湖畔に花咲く
習作ですが、どうぞ読んでみてください。
僕の心は水鏡のようだった。
自分も自分の考えも、全てがゆらゆらとぼやけてはっきりとしない。ただ湖面に、頼りない困り顔でつっ立っているのが映っているだけだ。なぜか。それは君が忙しなくそわそわと風を吹かせるからなのだ。時に冷たく鋭く、時に心地よく優しいその風は僕の心の湖を波打たせる。
「お前、誰が好きなん?」
「何?急に」
深窓の令嬢とは彼女だ、という風貌の西村響子はまるでフランス人形のように恐ろしく整った顔をしている。そこらのアイドルや女優よりよっぽど綺麗な顔立ちだった。おまけにスタイルも良く、学校内で一番制服が上手く着こなせているように思われた。
「お前、あんな奴が好きなのか」
「いや、好きというか何というか」
「告白すればいいじゃん」
西村響子は大抵、一人でいるが特にクラスで浮いている風でもなく、話し掛ければ会話はできた。しかし、男子受けというか浮ついた話がなく、高嶺の花として扱われている。クラスの男子からも女子からでさえお高い存在なのだ。大学生の彼氏がいるという噂もあるし、とにかく中学生に彼女と対等な人間はいないようだ。
「だって、振られたらいやだし」
「大丈夫、大丈夫。お前案外イケてるよ」
「からかってる?」
そんな西村響子にも唯一、毎日話す友人がいた。しかも男だ。名前は大倉カオル。女みたいに髪を長く伸ばした、甲高い声で話すクラスの嫌われ者だ。大倉カオルはいつもどこでも西村響子にくっついて歩き、冷たい反応にもめげず一緒にいた。ある生徒が罰ゲームで西村響子に告白するはめになったことがあったが、その時でさえ一緒にいたがり、しょうがなく木陰で見物客と見学をさせた。大倉カオルにこれから何をするのかと、しつこく聞かれた奴は繊細を教えた。すると奴は西村響子に向かって
「絶対、うんっていっちゃ駄目だからね」
と念を押していた。彼女はこくんとうなずいた。結果、男子生徒は振られたらわけだが、それは大倉カオルの注意は関係なく西村響子のただの意志だったはずだ。西村響子は大倉カオルがいなくてもそうしただろうから。
「ねえ、ちょっといい?」
「何?」
「ちょっと、好きなんだけど」
「“ちょっと”?」
「いや、何ていうの。何か君の全部が好きなわけじゃくて、ちょっと」
「おいおい、あいつ失礼なこといってるぞ」
「あちゃー、あれはまた振られるな」
「“ちょっと”何?」
「君のちょっとしたところが、好きなのかな?」
西村響子はため息をついて大倉カオルを見つめた。
「私に聞かないで。で、何かしら?」
「じゃあ、好きです、君が。…これでいい?」
西村響子はため息をついて、再び大倉カオルを見つめた。ただ普段見せない微笑みで頬を赤く染め、照れ臭そうに僕を見つめた。
「大倉くん」
「は、はい?」
「それって告白?私と付き合いたいの?」
教室が彼女の一言で一瞬凍ったようだった。だれしもが西村響子と大倉カオル、いや、僕を交互に見比べた。張り詰めた空気はそれを作り出した西村響子が壊した。
「あの、とても恥ずかしいのだけど」
「い、いやうん…」
「ごめんなさい、無理だわ」
湖畔に花咲く季節だと思っていたのは僕の勘違いで、いつのまにかその季節は過ぎ去り、冬が到来していた。湖は凍り、水鏡に映っていた僕はいまはっきりとしていた。そう、それは意志も考えも鮮明になった瞬間だった―――。
台詞を独立したものにしたくて、文章と台詞にはあまりつながりがないようにしてみました。