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ギャリギャリくんをめぐる攻防の末

 暗室は貧乏大学生が住む四畳半程度の広さですが、冷蔵庫や作業机、天井まで届きそうなステンレスの棚が設置してあるせいで、実際よりずっと狭く圧迫感まで感じます。

 おまけに現像液の臭いなんでしょう、鼻にツンとくる臭気が薄っすらと漂っております。

「椅子にはまだ工藤さんのお尻のぬくもりがありますなぁスリスリ」

 石踊さんは工藤さんが座っていたらしい丸椅子に、頬をスリスリしています。

 スリスリだけじゃ飽き足らず今にも舐めそうな勢いだったのですが、幸いそこまでの変態的所業には及びませんでした。石踊さんはスリスリしていた椅子を台にしてのぼり、何やら天井を調べ始めました。

「うむむー、やっぱ天井じゃないなー」

「あら、なぜ冷蔵庫の中にフィルムが入っているのかしら。食べるの?」

 竜宮下さんが冷蔵庫の中を覗きこんで言いました。開けっ放しだから、中の冷気がかなり逃げちゃってると思われます。

「違うよー。それがフィルムの正しい保存方法なのさー」

「ふーん。それは別にどうでもいいんだけど……」

 竜宮下さん、何かお気に召さないことがあるようです。僕にはそれがすぐにわかりました。

「このギャリギャリくんの保存方法はいかがなものかしら。冷蔵庫の設定温度が明らかに高いわ。もっと低くしなければ」

 ギャリギャリくんとは去年の夏に大ヒットしたアイスキャンディーで、もはや夏の風物詩と言っても過言ではありません。去年など一時期店頭から消えたほどなのです。

 冷蔵庫を覗いてみると、なるほど、フィルムの箱が数個、それにコンビニの袋に入れられた六本入りギャリギャリくんがたしかに保存されています。

 ギャリギャリくんのすぐ上のところに、設定温度を調節するつまみがあります。

『3』『2』『1』『 』とあります。1より下は削れてしまったのか何も書いてありません。

 竜宮下さんがつまみに手を伸ばそうとすると、石踊さんがいつになく慌てて椅子から飛び降り、竜宮下さんを止めにかかりました。

「あぁ! 駄目だよふかみんっ。冷蔵庫の設定温度は『2』って工藤さんがいつも言ってんだからー」

「工藤さんなんか知らないわ」

「工藤さんは写真部の掟なの!」

「わたしは世界の掟よ」

「工藤さんなんか、この冷蔵庫の掟だもんね!」

 スケールダウンしてますよ石踊さん。

 二人は「3」「2!」と激しく言い合っております。僕はチキン野郎なので「まずは冷蔵庫を閉めたほうがいいんじゃね?」と言えないでおろおろしております。

 そうこうするうちに竜宮下さんが実力行使に転じつまみを『3』に回そうとしますが、それを石踊さんの手が抑えました。

 二人で冷蔵庫に手を突っ込み「ふぬぬぬ」と力比べに励んでます。

「いっそギャリギャリくん食っちまおうぜ」と言えない僕はやはりチキン野郎ですね。

 そのとき、暗室全体が震え始めたのです。

「ほえ? なんかこの部屋、ブルブルしてますよ。これはまるで……」

 そう、僕はこの震えを知っています。

「うん、これって……」

 石踊さんも知っているようです。

「エレベーターみたいね。しかもこの感じは下の階に下りている感じ」

 竜宮下さんは言いました。

 そうです。

 この前、特爆に乗りに行く前に竜宮下さんと行った本屋さんで、生まれて初めて乗ったエレベーター。

 あのとき体感した震えと同質のものが、今この瞬間、暗室でも体に伝わってくるのです。

 震えは、先ほどと同じく十秒も経たないうちに止まりました。

「なるほど。この冷蔵庫のつまみが仕掛けを発動させるためのキーだったのね」

「むむーん、こんなもんがあるとはねぇ」

 おお? つまみがキー?

 冷蔵庫のつまみを見てみると『 』のところに設定されています。

「一から十まで何もわかっていないようね、ヒモくん。つまりね、このつまみを回せば、この暗室がエレベーターのように上の階に上がったり下の階に下りたりするのよ。おそらく『1』なら一階、『2』なら二階という具合に。工藤さんはこの仕掛けを隠したいがために、部員に『2』を徹底していたのね」

「おお、そういうことだったのですか。でも今は何階なのですか? 何も書かれていないところに合わさっていますけど」

「おそらく、地下だわ」

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