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氷の女王様

 どうも、こんにちは。確保された僕です。

 突如飛来した娘さんに捕獲され、あれよあれよという間に図書室に連行され、現在事情聴取を受けております。聴取しているのは新たに後からやって来たショートカットの赤い髪の女性で、高校生とは思えぬ貫禄――酒場のママさんのような――が窺えます。

 テーブル席の一つに座り、向かい側に赤い髪の女性、その両側に先ほどのお二人が腰かけております。僕を捕獲した女性はニコニコしてなんだかハムスター的な可愛らしさが窺えます。

 最初に声をかけてきた黒髪の女性は無表情に氷の女王的な冷ややかさでもって僕を見ています。

「アンタ、これをどこで手に入れたんだい?」

 赤い髪の女性は言いました。ハスキーな声が貫禄をより強固なものにしております。テーブルの中央には競泳水着が広げられています。

「知らない男子に預かってくれと言われまして」

「そいつの特徴は?」

「とりあえず男のようでした」

「どこにでもいる芋野郎か」

「はい、芋野郎でした」

「ところで素朴な疑問なんだけど」

 赤い髪の女性はじろじろと僕を値踏みするように見てきました。

「な、何でしょう」

「アンタ、うちの高校の生徒なの? いやそれ以前に高校生? ちょっと背の高い小学生とかじゃないのかい?」

「……」

 僕が絶句したのは言うまでもありません。

 ええ、赤い髪のお方が仰るとおり、僕の身長はちびっこいですよ。小学校六年生のときに150センチに到達すると、まるでそこが頂上だと思ったのかそれ以降一ミリも成長しなかったのです。涙無しでは語れません。

「高校生です。新入生です」

 僕は力無く呟きました。

「新入生かい。見ない顔だと思ったけど、そういうことか。名前は?」

藤紐優佑ふじひもゆうすけです」

「年齢は?」

「十五歳です。来年の二月十二日で十六になります」

「へえ、本当に高校生だったんだね。あ、今のは誘導尋問だったんだよ。年齢を聞かれて思わず『十歳でちゅ』とか実年齢を言うと思ったんだ」

 言うわけがありません。そして実年齢じゃないです。

「なるほどね。さーて、どうするよ深海ふかみ。アンタの水着は戻ってきたけど、それで問題が解決したわけでもないんだろ?」

「そうです。まだ私自身の処遇がはっきりしてませんから。でもふっと沸いたチャンスとはいえ、これを逃す気は毛頭ありません」

 氷の女王様は言いました。深海というお名前みたいですね。

 それからお三方は別のテーブルに移動してコソコソと小さな声で相談を始めました。僕は蚊帳の外です。

 事情聴取は終わったのでしょうか? でも下手に逃げるとかえって怪しまれそうですし、ここは大人しくしていましょう。

 上手い具合にすぐ近くの本棚が小説のコーナーだったので、僕は適当に一冊引っこ抜いて読み始めました。

「アンタ、太宰好きなのかい?」

 赤い髪の女性が話しかけてきました。いつの間にかまた僕の向かい側に座っています。

「そういえばまだ名乗ってなかったね。アタイは三年の城門弥生じょうもんやよい。この文芸部の部長をやってる。向こうの二人も部員だよ」

 おお、文芸部とは。荒っぽい手腕からは想像も出来ませんなぁ。

「どうもです」

 僕はぺこりと頭を下げました。

「で、太宰ファンなのかい?」

「ええ、まあ。これももう読むのは五度目です」

「へえ、人間失格を五度も。ほかに好きな小説家は?」

「色々です。例えばアガサ・クリスティ、夏目漱石、ジャック・ケルアック、岡本綺堂、鳥山明」

「濫読だな。そして最後のは小説家じゃない」

「てへ」

 僕がかわゆく照れ笑いをキメると、城門さんはポキポキと指の骨を鳴らして不吉な音を立てました。子役芸能人ばりにかわゆいと思ったのですが、城門さんの好みではなかったようです。

「あそこにいる深海が大がつくほどの鳥山明ファンだ」

 城門さんは別テーブルで密談中のお二人のうち、氷の女王様のほうを指差しました。

「おお」

「城門先輩、結論が出ました」

 僕の感嘆の声をかき消して、鋭い一声が図書室に響きました。氷の女王様こと深海さんです。

「それで、どうすることになったんだい?」

「この競泳水着を水泳部に返す。そのかわり、水泳部はわたしの退部を許す。この条件を尚武屋しょうぶやくんに突きつけます」

 部外者の僕にはわけがわかりません。

 けれど、もっとわけのわからないお方が図書室に乱入してきました。

「ここかーっ! ――ん、竜宮下りゅうぐうしたじゃないか!」

 海パン男さんです。


       *


「あら、尚武屋くん」

 深海さんは涼しげに答えました。

「どうしたのかしら、あなたが図書室に来るなんて、政治家が正直者になるぐらい珍しいわね」

「やほほーいっ、カツオちゃーん!」

 僕を捕獲したハムスターさんが腕をぶんぶん振っています。

「こ、石踊こくようもいるのか」

 海パン男さんはなぜか少し動揺しました。

「まあ、いい。それより竜宮下、ちょっと聞きたいことがあるのだが――」

「これのことかしら」

 深海さんは競泳水着を高らかに掲げました。

「そ、それは!? なぜお前がそれを!?」

「あの子からもらったの」

 深海さんはピッと僕を指差しました。

「貴様はさっき校門で会った……なぜ貴様が竜宮下の水着を持っていたのだ!」

「え、いや、あの……知らない方が預かってくれと」

「ちっ、そういうことか。しかし新聞部のメルマガを読まなかったのか? 全校生徒に一斉送信されたはずだ。部宝泥棒を捕まえその競泳水着をこの俺に差し出せば、食堂の食券一年分がもらえたのだぞ?」

「尚武屋くん、この子は新入生なのよ。新聞部のメルマガのことも部宝のことも何も知らないわ」

「し、新入生だと!?」

 海パン男さんこと尚武屋さんは悔しそうに表情を歪めました。野獣としか思えぬその形相に、僕は危うくチビりそうになりました。予備のパンツでも持ってくればよかったです。

「何も知らんくせに余計なことをしてくれたもんだ……」

 尚武屋さんがギロリと僕を睨んできました。ひええ。

「尚武屋くん、その子は関係ないわ。わたしの話を聞きなさい」

 深海さん――どうやら竜宮下深海りゅうぐうしたふかみさんという方みたいですね――は、勇敢にも尚武屋さんを一喝し、すらすらと先ほどの結論とやらを述べました。

「――以上の条件を呑んでくれれば、この水着は水泳部にあげるわ。匂いをかぐなり実際に着てみるなり好きにできるわよ」

 竜宮下深海さんは平然と変態的行為を並べ立てました。

「拒否する。到底呑める要求ではない」

「もはやこれまでね」

 僕は見逃しませんでした。

 竜宮下さんが不敵に微笑むのを。僕のほうをちらりと一瞥するのを。

 ほえーきれいですなぁ。僕は思わずそう思ってしまいました。

 背筋がぞっとするその冷たい笑みは、なんとも麻薬的な魅力を放ち、僕の心をがっちりとつかんでしまったようです。

「石踊さん、城門先輩、あとは頼みます」

 そう言うやいなや、竜宮下さんは駆け出して僕の腕を引っつかみ引きずるようにして、図書室から出て行きました。

「逃がすか!」

「おーっと、ここから先はアタイらを倒してからだ」

 城門さんの勝気な声が背中のずっと後ろから聞こえました。

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