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電子世界のフォルトゥーナ  作者: 有永 ナギサ
2章 第3部 戦争の開幕

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100話 迷いなき一刀


 レイジはアリスの(しょう)(てい)を受け、そのまま吹き飛ばされた。

 どうやらアリスは初めからレイジの手を読んで、裏をかこうとしていたらしい。わざと太刀(たち)を放棄することでレイジに勝利を確信させ、油断を誘ってからの決めての一撃といったところか。この場合アリスは太刀を手放すつもりでいたためレイジの連撃の反動を受けず、万全な状態で攻撃をくり出せるのも勝敗の鍵となっていた。

 意識がもうろうとする中、必死にアバターとのリンクをつなぎ止め自己修復を。アリスの筋力特化のデュエルアバターの出力と、重力アビリティによるブーストが加わった一撃のため、その破壊力は凶悪。もしアリスから感じた太刀の違和感がなければ、当たりどころをずらすことができず致命傷になっていたかもしれない。

(――ははは……、あれだけかっこよく宣言しといてなんだが、そううまくはいかないよな)

 レイジは心の中で苦笑してしまう。

 実際問題レイジの腕は、かつての自分と比べて落ちているのだ。守るための剣を選んだため、本来持っていた破壊のための剣を封印したも同義。全力を出せない今、アリスに勝てる道理がない。

(――森羅しんらからもらったアビリティを使えば、なんとかなるかもしれないけど……)

 脳裏によぎるのは森羅からもらった謎のアビリティのこと。この力さえあれば戦況を(くつがえ)せるかもしれなかった。

(それだけは選んじゃいけない。だってきっとこれは、かつてのオレが望んでいた力だ。純粋な力である、破壊のための剣の延長線上にあるもの。一度手を出してしまえば、もう戻れなくなってしまう気がする……)

 今ならわかるのだ。どうしてレイジがこのアビリティを躊躇(ちゅうちょ)してしまうのかを。もしアビリティの負荷(ふか)によるリスクだけなら、そう迷わずに使っていただろう。狩猟兵団時代の日々に明け暮れていたレイジにとって、戦いとはすでに日常そのもの。もはや価値観が自身より戦いを優先してしまうぐらいなので、負荷による恐怖はあまりないのだ。むしろ力による代償なのだから当然と割り切り、進んで使いそうなほどである。

 ならばなぜ躊躇するのか。その答えは久遠レイジの(おさ)え込んでいたたがが外れてしまうかもしれないということ。おそらくこのアビリティを使えば、かつての自分に戻ってしまう予感がするのだ。尋常でない破壊の力に()せられ、求めずにはいられない形で。それがなにより怖かったといっていい。今度こそカノンへの道が、閉ざされてしまうのではないかと。

(だからオレは自分が信じるこの剣で勝たないと。そして迷える想いに折り合いをつけてみせる! この道が正しいんだって!)

レイジは己にかつを入れ、フラフラになりながらもなんとか立ち上がろうとする。(さいわ)いまだ刀はレイジの手元にあるので、戦闘を続行することは可能。ただダメージの反動がでかいため、完全に動けるには少し時間が掛かってしまうだろう。

「フフフ、これで勝負はあったかしら?」

 アリスはレイジにとどめを刺そうと、悠々(ゆうゆう)と近づいてくる。

 その手には彼女の愛刀である太刀はにぎられていない。さっきレイジがはじき飛ばしたので、今だ後方に転がったままだ。武器を持っている分、レイジが優勢に見えるかもしれないが実際は逆である。もはや二人の距離はあとわずか。ゆえに重力アビリティの移動により瞬時に間合いを詰められ、再び掌底が猛威を振るうだろう。意識がまだはっきりしていないレイジでは、アリスの熟練された武術をきっとしのげなかった。

 たとえこのまま攻撃に転じても、こちらの手を完全に熟知しているアリスなら甘い斬撃を見さだめカウンターを決めてくるはず。まさに絶対絶命の状況だ。

「どうする、レージ? このままやられるか、最後に一か八かの攻勢に打ってでるか。好きにするといいわ。名残(なごり)()しいけど、今回の闘争劇はここでおしまい。決着を付けましょう」

 アリスは最後の一撃をくり出すために、かまえをとった。

 そこには一切の隙がなく、レイジが攻勢にでるなら対応しきり、守りに入るならそのまま防御ごと(つらぬ)く一撃を放つだろう。どうやら完全に勝負を決めにきたらしい。

「そうだな。なら最後、この一刀にすべてをかけて斬り()せる!」

「フフフ、そうこなくっちゃ! それでこそレージよ!」

 レイジの返答に、満足げに笑いウィンクしてくるアリス。

 そして両者同時に地を蹴った。

 アリスは重力アビリティをもちいた掌底を。対するレイジは一振りの斬撃を。今のレイジには抜刀のアビリティを使う余裕がもうない。叢雲(むらくも)(りゅう)抜刀(ばっとう)(いん)(じゅつ)は通常の抜刀よりも複雑な演算をこなすため、精神的消耗が激しくすでに限界間近。さらにさっきのダメージがまだ残っており、抜刀のアビリティの演算を正確にこなすのが難しいのだ。

(こちらの動きをすべて熟知してるアリスだ。もしオレがこの局面で勝てるとするなら、これまで以上の力を発揮するしかない!)

 そう、勝つにはアリスが想定しているであろう上をいくしかない。今までのレイジの動きではすべてとらえられ、確実にしとめてくるのだから。しかし今のボロボロのレイジに、果たしてそれができるのであろうか。ただでさえかつての破壊のための剣を封印していて、本来の力を発揮できていないというのに。

(でもオレ一人では無理だ。きっとアリスにはとどかない)

 いくら力を振り(しぼ)ったところで、そう都合よく今まで以上の力を出せるはずがないだろう。このままいけばアリスに打ち負けるのがわかってしまう。

(だから頼む、カノン! どうか力を貸してくれ!)

 レイジの心を支配するのは、かつて(ちか)いを()わしたカノンのこと。彼女に再び会いたい、力になってあげたいという想いが幾度となく反芻(はんすう)する。

 ふと刀をにぎる手に力が入った。この守るための剣はカノンにたどり着くであろう()け橋。彼女の理想を叶える希望だ。その(とうと)さを輝きを再認識してレイジは願う。カノンとの誓いを交わした、あの時の想いに手を伸ばしながら。

(オレは再びキミと再会して、力になりたいんだ!)

 カノンへの想いのすべてをこの一刀いっとうに込める。すると一瞬刀をにぎる手に、まぶしいほどの温かさが感じられた。まるでカノンが手を()えてくれたように。おそらくこれはレイジの想いが見せた幻。しかし感じられたぬくもりにより、心が晴れ力が()いてくる。

「うぉぉぉぉぉッ!」

「ッ!?」

 そしてレイジの振るった刀は、見事アリス・レイゼンベルトを斬り()せた。






(――今の剣、アタシが知ってる剣じゃなかった……)

 アリスはもはや驚愕(きょうがく)するしかない。

 この勝負必ず勝つ自信があった。レイジはさっきの掌底のダメージでフラフラな状態。しかもこちらは彼の太刀筋を、今までの経験上から熟知している。この二つの要因が合わさっている状況なので、レイジの一刀をさばきとどめの一撃を決めていたはず。

 だが二人がぶつかる瞬間、事態が急変した。なんとアリスはレイジの動きをとらえられなかったのだ。そこにいたのは、今までアリスが知っている久遠くおんレイジではなかったゆえに。

 そう、あの時のレイジの剣には迷いがなかった。かつては信念が薄い軽い剣だったが、今回のは違う。自身の剣を信じきった一太刀。思わず綺麗と感じてしまうほど、輝いていたといっていい。きっとそこが勝負の分かれ目。あの刹那、アリスはひどく動揺してしまったのだ。自身の破壊のための剣と、まったく正反対の剣を振るうレイジ。それがアリスの手の届かない場所まで、久遠レイジが向かってしまったのかもしれないという不安を(いだ)かせたのだから。

(――ねぇ、レージ。本当にあなたは、アタシの手の届かないところまで行ってしまったの?)

 アリスは倒れながらも、心の中でレイジに問いかけるしかなかった。






「アリス、これで勝負ありだ」

 レイジは倒れているアリスの首元に刀を突き付け、言い放つ。

「そうね。完敗だわ」

「じゃあな、オレは急ぐからここで大人しくしてろ」

 アリスの敗北宣言を聞いて、レイジはこの場から立ち去ろうとする。

 今回は私情を優先するつもりでいたが、おわった以上はアイギスのメンバーとして再び責務を果たすだけ。先に進んだ那由他の加勢に行かなければ。

「あら、とどめは刺さなくていいのかしら?」

「決着は付いたろ? アリスの性格からして負けた以上は大人しく引き下がるだろうし、わざわざとどめを刺す必要はない。後は好きにすればいいさ」

「相変わらず甘いのね。フフフ、今回は負けたけど、次はそう簡単にはいかないわよ。アタシはまだ、レージをこちら側に()めるのを諦めたわけじゃない。いづれ必ず連れ戻してあげるんだから」

 必ず実現してみせると、信じて疑わないように告げてくるアリス。

 今回の一幕はレイジの勝利で終わったが、アリスと敵対する以上これからも彼女との闘争劇は続いていく。果たしてレイジは、彼女の手を振り切り続けることができるのだろうか。

「ははは、何度でも受けて立つよ。アリスと本当の意味での決着を付けるまで、ずっとな……」

 アリスの宣戦布告に、上等だと対抗する意思を伝えてやる。

「フフフ、それは楽しみね」

 すると瞳を閉じ、満足げに笑うアリス。

 そんな彼女を残し、レイジは那由他の加勢に向かうためこの場を後にした。


次回 森羅の狙い

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