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7、最強

 段々謎の飛行物体が近づいてくる。近づくにつれ、辺りは一層明るく照らされていく。


 まさか五十嵐さんの予言した爆発ってこれか? いや、そんなはずはない。それなら五十嵐さんも何か気付くはずだ。何よりまだ先の事らしいし。


 でも、じゃあ何なんだ、あれは?


「なんや知らんけど、こっちに向こうてきてへん?」


 春香さんが呟いた。


 そんな訳無いだろ、と思いながらも目線を空に戻すと、俺はようやく春香さんの言いたい事を理解した。


「軌道が変わった!?」


 さっきまで飛行機のようにはるか上を飛んでいた飛行物体が、明らかに進路を変えてこの公園を目指して急降下してきた。


「玲次さん、逃げましょう」


「ああ、そうしよう。春香、そいつも連れて来てくれ」


「ほんまに連れてくんか?」


「ああ、説明してる暇はない。急ぐぞ!」


 仕方なく春香さんが浮遊男を担ごうとしたが、浮遊男は手を振り払った。


「これくらい平気だよ。自分で立てるさ」


 浮遊男は、頭を押さえながらふらふらと立ち上がった。


「それに、もう間に合わないみたいだしさ」


 浮遊男が呟いた直後、俺は背後から爆音を伴う強烈な衝撃と風圧を感じた。俺は吹き飛ばされそうになって強く踏ん張った。


 あれが、落ちたのか!?


 静まった所で後ろを振り向くと、砂煙の中に人型のシルエットが見えた。


「誰だ?」


 俺が呟くように問いかけると、それに答えるようにそのシルエットから鋭く突き刺すような眩しい光が放たれた。


 目が、潰れそうだ…!


 俺は腕で目を覆い、光が止むのを待った。


 その光が止むと、砂煙は消えていて、落ちてきた物の姿が明らかになった。それは黒いスーツを身につけ、髪は金色で逆立っている男。背は高めで恐らく190は超えている。ただそこにいるだけで凄まじい威圧感があった。


 そこにいる七人全員が黙ってそれを見るのみで動こうとしない。


 その男はゆっくりと、一歩一歩堂々と踏みしめて歩いて近づいてきた。


「何なんだ、お前は?」


 玲次さんは、動揺を隠せない様子で聞いた。すると、その男はそこで立ち止まり、口を開いた。


「俺様の名は白坂光輝(シラサカコウキ)。“光”の能力者だ。“次元移動”の能力者、江垣拓夢(エガキタクム)を貰い受けに来た」


 俺の背筋をゾクリと寒気が襲った。白坂と言う男からは、ただそこにいるだけで強さが感じ取れる。恐らくだけど玲次さんよりも、浮遊男よりも強い。


 白坂は再び余裕そうにゆっくり堂々と歩き始めた。


「お前も協力してくれ。拓夢を塀の側に連れて行くんだ」


 玲次さんは、白坂から目を離さぬまま浮遊男に協力を求めた。


空西(ソラニシ)カケル」


「え?」


「俺の名前。君達を百パー信じたって事さ。当然協力もするよ」


 浮遊男―――改め空西は宙を蹴り、高速で拓夢の方へ向かった。どうやら春香さんの一撃によるダメージは既にほとんど回復したようだ。


「玲次さん、どうせなら拓夢を遠くに連れていってもらった方がいいんじゃないですか?」


「無理だ。さっき見ただろう。白坂の飛行速度は空西よりはるかに速い。それならここで全員で守るのが得策だ。消耗した所を拓夢に閉じ込めてもらう」


 なるほど…。


 と、こんな会話をしている内に、白坂はすぐそこまで近づいていた。


「俺様は強い。否、人類最強だ。雑魚はまとめて相手してやるから一気に来い」


 白坂は立ち止まって腕を広げた。


「空西! 拓夢の近くにいてやってくれ」


「任せてよ」


 空西はそう答えると、二本の刀を作って構えた。その姿は頼もしい。さっきまで敵対していたのが嘘のようだ。


 さて、今白坂の前には俺達五人が玲次さんを中心として横一列に壁となって立っている。


 白坂はどのように来るつもりなのか。って、よく考えたらさっき挑発してたよな。


 白坂なら飛行する事で簡単に俺達を越えられるのだろうが、それをしないのは遊びのつもりなのだろう。


「玲次さん、どうします?」


「これは持久戦になる。なるべく無茶はせず堅実に行こう。五人もいれば止められる。それがもし駄目でも七人なら確実だろう。だからこそ今は我慢だ」


 玲次さんは全員に聞こえるように言った。


 白坂は、俺達が攻撃する意思を持たない事を悟ると、広げた腕を静かに下ろしわざとらしくため息をついた。


「貴様らは自分の置かれた立場を理解していないのか?」


 白坂は見下した目で見てくる。もはやその目には感情や気力といった物が無かった。興味を失ったという感じだ。


「せっかく俺様の気が向いたから相手してやるつもりだったんだが。これだけの能力者がいれば俺様を満足させられるかもしれないと思ったが、そのような腑抜けだとはな」


 玲次さんは冷静な風を装っているが、内心焦っているようにも見えた。これほど実力差のある相手は初めてなのだろうか。


 白坂は、もう一度ため息をついた。


「俺様の速さは理解したはずだ。俺様はいつでも目的を達成して帰る事が出来る。俺様はチャンスを与えていたのだ。しかし、闘う気が無いなら仕方ないな」


 白坂はそう言うと、自身の体をまばゆく輝かせ始めた。現れた時と同じ様に、白坂の体は直視できない程の明るさとなる。


「まずい! 春香、突っ込んで来たら蹴り落とせ! 恭子、よく狙って能力を使ってくれ! 圭介、二人の作った隙を活かして拘束しろ!」


 玲次さんは、一通り指示をしながら手から冷気を出して氷の盾を作った。今回のサイズは盾と言うより壁と言う方がふさわしいだろうか。


 玲次さんの掌を中心に広がっていく分厚い氷の壁は、白坂の姿さえも覆い隠した。氷の壁は公園を完全に分断し、白坂一人を向こう側へと追いやった。


 だけど、白坂の能力を使えば壁をたとえ壊す事が出来なくとも越える事は出来るだろう。油断は出来ない。いつ来てもいいように構えておかないと…。


「ハッハッハッハ! 俺様にこの壁を破壊しろと言うか。面白い、受けて立とう」


 白坂の声が壁を通して聞こえてきた。わざと聞こえるように言っているのだろう。


 しばらくすると、壁の向こう側でエネルギーの集まる高い音が聞こえてきた。


 それが止むと、すぐ後に激しい破裂音を伴って壁がビリビリと震えた。壁の端からはまばゆい光が漏れている。


 一体向こうで何が起きてるんだ!?


 俺は胸が不安で一杯になった。冷や汗が頬を伝うのを感じる。だが、今の音でどこに攻撃したかが大体分かった。


「圭介、大丈夫かな…」


 恭子が不安そうに俺を見てきた。


 まだ恭子も能力を完璧にコントロール出来るようになったわけじゃない。ひしひしと伝わる波でそれが分かる。まだ能力を抑えきれていない。


 だが、俺はそれを振り払うようにして言った。


「大丈夫だよ。みんなで協力すればどうにかなる」


 俺は恭子に分かるように、壁の一部を指差した。


「さっきの音で分かったんだけど、多分あの辺りに攻撃してる。あそこから出てくると思うから狙いを定めておこう」


「うん…」


 不安な事には変わりないけど、どこから来るか分かるだけでも恭子の不安を少しは取り払える。


 玲次さんは壁が破壊されないようにひたすら冷気を送り続けているので指示は出来そうもない。今は自分達で判断しなければならない。


 再びエネルギーの集まる音が聞こえてきた。白坂がいつこの壁を突破してくるかわからない。


 でも、俺達はそれまでに何か出来ないのか? 待つことしかできないのか!?


 玲次さん一人で頑張っていて、俺達は、何も出来ない…。


「あ、見えたよー」


 突然緊迫した空気をかきけす間の抜けた声が聞こえた。


 五十嵐さんだ。何度聞いてもこの話し方には慣れない。


「能力が運良く発動したよー。おー、三分後が見えるよー」


 俺はその言葉を聞いて、微かに希望を感じた。五十嵐さんの能力が戦闘中に発動しているのは心強い。常に三分後を先読みしているのだ。これほど有利な事はない。さっきだって、春香さんが武器を恐れず空西さんに飛びかかれたのは五十嵐さんの助言あってこその事だ。


「五十嵐ー! どうや? 白坂が来る気配はあるんか!?」


「いやー、それが今凄いシーンでねー。今からちょうど三分後にこの壁が破られるよー」


 五十嵐さんは、普段と変わらぬ口調で言った。


「えっ! 本当ですか!?」


「五十嵐ー! どこが破られるん!?」


 俺が驚きの声を出すのとほぼ同時に、少し離れた所から春香さんの声が聞こえた。


「あそこー」


 五十嵐さんが指差した先は、俺達の警戒していた付近だ。


「よし、重点的にここを警戒しよう」


 俺が言い終わるか終わらないかと言う時、また壁の向こうから破裂音が聞こえてきた。今度はさっきより音が大きい。


 ピシッと嫌な音が聞こえ、背筋に寒気を感じた。壁に大きな亀裂が入った…!


 玲次さんが能力を使っているから見る間に修復されていくが、次の攻撃には耐えられないだろう。


 壁の向こうではまたエネルギーを溜めている音が聞こえる。


「サイクルが早まった! ここで一気に畳み掛ける気だ!」


 俺がみんなに伝えると、春香さんはより一層集中して構えた。


「圭介…」


 恭子は緊張しているように見える。


 俺は、大丈夫だと言い聞かせるように頷いて見せた。その時、壁の向こうの音が止まった。どうやらエネルギーを溜め終わったようだ。


「来るで!」


 春香さんの声で、より緊張が高まる。絶対に拓夢を護り通す。俺は強く心に思った。


 止まっていた轟音が、衝撃とまばゆい光を伴って再び聞こえた。


 まだ壁の亀裂は完全に治っていないから、破られるのは確実だろう。


 それにしても凄い衝撃だ。これ以上近づく事が出来ない…。


 玲次さんはまだ壁に冷気を送り続けている。こんな状況でもまだ諦めていないみたいだ。亀裂はまた広がり始めてるし、白坂の体力を消費させる作戦はこれ以上は無理だろう。


 その時だった。重く鈍く、そして豪快な音と共に氷の壁の一部が崩壊し、破片が飛び散った。それと共に、白く突き刺す光の帯が穴から一直線に伸びた。その太さは人一人の体が余裕で入るくらいだ。


 これは、ビームか!? 白坂は光エネルギーを集めてレーザービームが出せるのか!?


 圧倒的な速さと圧倒的な破壊力、しかも遠距離攻撃だ。俺達に本当に勝ち目はあるのかよ…。


 玲次さんは頑張って穴を塞ごうとするけど、白坂の速さじゃ絶対無理だ。俺達が相手しないと!


 白坂は穴の向こうで満足そうな顔をしていた。


「貴様等の策に真っ向からぶつかってやったぞ。そろそろ希望は無くなったのではないか?」


 白坂は言いながら煌々と輝く光を纏って浮かび上がった。


「まずい、来る!」


 俺がそう叫び終えた時には、白坂は既に目の前にいた。


 俺は本能で一歩跳び退いた。だが、白坂が攻撃する気配は無い。


 いや、違う! 攻撃出来ないんだ!


 よく見たら白坂の腰の辺りが氷の壁に食い込んでいて、上半身だけが見える。


 でもそろそろ玲次さんの体力は限界に見える。玲次さんは白坂を捕らえるためにタイミングを計って全力で冷気を送ったのだろう。肩で息をしている。


 二度と無いチャンスかもしれない。


「今行くさ! 待ってなよ!」


 後ろから空西の声が聞こえる。何をする気だ?


 後ろを向くと、空西は拓夢を抱えて飛んで来ていた。


「え!? 何やってんだ!? 拓夢を連れてきたらまずいだろ!」


「何って、決まってるさ。白坂をその壁の中に閉じ込める!」


 なるほど、その手があったか。


「でも、白坂は遠距離攻撃もしますよ!」


 恭子は不安そうに空西に言った。


「今、俺様を閉じ込めると聞こえたな」


 白坂は右手の指先を空西に向けた。


「江垣拓夢は生かさなければならないが、貴様は撃ち抜いても問題ないはずだ」


 高い音を響かせながら、白坂の指先に光が集まり始めた。


 しかし、空西に怯む様子は無い。分かっていて突っ込んできている。


「どれだけ馬鹿なのさ。君の周りに何人いると思ってるの?」


 その空西の言葉を聞いて俺は我に帰った。言葉自体は白坂に向けたものだが、実質受け取ったのは俺達だ。


 俺達がここで白坂のビームの発射を食い止めなければいけない!


 すぐに空西と拓夢は着くだろう。それまでに最悪軌道を変えるだけでもいい。何か手を打つ。


 振り返った時、すでに春香さんは行動を起こしていた。


「やめんかボケェー!!」


 春香さんは大きく飛び上がった。白坂の頭に踵落としを決めるつもりだ。これは逆に近づいたら危険だな。


「恭子!」


 俺は恭子の腕を引いて少し離れた。白坂は声で春香さんに気づいて上を向いた。だがもう遅い。直撃は免れないだろう。


「貴様、いつの間に…!」


 その瞬間、白坂からまばゆい光が放出された。


 近くで受けると一層眩しい…! 春香さんは大丈夫だろうか。いや、平気だろうな。ただの目眩ましだろうし、それに白坂は氷に挟まれているのだから、見えなくともただ足を降り下ろすだけでいい。


 しかし、目の前の景色を再び目に映した時、俺は驚愕した。


「どうして、どうして白坂がいない!?」


「俺様ならここだが?」


 俺と春香さんと玲次さんのちょうど中心辺りに奴はいた。


「どうやって…!」


「どうやって? 簡単だ。一時的に俺様の体を全て光に変えたんだ。光は物質ではなくエネルギー。ゆえに壁の拘束からもたやすく抜けて、まさに光の速さでここまで来た。ただエネルギーの消費が激しい上に、まともに攻撃できない。ゆえに普段は半光体で戦う」


「半光体?」


 玲次さんが口を開いた。


「そうだ。半分光で半分物質。戦闘中結構便利な状態だ。性質は物質だが、光を操れ、さらにそれなりの速さも手に入る」


 それなり? あの今までの速さがそれなりだって? 大体、なんでこんなに自分の能力の情報を話す? 対策されても負けない自信があるってか?


 しかし確かにこっちの勝ち目は薄い。


 俺は能力が無い。五十嵐さんは戦闘向きの能力ではない。恭子は動揺してまともに能力が使えない。玲次さんはスタミナ切れ。春香さんの攻撃は物理攻撃だから白坂がエネルギー体になったら効かない。


 人数が多くてもメインとなって戦える人がいないんだ。あと戦える人と言ったら…。


 俺はチラリと後ろを見た。



※ ※ ※



 まさか、今戦えるのは俺だけ? いや、そんなはず無いよな…。本当にもうみんな打つ手無し?


 例えそうであっても俺だって拓夢を守らないとならない。拓夢を無駄に白坂に近づけてしまった気がするが、多分気のせいさ。無駄にはしない。


 俺はサングラスを普段からかけているから白坂の目眩ましは効かない。俺が絶対に拓夢を守る。


「ねえ」


 決意を固めた直後、拓夢が服の裾を引っ張った。俺は、拓夢を連れてすぐに動けるように拓夢を背負っていた。


「あともう少し近づけばアイツを氷の壁に閉じ込められるよ」


「何っ!? 本当か?」


「うん」


 でも今だってそんなに離れていない。これ以上近づけて平気なのか?


 そんな訳無いさ。白坂の目的は拓夢だ。わざわざこっちから近づく事は無い。 でも、このままでは勝ち目が無いのも事実さ。俺が拓夢から離れて戦いに行けば勝てる可能性は微かにある。だが、相手は逃げの手段として拓夢を拐って逃げる事ができる。だからこそ俺は拓夢から離れられない。


 今、白坂に対抗しうる力を持っているのは、皆で戦場から遠ざけようとしているこの一人の少年だけなのではないか?


「どうしたの?」


 呆けているように見えたらしく、拓夢は心配そうな声を出した。俺は首を捻って背中にいる拓夢の方を向いた。


「じゃあ、行こうか。君がみんなを守る番さ」


「うん!」


 俺は宙を滑るように移動した。ギリギリまで移動して後は拓夢に任せる。


「この辺りか?」


「十分だよ」


 俺達は、白坂に聞こえないように小声で話した。拓夢は十分だと言ったが、十分に危険な距離でもある。


 拓夢は、右手を俺の顔の真横を通して白坂に向けて伸ばした。


 白坂は周り全員に等しく注意を払っていて拓夢の細かい行動に気づいていないみたいだ。でもいつ動くかは分からない。拓夢、急いでくれ。


「届いた…」


 小さな声が聞こえると、白坂の体の周りに黒い線が鉛筆で書くようにくっきりと現れた。


 それは白坂の体の周りを四角く囲んでいく。


 黒い線は今白坂の体を半分囲んでいる。本人からは見えにくい角度だが、バレるのも時間の問題だ。


「もっと速くできないのか?」


 俺は後ろに向かって言った。


「無理だよ。距離が遠いし」


 そうだよな、確かに遠いかもしれない。ここから届くだけで十分便利だけどさ。


「ん? なんだ、貴様等急に目の色が変わったな。新たな駄策でも浮かんだか?」


 白坂が嘲笑して組んでいた腕をほどいた。まずい、動き始めるかもしれない。


「なあ、大丈夫か?」


「うん、もうここまでくれば大丈夫だと思う」


 既に黒い線は白坂を八割程囲んでいた。


「ん?」


 白坂は氷川達の視線を気にして身の回りを確認した。


「これは何だ」


 まずい、気づかれた!


「いや、行けるよ! あと少し!」


 拓夢がそう叫んだとき、黒い枠は既に95%完成していた。逃げる暇は無い。


 黒い線が白坂を囲み終えるかどうかというその瞬間甲高い音が響き、辺りに目映い光が広がった。サングラスをかけていても一瞬視界を奪われる威力。


 二次元への扉が回るパタパタという音だけが聞こえる。




 どうなった? あの強烈な光は白坂の最後のあがきだろうけど、まさか白坂が抜け出したなんて事は無いよな?


 扉の回る音は聞こえたから拓夢の能力は発動したはず。第一白坂は黒い線を見ても状況が理解できないはずだし問題ないはずさ。


 俺は心の中で自分にそう言い聞かせて納得した。


「哀れだな。最後のチャンスを与えたのだが」


 俺は耳を疑った。


 氷川達はまだ目が眩んでいるようだけど、俺はサングラスだからダメージが少なく既に周りは見える。


 しかし、白坂の姿は無い。氷の壁を見ても白坂の姿は見えなかった。どこにいるのさ。


「俺様はこの時を待っていた」


 ――――!!


 上か!!


 俺が空中に白坂を見つけた時にはもう遅かった。再び白い光が辺りを包み、鈍い音が次々と聞こえる。


 目が慣れた時一瞬で状況を把握した。白坂は氷川の仲間を高速で順番に蹴り飛ばしていた。今ちょうど氷川が蹴り飛ばされた所だ。


 後は俺と拓夢だけか。サングラスをかけている俺の目が慣れる数秒のうちに五人蹴り飛ばすなんて化け物かよ。


 白坂が氷川の位置から俺の位置まで飛んでくる一秒足らずの間に、そんな事を考えながらも俺の体は攻撃を避ける事に専念していた。


 白坂は高速で俺の方に膝を突きだして飛んでくる。


 駄目だ、避けるのは間に合わない! 初動は見えたのに! 仕方ない、受け身を…。


 鈍い音と共に俺は数メートル吹き飛ばされ、地面を力無く転がった。


 ……っ! 速すぎだろ!


 って、あれ?


「拓夢…?」


 転がった時に落ちてしまったのだろうか。倒れる俺の背中には拓夢の気配は無い。


 しかし、辺りを見回すとすぐに拓夢を見つける事が出来た。


 拓夢は、一際大きな目立つ体を持つ白坂の片腕に抱えられていた。


「離せ! バカ!」


 拓夢は必死にもがいているが、子供の力では抜け出せない。


「待ってろ、拓夢! …っ!」


 立ち上がろうとした俺は、胸に痛みを感じて再び地に伏した。


 これは、肋骨が数本いってるな…。


 俺がそんな事をしている間に、拓夢は思いついたようにスケッチブックを開いた。


「お前、離さないとこの中に閉じ込めてやるぞ!」


 訓練を見ていた俺にはそれが嘘だという事が分かった。二次元に送る際にはその大きさは等寸大になるはずだ。ただでさえ大きな白坂の体がスケッチブックに収まるはずもない。


 だが、その真偽は白坂には分からない。今回の場合、その拓夢の咄嗟の嘘は裏目に出る事となった。


「そうか、それでは仕方ないな」


 白坂はそう言いながら体中にまばゆい光をまとい始めた。当然拓夢はまだ右腕に抱えられたままだ。


「やめろ! 拓夢を離せぇ!」


 俺はもはや叫ぶ事しかできない。転がった時にサングラスを落としたせいで白坂の光を至近距離で浴びてしまい、周りが見えない。そうでなくても骨が折れて体が言うことをきかない…!


「幾分かは楽しめたぞ。弱き者達よ」


 その声のすぐ後、甲高い音が響いたかと思うと、その音もすぐに遠ざかって行った。


「やめろぉぉーー!」


 俺は空に向かって吠えた。


 これじゃあ仲間に会わせる顔が無い! 氷川達に信用してもらえない! なにより拓夢が! 拓夢が…!


 俺は歯を食いしばった。


 元はと言えば俺が原因さ。俺が勘違いして攻撃したのがいけない。それが無ければ俺が返り討ちにあう事も無く、皆が万全の状態で白坂に立ち向かえたはずなのさ!


 俺が…! 俺がもっと…!


 いや、そんな事を言っていても仕方が無い…。今は、この現状を乗りきらないと…。まだ目がチカチカして周りが見えないが、氷川達は生きているのか?


「お前ら…、生きてるか…?」


 声を出すのも苦しい。肋骨が折れて肺が正常に働かなくなってるみたいだ。


 少し待ってみるが、答えが無い。意識を失っているのか? 無事だといいんだが…。


 俺はジーンズのポケットから携帯電話を取り出すと、ある番号にかけた。


 それにしても、頭が痛むな。さっき転がった時に頭をぶったみたいだ。


『空西さんですね。どうしましたか?』


 聞き慣れた男の声だ。繋がったみたいだな。


「任務は…、失敗だ…」


『えっ!? どういう事ですか?』


「詳しい事は…、後で話すさ…。今は一刻も早く…、救護班を…。六人だ…。俺も含めて…、六人倒れてる…」


『分かりました。場所はその携帯電話の位置情報ですぐに割り出します。安静にしていてください』


「ああ…、分かった…」


 俺は携帯電話をポケットにしまう気力も無く、そのまま地に落とした。


 駄目だ…。意識が朦朧とする…。大丈夫…、すぐ救護班はくるさ…。それまで眠ろう…。


 俺は、そのままゆっくりと目を閉じた。



※ ※ ※



「早く離せ! このバカ!」


「ハッハッハ、放してもいいのか?」


 僕は下を見ると気を失いそうになった。ここは雲よりも高い空の上。落とされたら死んじゃうって…。怖いよぉ、お母さん、玲次兄ちゃん、助けてよぉ。


 うう、でもそれは無理な事は分かってるんだ。今は自分でどうにかしないと…。白坂とかいう悪い奴を騙すしかない! 早くしないと目的地に着いちゃう。


 拓夢は開いたままのスケッチブックを見つめた。


僕にはこれしかない…!


「僕を下ろさないとお前をここに閉じ込めるぞ!」


「貴様は馬鹿か? 何の為に俺様がここまで高く飛んだと思ってる? 俺様を閉じ込めたらお前は落ちるぞ」


 考えただけで身震いした。でも、ここで引いたら玲次兄ちゃんの弟子失格だ!


「そ、そしたら僕は違うページに自分で入るよ。スケッチブックが下に落ちたら自分だけ出る」


「なるほどな。では江垣拓夢よ、やってみろ」


 白坂はそう言うと、突然僕の体を離した。


 って、え?


 僕の体は自由になったけど、すごい勢いで落ちていく。


 え!? やだよ! 怖いよ! 死んじゃうよ! 死にたくないよ!


 当然自分の体をスケッチブックに入れる事など出来ず、僕の体はどんどん落ちて、下に広がる雲の海に飛び込もうとしている。


 雲って柔らかいのかな? いや、だとしてもこんな高い所からじゃ死ぬって! うわー! 怖いよ! 助けて! 助けて!


 僕は怖すぎて叫び声すら出せない。


 その時、何かが僕の体の下に回り込み、しっかり受け止めた。


 助かった…? 怖かったよぉ。もしかして、受け止めたのは空西とか言う人かな?


「やはり出来なかったな」


 その声を聞いて、僕の期待は大きく外れた事が分かった。僕の体を受け止めたのはさっきまで僕を抱えていた白坂とか言う人だった。


「言っておくが、俺様は生きたまま連れてこいと言われただけだからな。もし何かしようとしたらまた手を離すぞ」


 僕は、ねじれるんじゃないかと思うくらい首を強く横に振った。ただでさえ今のでちびりそうになったのに、また落とされたら僕はもう怖さで死んじゃうよ。

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