6、監視
今、俺は組織の総統室―――つまり片倉の部屋に向かっていた。
朝起きて携帯電話を見ると、白坂が戻ってきたと言う報告がメールで入っていたのだ。
俺は総統室の前に着き、扉を数回ノックした。出てくるのを待つ時間が惜しい。
白坂は、俺の一番の理解者であり、俺が最も信頼している男の一人だ。俺と白坂が組めばどんな任務も失敗しないと言う自信がある。
扉の開く音で我に返ると、俺は慌てて姿勢を正した。
「総統、突然申し訳ありません」
「あなたが敬語なんて珍しいですね」
はっ? “ですね”って…。
俺が顔を上げると、確かにそこには片倉がいたが、中身は期待していた人物とは違うようだった。
「おいおい」
俺は苦笑するしかなかった。
「前総統はどうしたよ」
「……? 何を言っているんですか? 彼はとっくに死んだはずですが」
何だ? また戻ったのか?
俺は混乱した頭を無理矢理回転させて言葉を繋いだ。
「お前、昨日の事覚えてるか?」
片倉は一瞬の間を置いて、言いにくそうに答えた。
「…すみません。少し記憶が抜けているようですね。今日は調子が悪いみたいです」
俺は口元を緩ませた。
安心したぜ。あの人が復活したのは夢じゃなかったみたいだ。
「用事はそれだけですか? 今忙しいので戻りますね」
片倉が扉を閉めようとするので、俺は急いで扉を押さえた。
「どうかしましたか?」
「何をしにきたか思い出したぜ。白坂が帰ってきたって聞いたんだがどこにいるんだ?」
「ああ、彼ですか。先ほど任務に行かせましたよ」
「なぁっ!? 休みなしかよ!」
さすがに俺も取り乱した。俺が二の句を継ごうとすると、片倉は手のひらを俺に向けてそれを制した。
「安心してください。今回の任務は簡単ですからすぐに終わりますよ」
「その任務ってのは何なんだ…?」
「二次元と三次元を繋ぐ能力の持ち主の居場所が特定出来たので、連れてきてもらうように頼みました。あの能力はこの先役に立つでしょうからね。そういう事ですから、白坂が帰ってきたらまた連絡します」
片倉はそこまで言うと、今度こそ扉を閉めた。
「へえ、見つかったのか」
俺は誰もいない廊下で呟いた。
今回の白坂の任務はあまり時間がかからないと言う事なので別に気にしていなかったが、任務の内容だけは気になった。
この組織のデータベース内の能力者についての情報は、基本名前と住所しか無い。特定の能力を探したい場合は、その能力について諜報員を派遣して調査しなければならない。地域がある程度絞りこめれば後はデータベースと照らし合わせて住所が該当する人物を探させればいい。
片倉がその能力者の存在をどこから知ったのかは分からないが、前々から是非仲間にしたいと言っていた。どう利用するつもりか知らないが、これは面白い仲間が増えそうだぜ。
† † † † †
俺達は今まで通りに特訓を続けていた。ただ一つ違う事は、玲次さん達を追ってきた浮遊する男がいる事だけだ。
さっきからその浮遊男は玲次さんと拓夢の特訓を寝そべった格好で浮遊しながら監視している。
一体なぜこんな事になったのかを説明するには三十分ほど時を遡らなければならない。
※ ※ ※
玲次さんが拓夢を迎えに行って戻ってきた時の事。
玲次さんは拓夢を春香さんに預けると、公園の入り口に戻った。玲次さんの通った跡に氷の道が出来ているのを見て、みんな何かあった事に薄々気づいていた。
玲次さんが公園の入り口へと引き返した直後だった。見知らぬ男が浮遊して公園の入り口に現れたのだ。
「さあ、早くあの子を渡しなよ」
「そう簡単に組織に渡すわけないだろ」
玲次さんは平静を保って言った。
「組織? なんで俺が悪者なのさ。お前達こそその組織の人間だろ? 俺達はその子を保護しに来たんだ。護身術を身につけさせたら元の社会に戻すつもりさ」
「どこまでもとぼけるつもりか。なら言ってみろよ。どこから拓夢の家を割り出した? 組織は能力者の名前と住所を把握しているんだよな。その情報を元に来たんじゃないのか?」
「いや、違うね」
浮遊男は首を振った。
「始めからそんな情報があった訳じゃない。俺達には優秀な諜報員がいるんだ。そいつが、お前達とあの子の親がこの公園で話しているのを目撃した。能力者だと言う事が分かったから家までつけてたのさ。
信用させてから一人になった所を誘拐しようって作戦だろ? そんなの丸見えさ」
「おいおい」
玲次さんは苦笑した。
「俺だって馬鹿じゃない。一度も警戒はといていないが、能力を使用しているのを見られた覚えはない。人通りがあまりないからすぐに気づくはずだしな」
「俺達の諜報員をなめるなよ? 簡単に気付かれるようじゃ諜報員とは言えないだろ?」
二人はお互い目をそらさずに言いあう。
気がつけば俺はその二人の間に割って入っていた。自分にこんな大胆な事が出来るとは思ってもいなかった。正直自分でもびっくりだ。
「二人ともちょっと待って下さい」
俺は両手を広げて二人の間に立ちふさがった。
「圭介、何をやってるんだ! こいつは強い! 危険だから下がっててくれ!」
「君はなんなの? 彼の仲間なら容赦しないけどさ」
玲次さんは慌てて大声を出し、逆に浮遊男は冷静だった。俺は恐怖を押し殺して話した。
「玲次さん、僕にはこの人が悪者には見えません。本当の事を言ってるように思えます」
「当然さ。本当の事だからね」
浮遊男は、空中で腕を組んで頷いている。
「圭介、騙されるな。こいつは組織の人間だ。拓夢を連れ去ろうとしている」
玲次さんは諭すように言った。
「玲次さんならそう言うと思いました。そこで提案があるんです」
そこで俺は浮遊男の方に振り返った。
「確か、拓夢を連れていった後、護身術を身につけさせたら帰すって言ってましたよね」
「うん、そりゃそうさ。まあ本人の希望があれば仲間に入れてもいいけど」
「ほら、玲次さん。目的は一緒なんですって」
俺が言うと、玲次さんは不愉快そうな顔をした。
「圭介、それは嘘だ」
「お互いを信用しましょうよ。同じ考えを持った団体がないと考えるのはおかしいとは思いませんか?」
思ったより良く口が回る。恭子や春香は口が開けたまま俺の様子を見ている。
「そこでさっき言った提案です。お互い目的が同じなら、玲次さんは拓夢の特訓をいつも通り見ていればいい。あなたは、それが終わるまで監視していればいいんです。どうしても信用出来なければその時にまた拓夢を連れていけばいい」
これなら、俺達にデメリットは少ない。もし突然あの浮遊男が行動に出ても、これだけの人数がいれば止められる。
しかし、玲次さんは悩んでいる。ここまで追われてきたのだ。放っておくのに納得がいかないのだろう。
「俺はいいけど。つまり、特訓内容が適当だったり、不穏な動きがあったりしたらお前達をばっさり斬り捨てていいって事でしょ? まあ、すぐにボロは出そうだけどさ」
浮遊男はニヤリと笑った。
相手は乗り気だな。後は玲次さんだけだ…。玲次さんは、俺の提案に対して否定はしていない。後一押しのはずだ。
「いいんじゃないの? 提案に乗ろうよ」
答えたのは意外にも拓夢だった。
「おい、どういう状況か分かってるのか?」
玲次さんは困ったような顔をした。
「分かってるよ。でも、僕は自信がある。僕達の訓練を見せれば絶対に信じてくれる。だって僕は強くなってるもん。それとも玲次兄ちゃんには自信がないの?」
自信に溢れた顔で言う拓夢。それを見て玲次さんは呆れたように頭に手を当てた。
「そういう事じゃなくてだな。もしこいつが本当に敵だったらどうする? 黙って見ているとでも―――」
そこで玲次さんはハッと何かに気づいたように見えた。おそらく、俺の思惑を理解したのだろう。
ここで問答無用で始末するよりも、本当に敵か確かめてから対処した方がいい。敵だった時はその時で特訓の成果を確認できる。
「玲次さん、提案に乗りますよね?」
俺はニッと笑って言った。
「ああ、もちろん。俺達の特訓を存分に見学させてやろう」
玲次さんは、俺の横を通って浮遊男に近づいた。
「俺は氷川玲次だ。お前の名前を教えてくれないか?」
浮遊男は地を蹴って浮かび上がると、玲次との距離を広げた。
「馬鹿にするなよ。敵かもしれないなら名乗らないさ」
「そうだな…。まあいい。俺達がちゃんとやってるのを見て信用してもらおうか。自己紹介はそれからでいい」
「まあ、その時は来ないだろうけどさ」
浮遊男はニヤリと笑った。
※ ※ ※
そして今にいたる。
俺は、時折浮遊男の動向を伺っているが、なかなかつかめない男だった。
「ええんやないの?」
春香さんは、俺の様子を見て言った。
「え?」
「いや、そんなに強張らんでもええんやないかって思ったんよ。玲次は十分強いんやし、ただでさえ六人相手やったら動けへんやろ」
「そうですよね」
春香さんの言う事も尤もだ。だけど、そういう問題じゃない。
俺があの提案をした理由。それは、拓夢が襲われたら拓夢の特訓の成果を確かめられるから。玲次さんはそう思っているだろう。確かにそれもあるけど、俺にとっての一番の理由は、自分が役に立てるか確かめたいからだ。
だからこうしてその時を待っている。すぐに駆けつけられるように。自分が役に立てると自分に言い聞かせるために。
※ ※ ※
俺と拓夢は、浮遊男を気にせずいつも通り特訓をしていた。とはいえ警戒を解くつもりはもちろんない。
拓夢は家から持参したスケッチブックを持って、俺と距離を置いて立っていた。
「次はキャッチボールだ」
「えっ?」
俺が平然と言うと、逆に拓夢は動揺していた。
「玲次兄ちゃん、ちょっと待ってよ。どうして突然キャッチボール? 能力関係無いじゃん」
「これも特訓の一貫だ。俺は普通に投げるが、拓夢はスケッチブックだけを使ってくれ」
俺は、拓夢の持つスケッチブックを指差した。
「これ?」
俺は頷いて話を続けた。
「どうやらその能力を見ると、動いている物体を平面世界に送った場合、こちら側に送り返された時にその動きが再開されるようなんだ」
拓夢は、なんとなく理解したようで、ゆっくり頷いた。
「だから、それを使ってカウンターを出来るようにしておきたい」
「カウンター! 攻撃も出来るようになるって事だよね!」
拓夢は、急に声のボリュームを上げて嬉しそうにした。
「そういう事だ。だからそのためにコントロール出来るようにする特訓だ」
「ふーん、なるほど」
浮遊男は相変わらず宙に浮いた状態で、腕を組んでいた。しかし、全く怪しい動きを見せず、監視しているだけだった。
ありがたい事だが、静かにされると逆に不気味だ。もしかしたら本当に組織の者ではなく俺達と同じ事をしていて、今はとりあえず様子を見ていると言うことなのか。何にせよ、気を抜く訳にはいかない。
その後も何日か特訓は続いた。拓夢はすぐに慣れてコントロールできるようになった。もちろん圭介と恭子も十分に強くなった。
俺が仕上げに入ろうとした時、浮遊男が口を開いた。
「前からこういう事続けてたの?」
特訓が始まってから初めて話し掛けてきたのではないだろうか。それに対して俺は驚く事なく答えた。
「ああ、地道にな。少しずつ味方が増えていけばいいと思ってる。地道の繰り返しでいつかは相手の組織よりも強い力を手に入れられるはずだからな」
俺がこんな話をするのは、おそらく浮遊男の事を信用し始めているからだろうな。
浮遊男が特訓を見ている時の姿勢に殺気の類のものは感じられなかった。公園まで必死に追いかけてきた事だって、逆の立場なら自分だってそうしたかもしれない。
「俺達の事を信じてくれるか?」
「まだ五割くらいさ。特訓を見て手慣れているとは思ったけど、まだ完全には信じきれないな」
そう言って浮遊男は空中で体勢を起こした。
「ちょっとトイレに行ってくるからその間に拓夢を連れ去ろうなんて考えるなよ?」
浮遊男は、勝手に言い残し、空中を滑るように移動して奥の方にあるトイレへと向かった。
危険分子と保護対象者を残してトイレに行くような事は、普通しない。ああ言いながら向こうも俺達を信じているのだろう。
「次が最後の特訓だ」
俺が言うと、拓夢は悲しそうな顔をした。
「もう、終わりかぁ」
俺も確かに同じような気分だ。一ヶ月以上経っているが、あっという間に過ぎた気がする。
「最後は特訓というより試験だ。俺の攻撃を全てそのスケッチブックで受け止めろ。一回でも拓夢の横を抜けて行ったら失格だ」
「ええっ!? ちょっと待ってよ。当たったらどうするの!?」
「いや、心配するな。当たらないように、だが遠すぎないようにする。後ろには家族がいると思え」
少し危険も伴うが、これくらいやらなければ意味がない。実戦で使えなければ意味が無いんだ。これくらい出来ないようでは護身術を身につけた事にはならない。
「うん、分かった。僕やるよ!」
拓夢は迷う事無く答えた。
俺はそれを聞いて、両掌で能力を使った。そして太めの氷の針を二本ずつ作り、それを指の間に挟んだ。
「さあ、それでは試験開始だ!」
※ ※ ※
さて、早く戻らないとな。保護対象者を氷川とか言う怪しい奴の所に置いてきてしまった。不覚だ。ここで何かあっては俺のプライドが許さない。
でも、何故だか氷川を疑う気にはなれないな。訓練の手順や指示も適切だったしさ。いや、そういう問題じゃないか。まだ完全に白じゃないんだし、急がないと。
俺はトイレから出て氷川と拓夢の方へと向かおうとした。次の瞬間、自分の目を疑った。
氷川が胸の前で腕を交差させている。何かと思ったらその手には太めの針を何本か持っているのが見える。前に見た能力からして氷の針か。そのすぐ先には拓夢が身構えている。
まさか、怪我させて弱った所を連れていくつもりか! それとも任務はもう失敗したから殺すというのか?
まずい! 騙された! やっぱりアイツは黒! 信じてはいけなかった! 俺が油断するのを待っていたんだ!
氷川は今にも針を投擲しようとしている。俺は考えるよりも早く、地を蹴って拓夢の方へと飛んだ。あそこまで百メートルくらいか? 間に合ってくれ!
俺は最高速で突進する事にした。これなら百メートルなんてあっという間だ。
しかしどうする? 拓夢を抱えて連れて行くにもこのスピードでは逆に怪我をさせてしまう。
いや、ならば二人の間に入って針を防ぐのみさ!
俺は手元の空気を瞬時に押し固めて、刀の形にした。
あともう少しだ!
そう俺が認識したのとほぼ同時に、氷川は交差した腕を開くように振りながら針を投げた。
「やめろおおおー!!!」
俺の叫び声に気づいた二人が俺の方を向いた。多分その他四人も気づいたな。
二人の間を通り抜けながら右手に持った刀を二振り。甲高い金属のぶつかりあうような音と共に狙い通り二本ずつ、計四本の針を叩き落とす事に成功した。
俺は余った力で通りすぎてしまったが、すぐに宙を蹴って二人の間に舞い戻った。氷川は今起こった事が信じられず動揺しているようだ。
なんだ? 俺がこんなに早く戻って来るとは思わなかったってか?
「どういうつもりだ?」
氷川が口を開いたと思ったらそんな言葉が飛び出してきた。
「それはこっちのセリフさ! 危ない所だった。騙されかけたよ」
「何かを誤解している! 今のは試験だ。実戦に似た訓練をしなければ本番では使えない!」
「言い訳はいらないよ。もう俺は騙されないさ!」
俺は空気を押し固めてもう一本刀を作った。両方長さは五十センチ強。これくらいが作りやすくて扱いやすい最適な長さ。
空気で出来た刀。氷川にはその形が見えていないはずだ。目をこらせばガラスのようにそこだけ歪んで見えるのが分かるはずだけどさ。さて、今は目の前のクズを倒す。絶対にだ。
「君は許さないよ」
俺は宙を蹴って、氷川に向けて猛進した。
両手の刀を氷川の首と腹を狙って交差するように振ると、氷川は横に素早く跳び退いた。
「見えない武器か?」
もう気づいたみたいだ。だからと言って避けきれる訳無いさ!
そう言って俺は二本の刀を使って様々な方向から攻撃を仕掛ける。細かく連撃を繰り返すが、氷川は舞うように上手く避ける。逃げる時に使っていたスケートも上手く活用している。
「戦う気は無いのか!?」
「当然だ。今の言動でお前が組織の人間でないのは確定したしな」
偉そうなやつだ。どこまでもとぼけるつもりか! こうなったら意地でも戦う気を起こさせるさ!
俺は二本の刀を槍のように勢いよく投げた。氷川は驚いて目を丸くしている。刀はあまり見えていないだろうけどさすがにモーションで分かるはず。
大体ここで驚くんだよな。この近距離で武器を手放すなんて普通しない。丸腰になるからね。
でも俺は違う! 武器は自分でいくらでも作れる!
俺の能力は一見浮遊する能力に見えるけど実際それは俺の能力で出来る一部の事に過ぎない。俺には自分と空気との間の摩擦力を変える力があるのさ。それで手の摩擦力を大きくすれば空気を逃がさず押し固めて武器を作れる。
俺は先程のように刀を一本作りあげ、氷川の方へと地を蹴って跳んだ。
そして足の摩擦力を上げて、空中を蹴り加速する。さらに宙を何度か蹴り、高速で氷川に突進する。
氷川は俺の投げた刀を防ぐ為に手を前に広げ、その手から冷気を出した。すると、その手のひらを中心として、広く厚い氷の盾が出来た。
当然、飛ばした刀は二本共氷の盾に突き刺さる。盾の厚さからして氷川には届いていないだろう。
だが、俺はもう氷川のすぐ目の前まで詰めている。
全身の摩擦力を減らして空気抵抗を少なくし、腹の辺りの摩擦力を大きめにする事で高度が下がらないようにする。これでトップスピードのまま盾に突っ込む! もう避ける暇は無い! 俺の勝ちさ!
盾に刀の先が触れ、食い込み始める感触を得た。このスピードなら行ける! この勢いで盾ごと氷川を貫く!
だが、鉄をも貫く勢いを持ったスピードは盾に刀が当たった直後からみるみる減速する。空気でできた刀はまるで切れ味が落ちたかのように滑りが悪くなった。
有り得ない! 空気の刀がそう簡単に刃こぼれなんてするはずがない!
刀の先が盾に到達してから実に一秒足らず。ついに俺の体は勢いを無くして空中に静止した。
刀はかなり深く刺さっているが、氷川に当たった感触が無い。おそらく氷川の目と鼻の先に刀の切っ先があるはずだ。
「なんで止まったんだ、って思ってるんじゃないか?」
氷川の顔は見えないが、見下すような声が聞こえた。
「お前の武器がどんな物かは知らないが、俺は盾に冷気を送り続けているからな。何かが貫こうとすればその穴を塞ごうと凍り初め、その貫いた物を締め付ける。それでスピードが急激に落ちたんだ」
俺は、刀を押したり引いたりしたが、びくともしない。
「ちっ!」
俺は刀から手を離して後ろに退いた。
一対一でここまでてこずる事になるとは思わなかった。まあ、相手は防戦一方だけどさ。
そうだ。こんなの相手しないで拓夢を連れて行けばいいじゃないか。これは逃げるんじゃない。任務を優先するだけの事さ。俺は後ろを振り返り、拓夢を探した。
しまった、遅かったか!
先程圭介と呼ばれていた男が拓夢の前に立っている。何の能力を持っているか分からない以上迂濶に突っ込めない。俺はとりあえず空気を固めて刀を作った。
「残念だけど、拓夢は渡さないよ」
圭介が意志のある目で訴える様に俺を見てくる。正義面しちゃってさ、俺が悪者かよ。よし、決めた。行こう。ここで行かなきゃ俺じゃないさ。
俺は宙を蹴って拓夢に向かって、いや圭介に向かって飛んだ。
俺は刀を両手で持ち、大きく振りかざした。
「圭介危ないぞ! そいつは見えない武器を持っているんだ!!」
氷川が叫ぶが、圭介は避ける気配を見せない。むしろ俺の隙を伺っているように見える。
俺が隙なんか見せる訳無いだろ!
俺が斬りかかろうとしたその時、突然胸が苦しくなった。
斬ってどうする? 彼を殺して拓夢を保護して終わりか? 全員を傷つけずに済む方法があるんじゃないか?
って、何考えてんだ俺は! きっとこの中に催眠能力を使える人がいるんだな。だが、効果は薄いようだね。たった一瞬だしさ。
俺が再び現実に目を向けた時。回し蹴りを俺の頭にぶつけようとする圭介の姿が見えた。
「隙は一瞬で十分だ!」
「うおっ!」
俺は転げるようにその蹴りを避けた。間一髪。思わず能力を解除して落ちたのが良い方に転がった。
立ち上がろうとした時、今度は鬼の形相の女が走ってくるのが見えた。
「五十嵐ー! 相手は武器持ってるみたいやけどホンマに平気なんやな?」
「うん、大丈夫ー。気にせず思いっきりやっちゃってー」
ふざけた口調のやつが遠くで何か言ってるが、構ってられない。
鬼女は勢いよく飛び上がり、俺の頭を狙って飛び蹴りを仕掛けてきている。
まずい、今から立ち上がっていたら間に合わない。こうなったら刀であの女を斬るのみさ。
しかし、右手に違和感がある。視線を向けると刀が無い。いつの間にどこに行った?
「やった! 成功だ!」
俺が声のした方へ振り返ると、そこには拓夢が圭介の後ろで喜ぶ姿があった。手に持つスケッチブックには俺の持っていたのによく似た刀が描かれている。
「拓夢!? どうして!?」
そう叫んだ瞬間に俺は側頭部に大きな衝撃を受けて吹き飛び、地面に情けなく転がった。
※ ※ ※
「やった!」
俺は歓声を上げた。俺の回し蹴り自体は当たらなかったが、役に立つことは出来た。みんなの連携で浮遊男を倒せた。すぐに春香さんは浮遊男を取り抑えに行った。これで安心だ。でも、玲次さんは嬉しそうに見えなかった。
「みんな、聞いてくれ。彼は組織の人間ではない」
俺が玲次さんの言葉を理解するのには少し時間がかかった。
「いやいや、何言ってるんですか玲次さん。じゃあなんで襲ってきたんですか」
「いろいろ誤解があったんだ」
玲次さんが詳しく説明しようとした時だった。
「ねえ、何あれ?」
恭子が遠い空を指差した。その指の先に目をやると、尾を引いた流れ星のような物が見えた。いや、流れ星にしては大きいな。だんだん大きくなってきた。近づいてるみたいだ。まさか隕石じゃないよな…。
「五十嵐、何が来るのか分かるか?」
玲次さんも気づいたようで五十嵐さんに尋ねた。三分後が見えるなら分かるはずだ。
「うーん、ごめん。今ちょーど能力が使えなくなった所ー」
嫌な予感しかしない。一体あれは何なんだ?




