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カマキリについて語るカマキリの幼馴染

 城門さんは、ミニマムカマキリこと溝口さんのことを『恵まれているけど恵まれていない』と評しました。

「いや、知っての通りアタイんちは代々続く病院経営の家系で、外との人脈も半端じゃない。芸能から政治的なところまで繋がっているんだ。

 その中にはアタイたちが住むこの市の市長も含まれている。溝口輝光みぞぐちてるみつ市長、テルの親父さんだ。親同士の繋がりからアタイとテルはガキの頃から一緒に遊ぶようになった。

 テルは昔から自信過剰で勝気な性格だったけど、それは今考えると、そうしないではいられなかったんだろうな」

 城門さんは「ふぅ」と一息つくと、アイスコーヒーを飲んで喉を湿らせました。

 続きを語る城門さんのハスキーボイスに、深みが増したようでした。

「アタイが言うのもなんだけど、テルは恵まれてたよ。物質的には、な。欲しいものは何でも買ってもらえたし、望んだ場所へは大抵連れて行ってもらえていた。けどね、いくら物欲満たされたって、恵まれないんだよ。心がね」

 心、と聞いて、僕は思わず自分の胸に手を当てました。

 手の平に鼓動が伝わってきます。

 生きちゃっているみたいですね、僕。

「生徒会長の神田司かんだつかさ、あいつとテルは従兄弟なんだ。神田のところはこの学校の経営をアタイんとこみたいに代々続けている。家柄的に見ると明らかに神田家と溝口家では、神田家のほうが格上、らしい。テルが言うにはだけどね。

 そんなわけだからテルの親父さんは神田家をひがみ、何かと神田司とテルを比べるようになった。またあの通り神田司が秀才ときたもんだから、なおのこと親父さんはテルにきつくあたるようになったそうだ。『もっと上を目指せ。司くんより上を目指せ』とね。

 あいつが中学二年のときだったかな。それをアタイに愚痴ったのは。まあ、今じゃ幼馴染のアタイとは口も聞きたくないみたいだけどね。お年頃なのかねぇ」

「お金持ちというのも、なかなか大変なんですね」

 竜宮下さんは無表情に言いました。

「まあね。アタイだって母親に病院のことを考えて進路選べだとか言われてるし。ほら、うちはアタイしか子供がいないからね。お見合いさせようか、なんてふざけた案も出ているらしい。生まれる家は選べないから、まあしょうがないか」

「溝口さんは、どうなんでしょうか。城門さんのように割り切れているのでしょうか」

 僕がそう訊くと、城門さんは苦笑いをしました。

「わからないね。何せアタイたち、ほとんど喋らなくなっちまったからさ。たまに話しかけても、テルはアタイを避けるしね。たぶん照れ臭いんだろうな。でもアタイにはわかる、テルは割り切ってなんかいない。のぼりのことを簡単に諦めきれないようにね」

 城門さんは「アタイの知ってることはこれぐらいだよ」と言って、席を立ちました。テーブルにコーヒー代を置き、入り口に向かって歩き出します。

 その後姿が寒そうに見えたのはどうしてでしょうか。

「城門さん」

 竜宮下さんが声をかけると、城門さんはドアノブに手をかけた状態で立ち止まり、肩越しに振り返りました。

「まだ一番大事なことを訊いてませんでした」

「なんだい?」

「溝口は、競泳水着フェチなんでしょうか」

 なんてこっちゃ。

 シリアスな空気も小粋なジャズも吹き飛ばす竜宮下さんです。

「競泳水着フェチかどうかわからないけど……」

 城門さんはそこで少し言いよどみ、なぜか僕のほうをちらりと見ました。僕?

「テルは二次元の住人だよ」

 そう言うと、城門さんはドアを開けて行ってしまわれました。

 どうも僕は二次元の住人だと思われているようです。いやまあ、否定はしませんがね。

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