126話 カノンの本音
「むーーーー」
(――ヤバイ、気まずすぎる……)
今レイジの目の前にはかつて誓いを交わし、ずっと力になってあげたかった少女の姿が。
ここは結月の部屋で、互いに向かいどうしに席へついている状況である。ここでの問題はカノン・アルスレインがひどくご立腹だということだ。恨めしそうにレイジをにらみつけていた。
(結月さん!? 話の場をもうけてくれたのはすごく助かるんだけど、これはちょっと……)
なぜこんな状況になっているのか。それは結月にここで待っているようにと言われていたので、しばらく待っているとまさかのカノンがこの部屋に入ってきたのだ。レイジもそうだが、カノンも予想外だったのだろう。互いに見つめ合うこと数秒、彼女はすぐさま結月に連絡をとり話しだす。そして結月と話をおえて不服そうに席に着き、この状況に。
ちなみにここまでの経緯に関しては、カノンが教えてくれていた。なんでも序列二位側から、エデンでの自由時間をもらったらしい。巫女の制御権がなくなった今カノンに出ていかれるのはまずいと、ご機嫌とりをかねているのだろうということ。そういうわけでカノンは結月と二人で、エデンでの時間を過ごすことになったのだそうだ。そして結月はそのタイミングを見計らい、カノンに会う前にレイジに。そしてレイジの想いを聞き届け、二人を会わせようと計画してくれたらしい。
「むー、結月にしてやられたんだよ。少し部屋で待っててと言われて来てみたら、まさかのレージくんがいるんだもん。私がキミと話すのを応じないと見越して、こんな手を使ってくるだなんて」
にぎる拳をワナワナ震わせながら、悔しそうにするカノン。
来て早々結月に抗議の連絡をしたカノンであったが、言いくるめられてしまったらしい。
久遠くんとしっかり話をつけるまで、私は帰らないからといって。しかも部屋にはご丁寧に、中から出れないようロックされているときた。なのでカノンはしかたなく、こうしてレイジと話す事になってしまったのであった。
「それでレージく、ご、ゴホン、久遠さん、キミもここにいるということは、当然一枚噛んでいるんだよね?」
そしてカノンはジト目を向けて、問うてきた。
「――ま、まあ、そうなるな……。計画して実行したのは結月だけど、そもそも会いたいと言ったのはオレなんだから」
「アポルオンの巫女である私を拉致るなんて、二人ともいい度胸してるんだよ。いくら私の権限が弱いとはいえ、執行機関をぶつけることぐらい余裕なんだから」
腕を組みながら、ぷんすか怒りをあらわにするカノン。
「強引に連れ込んで悪かったよ。でもオレはどうしてもカノンともう一度話をしたかったんだ」
「私はなにも話すことなんて、ないんだけどなぁ」
頭を下げるレイジに、カノンはそっぽを向きながら告げてくる。
まさに取り付く島もないというもの。おそらくだまされる形で連れ込まれたことにご立腹で、余計に話たくないとみた。
(――ダメだ、このままだと……。なんとかしてカノンと話せるようにしないと)
このままではいつまでたっても平行線。なのでレイジは打って出ることに。
「――そっか……。カノンはそこまでオレのこと、嫌いになってしまったんだな……。もう、話たくないのは当然のこと、顔すら見たくないって。ならこれ以上無理させるわけにはいかない。オレはカノンの前から消えるべきってことか……、――ははは……」
がっくりうなだれ、絶望のどん底にたたき落とされたような表情をしながら自嘲ぎみに笑う。
「え!? あの、レージくん!? 別にそんなこと、全然思ってないんだよ!?」
すると両手を横に振り、必死に否定してくるカノン。
「――ははは……、無理しなくていいよ。そこまで突き離すってことはそういうことなんだからさ……」
顔を机につけぐったりと力なく笑う。
「――こ、これは、その……」
レイジのどんよりオーラに、あたふたするカノン。
これは一種の賭け。もしこのまま見送られたら次会う時非常に困るが、レイジとしてはそうならないと踏んでいた。
小さいころのカノンは非常に心優しい女の子。成長した彼女のそばにいる結月や那由他もそう言っていたのだから、今も変わっていないはず。だから必ず食いついてくると。
「ち、違うの!? レージくんは私の大切な幼馴染なんだもん! 嫌うなんてありえないんだよ! これはその意地というか……。――ごめんね、こんな態度とられたら傷ついちゃうよね。私レージくんの気持ちを考えないで一方的に……。でも、信じて! 私はレージくんのことを!」
レイジがやり過ぎてしまったせいなのか、カノンは涙目に。そしてスカートを両手でギュっとにぎりしめながら、必死に自身の想いを訴えてきた。
「えっと、えっと!? じゃ、じゃあ、オレと普通に話してくれるのか?」
このままではシャレにならないと、あわてて話に割り込む。
「もちろんだよ! いっぱいお話しよう!」
するとカノンは両腕を前に出して、歓迎ムードでやさしくほほえんでくれた。
少し心苦しい気もするが、作戦はうまくいったようだ。これなら先程と違って、ある程度彼女と話ができるだろう。
「ふう、なんだかやりすぎた気もするが、とにかく成功っと」
「だからそんなに傷つかないで! ――え? 今、成功って?」
小声での勝利の言葉が聞こえてしまったようで、カノンは怪訝そうにたずねてくる。
「あ、ははは、カノンは素直すぎるから、小さいころと同じくだましやすくて助かるよ」
ここまで来たら白状するしかない。笑いながら、作戦だったとバラすことに。
「れ、レージくん! ひどくないかな? 昔と同じでそんな手を使って!」
「いやー、昔のカノンは箱入りお嬢様すぎて、なんでも信じちゃう女の子だったからな。オレなりに将来を心配して、いろいろ勉強させてやろうとしてたんだぞ。これも、その一環だよ」
胸元で両腕をブンブンしながら、まるで子供のように悔しげに抗議してくるカノン。
そんな彼女にほほえましい視線を向けながら、しみじみとかたる。
九年前のカノンと初めて出会った当初。彼女の箱入りお嬢様ぶりには驚かされたものだ。屋敷から出れないためいろいろ知らないのはもちろんのこと、なにより素直な性格からか相手を疑うことを知らずなんでも信じこんでいたのである。そのためレイジがよくからかって、カノンの反応を楽しんでいたのであった。
「あれ、絶対そんな深い意味なんてなくて、ただ楽しんでいただけだよね!」
当然カノンは納得がいかなさそうに、ジト目でツッコミを。
「――ははは……、そんなわけ……」
「――はぁ……、もういい。観念するんだよ。ここまで場を作られたら、話すしかないもん。それでレージく、いや、ごほん、久遠さんはなにを話たいの?」
ここまでのやりとりでいろいろ疲れたのか、肩をすくめながら観念してくれるカノン。
「もちろん昨日の件だ。カノン、オレのアイギス除名の件考えなおしてくれないか?」
「いやだよ。それについてはもう決めたことだもん」
レイジの頼みを、カノンは瞳を閉じ問答無用で却下してくる。
いくらちゃんと話せるようになったとはいえ、やはり一筋縄ではいかないらしい。
「原因はオレなんだよな。オレがカノンとの誓いを……」
「うん、そうだね。キミがわるい。私、すごく怒ってるんだから」
カノンは深くうなずき、険しいまなざしを向けてくる。
「――やっぱりか……」
レイジの予想が的中したことで、さすがに肩を落とすしかない。
まだほかの理由ならいろいろ手を打てたかもしれないが、レイジがわるいとなれば潔く身を引くべきだろう。あの誓いの件で、レイジにはなにも言う資格がないのだから。
受け入れるしかないのかとあきらめていると、カノンが胸に手を当て悲痛げに訴えてきた。
「――ねぇ、どうしてなの? レージくん。どうして私なんかを追ってきてしまったの? キミの人生を無茶苦茶にしてまで、あんな途方もない誓いを叶えようとしてしまったのかな? 私、言ったよね。レージくんには私の分も普通の人生を歩んで、幸せになってほしいって。だというのにキミはこんなところにまで……」
そして心底悲しげに目をふせるカノン。
そう、彼女は始めレイジが力を手に入れ再び戻ってくることに対し、反対していた。
その生き方は久遠レイジの本来あった普通の日々を、犠牲にすることにつながる。だからあきらめて幸せな人生を過ごして欲しいと、言い聞かされたのを思い出す。ゆえにカノンは怒っているのだ。少女の淡い夢物語を真に受け、こんなところにまで来てしまったレイジを。
「こんなことになるなら、レージくんのこと調べておくべきだったよ! バカしてるキミに会いに行って、止めさせるべきだった! ありえない夢を見続けておきたいなんて邪念を抱かなければ、気付けたのに……」
カノンは両手で頭を抱えながら、後悔の念にかられだす。
子供のころの誓いなど、本来あまり本気にしないもの。それが困難であれば困難であるほどなおさらだ。よってカノンがうれしさのあまり舞い上がりついやってしまったあの誓いを、実際に果たそうとするなんて普通はありえない。調べればそこには久遠レイジの普通の生活しかなく、もはや当たり前の現実を再確認するだけ。だからこそカノンは調べたくなかったのだろう。現実さえ見なければ、夢を見ることはできる。カノンも年ごろの女の子ゆえ本来ありえないその淡い夢に、心のどこかで浸っていたいと思ってしまったのかもしれない。
「いや、それだと逆効果だったと思うぞ。カノンにやっと会えたうれしさで、今まで以上にあの誓いを追い求めたはずだ。説得なんて耳に入らず、そのままついていこうとする勢いで」
そう、もしカノンがレイジを止めようと会いに来たとしたら、逆効果になるに違いない。
レイジはいくら力を求めても、カノンに会えないことに絶望していた。そんな時、彼女が会いに来ていたらどうなっていたか。まったく届きそうになかったものが、急に目の前に現れたのだ。もはや自分のやってきたことが無駄でなかったと知り、彼女への想いに焦がれていたはずだ。
「どうしたにせよ、八方ふさがりだったってこと? ――はぁ……、レージくん、面倒くさすぎるよぉ。昔からそうだったけど、どうしてそんなに強情なのかな。もう少し聞き分けのいい子に、育ってほしかったなぁ」
今度はカノンが机に顔をつけ、がっくりうなだれる。
「ははは、性分だし仕方ないさ。だからカノンとのあの誓いをずっと、なにがなんでも叶えたいと想い続けていたんだ」
「――はぁ……、結局、すべての元凶は私だったってことなのかな。レージくんにあんな誓いを、交わそうとしなければ……。あー、もう、あの時の女の子全開の私が恨めしいよぉ。私のばかばか」
レイジの心からの宣言に、カノンは頭をポカポカたたきながら自身の過ちを責めだした。
ただその昔の時のようなかわいらしい感じがすごくほほえましく見えてしまい、思わず吹き出してしまう。
「むー、そんなに笑わないでくれるかなぁ」
「ははは、わるいわるい。成長しても昔のカノンなんだなって思ってさ」
はずかしそうに視線をそらしいじけるカノンに、笑いながらも感慨に浸る。
「いつもはこんなんじゃないんだよ。もっとビシッと凛々(りり)しくしてるんだからね。今日はほら、レージくんとこうして話せているのがなつかしくて、ついなんだもん」
チラチラとレイジに視線を向けながら、手をモジモジさせるカノン。
「ははは、わかった、わかった。――ああ、それにしてもよかったよ」
レイジは笑いおえ、思わず安堵の息をこぼす。
「なにがなのかな?」
「今までの話を聞いて、少し安心したんだ。カノンが怒ってるのは、寄り道ばかりして、来るのが遅くなったからじゃないかって」
「なんでそうなるのかな? レージくんはあんな無謀な誓いを叶えようと、こんなところにまで来てくれたんだよ。私だって中身は普通の女の子。もうときめきすぎて、キュン死しちゃうぐらいにうれしいんだから……」
カノンは胸をぎゅっと押さえ、はにかみながらも顔をほころばせる。
「――そ、そうなのか……」
そんなどこかうっとりとした反応されると、さすがにどぎまぎするしかない。
「はっ、違うよ! 全然うれしくなんかないんだよ! 怒って怒って堪忍袋の緒が切れそうなぐらいなんだから!」
しかしカノンは今自分がなにを口走ってしまったのか、気付いたらしい。両腕を胸元でブンブン振りながら、あわてて訂正しだした。
「――は、はぁ………」
「――ぐぬぬ……、もういいんだよ! この話はおしまい! 今日は楽しい楽しいお出かけの日だもん! この件はまた今度! さて、はめてくれた結月に文句を言いに行かないとだね!」
あまりに分がわるい空気だったのか、カノンは強引にも話をおわらせ勢いよく立ち上がる。
どうやら話はここまでのようだ。彼女にも彼女の時間がある。聞けば今日は久々(ひさびさ)の自由な時間らしいので、あまり長いこと拘束するわけにはいかない。一応成果もあったので今日は引いとくべきだろう。
「そっか。楽しい時間を邪魔しても悪いし、話はここまでか」
「うん、そういうことだからレージくんも! あ、ううん、久遠さんも行くよ!」
ここでお別れと思っていると、カノンがどこかテレくさそうに手を差し出してきた。
「え?」
「ついて来ないのかな?」
「――ああ……、もちろんいくさ」
あまりにも予想外の言葉に一瞬意味が分からなかったが、なんとか理解し首を縦に。そして差し出された彼女の手をつかむ。どうやらここでお別れではなく、カノンたちに付き添っていいらしい。
「どうせここで連れていかなかったら、結月にいろいろ言われるのは明白だもん。――し、しかたなくなんだからね!」
ほおを赤らめながら、ぷいっと顔をそむけるカノン。
「ははは、なるほど」
「えへへ、久しぶりの休日ということで、今日はめいっぱい楽しむんだよ!」
そしてカノンはにっこりほほえみながら、目を輝かせる。
こうして彼女と共に、エデンでの時間を過ごすことになったのであった。
3章 第1部 姫のもとへ 完
次回
3章 第2部 姫の休日




