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電子世界のフォルトゥーナ  作者: 有永 ナギサ
2章 第4部 尋ね人との再会

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115話 終幕

「――これはいったい、どういうことなのでしょう……」

 今のレイジの豹変(ひょうへん)ぶりと刀に宿(やど)る黒い炎を見て、那由他は困惑するしかない。あの対象を破壊し尽くす黒炎は柊森羅が使っていた炎と同じ。なぜレイジがあのアビリティを使えているのだろうか。

「くおんめぇ! あれだけ使うなと念押ししてたのに、使いやがってぇ! まな! 制御権の破壊の方はどうなってるー?」

 するとゆきはなにかを知っているのか、レイジに対し血相をかえだす。急がないと、マズイことになるといいたげに。

「えっとぉ、ざっと70パーセントってぐらいですかねぇ。あともう少しだけ時間をいただければ破壊できると思いますぅ」

「あのバカが早まったせいで、もう時間に余裕がないかぁ……。よぉし! ゆきも破壊工作に力を貸すから、一気におわらすぞぉ!」

「え? でも幻惑(げんわく)の人形師との、所有権の奪い合いの方はどうするんですかぁ?」

「あんな奴の相手なんて、もうしてられるかぁ! こうやってゆきの全力全開でもぎ取ってやるもん! おらぁ!」

 ゆきが宣言と同時に、(かい)ざんの出力を大幅に上げた。するとさっきまで押され気味だった所有権の書き換えが、またたく間に優勢へと。その勢いはもはや80パーセントをこちらのものにするほど。圧倒的暴力でねじ()せ、奪いさっていった。

 ゆきの大胆(だいたん)な一手により、リネットの方は信じられないという表情を。だがそれもつかの間、悔しそうに再び改ざんに集中しだす。

「さすがゆき姉さまですぅ! 一気に所有権の方を、こちらのものへと書き換えてしまうだなんてぇ。マナ、感服(かんぷく)いたしましたぁ!」

 彼女のあまりのすごさに、マナははしゃぎながら称賛を。

 その感激のしようから、どれほどゆきのことを(した)っているのかわかってしまう。

「ふっふーん、どぉだぁ! これが剣閃(けんせん)の魔女の底力ってやつだぁ! 今のうちにまなの方もたたみかけてぇ。なゆたも向こうが主有権を戻そうと躍起(やっき)になってるうちに、破壊作業を!」

 ゆきは腕をバッと前に出し、声高らかに豪語しだす。そして那由他たちの方に振り返り、気合いの入ったオーダーを。

「そうですね、今はぼやぼやしてる時ではありません! レイジのためにも、一刻も早く制御権を破壊してこの戦いをおわらさなければ! 那由他ちゃんの方も鍵の出力を最大に! この一瞬にすべてをかけましょう!」

 その言葉で我に返り、那由他は今やるべき最善の行動に移った。

 そう、現状レイジのことを心配しても、なんにもならない。今は少しでも早くこの戦いをおわらせ、レイジにあのアビリティを使うのを止めなさなければならないのだ。見ればわかる通り、あのアビリティは異常。最悪レイジ自身に(がい)をおよぼしかねないのだから。

(レイジ、どうかもう少しだけ耐えていてください!)

 那由他は心から(いの)りながら、制御権の破壊に移った。




 


「ハァァァァァッ!」

 レイジは己が内からでる衝動に任せ刀を振るう。もはや戦術などなにひとつ考えず、ただ愚直に狂ったかのごとく放ち続ける斬撃。その勢いは自身のすべてが燃え尽きるまで決して止まらないほど。

 黒炎を宿(やど)した剣閃は標的を漆黒(しっこく)にぬりつぶすといわんばかりに乱舞し、剣戟(けんげき)とどろかす。そしてアーネストの天賦(てんぷ)のごとく剣を見事とらえていた。

「クッ、剣鬼のごとく(まが)々しくも過激な斬撃だ。自分の剣のじんを一人で食い破ってくるほどとは……」

 アーネストは先程のように捨て身の攻撃はせず、彼本来の戦闘スタイルである堅牢(けんろう)な剣技の陣をもちいて戦っていた。

 もしレイジの刀がこれまでと同じならば、斬撃を防御アビリティで防ぎ捨て身の攻撃を幾度となく繰り出せていたはず。しかし今のレイジの刀は、災禍(さいか)の魔女のすべてを飲み込む漆黒の炎をまとっている。そんな剣で斬られれば、いくら鉄壁てっぺきの防御アビリティであろうとただでは済まないのは明白。おそらく彼はそのことを直感し、防御重視の剣に切り替えたのだろう。

 だがそんな剣による陣は今、レイジの猛攻によりくずされかけていた。それが意味することはレイジの剣技が、格段に上がっていることにほかならない。アリスと二人がかりでやっと攻略できかけていたアーネストの防衛網(もう)を、単独で攻め落とせるほどに。

「もはや軽傷で勝つことは不可能か。ならば致命傷覚悟でキミを倒すまでだ!」

 このままではけずられ続け分が悪いと踏んだのか、アーネストは攻撃に(てん)じる。

 レイジに襲い掛かるは、的確なタイミングで放たれる抜群の精度を誇った剣閃。それは一撃だけではおわらず、彼の常人とはケタ違いの技量により連続で繰り出され続けるのだ。

 先程のレイジではさばききれず、なすがままだった連撃。バランスをくずされとどめの一撃を受ける未来しかなかったが、今のレイジは違う。すべての剣戟を圧倒的反応速度でとらえ、はじき返した。

「黒炎よ。鎧ごと、()らい尽くせ!」

 紙一重にさばききった瞬間、レイジは地をりアーネストへ突撃。すれ違いざまに破壊の炎をまとった一閃をたたき込む。

「ヌッ!? やはりその炎、この鉄壁の鎧を貫通(かんつう)してくるか……。だがそれよりも今の連撃をしのぎ切り、反撃までしてくるとは。本当に恐ろしい男だな、キミは!」

 レイジの振り返りぎわの一撃を防ぎながら、アーネストは感心の言葉を口にする。

「今のオレはスイッチが入って、もう歯止めが()きやしない。この闘争の飢えを満たすため、だだ獲物斬り()せるだけだ!」 

 レイジとアーネストは、己が剣技のすべてをもちい(やいば)(まじ)える。互いに目の前の相手だけはどれだけ負傷しようと、しとめきる気だ。もはや差し違えてもというほど、苛烈(かれつ)剣戟(けんげき)を両者繰り出していた。

 今や戦況はほぼ互角。レイジのこれまでのブレーキがなくなったため、出し惜しみなくその力を振るえているのだ。ゆえに無意識でも身体が勝手に動く。刀の振りから、防御、反応速度まで、さっきのレイジとは比べ物にならないほどの力量を発揮(はっき)しているのだ。これならばアリスと闘った時、小細工なしに真っ向からやり合えるぐらいである。

(もっとだ、もっと力をよこせ! この人に勝たないと、なんのためにオレは!)

「うぉぉぉぉぉぉーッ!」

 レイジはおたけびを上げながら、躍起(やっき)となって刀を振るう。

 もはや今のレイジは正気ではない。かつての狂気の道へとひたすら()ちていき、力を渇望(かつぼう)し続けている。なので森羅からもらった破壊のアビリティを、精神的疲労をかえりみず行使して止まらない。限界以上にその力を引き出し続け、暴走状態といってよかった。

 本来ならかつての自分に戻ったとしても、ここまで力を引き出すことは不可能だろう。守るための剣を求めると、アリスへの想いが邪魔をするのと同じ。破壊の剣を振るえば必ずカノンへの想いがどこかでよぎる。みがき続けてきた分、その迷いは守るための剣を選んでいた時よりマシだが、少なからず剣のキレをにぶくしてしまう。

 だが今のレイジにはこの迷いがない。アリス戦での最後の一刀(いっとう)と同じ。想いによって一時的に求めていたモノの(しん)にせまり、迷いなく本来だしえない力を発揮する。これが再び今のレイジに起こっているのだ。

 その原因はいわば、カノンとの(ちか)いの道が閉ざされたことによる現実逃避。これ以上その絶望を感じたくないがゆえ、アリスへの想いに身をすべて(ゆだ)ねているのだ。堕ちれば堕ちるほど狂気に支配され、傷つかなくてすむと。

 この思考がレイジを破壊のアビリティへの深淵(しんえん)へと、さらにいざなう。通常ならば破壊のアビリティを使うにしても、想いの葛藤により軽くしか手を伸ばせないはず。だが、今は嫌でもカノンへの想いを振り切りたいがために、躊躇(ちゅうちょ)なくつかんでしまっている。結果、そのあふれ出るあまりの力に()せられ、本来以上に破壊の剣に染まっていた。

「ハァッ!」

「フン!」

 黒炎の刀とアーネストの剣による渾身(こんしん)の一撃同士が激突。両者そのあまりの衝撃にはじかれ後方へと下がった。

「――これが久遠レイジの本来の剣か……。剣の速度に技のキレ、おまけに反応速度まで格段に上がっている。フッ、恐れ入ったよ。これほどの力があれば、この先も十分やっていけるだろう」

「ははは、今さらお(すみ)付きをもらったところで、大して喜べませんね。すでに彼女と共にある道は、閉ざされてしまったんですから。そう、再び闘争という名の深淵(しんえん)に足を踏み入れてしまったオレは、このまま堕ちていくしかない。立ちはだかる者を斬り()せることに快楽を感じ、獣のごとくむさぼり尽くすしかできなくなってしまうはず……。――ははは……、自分でいうのもなんですけど、ほんと狂ってますね」

 彼の心からの称賛に対し、レイジは顔を片手でおおいながら自嘲気味に笑うしかない。

「そう自分自身を卑下(ひげ)するものではないぞ。今のキミの剣、相対(あいたい)することで見せてもらったが、嫌いにはなれん。確かに表向きだと、闘争という修羅(しゅら)の道に染まったどうしようもない剣だ。だがその根幹(こんかん)には確固とした信念があると見た。おそらく自身のためでなく、大切な誰かのために振るっているのだろう。ならば胸を張ってもいいと思うが?」

「――それは……」

アリスと誓い合った時の光景が、脳裏によぎる。

 そう、この破壊の剣はアリス・レイゼンベルトという少女を、一人にさせないためのものなのだから。

「フッ、改めて思うがキミは本当にすごい人間だな。フッ、言ってしまえば度を超したお(ひと)()しというべきか。自分のためでなく他者のために、そこまで剣を振るえるのだからな。そんなキミに敬意を示し、この一刀(いっとう)(ささ)げよう」

 アーネストは突如装備していた(よろい)一式を消した。どうやら防具をアイテムストレージにすべてしまったのだろう。そのため今の彼は、鎧による重さの動作減衰がなくなったということ。

 これはレイジにとってあまりよくない事態。実は今までアーネストと互角以上に斬り合えていたのも、その鎧があってこそ。剣の腕ではレイジよりひとつ頭飛びぬけている彼だが、鎧による動作制限のアドバンテージで剣さばきがにぶくなっているのだ。そのためレイジは彼の剣にくらいつけていたといっていい。

 アーネストにしてみれば自身の防御アビリティが意味をなさなくなった以上、動きがにぶくなる鎧は足を引っ張るだけ。妥当(だとう)な判断だろう。ゆえにここからは動きの制限がなくなったため、アーネストの剣技が最大限いかされることに。いくら暴走により限界以上の力を引き出せているレイジでも、これまで通りにはいかなくなる恐れが。

「防御を捨ててすべてを攻撃に回すつもりか。ははは、これはオレも腹をくくらないとな」

 レイジはよろめきながらも左手でひたいを抑えつつ、破壊のアビリティの演算を開始する。

 すでにレイジの精神的疲労は限界を超えていた。暴走状態で自身の身をかえりみずアビリティを使いすぎたせいで、演算による反動が激しいのだ。おそらくこうやって戦えるのも、あとわずかであろう。

(――この分だと黒炎による斬撃も、あと一、二発が限度か……。まあ、もっと狂気に堕ちれば、まだ撃てるだろうけど……)

 普通のアビリティなら、精神的疲労によって演算ができなくなり不可能。だがこの森羅からもらったアビリティはかなり特別性で、普通の演算方式と違っているのだ。その方法はズバリ自身の破壊衝動をくべること。破壊を願う想いが炎となって具現化し、対象を破壊の概念(がいねん)で飲み込むのである。

 そのため破壊のアビリティはレイジと非常に相性がいいといっていい。アリスと共に堕ちていった狂気の想いを解放することで、黒い炎を幾度となく操ることができるのだから。

 実のところこれがここまで暴走している要因の一つでもあった。行使すればするほど破壊の剣の想いが(よみがえ)り、かつての自分に戻っていく理屈という。

(――でもさすがにきついな……。カノンへの想いが痛くてたまらない……)

 理論上想いが尽きない限り幾度となく放てる破壊のアビリティだが、レイジの場合は制限があった。というのもカノンへの想いが悲鳴を上げ、それが反動となってレイジに押し寄せてくるのである。アリスの道に堕ちれば堕ちるほど、カノンへの想いを踏みにじることになるのだから。

「それでもオレはカノンのために、止まるわけにはいかないんだ!」

 レイジは立ち込める弱気を振り払い、破壊のアビリティを。刀に漆黒(しっこく)の炎が燃え盛り(きら)めく。

 両者相手の動きを一瞬たりとも見逃さないと、視線を交差(こうさ)し合った。

 そして同時に地を()る。互いに加速の勢いをつけながら、己が最高の一撃を繰り出そうと剣を振りかぶる。大気を切り()きながら疾走し、距離をまたたく間に詰めていく二人。死力を尽くした渾身の一撃同士ゆえ、これで決着がつくだろう。

(なんて洗練された動きだ。これだと勝ててもほんとギリギリになるぞ)

 接近する間に、アーネストの放つ圧倒的重圧が襲い掛かってくる。

 鎧がなくなったことでその機動力は一気に上がり、剣を振るうのになんらさまたげもない。そんな状況からの完成された剣技。その神がかった動作を見るだけで、もはや打ちあう前から負けたと思ってしまうほど。

(――ああ、ほんとしびれる。できるならこのままアーネストさんと、死力を尽くした決着という最上級の刹那(せつな)を味わいたかったな……)

「ははは」

 レイジは思わず吹き出してしまった。この最終局面で不釣り合いな笑み。なぜかというとここにきて、あることに気付いてしまったからだ。

 アーネストはその反応に気になったのか、突撃しながらも(まゆ)をひそめる。

「いやー、すみません。後できつく言い聞かせとくので。こんな最高の場面に横やりを入れるなって!」

 次の瞬間レイジの顔すれすれに、なにかがものすごい勢いで飛翔(ひしょう)していった。

 レイジは一瞬だけ視線を後ろに移す。そこには自らの太刀(たち)を投てきした直後のアリスの姿が。そう、彼女はもうエデンに踏みとどまるのが精一杯だというのにも関わらず、最後の最後でレイジとアーネストの死闘に割り込んできたのだ。

 無粋(ぶすい)だと抗議の視線を送る。

 するとアリスはレイジばかりずるい。アタシたちは二人で一つなんだから独り占めはよくない、みたいな感じで笑いかけてきた。

「ッ!? そういえばキミたちが黒い双翼(そうよく)(やいば)だということを、忘れていたよ!」

 アーネストは飛来(ひらい)するアリスの太刀を間一髪、姿勢を低くしてやり過ごした。だがその予想できなかった横やりへの驚愕と、回避行動のせいでバランスがわずかながらくずれ一瞬隙が。

 その刹那だけで、レイジには十分だった。達人同士の戦いならまたたきほどの隙でも勝敗が決まるもの。ゆえにレイジは即座にその隙を見さだめ、アーネストの(ふところ)へ特攻を。

 こちらの狙いに気付いたのか、アーネストは迎え撃とうとその場で剣を振るおうとする。バランスを崩した状況で突っ込めば、負けると理解したのだろう。その場でなんとか踏みとどまり、無理やり態勢を立て直して最後の一刀を放つことに決めたようだ。常人ならこんな芸当を瞬時にできないだろうが、そこはアーネスト。彼の剣の技量とバトルセンスから見事に実現し、最善打の一撃をくり出すところまで持っていけていた。

 これによりとうとう決着の時が。

「これで(まく)()きだ! アーネスト・ウェルベリック!」

「させんよ!」

 漆黒の業火(ごうか)をまとう黒閃の斬撃と、熟練された天賦(てんぷ)のごとく斬撃が交差(こうさ)する。

 互いに勝利を確信した一撃。己が持てるすべてを込め、この一太刀(ひとたち)にすべてをかける。

「ハァァァァッ!」

 そして彼の剣が届くまさにその刹那、レイジの斬撃がアーネストを斬り()せ終幕を告げた。


次回 再会の時

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