沿いに建設された軍の施設である十六夜基地に来ていた。ここの近くには世界でとても重要視されている場所があり、そこを守ることを目的に多くの軍人が駐留ちゅうりゅうしているのだ。そのため敷地内には飛行場や港もあり、兵器も多数完備。かなり本格的な軍事基地となっているのである。

 ちなみに現在の軍はかつての姿と大きく異なっており、どこも現実の治安維持にその力のほとんどをそそいでいる。こうなっているのもセフィロトが戦争という危険な概念そのものを否定したことにより、起こすことが不可能になったから。もし起こそうものならすぐさまセフィロトの電子ネットワークから切り離され、データを使えないのはもちろんのこと、兵器の制御権さえも剥奪はくだつ。もはや戦争どころではなくなるというわけだ。

 実のところセフィロトにはこういった戦争根絶の役目さえも、コンセプトに入れられていた。そのためセフィロトの起動当初、こうなることを恐れた国や組織などがなんとしてでも阻止しようと動き始めたりしていたのだが、相手は量子コンピュータ。ゆえに従来じゅうらいの電子機器ではまったく太刀打ちできず、一瞬のうちにすべてをセフィロトのネットワークに取り込まれ、したがうしかなかったのである。

 そして戦争がなくなったため外敵から国を守る必要がなくなり、軍という存在はそのまま過剰なまでの治安維持を行うための組織として、組み替えられていくことになる。ようするに街中の治安は警察だけでなく、軍人まで参加させる形をとることにしたのだ。しかもそこにセフィロトの電子ネットワークによる監視も付くとあって、現実で事件を起こすことがとても難しく。さらに安をおびやかしたならば、その罪が非常に重く課せられたため誰も騒動を起こす気になれなかったのであった。

「そういえばレイジがアイギスに入って、ちょーど一年ってところか……。時がたつのはあっという間だねー」

 レイジ座っているソファーの向かいのソファーに座っている少年が、頭の後ろに両手を当てながらどこか感慨深そうに口にする。

 彼の名前はレーシス・ストレイガーといい、レイジたちをこの場所に呼び出した張本人。レーシスはレイジや那由他と同い年であり、外見はどこかチャラそうな感じの少年である。

 現在レイジがいるのは、十六夜基地本部である四階建ての見るからに重々しい雰囲気を放つ大きな建物。その中のいかにもお偉いさんが執務室として使ってそうな、豪華な家具が取りそろえられた部屋である。ちなみに本部の建物に入ってすぐ那由他といったん別れており、この部屋で彼女が来るのをレーシスと待っている状況であった。

「ははは……、一年前はなにもかもぶっ飛びすぎてて、ついて行くのが大変だったよ。那由他やレーシス、剣閃けんせんの魔女みたいなとんでもない奴らに、振り回されっぱなしだったからさ……」

 これには苦笑しながら応えるしかない。

 那由他に連れられて日本に来てすぐ、レーシスみたいな今後仕事関係で世話になる人間にあいさつをしに行ってからというもの、彼らにまで散々こき使われた記憶があるのだ。

 そんなことをしみじみ思い出していると、レーシスが不満気に抗議してきた。

「さらりと俺をカウントしてんじゃねーよ。いつも苦労してるレイジをねぎらうために、いろんなところに連れてってやったんだ。だからレーシス様はお前の(いや)しみてーなもんだろーが」

「まあ、愚痴の言いあう飲み仲間っていうなら、確かにありがたい。でもレーシスの場合、自分のやるべき裏方の仕事を、無理やり手伝わせてくるだろ」

 主にレーシスの役目はエデンでの裏方の仕事で、情報取集のための張り込みやデータの強奪ごうだつ。はたまたいろんなところに潜入しての裏工作など、面倒なことばかり。基本はエデン内でだが、たまに現実での裏方の仕事を手伝わされたりしていた。

「そりゃー、一人で裏方の仕事をこなすのは、いろいろとさびしーしさ」

「――さびしいって、なんだその理由は……」

「ハハッ、まあいいじゃねーか。俺たちは親友なんだから付き合ってくれよ。その分の報酬は当然はずむぜ?」

 いやらしい笑みを浮かべ、頼んでくるレーシス。

「いや、いくらはずまれても、こっちだってアイギスの仕事で忙しいんだぞ」

「ハッ、ならしゃーねーな。上司命令で強制だ!」

 レーシスは指を突き付け、理不尽なことを言い放つ。

「……毎回それだからタチがわるい……。なんでレーシスはアイギスのメンバーじゃないのに、上司扱いしないといけないんだ?」

「正式には違うが、アイギスのサポートを任されてる身。それに俺はアイギスの本当の創始者のもとでずっと前から働いてるから、レイジなんかよりもよっぽど信頼されてる先輩なんだぜ」

 レイジの不満に対し、レーシスは歯をキランと輝かせてくる。

「……本当の創始者ね……」

 那由他やレーシスはたまに、そのようなふくみのある言葉を使う時がある。どうやらアイギスの社長である那由他は実際のところ、その人物の代わりに取り仕切っているみたいなのだ。レイジは今だその人物に会ったこともなく、二人に聞いても教えてくれないのであった。

「俺はお前みたいな下っと違って、結構上の立場の人間。その証拠に軍を動かせる権限だってあるしな」

 レーシスも那由他も不思議なことに軍内部を自由に行動でき、しかもかなり上の立場にいる人間まで命令できるという。軍人でないのにも関わらずだ。まるで軍という存在のさらに上の機関に属しているみたいに。

 レイジとしてもそこらあたりがまったくわからないので、悔しいが会話の流れに合わせるしかない。

「――ハイハイ、そうですか。――はぁ……、まったく、那由他といい、レーシスといい最近の奴はどうなってるんだ? お前らオレと同い年だろ?」

「確かに俺たち二人の場合は少しだけ特別だね。でも今の時代、第二世代の子供が社会に大きく貢献(こうけん)するなんてこと、そんなに珍しくねーだろ? パラダイムリベリオンのせいでより、第二世代の社会進出問題が浮き彫りになったんだし」

 第二世代はエデンでの演算能力が高い分、基本第一世代より優れているということで需要が高い。その中でもデュエルアバターを操作出来る人材や、改ざんという能力を使いこなせる者となると、狩猟兵団やエデン協会、軍や白神しらかみコンシェルンなどにとっては、もはや何人スカウトしてもいいと思えるほど。なので十六夜学園みたいな優秀な第二世代が多いところでは、スカウトする人間が入り(びた)っているとも聞いたことがあった。そう、今の世の中若いうちから優秀な第二世代をスカウトして働かせるということが、すでに当たり前のことになっているのである。

「それを聞くとほんと、今の世の中っていろいろありすぎだよな。まさに大変革時代そのものだ」

「でもそのおかげである程度好き放題できるから、俺たちにとってはいい世の中ってもんだろ?」

「ははは、それもそうだな。エデンでの力さえあれば大体どうとでもなる、楽しい世の中だ」

 二人で今の世の中について、不敵な笑みを浮かべ合う。

「――ところでレイジ、一つお前の耳に入れときたい情報がある。実はこの日本は今、少々きな臭いことになってんだ」

 そしてレーシスは急に真面目な表情で忠告を。どうやら世間話はおわりらしい。

 彼は情報を集めてくるのが主な仕事なので、この手の話はかなり信憑性が高かった。もうすでに裏づけなどをとっているのだろう。

「その根拠は?」

「日本に高ランクの狩猟兵団が続々と集まって来てるっていえばわかるよな」

「それはマジできな臭いな……。元狩猟兵団のオレから見ても、絶対になにかあるはずだ」

「ハハッ、それは間違いないぜ。なんたって日本に来てるのは奴らだけじゃない。あの狩猟兵団というシステムを確立した、あの男まで乗り込んできてんだし」

「おいおい、マジかよ……。アラン・ライザバレットが来るとか、どっかで戦争でもおっぱじめる気かもしれないぞ」

 これには驚愕きょうがくするしかない。

 アラン・ライザバレットは今も狩猟兵団をまとめ上げる狩猟兵団連盟の最高責任者であり、世界中に戦火をまき散らす危険きわまりない人物。大きな戦いがあると見物に来たり、自分から参戦する極度の戦闘狂であった。一応レイジはレイヴンのボスであるウォード経由で面識があり、なぜだか知らないが気に入られていた。

「ああ、まったく、あの人がからむと毎回ろくなことにならねーからな。そのせいで今、軍は大忙しだぜ。まあ、もしこの国自体が狙われたら、取り返しのつかないことになっちまうんだから当然といっちゃ当然だがな」

「ってことは大手のエデン協会のところに、もう招集(しょうしゅう)をかけてるってことか」

 実のところレイジたちエデン協会の人間が、軍の施設内にいることはさほどめずらしいことではない。なぜなら軍はエデン協会の人間を使って、軍がやるべきエデンの治安維持を行うからだ。これもパラダイムリベリオンの影響によるもの。やり方次第では国に多大なダメージを与えられるようになった今、軍は国を守るためエデンでも活動しなくてはならなかった。だがそうなると人員をかなくてはならず、現実での治安維持が手薄になってしまう。この問題を解決することが、エデン協会を生む一つのきっかけになったといっていい。その解決策とはエデン協会の者にエデンでの治安維持活動を任せることで、軍が人員を割くのを最小限に抑えられるようにしたのである。

 しかしすべてを任せっきりにするというわけではない。エデン協会は依頼を受ける民間会社なので、軍が依頼する流れ。その内容は防衛だったり、レジスタンスといった不穏分子の排除など様々。一応軍にも凄ウデのデュエルアバター使いで構成された特殊部隊がいるが、彼らが動くのはかなり事態が悪化した時だけ。それまではエデン協会に依頼して高みの見物を決め込むというスタイルが、軍の主流のやり方であった。

「そりゃー、ことがでかい分、必死に戦力をかき集めてる真っ最中だろーさ。そして日本にいる上位クラスのエデン協会を集めた連合チームで、万全の守りを固めるって寸法だ」

 基本軍は依頼したエデン協会の者たちに任せっきりで、好きにやらせている。しかし事がでかいと軍が彼らをみずからの指揮系統に置き、一時的な軍人として扱うのだ。その時にはいくつものエデン協会の民間会社を雇っているので、彼らに共同でことにあたらせる形式を。いわば凄腕のエデン協会の者たちだけを集めた、臨時の特殊部隊というわけだ。

「で、このビッグイベントに、アイギスはなにをさせられるんだ? その連合チームに入って、治安維持につとめろとか言わないだろ?」

「ああ、俺たちが今回やることは、この件の真相を探ること。ここまで大がかりなことが起こってんだから、当然それ相応の裏があるはずだ」

 レーシスは手を組み、重々しい口調でかたる。

(――裏ね……、そういえば冬華ふゆかが言ってた、一年後の戦争の話があったっけ。もしかしてこのことだったのかもな)

 思い出すのは一年前の冬華の不吉な予言。おそらく彼女が言っていたのはこのことに違いないのだろう。

「――なあ、そのことについてなにか心当たりとかあるのか?」

「ここだけの話だが、ある。この世界の命運を揺るがす戦争に発展しかねない、とんでもないものが……。――だからアイギスには大至急、事の真相解明に尽くしてもらいたい。今後のこちら側の方針を決めるためにも、今は情報がほしいんだ」

 レーシスはマジの顔つきでオーダーを。

 そのあまりの迫真めいた雰囲気は、おそらくレーシスが知っているであろう事の深刻さによるもののはず。聞いてみたいが、毎回のようにまだ知る時ではないと言われるのが(せき)の山なので、ここは大人しく納得しておくことに。

「――はぁ……、わかった。じゃあ、とりあえずはアラン・ライザバレットを那由他と追えばいいんだろ」

「頼んだぜ」

「――それにしてもこんな見るからに大変そうな任務を、二人だけに押し付けるってどういうことなんだ? せめてもう少し人手がいてくれたら、こっちの負担が減るんだが……」

 肩をすくめながら、愚痴をこぼしてしまう。

「なんだ? 人員か欲しいってか? それなら喜べ。実は今日からアイギスに、新しいメンバーが加わることになってんだ」

「なっ!? 本当か! レーシス!」

 まさかの朗報に、思わず身を乗り出す。

「今日呼び出したのはそのことについて。那由他が来たらくわしく話してやるよ」

「――やっと人員が増えるのか……。これでオレも少しは楽になるかな」

「ハハッ、それはどうかな? レイジにしたら、さらに苦労するかもしれないぜ」

 待ちに待った新しいメンバーを喜ぶレイジに、レーシスは意味ありげな視線を向けきた。

「……不吉なこと言うなよ……。――まさか新しく来るメンバーは那由他みたいにやばい奴なのか?」

「――それは……、――俺から言えるのは、すべてレイジに任せたとしか言えねーな。ただ美少女なのは間違いないから安心しとけ!」

 一瞬言いにくそうに間を開けてから、サムズアップしてエールを投げかけてくるレーシス。

 その表情はひきつっており、もはや不安しかなかった。

「おい、かわいいからってすべて許されるわけないんだからな! そういうのは那由他だけでも精一杯なのに、これ以上オレの負担が増えたらどうしてくれるんだ!」

 手前のテーブルをドンとたたき、文句をいうしかない。

「このわたしがいつ、レイジに負担をかけたと言うんですかー!?」

 するとすぐ隣の席から、レイジの肩をつかんで抗議してくる那由他の姿が。

 いつの間に部屋へ入って来たのだろうか。全然気づかなかった。

「うわぁ! まためんどうな時に現れたな、那由他。いい加減、気配を消して近づくのはやめてくれ。心臓にわるいんだよ、まったく……」

「なんですかー、そのめんどくさい女が来たみたいな顔は!」

 那由他はムムムとほおを膨らませて、レイジへと詰め寄ってくる。

「――はぁ……、その通りだから仕方ないだろ。それでオレがどれだけ苦労してきたことか……」

「そこはちゃんと否定してくださいよー!? もー、本当に素直じゃない時のレイジは、わたしに冷たすぎです! 那由他ちゃん、思わず泣いちゃいますよー」 

 那由他は涙目になりながら、レイジの両肩をつかんでブンブン揺らしてきた。

「相変わらず仲がいいねー、お前たち」

「ふっふっふっ! 当たり前です! わたしとレイジは運命の赤い糸で結ばれてる仲なんですから! ですよねー! レイジ!」

 レーシスのツッコミに、那由他は得意げに笑いながらレイジの腕へぎゅっと抱き着いてくる。そしてかわいらしくウィンクして、同意を求めてきた。

 これにより女の子特有のいい香りと、マシュマロのようなやわらかい感触が押し寄せてくる。ただここで変に反応してしまうと、彼女をより調子に乗らせてしまう。あとレーシスも見ているため、ここはなんとか平然をよそおうことにした。

「そ、そんなことよりも新しいメンバーだ」

「な!? そこをスルーするんですか!? ――ですが今はそっちが問題ですね! これはどういうことなんですか、レーシス!」

 那由他はレーシスに指をビシッと突きつけ、問いただそうとする。

 この様子から彼女も今初めて知ったのだろう。ということはこのメンバーの加入は正規のものでないのかもしれない。確か那由他の話だと、彼女にメンバーを決める権限があったはずなのだから。




次回 ストーカーの女神?

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