表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/40

エロゲーをばら撒くサンタ

 とりあえずどうにか石踊さんの携帯の番号を入手した僕です。あれから二時間経ちますが、未だに僕は『喫茶無菌室』のカウンターに座り続けています。

 竜宮下さんはデフォルトの無表情で無言で無感動でいらっしゃいますし、城門さんはここ最近溜まった愚痴をマスターに吐露しております。

「オフクロの金切り声にはもううんざりだよマスター」

「お母様はきみのことを心配してるんだよ」

 マスターはゆっくりと喋りました。おばあちゃんに似てるなぁと僕はぼんやりと思いました。

「アタイには誰かに相手してほしいって駄々こねて泣き喚くガキにしか見えないけどな。今朝だって、たかがエロゲーごときで『んまぁ! なんて破廉恥なの!』と喚いてさ。病院中の看護師集めて犯人探しなんてさせんの」

 エロゲーとな?

 お母様の愚痴だと思ってぼんやり聞いていたのですが、まるでお母様とは無縁の単語が飛び出し、にわかに興味が沸いた僕です。

 いえ、決してエロゲーという言葉に親しみや愛着を持っているわけではありませんよ。

 ……ありませんよ!

「エロゲー? もしかしてゲームばら撒きちゃんのことですかー?」

 石踊さんはそう言うと『幟ちゃんカレー』を僕たち三人の前に置きました。誰も頼んでないのですが。うーん、規格外の匂いです。

「そうなんだ。学校だけかと思ったら病院にまで現れやがった。子供が入院してる病室にピンポイントでばら撒いたんだよ。いったいいつやったんだかな。そこかしこの病室でわけのわからんディスクが置かれたって声が寄せられて発覚したんだ。中学生の男子が自前のノートPCでプレイしたぐらいで、あとは誰もやってなかったみたいだけど」

 どうやらここ最近、この地域の学校に破廉恥なゲームを配るサンタさんのようなお方のお話みたいですね。相変わらず山越高校には来てませんけど。

「どうしてお母様がそのことを知ったのですか?」

 僕は訊きました。

「あー、オフクロの趣味はナースステーションの抜き打ち立ち入り検査なんだ。看護師たちがエロゲーをどうするか話し合ってるところへオフクロが来て『再生してみせなさい。見ないと何かわからないでしょっ!』だとか言ったんだろうな。画面見てブチ切れしたらしい」

「そうなんですかー。なんか昨日もすぐそこの小学校にエロゲーがばら撒かれたみたいですよ。また下駄箱に入ってたみたいで」

 むむ?

 すぐそこの小学校とな?

 石踊さんの言葉に、僕は妙なひっかかりを感じました。すぐそこの小学校というと、この辺では昨日僕がよくわからないお方――おそらく工藤さん――とぶつかった場所にある小学校しかありません。

 あの時、工藤さんはたぶん小学校から出てきたと思われます。

 そして慌てて飛び出したせいで、僕とぶつかったのです(まあ僕も脳内へどっぷりでしたが)。

 なぜ彼はあのとき慌てていたのでしょうか。

 ふむむむ。

 あまり出したくない答が、僕の脳内にぽっこりと浮かびましたが、幟ちゃんカレーの破壊的な味で、その答えは跡形も無く霧散してしまいました。



『喫茶無菌室』からの帰り道、竜宮下さんはずっと無言で僕の前を歩いていました。基本的に竜宮下さんは物静かな方で感情の起伏もほとんどないのですが、最近僕は竜宮下さんの背中を見ていると、不機嫌なのかそうでないのかを見抜けるようになりました。

 たぶん、それはいつも僕が竜宮下さんの後ろを歩いているせいです。

 ちなみに今の竜宮下さんは、かなりお怒りです。執筆中の小説が行き詰まっているのかもしれませんね。

 しかしながら気詰まりな沈黙です。何か心躍る話題でも提供できればいいのですが、あいにく僕の頭にあるのはゲームばら撒き事件のことと石踊さん、それに工藤さんという写真部の部長さんのことでいっぱいです。

 城門さんでもいれば、またお母様の愚痴でもずっと喋ってくれるのでしょうが、彼女は僕たちとは帰る方向が違うのでいないのです。石踊さんはまだバイト中ですし。

「ヒモくんって、鶏の鳴き真似が上手なのね」

「ほえ?」

 竜宮下さんは唐突に立ち止まって言いました。でもそこは僕と竜宮下さんが別れる交差点ですので、別にいつものことでした。

「あまりにもリアルな鶏の鳴き真似なものだから、夜を通り越して朝が来たかと思ったわ」

「それほどでも」

「褒めてないわ。最上級の侮辱よ」

「は、はぁ……」

 な、なんでしょう。

 どうもお怒りの原因は僕にあるような言い方です。しかし僕には何も心当たりがありません。ふぬぬ。

「携帯を出しなさい」

「携帯ですか? いったい何を――」

「早くなさい」

「は、はひっ」

 竜宮下さんの怒りゲージがいよいよレッドゾーンに突入しそうだったので、僕は急いで上着のポケットから携帯を出して渡しました。

 竜宮下さんは軽快な指さばきで僕の携帯をいじり「はい、これでよし」とまた僕の携帯を返してきました。

「わたしの番号とメアド」

 竜宮下さんはそれだけ言うと、横断歩道を渡って反対側の歩道に行ってしまいました。

 携帯を確認すると、たしかに竜宮下さんの番号とメールアドレスが登録されています。

 そのときになって、僕は石踊さんだけでなく竜宮下さんや城門さんの連絡先も知らなかったことに気付きました。毎日図書室で会っていましたし、今までこれといって連絡の必要性も皆無だったから、番号の交換なんて考えもしなかったのです。

 なるほど、いざというときのために、連絡先はお互い知っておいたほうがいいということですね。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ