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石踊幟、部長会で吠える

 翌日の放課後、ホームルームが終わり「さあて部活だっちゃ」と僕は意気揚々と教室を出ると、その瞬間首根っこをつかまれ、半ばというか完全に引きづられる形で生徒会室まで連れて行かれました。

 そんなことをするのはもちろん竜宮下さんです。

「あの、なぜ僕をこんなところに」

「今日は部長会よ。きみが忘れてると思ったから、教室の前で捕獲……待っていたのよ」

 捕獲しようとしていたらしいです。

 そういえば昨日、城門さんがそんなことを仰ってましたね。すっかり忘れてました。頼まれたのは竜宮下さんだけだったような気もしますが。

 竜宮下さんは僕の腕を引っ張ってずんずん生徒会室の中に入りました。

 そこはいかにも会議室然としてました。

 長机を連結させて大きな正方形を作り、既に何人かが席についております。その中には石踊こくようさんもいらっしゃいます。

「石踊さんがいますよ。文芸部以外にも所属しているのですね」

「彼女は55の部活と同好会に所属し、54の部長を兼務しているの」

「ご、ごじゅう……」

 そういえば石踊さんは文芸部にそこまで顔を出しません。

 なるほど、それだけの部活に入っていれば当然ですね。

 その上『喫茶無菌室』で怪しげなカレーまで作っているのですから、きっと毎日多忙なのでしょう。

 その石踊さんなんですが、心ここにあらず、といった佇まいでぼんやりと天井を見つめています。天井に妖怪でも張り付いているのかと思って僕も目をやったのですが、妖怪どころか染み一つないきれいな天井でした。

「どうしたのでしょうか石踊さん。僕たちにも気付いてないようですけど」

「大体想像つくわ。それより石踊さんは放っておいて座りましょう。わたしは寝るから、ヒモくんはちゃんと話を聞いて会議に参加するのよ」

 なんてこっちゃ。

 程なくして、生徒会長さんと副会長さんが部屋に入ってきてました。新年度最初の部長会ということで、生徒会長さんと副会長さんの自己紹介が最初にありました。

「生徒会長の三年A組、神田司かんだつかさです」

 生徒会長さんは簡潔に自己紹介を済ませました。

 僕の一億倍はハンサムなお方です。さぞかし婦女子の皆さんにモテるのでしょう。彼の周りだけ南国の爽やかな風が吹いているようです。

「副会長の二年B組、溝口輝明みぞぐちてるあきです。僕はほかにも数学部と情報部に入ってまして――」

 副会長さんの溝口さんは、長々と二十分近くもの間、自己紹介を垂れ流しました。カマキリみたいなお顔で、身長がなんと僕と同じぐらい低いのです。もしかすると無二の親友になれるかもしれませんね。

 溝口さんの自己紹介がやっと終わり、部長会が始まりました。

 竜宮下さんは宣言どおり机に突っ伏して睡眠をむさぼり、僕はというと最初の十秒は集中していたのですが、すぐにおねむになってうつらうつらと……。

「――では挙手を取ります」

 ほえ? 挙手?

 ふと時計を見ると、会議が始まってから一時間が経とうとしています。

 いつの間にやら会議は終盤に差し掛かり、何がしかの議題に結論を出すべく挙手を取るようです。

 ホワイトボードには……


 ①五時

 ②六時

 ③六時半


 ――と、豆粒みたいに小さな文字で書かれています。

 なんのこっちゃわかりませんが、適当に挙手しておきましょう。

 そのとき、どこかで聞いたことのある声が生徒会室に響き渡りました。

「待ってください!」

 石踊さんです。石踊さんがピッと手を上げています。

 その表情たるや真剣そのもの。いつもの小学生女子的な雰囲気は微塵も感じられません。

「なんですか、石踊さん」

 副会長さんの溝口さんが冷ややかに問いました。

「写真部の工藤さんがまだ来てません。挙手を取りやめてください」

「あー、あの留年生、まだ部長をやっていたんですか」

 溝口さんは道端の犬の糞を見るような目をして言いました。

「そ、そんな言い方って――」

「石踊さんは写真部の副部長でしたよね? いっそ石踊さんが部長になってしまわれては?」

「写真部の部長は、工藤さん以外に有り得ません」

 石踊さんはきっぱりと言いました。

 溝口さんを睨みつけて。

 僕は石踊さんの瞳に炎を垣間見たような気がしました。竜宮下さんの氷の瞳とは対極の、でも根っこの部分では同じ性質の、強い瞳です。

 結局、石踊さんの抗議も虚しく、多数決は行われてしまいました。



 会議終了直後、石踊さんは溝口さんに詰め寄りました。ちなみに挙手は③の六時半になりました。どうも夏休み中の部活動の終了時間らしかったです。

「酷いよ溝っち! あそこまで言うなんて!」

 石踊さんは声を荒げました。雰囲気は小学生女子に戻ってますが。

「酷くはない。事実を言ったまでだ。いい加減後輩に部活を委ねて受験勉強でもしてればいいんだ。いや、彼の場合はそれ以前に学校を卒業するための勉強が必要かな」

 溝口さんは「ひひひ」と唇の端を吊り上げました。

「ぶーぶーぶーっ。あったま来たぞー! 城門先輩に言いつけてやる!」

「好きにしろよ」

「ぶーぶーぶーっ」

 石踊さんは「ぶーぶー」言いながら生徒会室を後にしました。

「あらあら石踊さん、何を熱くなっているのかしら。わたしのように瞑想していれば、心も落ち着いて冷静沈着でいられるというのに」

 いつの間にか竜宮下さんが起きていました。

「いつから起きていたのですか」

「石踊さんが『挙手をやめねえと自爆するぜ』と言ったあたりから」

 いささか脚色されていますが、大体いつから起きていたのかはわかりました。

「竜宮下さん、僕には何がなんやらわからないのですが」

「ああ、それはね――む、尚武屋くんがこっちに来るわ。面倒ね。とっとと帰るわよ」

 僕は竜宮下さんにぐいぐい引っ張られて生徒会室を出ました。ちらっと振り返ると、尚武屋さんが溝口さんとお話をしているのが見えました。

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