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あのハムスターを探せ

 学校に着いて早々、僕は石踊こくようさんを捜しました。けれどどこにも石踊さんの姿は見当たりませんでした。

 二年生の教室にも行ってみたのですが、明らかにスランプに陥って殺気立っている竜宮下りゅうぐうしたさんと、プロテインジュースを飲んでいる尚武屋しょうぶやさんしか発見できず。

藤紐ふじひもじゃないか」

 そして尚武屋さんに捕まってしまいました。

 二年生の教室をこっそり覗いていただけなのですが、彼は僕の気配を察知したのか気を感じ取ったのか知りませんが、すぐに僕の存在に気づきました。

「おはようです。尚武屋さん」

「うむ」

 尚武屋さんは鷹揚に頷いてみせました。そんな尚武屋さんですが、今日も今日とて海パン一丁です。ちなみに色は真っ赤。炎属性なのでしょうか。

「二年の教室に何か用でもあるのか? 竜宮下か?」

「いえ、石踊さんを捜しているのです」

「石踊を?」

「はい、ちょっと急を要するというか」

「そうか。しかしあいつを捕まえるのは至難の業だぞ藤紐よ。既に承知していると思うがヤツは55の部活、同好会に所属している。今日はどの部活に参加しているのか知らんが、あちこちに顔を出しているのはたしかだ」

「むむ、それはちょいとヘビーですね。どうしてそんなたくさんの部活に参加してるんですかね」

「わからん。俺はヤツとは中学時代からの間柄なんだが、中学のときも今と同じようにいくつも部活を掛け持ちしていた」

「広く浅く、というスタンスなのでしょうか」

「いや、石踊の場合は広く深く、だ。ただの阿呆のように見えるが侮ってはいかん」

「うい」

「話は変わるが藤紐よ、水泳部に入ってみないか。薄弱な体つきではあるが底知れぬ根性が貴様にはある。良い線いくと思うのだが」

「す、水泳部……」

 僕はまじまじと尚武屋さんを眺めました。眺めずにはいられませんでした。入部した暁には、僕も彼と同じように炎属性だか雷属性だか知りませんが海パン一丁が基本コスチュームに設定されてしまうのでしょうか。

 僕は「いけねっ授業が始まっちまうっ」とキャラに合わない演技をかまして、その場から逃げました。



 昨晩のことです。

 夜の十一時ごろ「さあて、おねむだし寝るっちゃ」と僕がとろとろしながらお布団に潜り込むと、いきなり聴いたことのある音楽が大きな音で鳴り響きました。

 ――むむ、これは名作『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のテーマ曲ではありませんか!

 にわかに未来へ戻りたくなる衝動を抑え、僕は起き上がって自分の部屋を見渡しました。

 音質はあまり良くありません。おそらく携帯の着信音だと思うのですが、僕の携帯は常時マナーモードになっているので音は鳴らないはずです。となると……。

 僕はハンガーにかかっている制服の上着のポケットから、拾ったスマートフォンを取り出しました。案の定、音の出所はそのスマートフォンでした。しかも電話がかかってきています。しかもしかも『石踊幟こくようのぼり』と、某ハムスターさんの名前が表示されているのです。

 僕の心の奥の奥、深海ばりに深い深層エリアに僅かに存在する親切心が目を覚まし、僕の指は勝手に通話ボタンを押しました。「この携帯は拾った者でして、持ち主の方に返したいのですが」と言わなくてはいけませんからね。はい。

『何も喋らないでください』

 開口一番、そう言われました。言おうと思っていたセリフは言えなくなりました。

 そして声の主は、僕の知っている石踊さんでした。

「……」

『工藤さん、どうして今日の部長会、来なかったんですか?』

「……」

『何か言ってください』

 何か言っていいんですか。では……。

「ええと」

『何も喋らないでください』

「……」

 どっちですか。

 それにしても……と僕は警戒しました。これはただ事ではありません。あの石踊さんが、あの小学生女子的な石踊さんが、感極まった声を電話の向こうで発していたのですから。

『工藤さんは、わたしのことどう思ってるんですか?』

「……」

 僕は発言を封じ込まれていますし、仮に封じ込まれていなくても自己規制かけてましたね。はい。

『わたし……わたし……わたし………………』

 石踊さんの声が震えているのが伝わってきました。泣いているのでしょうか。いったい電話の向こう側でどんなお顔しているのか、僕には想像も出来ませんでした。

『わたし、工藤さんのことが、好きなんです』

 電話はそこで唐突に切れてしまいました。少し待ってみましたが、再度かかってくることはありませんでした。

 わはっ、初めて告白されちゃいました! やふー!

 ……違いますね。ここでのリアクションはこうですね。

 なんてこっちゃ。

 ――まあとりあえず。

 僕は手に納まるスマートフォンを眺めました。画面は指紋だらけであまりきれいではありません。本体も黒い塗装がところどころ剥がれています。

「この携帯の持ち主は、工藤さんという方ですね。写真部の部長さんをやってらっしゃるという」



 尚武屋さんが言っていたとおり、石踊さんを捜すのは至難の業でした。全ての休み時間を使っても発見できず、放課後になってあちこちの部活を覗いてみてもあのハムスターさんはどこにもいらっしゃいませんでした。

 学校という限られた場所において、よもやここまで姿を消せるお方がいるとは驚愕です。それともいつぞやのように天井裏に潜んで突如飛来してくるのでしょうか。だとしたらお手上げです。

 まあ、捜す手建てがないわけではありませんが。

 あの拾ったスマートフォンを使って石踊さんに電話するのです。しかし他人の電話を使うというのは感心できません。この手は却下ですな。

 あるいは、竜宮下さんに石踊さんの連絡先を訊くという方法もあります。入学式のとき、竜宮下さんは電話で石踊さんとお話してましたからね。けれどかなり個人的事情が絡んでいるので、他人のことは包み隠さず話すことをポリシーとする竜宮下さんを巻き込むのは多大な危険をはらみます。

 はて、どーしたもんでしょうなぁ。

 僕は学生食堂の入り口わきにある自販機で缶コーヒーを買って、かわゆい男子にあるまじきウ○コ座り(自主規制)をしながらぼうっとしておりました。

 缶コーヒーは薄くて砂糖で無理やり味を際立たせているようにしか思えません。『喫茶無菌室』のマスターが淹れてくれたコーヒーのほうが一億倍美味しいです。

 ……あ。

 まだ石踊さんがいそうなところがあったじゃないですか。

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