自らヒロイン宣言する女
「どうして雨が降っているのかしら」
「梅雨だからじゃないですかね」
「どうして梅雨があるのかしら」
「梅雨がないとお野菜などの生育に問題が発生しちゃいますよ。梅雨に雨が降らなかったり夏が涼しかったり冬が暖かかったりすると、必ず何かが不作になっちゃうのです」
「いつになくまともなことを言うヒモくんが憎いのはなぜ?」
はぁー、と盛大に溜息をつき、竜宮下さんはまっさらの原稿用紙に突っ伏しました。
図書室の窓に映る景色は、梅雨空と雨に濡れるグラウンド、一面がこんにゃくのように灰色の世界です。
朝は降っていなかったのですが、昼休みが終わったあたりからポツポツ降り始め、今は傘無しで外に出たら数秒で着衣水泳状態になること間違いない状態です。
ちなみに竜宮下さんが不機嫌なのは、執筆が進まないのもありますが、傘を持ってこなかったことのほうが大きいようです。僕はおばあちゃんから渡された折り畳み傘がスクールバッグに入れっぱなしになっているので安心ですが。
不機嫌な竜宮下さんとは対照的に、そのお隣に座っている石踊さんは、梅雨をスルーして季節を進めて夏のヒマワリになったかのようにニコニコ顔を貼り付けています。
誠に信じ難い話なのですが、石踊さんは写真部部長、工藤さんとお付き合いしているのです。
小学校にばら撒かれた破廉恥ゲームを盗んでプレイして「うひょー」な彼と。
しかもその現場を石踊さんは目撃しているというに。これを全国の男子の希望と言うべきなのか、それとも駆逐すべき憎悪の対象とすべきなのか、僕には判断しかねます。若干後者を支持……ここだけの話ですよ。
あの時――地下駐車場の詰め所に石踊さんと工藤さんを二人きりにした時から、お付き合いは始まったとのことです。いったい詰め所の中でどういう会話が交わされて交際至ったのか、気になるところですね。
では、全国のチキン男子代表としてこの僕が、石踊さんにインタビューを試みてみましょう。今のニコニコ顔で読書中の石踊さんなら、ホイホイ答えてくれそうです。
「こくよ――」
「ヒモくん」
僕のインタビューはあえなく竜宮下さんの呼びかけによって強制終了を余儀なくされました。
「な、何ですか」
「今日は何月何日かしら」
「六月二十日です」
「ふむ、きみが入学してから早三ヶ月近く経っているのね」
「そうなりますね」
早いですなぁ、と僕はぼんやりと思いました。尚武屋さんに追いかけられたのが何年も前に思えます。
「入学式の日から今日に至るまで、何か思うところはないかしら」
「思うところですか」
思うところ……『喫茶無菌室』の幟ちゃんカレーの味はどうにかならんのか、と思いますけど、本人を前にしてそんなことは言えません。
「特に何も」
「そう。わたしには思うところがある」
竜宮下さんは、デフォルトである無表情のまま、抗議するように唱えました。
「ヒロインのわたしの出番が少ないのはどういうことかしら」
竜宮下さんのヒロイン宣言に、僕も、ぽわぽわ顔で本を読んでいた石踊さんも唖然としました。
自らヒロイン宣言とは、さすが竜宮下さんです。
そして僕も、たぶん石踊さんも同じ事を思ったはずです。
出番は十分にあったじゃねーか、と。




