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ニャンニャンワールド展開中

 石踊さんを捜す際に、この学校内は一通り探検したつもりだったんですが、まさか地下が存在するとは知りませんでした。

 ただ地下と言っても、そこは地下駐車場で、石踊さんによると普段は先生方の車が停まっているのだとか。なので、生徒が立ち入ることはほとんどないとのこと。

 暗室のドアを開けると、がらんとした駐車場に出ました。車は一台も停まっていません。

 天井には蛍光灯が等間隔に設けられていますが、今は明かりが落としてあります。機能している明かりといえば、非常口の緑のランプと、地上へと続く坂道のすぐ横にある小さな詰め所の中の電気だけです。

 詰め所の中に誰かいるようです。

「うわー、今まで気付かないわけだよー」

 石踊さんが感心したように言いました。

 石踊さんの視線の先を窺うと、暗室のドアがあった場所はコンクリートの打ちっぱなしの壁と完全に同化して、どこにドアがあったかなどわかりません。

 そしてまたブルブルと小さな揺れを感じました。

「なるほど、自動的に上まで戻るようになってんだね。緊急非難の用途で使うんだねっ」

 普通に暗室を利用していて緊急非難の必要が生じるとは、なんと危険な学校なんでしょう。

「石踊さん、仕掛けに感心するのはそれぐらいになさい。どうやら敵はあの詰め所にいるみたいよ」

 竜宮下さんは言いました。

 詰め所からは「うひょー」だの「ぐほあっ!」などと、何やら悲鳴に近い叫びが漏れています。けれど、なんだか嬉しそうでもあります。

 石踊さんが詰め所のドアを開けました。

「あっ――工藤さん!」

 おお、目標発見。

「それに今井さんもですか! いつの間に警備員なんかやってるんですか!」

 知らないお方もいるようですね。

 石踊さんに続いて僕と竜宮下さんも詰め所の中に突入しました。詰め所は小さく見えたわりに意外と広く、事務机と革張りのソファまで置いてあります。

 事務机の上にはノートパソコンが置いてあり、画面にはニャンニャンワールド展開中であります。ふむむむ。

 椅子に座っているのは工藤さんらしく、その横に画面を覗き込むようにして警備員の方が立っていらっしゃいます。こちらがどうも今井さんというお方みたいです。

「工藤さん……」

 石踊さんが静かに言いました。

「こ、石踊……どうしてお前がここに来られ……そ、それにきみは……」

 工藤さんは絶句しておられます。

 彼の目玉はぎょろぎょろと石踊さんと僕を行ったり来たりと忙しない動きをみせています。山越高校の制服に身を包み、パーマがかった髪型をしていらっしゃいます。カリフラワーみたいな頭ですね。

 しかし髪型はともかく、このお顔を僕はどこかで見た覚えがあります。なんだか随分前にお会いしたような気がするのですが、はて。

 小学校の前でぶつかったときは、僕のほうからじゃ顔がよく見えなかったのに、これはおかしいですね。

「工藤さん……」

 石踊さんはちらりとノートパソコンの画面に目をやりました。ニャンニャンワールドは今まさに佳境を迎えているようです。

 これは考え得る限り最悪のシチュエーションですね。破廉恥ゲームをプレイするにあたって我々男子は決して周囲の音に鈍感になってはならないという掟があるというのに。

 僕らの足音を少しでも耳にしたならば、工藤さんたちはクイックセーブ→即座にウィンドウ閉じる、という手順だって踏めたでしょう。

 ゲームによってはESCキーが緊急回避ボタンにもなっていますし。最悪電源を切っちまう、あるいはノートパソコンならバタンと画面そのものをを閉じてしまえばいいのです。

 しかし彼らは「うひょー」などと魂の叫びをあげていたのです。気持ちはわからなくもないですがいささか警戒心に欠けていますね。

 ――って、僕じゃない誰かが言っていました。僕じゃないです。僕はどこかでそういうお話を耳にしたのです。ええ、本当に。嘘偽り無く。僕は正直者です。

「いや石踊聞いてくれ! これは全てが偶然なんだ! 最近ここらへんの学校でゲームがばら撒かれているのはお前も知ってるだろ!? それでだな私はそこに偶然立ち寄ってゲームを見つけて……いや! わわわわわ私はただゲームが欲しかっただけで……いやいや! 欲しいと言ってもちょーっとの間だけ借りようと思っただけさ!」

 工藤さん、必至に弁解を試みますが、弁解すればするほど痛いです。

 それにしても、ふむ、石踊さんが仰っていた工藤さんの性格は的を射ていたようです。

 工藤さんの痛々しい言い訳から察するに、彼はゲームをばら撒いてなどいなかったのです。ばら撒かれたゲームを盗ったのです。彼の言い分では「借りた」ようですが。

 ケチんぼの工藤さんが、他人にゲームをくれてやるわけがないということです。

「――それでだな石踊、私は偶然にも小学校を通りかかり偶然にも小学校の下駄箱を通りかかり……」

 言い訳はまだ続いているようです。連射される「偶然」という単語がこれほど胡散臭く聞こえたのは初めてですね。

「工藤さん!」

 さすがの石踊さんも耐えかねたのか、ピシャリと一喝しました。

「お、おう?」

「お話、よろしいでしょうか」

「お、おう」

「今井さんは見回りにでも行っててください」

「わかた」

 今井さんという方は実に落ち着いた動作で詰め所を出て行きました。破廉恥ゲームが見つかっても全く動じないそのお姿に、僕は羨望の眼差しで彼のお背中を見つめました。

 さて、と。

「ヒモくん、どさくさに紛れて破廉恥ゲームをプレイしない」

「あ、あい」

 竜宮下さんが汚物でも見るような目で僕を睨みました。佳境なのに勿体無いですね。

「さあ、わたしたちも行くわよ」

「ほえ?」

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