157話 絶対絶命
「――ははは……、冗談きついぜ。まさか透にこんな隠し玉があるだなんてな……、――ッ!」
レイジが悪態をついていると、こちらに目掛けて一筋の疾風が。そのせまりくる閃光を、間一髪のところでしのぎ切る。
なにが起こったかというと、透が異常なほどの速度で突貫してきたのだ。もしこの強襲が先程までと同じであれば、力量差的にそこまで危機感を抱かずに済んだといっていい。だが今の透の動きは先程とは違う。彼がアビリティを発動した瞬間、あろうことか透のステータスが跳ね上がったのだ。
(――この速さ……、それに威力を見るに、筋力の方も上がってやがる。ステータス強化系のアビリティは、基本一種類のはずだろ!?)
さっきまでレイジと同レベルの速度であったが、今の透はこちらを軽く超えている。駆け抜ける速度はまさしく疾風そのもの。ゆえにとらえるのが非常に難しく、あまりの速さに翻弄されているといっていい。少し前にレイジが放った抜刀のアビリティによる斬撃も、その上がった機動力で見事に回避してみせたのであった。
(このままだといづれやられる可能性が大だ。クッ、結月の方もやばそうだというのに……)
透の圧倒的猛攻を防御に徹することでなんとかさばききる中、レイジは結月の方を見た。
すると結月が少し離れたところで伊吹と戦っている。戦況は結月が押され、劣勢の模様。
結月はまたたく間に迫りくる伊吹の大鎌から逃れようと、氷のアビリティをフルに使い完全に後手に回っている。なんとかして中距離戦に持ち込みたい結月だが、伊吹がそうさせてくれない。彼女は近距離特化型ゆえ、離れまいと食らいついているのだ。こうなるとデュエルアバター戦に慣れていない結月にはつらいだろう。しかも先程那由他が言っていた、伊吹のアビリティを聞けばなおさらだ。
結月は伊吹の止めどない連撃をかいくぐりながら、レイジ方面へと大きく飛び引いた。
それを見計らいレイジも結月の方へ後退する。それに対し透と伊吹の方も、レイジたちに追撃をかけず合流を。
「結月、大丈夫か?」
肩で息をつく結月にたずねる。
「――あはは……、あまり大丈夫じゃないね。伊吹さんの吸収のアビリティ、思った以上にやっかいで」
「ふれた相手の耐久値を奪うアビリティとは、えげつないにもほどがあるな。オレみたいな近接タイプだと、相性が悪すぎる」
そう、長瀬伊吹は吸収のアビリティの使い手。アビリティの効果は触れた相手のディエルアバターに対し徐々にダメージを与え、自身を回復させるというもの。なので彼女自身はもちろん伊吹のあやつる大鎌にも触れてはダメらしく、武器などで防いでも吸収されてしまうとのこと。よって伊吹の斬撃や武器同士が触れ合うつばぜり合いでも、その猛威が降りかかる。しかもこのアビリティの怖いところは、吸収時相手に負荷を。脱力感を与えることができる点。ゆえに非常にえげつないアビリティといってよかった。ただ救いがあるとすれば使用者の回復はほんのわずからしい。そのため相手の回復面においては、そこまで気にしなくていいのだそうだ。
「うん、だからこのまま伊吹さんの相手をするね。私ならまだ中距離で抑え込めるはず……。とはいってもいつまで止められるかわからないけどね、あはは……」
相性がわるいレイジの代わりに、伊吹の相手を買ってでてくれる結月。しかし相手が相手だけに、不安げな笑みを。
「頼む。本当はすぐに加勢に行きたいところだが、透も透で厄介でさ。今のところ時間を稼ぐのが精一杯だ。まあ、このままやられっぱなしは性に合わないから、そろそろ攻めに転じるつもりだけどな」
「あはは、じゃあ、私も頑張らないとね」
レイジの意気込みに、結月は両ほおをたたいて気合をいれた。
「向こうも休憩はおわりのようだな。来るぞ!」
レイジと結月は突撃してくる透と伊吹に、応戦を。先程と同じ相手同士でぶつかり合う。
「レイジくん、いくらキミでも、この力の前にはなすすべもないみたいだね」
ただ戦況はさっきとあまり変わらず、透の疾風のごとく猛攻を受けるしかない。
スピードを生かした、四方八方からのダガーの奇襲。さらには格闘による重い打撃の強襲。もはや透がアビリティを使う前で苦戦していたのだ。そこに全ステータスが一気に上がったとなれば、レイジに勝ち目はない。その圧倒的戦力差を前に、着実とダメージをもらっていく。
「ははは、そんなの、やってみなきゃわかんないだろ!」
「なっ!?」
見るからに劣勢の状況だが、レイジは不敵に笑う。
そして首元へ降りかかる斬撃を、紙一重ではじいてみせた。
「今の攻撃を完全に防いだ? くっ、ならこれならどうだい?」
今度はレイジの後ろに回りこんで放たれる、ダガーの煌めき。速度を最大限に発揮し周りこんでの一手ゆえ、こちらの反応が少し遅れてしまう。ゆえに精確無慈悲に繰り出される斬撃は、確実にレイジの背中をとらえていた。
「ハッ!」
だがその一撃をも、当たる直前で打ち落とした。
「そろそろその速さに、慣れてきたところだ!」
「まさかもう反応を!?」
「わるいな、透。こっちとらレイヴン時代、SSランクと何度も戦ってきてるんだ。だからこれぐらいのスペック差での戦闘は、結構慣れてるんだよ!」
今の透のデュエルアバターのスペックは、レイジより1、2倍ぐらい上であろう。結果、いくら力量が同じでも、そのスペック差により絶望的な状況に。常人なら叶わないと心が折れてしまうほどだ。
だがレイジはこのぐらい劣勢な戦いを、狩猟兵団時代すでに何度も経験しているといっていい。というのも相手がSSランクだともちろん同調レベルが高く、その分スペックが高くなる。なので案外こういった戦いに慣れており、そうやすやすとやられはしないのだ。
「今までやられた分、返させてもらう! 」
「ッ!? 来るか!」
レイジは刀を鞘に収め、抜刀のアビリティを起動。
透はその対応を見て、地を踏みしめた。
「叢雲抜刀陰術、三の型! 無刻一閃!」
「それならさらに上げて、仕留めるまでだよ! 極限、二式!」
叢雲抜刀陰術、三の型、無刻一閃。抜刀のアビリティによる斬撃のブーストに加え、一時的に機動力を格段に上げて放つ、超高速からの超斬撃。レイジの師匠であるSSランク、死閃の剣聖こと叢雲恭一が生み出した秘剣である。
それに対し透は、あろうことかレイジに真っ向から突っ込んできた。ただその速度は今までよりさらに早い。しかもそのデュエルアバターの動作具合から、機動力だけでなく全ステータスが上がっているのが見て取れる。どうやらまたもやアビリティで、デュエルアバターのスペックを上げたのだろう。
そして次の瞬間、死閃の斬撃と疾風の斬撃が目にも止まらぬ速さですれ違う。
「――ッ!? 透の奴、まだ上がるのかよ……」
「――これがレイジくんの剣か……」
互いに己が戦闘技術を存分に使い、放った渾身の一撃。その勝敗は両者、肩口を軽く切り裂かれる形に。
「ははは、いいぞ、透、最高だ! もっと戦いを楽しもうぜ!」
「――これでもとらえきれないとは……。どうやらなりふりかまってる余裕はなさそうだね」
飢えた獣のように笑うレイジに対し、透は冷静に現状を分析して狩人のような冷たい目を。
しかし両者戦意を膨れ上がらせる中、戦況が多き揺れ動く。
「キャッ!?」
「片桐さん、これでおわりだ!」
尻餅をつく結月に、伊吹の大鎌が。
どうやら伊吹の斬撃を防いだ衝撃で、吹き飛ばされたのだろう。結果無防備になった結月に、伊吹のとどめの一撃がせまる。
「結月!? ッ!? 間に合え!」
すぐさま結月を助けに行こうと。
だが。
「レイジくん、隙ありだよ!」
「しまった!?」
レイジが目を離した一瞬の隙を突き、透は特攻をかける。
さすがに今の隙は致命的すぎた。いくら反応できるようになったといっても、劣勢気味なのは変わらない。だというのに隙を与えてしまうとは。この状況下で防げるほど透の一撃は甘くない。ゆえに透のダガーの閃光は、レイジを完全にとらえることに。
もはや結月だけでなく、レイジも絶対絶命のピンチとなってしまう。
「「なっ!?」」
だが次の瞬間、透と伊吹は驚愕することに。
なにが起こったかというと、結月と伊吹の間に弓矢が。レイジと透の間に、投てきされた見覚えのある真紅の大剣が割り込んできたのだ。
透と伊吹は想定外の乱入者に距離を取りだす。
「オラ! 待たせたな! レイジ!」
「ここは自分たちが食い止めるっす! レイジさんたちはカノン様のところへ」
現れたのは二人。庭園へ上がり込んでくるアキラ。そして豪邸の屋根から弓を射るエリー。どうやら援軍として駆けつけてくれたようだ。
「ナイスタイミング! アキラ、エリー、ここは任せた! 結月、行くぞ!」
「うん!」
レイジは結月に合流し、彼女を立たせる。
そしてすぐさま二人でこの場を離脱するのであった。
次回 結月の覚悟




