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カマキリとの邂逅

 ヒロインについて熱く語り始めた竜宮下さんのお話はなかなか興味深かったのですが、僕には用事があるので「ちょっとトイレに」と巧みな嘘八百をかまして席を立ちました。おそらくそんなに時間はかからないでしょう。

 図書室を出て、廊下を突き当りまで歩きました。どこからかジャズ研の方が吹くサックスの音色が漏れ聞こえてきました。

 目的地である暗室の近くまで来て、僕は立ち止まりました。

 僕と同じくらい背の低い男子が暗室のドアの前に立っています。

 それから彼はトントンとノックをしていますが、中から誰かが出てくる気配はありません。

 ふうむ、工藤さんはいないのでしょうか。僕は工藤さんに用があったのですが。

 僕の視線に気付いたらしく、僕ばりにちっこい彼はこちらを一瞥しました。カマキリ顔でした。

 ええと、この僕ばりにちっこいカマキリさんはたしか……。

「浜口さん」

「溝口だ」

 即座に訂正する浜口……否、溝口さんでした。

 溝口さんは体を僕に向け、まるでこれから対戦するかのように対峙しました。左手に茶封筒を持って苛立たしげに頭をぼりぼりかいています。

「お前、写真部の部員か?」

 残念、彼は僕のことを知らないようです。そういえば面と向かって話したことはなかったですな。

「いいえ、文芸部です」

 僕がそう言うと、溝口さんは僕のほうをじろじろと舐め回すように凝視してきます。居心地が悪いことこの上ないです。

「あ、思い出した。お前、部長会に来てただろ。たしか二人で……そう、竜宮下と一緒に来てたチビだ」

「……」

 言い知れぬ憤りを感じている僕です。

 溝口さんにチビなどと言われるのは心外です。僕と彼の身長は見たところ同じくらい、いや、0・3ミリほど僕が勝っているように思えなくもないです。機会があれば、保健室にて身長の測りっこで勝負したいですね。

「二人で部長会に参加ってことは……お前が文芸部の次期部長ってことか」

「いえ、できれば次期の次期がいいのですが」

「じゃあなぜこの前の部長会にいた?」

「ヒロインがどうしても来いと仰って」

「わけわからん」

「同感ですね」

「……」

 溝口さんは眉間に皺を寄せ、さらに頭をぼりぼりとかきむしりました。頭から粉雪のように降っているのはフケで、降り積もってしまうのではないかと思うほどにパラパラと落ち続けています。

 ふうむ、竜宮下さん以上にご機嫌斜めみたいですね。傘を忘れてしまったのでしょうか。

「で、お前はどうしてここにいるんだ? 用が無いなら失せろ」

「用はあります。工藤さんに」

「ここには誰もいねーよ」

「そうですか。溝口さんも何か用事で?」

「俺? 俺は生徒会便りを配っているんだ」

 溝口さんは手にしている茶封筒をひらひらとさせました。

「ここの部長はいないことのほうが多いぞ。帰ったらどうだ?」

「いえ、ちょっとだけ待ってみます。まだ時間に余裕がありますから」

 僕がそう言うと、溝口さんは大げさに舌打ちをして、僕を睨みながら階段を降りて行ってしまいました。

 同じぐらい低い身長を誇る仲なのだから無二の親友になれるかと期待していたのですが、同じ身長だからこそ相容れぬ何かがあるのでしょうか。

 そんなことを思いながら、僕はトイレ(大きいほうの所要時間)くらい待ってから、図書室に戻りました。

 結局、芋野郎の工藤さんには会えませんでした。

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