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電子世界のフォルトゥーナ  作者: 有永 ナギサ
3章 第3部 鳥かごの中の少女

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139話 とある少女とのデート

 カノンとエデンで会ったのが一昨日。空は雲一つない快晴であり、まさにお出かけ日和びより。ぽかぽかとした陽気が心地よい。ここは十六夜島いざよいとうにある、広々とした広場。さまざまないろとりどりの花が植えられ、中心付近にはこの広場のシンボル的な存在。デザインの凝った大きな噴水ふんすいが水をまきあげ、すずしげな雰囲気をただよわせている。そよ風に運ばれる花の香りに、流れる水の音。そしてのどかな景色は疲れた精神を癒すにはもってこいの場所であった。

 そんな中レイジとある少女がベンチに座り、さっき店で買ってきた物で昼食をとっていた。

「これが夢にまで見た、できたてのジャンクフード! うん、おいしい! これはなかなかはまるんだよ!」

 カノンはぱぁぁっと顔をほころばせながら、ハンバーガーをかじる。

 どうやら彼女はこの安上がりのランチに、大変ご満悦まんえつしているらしい。ただお姫様であるカノンがこんな庶民的(しょみんてき)なものを食べるのは、少し違和感が。

「普通のハンバーガーショップにそこまで感激するとは……。こっちは安上がりで済んでいいんだが、もっと豪華(ごうか)なランチの方がよかったんじゃ……」

「わかってないなー、レージくん。そういうのはお屋敷(やしき)で、いくらでも食べられるんだよ。だがら普段、絶対食べれないものをチョイスするのは当然だよね」

 チッチッチと人差し指を振りながら、力説してくるカノン。

 聞いた話によると現在カノンがいるところは、人里離れた山奥の洋館。なので周囲にファーストフードの店どころか、飲食店の一つもないとのこと。なのでよけいにあこがれがあるのだろう。

「なるほど、そういうものなのか」

「あー、こんなおいしいものを好きな時に買えるだなんて、レージくんたちはずるいね。これはぜひ屋敷のシェフにスカウトしたいほどだよ」

 カノンはうっとりしながら賞賛し、ハンバーガーを幸せそうにほおばる。 

「ははは、そこまで気にいるなんて、案外カノンは庶民派のお姫様なんだな。――ふう、それにしてもまさかカノンとこんな形でランチするだなんて、数日前のオレには想像もつかなかったよ」

 そんな彼女にほっこりしながらも、快晴の空を見上げ感慨かんがいにひたる。

 するとカノンも空を見上げ、この楽しい日々に思いをはせだした。

「えっへへ、エデンで遊ぶだけじゃなく、こうして現実の外でピクニックだもんね。サージェンフォード家当主さんの大判ぶる舞いに、感謝しなくちゃ!」

 こうしてカノンといられる理由は、一昨日あったエデンでの休日の延長みたいなもの。

 なんと序列二位サージェンフォード家当主が、以前からカノンが申請(しんせい)していた現実の外の街に出向くことを許可してくれたのだ。なんでもこの件サージェンフォード家次期当主であるルナが、いろいろ手を回してくれ実現したらしい。

 エデンの巫女(みこ)であるカノンが外の世界に出向くのは、彼女の身に危険がせまる可能性も。だが革新派(かくしんは)がカノンの助力を願うなら、彼女の反感をそうそう買うわけにはいかないのだ。というのも今や制御権がなくなったせいで、どこもエデンの巫女の力は使えない。もはやカノン本人しかその力を使いこなせないがゆえ、友好的に事を運ばないといけないわけだ。

「でも結月のことは残念だったかな。まさかこんな日に、外せない用事が入るだなんて……」

 カノンはしょんぼりと肩を落とす。

 彼女の外での休日は大変喜ばしいもの。だがとある理由でカノンの親友である結月は、一緒に行動できないのであった。よって手のあいているレイジが、カノンのエスコートをすることになったのである。

「結月もかなり残念がってたよ。だから自分の分もカノンを楽しませてあげてと、お願いされていたんだが……。――なあ、カノン、本当にこんな休日の過ごし方でいいのか? 当てもなくただ街中をぶらぶら歩くだけだなんて」

 実は朝からカノンと一緒に行動しているのだが、とくになにもすることなく街中を歩きおしゃべりしているだけなのであった。せっかく外に出れたのだから、もっと外の世界を堪能(たんのう)するため観光したり、遊んだりした方がいいはず。しかし彼女の意向で、街中をただぶらつくだけになってしまっているのだ。結月からお願いされていたこともあって、これでいいのかと少し心苦しかった。

 そんなレイジの気がかりとは裏腹に、さぞ満ち足りた反応をみせるカノン。

「えへへ、大丈夫! 私はすごく充実した日々を過ごさせてもらってるんだよ!」

「え? ただどこにもよらず、歩きながら二人でしゃべってただけだぞ?」

「もー、レージくん、それがいいと思わないのかな? こうやって(なま)の街中の風景を楽しみながら、幼馴染の男の子とおしゃべりする。私にとってこんなにも有意義な休日の過ごし方は、そうそうないといえるんだよ!」

 カノンはレイジの上着を揺さぶりながら、かわいらしくウィンクしてくる。

 ここまで言われると、さすがにテレるしかない。

「――まあ、カノンがそれでいいならいいんだが……」

「えへへ、おかげでレージくんのことや外の世界のこと、いろいろ知れちゃった!」

「なんか一方的にオレの体験談をかたってばかりだったな」

 これまで彼女のせがむままに、狩猟兵団レイヴンやエデン協会アイギスでレイジが体験してきたことを、いろいろ聞かせてあげていたのである。それに対しカノンはというと、まるで子供が絵本を読んでもらっている時のように目を輝かせ聞き入っていたといっていい。

「外の世界を知らない私には、どれも興味深いものばかりだもん。だからなにげない日常とかでもいいから、もっと聞かせてほしいなぁ。ダメ、かな?」

 アゴの指を当て小首をかしげながら、ねだってくるカノン。

「ルナさんたちと会う約束の時間まで、まだ余裕があるか。なら、お姫様のお望み通り、オレのありふれた日常をかたるとしようか。アリスもそうだが、那由他やゆきたちとの逸話(いつわ)も結構あるからな」

 実は昼からはルナたちと会う約束をしていた。だが目的の場所にたどり着く時間までに、まだ余裕がある。なので彼女のご所望(しょもう)どおり、レイジの体験談を再びかたる事にする。このぐらいで満足してくれるなら、お安いごようというものだ。

「やった! えへへ、楽しみだなぁ!」

 こうしてレイジとカノンは、もうしばらくのんびりとしたひと時を過ごすのであった。



次回 カノンと学園

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