脱力必至! ロッククライミングの上達法
尚武屋さんが保健室に入ってきてすぐに、竜宮下さんはベッドを持ち上げながら立ち上がりました。
僕が「ほえ~」と阿呆面を晒しながら見ていると、ベッドは竜宮下さんの手を離れ、尚武屋さんに向かっていくではありませんか。
竜宮下さん、ベッドを投げ飛ばしたのです。
あの細っこい体のどこにそんな力があるのでしょうか。
「ぐおっ!?」
めでたく尚武屋さんはドアとベッドのサンドウィッチ化を果たし、しばらく動けそうにありません。
「行くわよヒモくん」
竜宮下さんはそう言いながら僕の手を引いて、保健室の窓を開けて外に飛び出しました。僕は引かれるがままについていくだけです。
地面に着地すると、竜宮下さんは迷いなく右手の方向へ駆け出しました。それから携帯を取り出し、画面も見ずにボタン操作し始めます。
「石踊さん? わたしよ。今職員室前あたりなんだけど、救援を」
『やいやいさー!』
おお、この元気な小学生女子的な声は、僕を捕獲したハムスターさんですね。声が大きいから僕にまで聞こえてきます。
『ロッククライミング部のみんながすぐに助けてくれるからっ』
「了解。特爆は出せるかしら?」
『あれはまだ整備中なんだよねー』
「仕方ないわね。最悪の場合、ヒモくんに尚武屋くんをやっつけてもらうわ」
なんてこっちゃ。僕じゃバラバラにされちまいます。
『ヒモくん? うちの学校ってそんな犬飼ってたっけ?』
「今日から飼い始めたの。石踊さんも可愛がってあげて」
『うんっ、ちゃんと散歩もするし、餌だって週に一回はあげるよっ』
ちゃんと毎日あげてください。まあ、僕は犬じゃないですけどね。
「竜宮下ああああああああぁぁぁぁぁ! 許さんぞおおおおおおおおおおおおおお!」
「む、おいでなすったわ」
あまり振り向きたくはなかったのですが、恐いもの見たさでチラッと振り返ると、猿のお尻みたいに顔を真っ赤にした尚武屋さんが凄まじいスピードで僕たちを追い上げております。心なしか筋肉もさっきより膨れ上がっております。
いっそ立ち止まって決死の土下座戦法で難を逃れようというチキンな考えが浮かんだそのとき、校舎一階の窓から、ジャージの上下を着た集団が次々と出てきました。
その数、ざっと一クラス分かそれ以上。三十人いるのは確実です。男女比は半々といったところでしょうか。
「さすが石踊さん、手回しが早いわね」
竜宮下さんは言いました。「皆さん、できるだけ長く食い止めてください」
「任せてよっ」「幟ちゃんの頼みとあらば!」「ロッククライミング部の底力を見せてやる!」
竜宮下さんの声かけに、ジャージ集団の皆さんは声高に叫びました。
「雑魚に用はない! どけどけーい!」
尚武屋さんが前のめりで突っ込んできます。
するとジャージ集団の方々は地面に両手両脚をつき、その身を低く地面すれすれにまで近づけました。
その格好は、まるで水面を這うアメンボのようです。
「ロッククライミングの練習中でーす」「練習中でーす」「練習中でーす」「練習中でーす」「練習中でーす」「練習中でーす」「練習中でーす」「練習中でーす」「練習中でーす」「でーす」「でーす」「でーす」「でーす」「でーす」「でーす」「でーす」「でーす」「でーす」「でーす」「でーす」「でーす」「でーす」「でーす」「でーす」「でーす」「でーす」「でーす」「でーす」「でーす」「でーす」
なるほど!
地面を岩に見立てた練習法なのですね。視点を縦にすればまさにそれは岩山を登るロッククライマー!
まるで効果が無さそうな練習法に脱力必至の光景であります。
「阿呆か! そんな練習しても意味ないわ!」
さすがの尚武屋さんも真っ当な突っ込みを入れております。「邪魔だっ、このっ」
尚武屋さんはたくさんのアメンボさんたち相手にかなり戸惑っているご様子。異様な光景なので仕方ないですね。尚武屋さんも異様な出で立ちなので、良い組み合わせかもしれません。
僕と竜宮下さんは、その間に急いで体育館裏にあるという焼却炉へと向かいました。