143話 カノンの選択
「わぁー、屋上からの景色はなかなかの圧巻だね」
カノンは学園の屋上の扉を開け、タッタッタッとはしゃぎ気味にかけていく。
彼女に続き、レイジも屋上へ。見上げれば見事な夕焼け空。屋上からは十六夜島の街並みが見渡せ、遠くの方ではキラキラとオレンジ色の光が反射する海がどこまでも広がっていた。現在この場所にいるのはレイジとカノンだけだ。この二人だけの時間はカノンが帰らなければならない前に、ルナに頼んで作ってもらったのである。よってこの時間がおわればルナと再び合流し、カノンを元居た場所に送ってもらうことになるだろう。その前にレイジにはやらなければならないことがあった。
「カノン、聞いてくれ」
「うん? どうしたのかな? 改まっちゃって」
カノンは軽いステップでくるりとレイジの方へと、振り返る。そして透き通るように銀色の髪を風になびかせながら、ちょこんと小首をかしげてきた。
「オレは今からカノンを自由にするために動く。キミを鳥かごの中から連れ出し、みんなが過ごす外の世界へ送り届けてみせるよ。これはカノンの騎士になりたかったのと同じぐらい、してやりたかったことだから……」
レイジはカノンへと手を差し出し、みずからの覚悟を込めて告げる。
「――れ、レージくん、なにを言って……」
突然の意思表明に、目をふせ困惑するカノン。
そこへ。
「カノン、もちろん私も久遠くんと同じ想いよ」
結月がレイジの後ろからひょっこり姿を現し、胸に手を当て迷いなく伝えた。
「結月!? どうしてここに? 今日は外せない用事があるって……」
「あはは、ごめんね。少し準備に手間取り過ぎて、カノンのお外デビューに付き合えなかったよ」
目を丸くするカノンに、結月はかわいらしく舌を出しながら謝る。
「結月、首尾の方は?」
結月がここに来たということは、彼女に任せていた準備がおわったということだろう。
実は結月が今日これなかったのは、やらなければならないことがあったから。すべてはこの時のためにだ。
「バッチリよ。あとはカノンだけね!」
「準備? キミたちはいったいなにをしようとしてるのかな……?」
胸を押さえながら、おそるおそるたずねてくるカノン。
「ははは、言ったろ? カノンを自由にするって」
「私たちはアイギスは、これからアポルオンの巫女を外に連れ出す任務を実行するよ」
そう、レイジたちは裏で、ある計画を立てていたのだ。
その計画とはカノンを自由にする計画。昨日カノンが外に出られるという情報を得てから、レイジたちは水面下で動いていたのである。もちろん反対される恐れがあるため、カノンには内緒でだ。
「そういうわけだからカノン、オレたちの手を取ってくれないか? 必ずキミを外の世界に連れ出し、自由にしてみせるから」
「――もう、本当にキミたちは困った子たちだね。まさか私がいないところで、そんな恐ろしいことを企んでいただなんて……」
カノンはレイジたちの思いもよらない行動に、あきれるしかないようだ。
「カノンもわかってるよね。制御権がなくなった今こそ、あなたの理想を叶える好機。動くなら今じゃないの?」
現状彼女を縛る制御権はない。ゆえにカノンはやろうと思えば自由になれるとのこと。だが今だ彼女はその選択をしておらず、今まで通り序列二位の管轄下に。巫女の間から出ようとしていないのだ。
「確かにそうなんだけど、今のアポルオンは革新派のせいで混乱まっただ中。そんな状況で、象徴であるアポルオンの巫女がどっかにいったとなれば、余計に混乱を招く恐れがあるんだよ」
「――うっ、それはそうかもしれないけど……」
カノンの正論に、たじろぐ結月。
それこそ彼女が自由になりたがらない理由。今や革新派による内乱で、アポルオン内の統制があまりとれていない状況。そんな時にアポルオンの象徴であるアポルオンの巫女が居なくなると、さらなる混乱を生んでしまうと。ゆえにカノンは外に出て自由に動くわけにはいかないのだ。
「なあ、カノン。オレが思うに今のアポルオンを本当の意味で立て直せるのは、カノンだけだと思うぞ。革新派はもちろんのこと、保守派にだって怪しい動きがある。このなにが正しいかわからない状況でみんなを導くことができるのは、きっとキミしかいない! だから今こそカノン・アルスレインの旗を、掲げるべきだ!」
手を横にバッと振りかざし、熱くかたる。
「確かにこの道は困難だらけかもしれない。でもオレたちがカノンの理想が叶うよう全力でサポートしてみせる。キミ一人だけに重荷を背負わせたりしないから!」
「――レージくん……」
レイジの心からの説得に、カノンの瞳にはわずかだが迷いの色が。
「それにさカノンは外の世界にずっとあこがれていただろ。九年前も、そして今だってそれは変わってないはず」
「――な、なんでそう言い切れるのかな?」
「ははは、わかるさ。なんたって一昨日のエデンでの休日も今日も、カノンの目はずっと輝きっぱなしだったんだから。そう、あれは九年前、外の世界についての憧れをかたっていた小さいころのカノンの目そのもの。幼馴染のオレが言うんだから間違いないよ」
動揺を見せる彼女へ、得意げに笑いかける。
これまでカノンと過ごした時間を思い出す。一昨日のエデンでいろいろなところにいった時や、今日の街中でのやりとり。さらには十六夜学園へ来た時もそうだ。彼女は常に外の世界を心から楽しんでいた。まるで夢のような感じに。そんな目を輝かすカノンを見れば、どれだけ外の世界に憧れを持っているか容易に想像がついた。
「――うぅ……、なんか卑怯な言い方だね……。そんな風に言われたら、否定できないんだよ……」
目をふせ、スカートの裾をぎゅっとにぎりしめるカノン。
「カノン、今なら昔言ってた、いつか外の世界に出て、思いっきり自由な日々を過ごしてみたいという願いが叶うかもしれないんだぞ」
「――かもしれないね……、でも、それに関しては完全に私の私利私欲じゃ……」
カノンが抱く願いに訴えてみたが、彼女は首を縦には振ってくれなかった。本心ではそうしたいと思っているのだが、みずからに課せられた責務が邪魔をしているのだろう。
「くっ、相変わらず真面目だな……。――あー、わかった! こうなったら説得とか放っておいて、直球でいかせてもらう! カノン!」
このままでは拉致があかないと、打って出ることに。カノンの両肩をがっしりつかみ、彼女の瞳をまっすぐに見つめる。
説得材料は使い果たしてしまった。ならば最後に残った手段は、久遠レイジ自身の想いの言葉だけ。もはやはずかしさなどかなぐり捨てて、全力で彼女にぶつけようと。
「――な、なにかな? レージくん……」
「オレといつか外の世界で歩くことを、夢みてくれてたんだろ? それと同じようにオレもずっと夢みてたことがあるんだ。もう、ぶっちゃけていうけどオレはカノンと一緒に、このなにげない外の世界の日々を過ごしたかった。だから……」
「――だから……?」
「頼むから鳥かごの中から出てきてくれ! オレはカノンと一緒にいたいんだ!」
万感の想いを込めて、彼女に告げる。
これが久遠レイジの心からの想い。子供のころ抱いた、カノンとただ一緒にいたいという願いであった。
「――え……? ――え……!? ええ!?」
もはやカノンは唖然とするしかないようだ。口をパクパクさせ、固まってしまっている。
結月はというと後ろの方で目を輝かせ、なにやらうっとりとしていた。どうやらこのシチュエーションに感激しているらしい。
「――あ、あわわ、レージくん……、その……、今のって……?」
カノンは言葉の意味をようやく理解したのか、湯気が出るほど顔を真っ赤に。それから上目づかいで、おそるおそるたずねてくる。
「うん? オレのありのままの気持ちを言っただけだが?」
「――えっへへ……、だろうね。やっぱりレージくんは、鈍感さんなんだよ」
レイジの言葉に納得がいったのか、くすくすとおかしそうに笑いながらあきれだすカノン。
「そこまで言われたら、聞き入れるしかないんだよ!」
そしてカノンはまるで子供のころみたいにむじゃきな笑顔で、応えてくれた。
「じゃあ!?」
「うん、レージくんの手を取るんだよ。私を外の世界に連れていってほしい」
カノンはレイジの両手をとり、信頼しきった瞳を向け自身の願いを口にする。
となればレイジのやることはただひとつだ。
「ああ、必ずその願い、聞き届けるよ」
「でも私を連れ去るとなると、それ相応の覚悟はしてもらわないといけないんだよ。きっと保守派側や執行機関がだまっていないだろうしね」
「ははは、覚悟の上だ。今までずっと待たせた分、それぐらいの困難は甘んじて受け入れるさ」
「えへへ、頼もしいんだよ!」
レイジとカノンは心から笑い合う。まるで九年前に戻った時のように、むじゃきにだ。
「――あはは……、二人だけの世界が展開されすぎて、入る隙間がないよ……。というか私、もしかしてお邪魔虫? 説得にもあまり力になれなかったし……」
すると居心地がわるそうに、力なく笑う結月の声が。
「もちろん結月も頼りにしてるからね!」
「――あ、うん、任せて! カノン!」
落ち込んでいた結月であったが、カノンのフォローで持ち直し力強く返事を。
「でもレージくんたちの手を取る前に、一つやらないといけないことがあるんだよ」
そしてカノンは真剣な表情で、あることをかたるのであった。
次回 カノンの宣言




