特爆帰りに衝突し、スマホをゲット
シートに沈み込むように座ると、また底なし沼のように逃れ難い眠気に襲われ、僕の視界はブラックアウトしました。次に気がついたときは、もう特爆は車庫に戻っていました。
特爆から降りると、キャンプで使うような折りたたみ椅子に座って文庫本を熟読中の竜宮下さんが目に入りました。ブックカバーが被さっているので、何を読んでいるのかはわかりません。
余程集中されているのか、竜宮下さんは僕が降りたことに気付いないようです。機械的にページを繰るその姿は、どこか別の世界へトリップしてしまっているようにも窺えます。
「竜宮下さん、ただいまです」
僕は言いました。
「あら」
竜宮下さんはパタンと文庫本を閉じて「おかえりなさい」と無表情に言いました。
「行きたいところには行けたかしら?」
「行きたいところですか?」
「そうよ。もしかして行けなかった? 特爆は、心に望んでいる場所なら時を越えてでも行けるのだけど」
「……そう……ですね、行けた、はずです」
「行けたはず……ふむ」
竜宮下さんは僕のおばあちゃんみたいにゆっくりと今聞いた言葉を咀嚼するように黙り込み、少しの間目を瞑り、また開き、それから特爆を見上げました。
僕の気のせいでしょうか。
竜宮下さんは表情を一切変化させませんでしたが、どこか寂しそうでした。
竜宮下さんとは駅前で別れ、僕は歩いておばあちゃんちまで帰ろうとしたのですが、駅から家までの道がまーったくわからなかったので、行きとは反対方向のバスに乗って一旦学校の近くのバス停まで戻り、そこから徒歩で戻りました。やれやれです。
帰り道に『喫茶無菌室』の前を通り、一瞬入ろうかなと思ったのですが、お財布が息絶えていたことを思い出し諦めました。
それに店先の黒板を見てみると『バータイム中』となっております。どうやら大人の時間らしいですね。お子ちゃまはとっとと失せろ、と。
そんなわけで無菌室の前からとっとと失せた僕は、とぼとぼと足を運びました。歩きながら考えたのは、やはりつい先ほどの特爆、それにユウキくんことでした。
心が望んでいる場所に行ける、と竜宮下さんは仰ってました。
僕は、あの時あの場所へ行くことを、望んでいたと思います。
でもいざ行ってみると、悪夢に迷い込んでしまったような、そんな思いにかられるだけでした。
もし今、また特爆に乗ったら、再びあの時あの場所へ行くことができるのでしょうか。
それとも、また別の場所別の時へ行くのでしょうか。
あるいは、どこにも行くことなく、特爆は山手線みたいにぐるっとどこかを一周して同じところに戻ってくるのでしょうか。
もしかしたら、動かない――む。
精神的迷路に迷い込んで絶命寸前の金魚状態だった僕だったのですが、突如左斜め前方から襲ってきた衝撃のせいで、ひとまずリアル世界に舞い戻ることができました。
でも、普通に痛いです。
ぶつかった拍子に僕はお尻から尻餅をつき、相手の方も同じように転んでしまいました。どうも精神的迷路に迷い込んで心ここに在らず状態だった僕に非があるように思えてなりません。
これはいけませんね。
でもおかしいです。
右手側にも左手側にも曲がり角などありません。真っ直ぐの道が続いているので、いくら僕が精神世界にどっぷりだったとしても気付きそうなものですが。
僕が歩いていたのは小学校の前で、すぐそこに校門が――おお?
校門が少し開いてますな。位置は左斜め前方。
となると、この僕の前ですっ転んでいるお方はそこから飛び出してきたわけですね。きっとろくに左右の確認もしなかったのでしょう。
ふうむ。
もし精神的迷路に迷っていなければ、僕は全面的に無実だと胸を張っているのですが。
とかなんとか考えてる間に、すっ転んでいるお方が「むぐぐ」とうめき声をあげて立ち上がり、僕を見下ろしました。
暗い上に街灯が逆光となって表情がよく見えませんが、とりあえず男のようです。かろうじてジーンズと白いスニーカーを履いているのは見えましたが上半身はシルエットになってよくわかりません。
「――きみは……あの時の……」
男は言いました。
なんだか驚いてぷるぷる震えている様子であります。
「あの時?」
どの時でしょう?
男は踵を返し夜道を徒競走のように突っ走っていきました。その背中はどんどん小さくなり、やがて闇の中に飲み込まれていきました。
なんだったのでしょうか――むむ。
男が倒れていた場所に、何か落ちています。
……おお。
田舎者の僕にはとんと縁が無い代物……これは……。
これはスマートフォンというやつじゃないですか。




