10話 革新派の企み
現在、紫のドレス姿の高等部二年の少女。シャロン・グランワースはお屋敷のバルコニーから、下で行われているパーティーをながめていた。
まだ三月の夜ゆえに少し肌寒いが、下の華やかな熱気に当てられた直後のシャロンにはかえって心地よい。ちなみにさっきまであの場所で、あいさつやら談笑など軽くこなしていたのである。本当ならそんなめんどくさいことほったらかしにしたいのだが、さすがにアポルオン序列八位、グランワース家の次期当主となるとそうはいってられなかった。
「――ほんと、めんどくさい。さっさとこのアポルオンをつぶして、こんな行事おわらせたいわ」
バルコニーの手すりにぐったりもたれながら、ため息をつく。
なぜ次期当主という大役を任されているかというと、シャロンたちが第二世代だから。第一世代についてはセフィロトがエデンを創造した時から生まれた言葉で、エデンを利用するにあたり必要なICチップを体内に埋め込まれた者たちのことをいう。ただそれにより、セフィロトの様々なサポートが受けられるようになっただけで、今までの人々となんら変わりはないのだが。
そして第二世代。それは二十一年前から新しく生まれ、そのころから義務化となっているエデンに特化した人々のこと。この研究はセフィロトがエデンを創造した時から始まり、より人々がこの電子の世界内での活動を、効率的にできるように目指したものであった。
これを簡単にいってしまえば幼少のころから体内にナノマシンを埋め込むという、特殊な措置を受けた者のことを指す言葉である。これは小さいころから成長していく過程内でナノマシンを使い、エデンに必要不可欠な演算力と呼ばれる情報処理能力を鍛えていくというもの。そのため第二世代は第一世代の人々よりも、エデンで高度な能力を発揮できるのだ。
だからこそ今の世の中若い世代に重要な役割が課せられることはめずらしくなく、企業、財閥などでもこの先の未来のことを考えて、第二世代というエデンに特化した者に今のうちから当主の座を明け渡す準備をするのが、世間の風潮であった。
「おい、シャロン。貴様もアポルオンの序列に加わる者だろ。そんなだらしないこと言ってないで、もっと上に立つ者としての自覚を持て」
後ろを振り向くと、そこにはきっちりタキシードを着こなす一人の少年が。
アーネスト・ウェルべリック。彼は自分と同い年で、十六夜学園に共に通っている人物だ。もちろんこのパーティーに参加しているのだから、彼も自分と同じ立場の人間であり、アポルオン序列七位ウェルべリック家の次期当主様である。彼はかなりの堅物であり、昔の貴族のような考え方をよくする非常にめんどくさい少年であった。
「――はぁ……、はいはい、わかったわよ。――そんなことよりも、どうやら白神相馬は保守派と組んだみたい」
相馬とルナがさっきまで話していた光景を思い出しながら、アーネストに報告する。
「やはりあの男、向こう側についたか……」
「今まで東條グループの傘下にいたと思ったら、次はアポルオンを実質支配してる序列二位のところ。白神相馬はよほど白神家の次期当主になりたい様子ね」
「なりふりかまっていられないのだろう。あのエデンを現実で管理する白神コンシェルンとなると、その力と影響力は他のところと比べものにならないはずだしな」
アーネストはアゴに手を当て、考えをめぐらせる。
確かに白神コンシェルンのすべてを自分のモノにできれば、その力は絶大。世界中に無数にいるその社員たち、国への影響力、研究機関であるエデン財団。さらにはエデン協会を管理しているのも白神コンシェルンの役目なので、もはやその規模はけた違いであった。
「そういえば白神家の次期当主は、三人の候補から選ばれるって話だったはずよね」
シャロンは白神相馬のことでふと思い出す。
「ああ、狩猟兵団を雇いまくり、あの東條グループの傘下の上級企業にまで上り詰めた、白神相馬」
「そして白神相馬の妹の一人である長女は近ごろアタシたちが通ってる、私立十六夜学園の学園長にそのうち就任するんですって」
私立十六夜学園とは今や知る人ぞ知る、第二世代育成機関の最高峰に位置する場所。ここに通うにはエデンでのずば抜けて高い演算力を持っているか、それ相応の学費を収める限られた人しか入れないのだ。
ちなみにこの学園はある理由上、アポルオンメンバーの家系の者が多く通っている。ゆえにあそこにいるルナ・サージェンフォードも通っており、四月から十六夜学園高等部に進学するはずだ。
「あと一人のことは知ってるか?」
「一番下の妹は極度の引きこもりでほとんど情報がないって話よ。でも実はある業界だとかなり有名な人物らしいわ。その実績からみると、兄と姉を超えてるとかなんとか」
以前相馬と話した時、偶然聞いたことを思い出す。長女はかなり厄介な相手らしいが、この一番下の妹は基本表に出たがらないので次期当主候補の話もどうせ受けないと言っていた。
「ほう、さすがは白神、天才の家系というわけか。――だがいづれにせよ、序列二位が白神相馬についた時点でもう勝ちは決定だろう。そうなってくると我々革新派は、かなり劣性に立たされるかもしれないぞ?」
「ふふふふ、そうね、白神コンシェルンまで保守派の味方についたら、もう絶望的になるかもしれない」
肩をすくめながら、今の現状に苦笑するしかない。
「早急に片を付けたいところだが……」
「無理でしょ。保守派や中立派の人間をこちら側へ引き入れるのに、あと一年はかかってしまうはず」
革新派は全力で動いているが、さすがに現在アポルオンを束ねている序列二位がリーダーの保守派が相手となると、どこも気が引けてしまうのだ。だからいくら保守派の計画が危険とわかっていても、そう簡単に刃向かえるものではない。足並みを整えるのにもう少し時間がいる状況であった。
「準備が整った革新派の規模は?」
「そうね。アポルオン全体の四割といったところかしら」
「――まあ、妥当なところか……。あとはアラン・ライザバレットのところの戦力しだいというわけか」
「――あと、もし必勝を狙うならやはり、序列一位のアポルオンの巫女に力を貸してもらうしかないわね」
いくらその権力を削がれたとはいえ、序列一側にはまだアポルオンの巫女の力が残っている。もしその力を革新派のために使ってくれるなら、一気に形成を逆転できるかもしれない。
「だがそれは難しいな。アポルオンの巫女の管理は序列二位がやってるはずだ」
アーネストが険しい顔つきで口にする。
そう、そのせいでアポルオンの巫女の居場所すらわからないのだ。彼女はその力の悪用を防ぐため、存在自体が巧妙に隠されているのである。それをすべて取り仕切っているのが、現在の序列二位なのでどうしようもない状況であった。
「柊森羅がなにやら動いてるらしいけど、現状のアタシたちでは打つ手なし。だからこそ狙うとしたら……」
「アポルオン序列四位、東條か……」
「ええ、あの血塗られたご令嬢と呼ばれる、東條冬華を革新派に引き入れられればかなり優位に立てるはず」
今もあのパーティー内で騒がしくしている東條冬華を、アーネストとながめる。
「――フッ、では頼んだぞ。革新派のリーダー、シャロン・グランワース」
するとすぐさまアーネストがこれ以上この件について考えたくないとでも言いたげに、すべてをシャロンに放り投げてきた。
「ちょっ、待ちなさい! あのいかれた女の相手なんてごめんだわ!」
これにはアーネストの肩をつかみ、抗議するしかない。
「そんなの自分も嫌に決まってるだろ」
するとアーネストは真顔でばっさり言い切ってきた。
「あのね! アーネストも少しくらい手伝いなさい! そもそも革新派のリーダーは序列が高いあなたがやるべき役目! アタシは序列八位、そっちは序列七位でしょ!?」
なぜだかわからないが、いつの間にかシャロンが革新派のリーダーにされていたのだ。それもアポルオンの序列の高い者が、下の者をまとめ上げるのが一般的にも関わらず。面倒事があまり好きではないシャロンにとっては、不満しかない立ち位置なのであった。
「フッ、シャロンみたいな策略が得意な女狐には、そういうのが向いてるだろ? よき働きを期待してるぞ」
アーネストは相変わらず偉そうに言いたいことだけ言って、室内へと戻ろうとする。
「この男、ほんと何様のつもりなのかしらね」
「――フッ、まあ、安心しておけ。いかなる敵であろうと、アーネスト・ウェルべリックが全力叩き潰す。ウェルべリック家の名に懸けてな」
シャロンの文句に、アーネストは一度立ち止まりさぞ当然だと言わんばかりに宣言を。そこには揺るがない絶対的な自信が感じられた。
彼は基本脳筋なので参謀には向かないが、エデンでの実力は折り紙付き。そこらの狩猟兵団やエデン協会の上位クラスなど、相手にならないくらいなのだ。ちなみにウェルべリック家は元有名な騎士の家系。なので幼少のころから剣術などをきわめさせられたらしい。
「はぁ……、いいわよ! やってあげるわ! すべては革新派の理想のために!」
そんなかっこよく決めるアーネストに負けじと、腕を組み力いっぱい宣言し返しておく。
「フッ」
それを聞いたアーネストは満足気な感じで戻っていった。
しかし彼がこの場所からいなくなったのを確認して、シャロンはおかしそうに笑いながら自身の想いを告白する。
「――ふふふふ、でもね、アーネスト。アタシなんかに任せたら、最後はどうなっても知らないんだから」
なぜならシャロンは革新派の望む結末に、あまり興味がないのだから。
「――でも、保守派は邪魔だから、しばらくは革新派の望み通りに動いてあげるわ。ふふふふ……」
口元に手を当てて不敵に笑ったあと、再び下で行われてるパーティーの方へ視線を移す。そして今後のことについて策略を練るのであった。
次回 序章最終回 アポルオンの巫女




