108話 予想外の敵
レイジたちが座標移動したのはマナのときに向かったような、巨大な神殿の中。今回もゲート経由のためか、神殿の入り口にたどり着いていた。
神殿は建物内だというのに、全体が光源に照らされているかのように明るい。内装は白で統一されており、あたりには荘厳な柱や神聖なオブジェが立ち並んでいる。もはや大聖堂といっていいほどの、神々(こうごう)しさが際立つ建物であった。
そして目の前には、アポルオン序列八位グランワース家次期当主シャロンの姿が。そして彼女の周りにはゼロアバター使いが十人、デュエルアバター使いが一人。全員まだ配置につく前なのか、各々武器も構えず散らばっていた。
「は? ちょっと、待ちなさい……、いくらなんでも気付くのが早すぎない?」
唖然とするシャロンだが、驚くのも無理はない。
今回レイジたちがこの場所に来たのは、彼女たち革新派がこの場所に乗り込んでまだ間もないタイミング。本来なら例え保守派側がいち早く異変を察知したとしても、アビスエリアの件による革新派の妨害対策で対応が遅れるはずなのだから。まさか制御権をいじり始めた途端、戦力を引きつれ防ぎに来るなど夢にも思わなかっただろう。
「ふむ、こうやって待ちかまえているところをみると、シャロンさんたちは足止め役。本命の部隊はもう巫女の間かもしれません。一刻も早く向かわないと!」
実は革新派がすでにいるのはレイジたちの計画通りなのだ。制御権の破壊は、革新派側にある程度システムをいじらせておかなければならないらしい。なのでアビスエリア解放の時のように、レイジたちは遅れてくるよう森羅から指示を受けていた。
ここでの問題は革新派が先にこの場所を占拠しているため、敵の戦力はすでに配置済みということ。よってレイジたちはまず敵戦力を切り抜け、最奥の巫女の間にたどり着かなければならなかった。
「チッ、ルナ、改ざん網が張りめぐらされていて外部との連絡が取れないみたいだ。ここは自分たちとアイギス側でなんとかするしかないぞ」
もちろん驚いているのは革新派側だけではない。ルナや伊吹にとっても、まさかもう敵が攻め込んでいるとは完全に予想外だったはず。
先に革新派が来ていたということは、当然電子の導き手による改ざん網も張りめぐらされ、向こうの防衛態勢は準備万端。この場所にはゲートを経由したので侵入禁止設定の裏工作は回避できたが、それ以外の制限は受けるしかなかった。
「――相手はシャロンさんですか……。仕方ありません。彼女たちの相手は私と伊吹で受け持ちます。那由他さんたちは先へ進んで、アポルオンの巫女を守ってください。一度革新派であるシャロンさんとは、個人的に話しておきたいこともあるので」
ルナは前に出て、レイジたちにあとのことを託してくる。
どうやらシャロンたちの相手は運よく、彼女たちがしてくれるようだ。相手は革新派のリーダーということもあって、いろいろ思うことがあるのだろう。ルナたちがここに残ってくれるおかげで革新派の戦力を抑えつつ、制御権の破壊を邪魔されずに済む。レイジたちにとってはまさしく願ってもない状況であった。
「わっかりましたー! ではわたしたちがなんとしてでも、革新派の計画をくい止めるので、ここはお任せします! 行きますよ! みんなさん!」
アポルオンの巫女のところに一刻も早く向かうためにも、この場はルナたちに任せレイジたちは先へと向かった。
「さて、問題はあいつらだけで大丈夫かだが?」
「今は那由他さんたちを信じましょう。まずは目前の敵をどうするかです。伊吹、シャロンさんのデュエルアバターのデータはありますか?」
まずは目の前にいる敵の最大戦力であろうシャロンについて、伊吹にたずねる。
相手はアポルオン序列八位、グランワース家次期当主。ゆえにその権限であるアビリティブーストも相応のもののはず。簡単に倒せる相手ではないのは確かだ。
「少し前のアビスエリアでの報告によると、相当のウデらしい。こちら側の戦力のほとんどが彼女にやられたそうだ。もしかするとルナと同レベルかもしれんな。非常に手強い相手ゆえ、苦戦はまのがれそうにないぞ」
「そうですか。しかしアポルオンの巫女が狙われている以上、ここでいつまでも足止めをくらうわけにはいきません。できるだけ早くシャロンさんたちを倒し、那由他さんたちの応援へ向かわないと」
臨戦態勢をとりながら、ルナたちの方針を固める。奥にはまだアーネストや災禍の魔女、幻惑の人形師がいるはず。さすがに強者ぞろいのアイギスメンバーでも、厳しい相手のはずだ。
「ルナ・サージェンフォード、それはこちらのセリフだわ、。ここまで来て計画をダメにされたら困るから、一気に潰してアーネストたちの加勢に向かわせてもらう!」
さっきまで呆然としていたシャロンだったが、腕を横に振りかざし堂々と宣戦布告してきた。
そして彼女の周りにいた者たちも武器を取り出し、かまえ始めた。
「ふふふふ、そのついでに保守派側の情報ももらおうかしらね。序列二位次期当主の立場なら、少しぐらい保守派の計画に関わるなにかを持ってる可能性が高いでしょうし。なにがなんでも強制ログアウトしてあげるわ! 全員標的はルナ・サージェンフォード! 攻撃開始!」
シャロンの合図と共に、敵集団は前に出て攻撃に移行。
近接武器や銃、ガーディアンなどを使い各々押し寄せてきた。
「ルナ、来るぞ!」
「ええ、まずは彼らからお引き取りいただきましょう」
伊吹はルナの前に立ち、愛用の武器である鋭利な大鎌をアイテムストレージから取り出す。
ルナも迎え撃つためみずからのアビリティを起動し、そして敵に告げた。
「私はアポルオン序列二位サージェンフォード家次期当主、ルナ・サージェフォード。アポルオンの秩序のため、あなた方の好きにはさせません」
「ッ!? これはマズイわね」
ルナがアビリティを放つ直前、シャロンは危険を察知してすぐさま後方へと下がった。
その直後、一筋の風が吹き渡る。ここは神殿の中なので、本来風が押し寄せるのはおかしい。だが現に風がおうじ大気が荒れ始めたのだ。しかもルナたちに襲いかかろうと前に出た敵集団を、取り囲むかのように。
そして次の瞬間、尋常ではない衝撃が彼らを襲い吹き飛ばした。なんと発生したのは荒れ狂う暴風の渦。もはやビルなどの建造物でさえ、一度飲み込まれたらたちまち崩壊させるであろう代物がこの場で起こったのであった。これにより飲み込まれた彼らはなすすべもなく、次々と強制ログアウトされていく。
「ッ!? なんて威力……」
荒れ狂う暴風が収まると、一人のデュエルアバター使いがまだ残っていた。
ほかの者たちは全員強制ログアウトさせられたが、彼だけは地面に剣を突き刺し吹き飛ばされないように踏ん張りきったみたいだ。
あれをもろにくらってまだ立っていられるということは、高位ランクのデュエルアバター使いに違いない。しかし彼の命運もここまでだろう。なぜなら断罪の死神がすでに動いていたのだから。
「グッ!?」
突如敵デュエルアバター使いに凶器の一閃が降りかかる。
ルナの攻撃が終えた後、すでに伊吹が地を蹴り標的目掛けて大鎌を振りかぶっていたのだ。
「ほう、まだ耐えるなんてやるじゃないか。だが自分の鎌からは逃れられないぞ」
斬撃を受けても敵デュエルアバター使いはまだ強制ログアウトしないため、伊吹は慣れた手つきで大鎌を操りすかさずとどめの一撃を。
「革新派を舐めないでください! ここまで来てそう簡単にやられるわけには!」
だがその一振りを、見事敵デュエルアバター使いは剣で受け止めた。
アポルオンの巫女のいる場所までたどり着いたからには、そうやすやすと引き下がれないらしい。なにを企んでいるかは知らないが、ここまでのことをしている革新派だ。きっと革新派の今後に大きく関わる一件ゆえ、死に物狂いなのだろう。
「今度はこちらの……、え……?」
敵がアビリティを起動し攻撃に転じようとした瞬間、なぜか倒れるように片膝を付きだした。
ここにいるということは彼もアポルオンメンバーに連なる者みたいなので、アビリティブーストにより強力なアビリティを使えるやっかいな相手。しかしルナは相手が伊吹の攻撃を受け止めた時から、すでに彼を脅威の対象から外していた。そう、伊吹のアビリティによりすでに勝負はついていたのだから。
「クク、さあ、断罪の時間だ。たとえアポルオンメンバーに連なる者であろうと、アポルオンに仇なす以上見過ごせない。執行機関の名のもとに貴公をしとめさせてもらう!」
伊吹は死刑宣告を告げ、愛用の大鎌で敵を断ち斬った。
「さすがに彼らだと、あなたたち二人に手も足も出なかったみたいね。仕方ない、ここはアタシたちでなんとかするしかないみたいよ」
するとシャロンがやれやれと肩をすくめながら、前にでてくる。
「アタシたち?」
シャロンの意味ありげな発言に、疑問が頭をよぎる。
雑魚を片付けたので、この場にはもう目の前のシャロンしかいないはず。だというのになぜ複数なのだろうか。
「ルナ!? 後ろだ!?」
「ッ!?」
伊吹の突然の注意に後ろを振り向く。
すると一人の少女がレイピアで、刺突を放ってくる姿が。どうやら物陰に隠れて身を潜めていたらしい。
ルナはアイテムストレージから愛用の剣であるエストックを取り出し、その刺突を間一髪はじいた。
そして奇襲に失敗したことで、敵の少女は後方に下がり距離を空ける。
「失敗してしまいましたか。残念ですね。もう少し気付くのが遅ければ、一撃たたき込めていたのですが」
クスクスと不敵にほほえみながら、レイピアを再びかまえる少女。
「――そんな……。――あなたまで……」
そんな彼女をを見て、思わず言葉を失ってしまう。
そう、乱入してきたのは才気あふれるオーラがきわ立つ、茶色がかった髪の綺麗な少女。彼女の瞳は見るものすべてがつまらないといった、乾いた印象が。この少女のことはアポルオンのパーティーでよく知っていたため、さすがに驚きを隠せなかった。
「――どうして革新派なんかに……。アポルオン序列十三位片桐家次期当主、片桐美月さん……」
そう、彼女こそさっきまで一緒にいた結月の妹、片桐家次期当主である片桐美月。小さいころからそのずば抜けた才により神童と称され、早くから片桐家次期当主に選ばれた少女。
「クス、簡単なことですよ。美月はこの秩序により管理された世界が嫌いなんです。だからいっそのこと、今のアポルオンの世界を破壊してしまおうって。ただそれだけですよ」
美月は心からうんざりした表情で、秩序の世界を否定する。そしてレイピアを振りかざし、さぞ愉快げに告げてくるのであった。
次回 アイギスメンバー




