近未来の部長
「ヒモくん、何か面白い話をしなさい」
竜宮下さんがそう仰ったのは放課後、図書室で文芸部の活動中のことでした。
活動と言っても好き勝手に本を読むか、竜宮下さんのように小説を書くかのいずれかなんですが。僕は専ら読書です。
入学してからというもの、僕の放課後は文芸部に捧げられていると言っても過言ではありません。
毎日、ホームルームが終わると図書室へ直行しています。
図書室には司書の方はいなくて、文芸部の部員が図書委員も兼ねているとのことです。
最初それを聞いたときはメンドイなぁなどと思ったのですが、図書室の利用者は週に三人程度しかいないので、仕事などほとんどありません。
広い図書室を、文芸部の部室として悠々と使っていられるわけです。
ええと、面白い話でしたね。
「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」
「ヒモ君、沈黙長すぎ」
「ごめんなさいです」
「何もないのかしら?」
「ありそーでないです」
「使えないわね、ネタ詰まりでどうしようもないというのに」
竜宮下さんは原稿用紙を恨めしげに睨みつけ、持っていたペンを放り投げました。
「休憩」
「では藤紐に代わってこの俺、尚武屋勝男が面白い話とやらを提供しよう」
尚武屋さんは言いました。
ちなみにどうして彼がここにいるのかというと、入学式の日の騒動以来、どういうわけか尚武屋さんはちょくちょく文芸部に顔を出すようになったのです。
入部したわけでもないのですが「よう、今日も字読んでいるのか。つまらなそーだな」
などと失敬極まりないのことを言いやがりつつ、腰を据えて僕たちとおしゃべりに興じるのです。
わけがわかりません。
ちなみに彼は今日も海パン一丁です。もっとわけがわかりません。
竜宮下さんは最初物凄く警戒していたのですが、尚武屋さんが一向に無害な登場人物でいるので、今じゃもうすっかり馴染んでいるご様子。面倒臭くなったら無視しているようですけど。
「何かしら、尚武屋くん」
「海パンの色についてだ。例えば俺は今日、青色の海パンを着用しているが、これで尻鉄球を放つと氷系のダメージが――」
「ヒモくん」
竜宮下さんが尚武屋さんを無視しました。面倒臭かったようです。
「はいです」
「明日までに、何か面白い話を考えてきなさい」
「は、はいです」
有無を言わさぬ竜宮下さんの氷の視線に、肯定の返事以外できるわけがありません。
*
竜宮下さんが再び執筆に取り掛かり、再びネタ詰まりに陥ってウンウン唸り始めたとき、部長の城門弥生さんが図書室に入ってきました。
苛立たしげにショートカットの赤い髪に手を突っ込んでクシャクシャとかき混ぜております。ご機嫌斜めのご様子です。
しかし竜宮下さんはこれはネタになるかもといわんばかりに、果敢に質問をぶつけました。
「イライラしていますね城門先輩。何かあったのですか」
「三者面談だった。母親とバトった。アタイに医者になってほしいとさ」
「頑張ってください、お嬢様」
「バカ言うんじゃないよ深海。アタイに医者なんか務まるわけないだろ。勢いあまって患者をバラバラにしちまいそうだよ」
お医者さん? お嬢様? はて。
「あのー、城門さんってお医者さんのお嬢様なんですか?」
僕がそう訊くと、城門さんはキッと僕を睨みつけました。
どうしてこう僕の周りには強いお方しかいらっしゃらないのでしょうか。
「ヒモくん、城門さんはね、城門病院のご息女なの」
「城門病院?」
「あら知らないの、ヒモくん。城門病院はこの町で一番大きな病院よ。わたしは健康体だから近寄らないけど」
竜宮下さんは『健康体』のところを強調しました。
たぶん不健康なのでしょう。
「逆玉を狙うなら城門さんルートを行くことね」
「深海、それぐらいにしな。アタイはかなりイライラしているんだよ」
「イライラしたときにはヒモくんをいたぶるのが一番ですよ」
「ほう」
城門さんの視線が竜宮下さんから僕へと移りました。なんてこっちゃ。しかし幸い、城門さんは僕をいたぶる前に何かを思い出したらしく、
「あ、そうだ」
と手を叩きました。
「深海、悪いんだけど明日の部長会、出てくれないかい? 明日もアタイ、三者面談なんだ。今日のは母親と教師相手のバトルロイヤルになっちまったからさ。ね、頼むよ、未来の部長さんだろ」
「部長会ですか。これといって大した議題は無さそうですし、我々は参加しなくていいのでは」
竜宮下さんがそう言うと、尚武屋さんがすかさず口を挟んできました。
「ちゃんと出席しろ竜宮下。部長会とは各部活の長が一同に会す場であって、議題は無くとも各々の部の活動報告も兼ねていてだな――」
「わかりました城門さん。出席します」
竜宮下さんは尚武屋さんを無視して言いました。
「聞いての通りよ、ヒモくんも参加ね」
「な、なぜに僕まで」
どう聞いても僕が参加する場ではなさそうですが。
「きみ、未来の部長でしょ。いえ、近未来かしら」
「……どれぐらい未来なのでしょうか」
「一ヶ月、いえ明後日かしら」
近未来過ぎます。
「そうだ深海、ヒモを我が文芸部のアジトに連れてってやんな。こいつだけ知らないのは可哀想だからな」