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5、特訓

 特訓は次の日から始まった。場所は、拓夢と出会った公園。人が通る事はほとんど無いのでそこになった。珍しく五十嵐さんもついてきていた。


「あの、特訓って具体的に何をするんですか?」


 俺が聞くと、玲次さんは答えた。


「そうだな。とりあえずお前達には早いうちに自分の身を守れる程度には強くなってほしい。だが能力はそれぞれ違う。そこで三人別々に訓練をしようと思う。

 拓夢は俺と。

 恭子は五十嵐と。

 圭介は春香とだ」



※ ※ ※



 しばらくして、三組に分かれたメンバーは、それぞれ訓練を始めた。


「とりあえず圭介はまだ能力が分からへんし、体術をある程度身につけへんとな。とりあえずうちの攻撃を避け続けてみぃや」


 そう言うと、春香さんはいきなり飛び掛かってきた。


「なっ!? いきなり!?」


 俺は、春香さんが顔面に放った正拳突きをしゃがんで避けた。


 ギリギリだな。って、よく考えたらしゃがんだって事は…。嫌な予感…。


 その予感は見事に当たった。前を見ると、既に目の前で春香さんが膝蹴りを放つ瞬間だった。


「ちょっ…! 待った待った!」


 春香さんの脚力で顔面を蹴られたら陥没は必至、当たりが悪ければ死んでしまう。


 俺は目をつぶった。


 俺は凄まじい風圧を顔全体で感じた。しかしいくら待っても痛みが来ない。恐る恐る目を開けてみると、視界は春香さんの膝で覆われていた。


「うわっ…!」


 俺が思わず後ろに倒れると、春香さんは頭を掻いた。


「寸止めや。最初はハンデで腕だけでやろうて思うとったんやけど、わざわざ絶好の位置に来るもんやから」


 春香さんは困ったような呆れたような顔をしている。俺は、自分が喧嘩慣れしていない事を初めて後悔した。



※ ※ ※



「恭子ちゃんだっけー。感情の波ってやつ、ちょっと出してみてよ」


 五十嵐さんは近くのベンチに座って私に指示を出した。


「えっと、好きな時に出せる訳じゃないんです。感情が高まった時じゃないと…」


 私が言うと、五十嵐さんは顎に手を当てた。


「なるほどねー。じゃあ感情をコントロールする所からはじめようかー」


「コントロール、ですか?」


「そー、いつでも波が出せるようにねー」


 五十嵐さんは人差し指を立てて続けた。


「多分戦う上で早く習得するべきなのは、悲しみと、殺意かなー」


 五十嵐さんは表情を変える事なく言った。


「さ、殺意?」


「うん、悲しみの波は相手のメンタルダメージが大きそうだし、殺意の波は上手く使えば威圧して牽制に使えそうだし」


 私にもよく使い勝手が分からないこの能力なのに、この人は少し聞いただけですでに上手く使う方法を思いついてる…。第一印象とは違って意外と頭はいいのかも。


「でも今まで表で平和に暮らしてきた君には殺意のコントロールはまだ難しいと思うしー、とりあえず悲しみの波を使いこなせるようにしよーかー」


「は、はい!」



※ ※ ※



 俺は、まず拓夢の能力について本人から細かく聞く事にした。


 聞いた限りでは、触れた物を近くにある平面世界に送ったり取り出したりできる能力らしい。


 平面世界は平面のある物体の表面に存在するが、地面には存在しない。そして、そこに自分自身も自由に往き来する事ができる。


 平面世界へは等寸大のまま送られるので、小さい紙切れ等では容量が少なく、送る事ができる物も限られているようだ。


 なかなか便利な能力だな。だが、俺や春香の能力と違って制限が多い。どれか条件を緩和したい所だな。


「とりあえず、今拓夢がやるべき事は分かった。ちょっと待ってろ」


 俺は辺りを見回し、一際大きな岩を見つけると、それを持って戻ってきた。


「え? 何する気なの?」


 拓夢の質問に答えず、俺はその岩を塀の近くに下ろした。


「これを、触らずに塀の中に送ってみろ」


「あのさあ、話聞いてた? 触らなきゃ能力は使えないのー」


 拓夢は呆れたような顔をした。全く、生意気な子供だ。


「あぁ、分かってる。だが、それは現段階でだ。能力は鍛えれば成長する。その条件も取り払えるかもしれない」


「ふーん、でもさぁ、出来てもあんまり意味無くない?」


「大ありだ。例えば遠距離攻撃をしてくるようなのを相手にする時は、攻撃を触れる事なく平面世界に送れれば恐い事は無いだろ。何よりも、能力の発動範囲が広いのは悪い事じゃない」


「えー、でも近くに壁が無かったらどうするの?」


「拓夢が常にスケッチブックでも持ち歩いていればいい話だ」


 俺は、拓夢の質問責めをことごとく冷静に返した。これぐらいの質問は想定済みだ。


「とりあえずお前は物を平面世界に触れる事なく送れるようになればいい。出来るという確証は無いが、それだけで十分強くなる」


「うん、分かった」


 拓夢はようやく納得したようで、大きめの石と向き合った。


「え、でもどうすればいいのかな?」


「お前の能力の事だから何とも言えないが、いつも能力を使う感覚でやってみてくれ」


「分かった、やってみる」


 拓夢が岩に手をかざし、懸命に能力を使おうとするのを見て、俺はその場を離れた。少し離れたベンチに、拓夢の母親が座っている。最初の内は拓夢の様子を見に来るそうだ。俺はその隣に腰掛けた。


「こんな事しかしてやれないが、確実に自衛力はつくだろう」


「どうしてこんな事してくれるんですか?」


 拓夢の母親は不思議そうな顔をしていた。俺は頭を掻いた。


「本当はこの能力の存在を知った時、俺達のメンバーに加えようと思ったんだ。大きな相手に勝つためにはまだ人員が足りなすぎる。少しでも能力者を味方につけたい。でも小さい子供だったら話は別だ。こんな危ない世界に誘う訳には行かない」


 俺は静かに言った。昨日も同じような事を言った気がするが、こうとしか言えない。


「昨日も思ったんですけど、警察に言ったらどうなんですか?」


「警察じゃ敵わないだろうな」


 俺が断言したのを聞いて、拓夢の母親は目を丸くした。


「どうしてですか?」


「拓夢の能力を見て分かるだろう? 一般人が複数いても能力者の力には及ばない事がある。能力によっては一般人百人分、いや、軍隊一つ分くらい強いのもいるかもしれない。

 もちろん警察の中にも能力者はいるかもしれないが、相手は能力者をいくらでも作れる。

 俺達が戦ってるのは、警察程度で圧力かけられる相手じゃないんだ」


 俺はそう言って、空を見上げた。


 自分で言って再認識したが、まだまだ長い戦いになるんだろうな…。



† † † † †



 特訓が始まり一週間が経った。その頃、組織では異変があった。



※ ※ ※



 俺は、うつむき気味で廊下を歩いていた。


「仲間にしたら面白そうなやつってのはなかなかいねえもんだ。やっぱり俺の相棒は白坂一人って事か」


「おや、誰かと思えば黒田か。一つ質問があるのだが、いいかね?」


 聞き覚えのある声。しかし普段の口調と違っていた。俺が顔を上げると、いつの間にか目の前には片倉が立っていた。


「へぇ、急にどうしたんだ? 口調も変わってるようだぜ?」


「君に聞きたい事がある。実に簡単な質問だよ。私は誰だ?」


 は? 何を言ってるんだ?


 俺は混乱した。片倉という女は、そう軽々と冗談を言う女では無い。むしろ堅苦しくて困るくらいだ。


「おいおい、頭がおかしくなったのか? 昨日自分で言ってたじゃねぇか。“片倉が間違ってました”ってな」


「片倉…、となると麗奈か」


 片倉は名前を繰り返すと、ニヤリと笑った。


「そうか、これは麗奈の体なのだな。どういう訳だか知らないが、実に運が良い」


「おいおい、ちょっと待とうぜ。お前は誰だ?」


 俺が訝しげに問うと、片倉は再びニヤリと笑った。


「ハハッ、それこそおかしな質問だよ。先程君が言っていただろう。私は片倉麗奈だとな」


「そう言う事じゃないだろ? 中身だ中身! あんた片倉じゃねえだろ?」


 俺が声を荒げると、片倉は両手を広げて言った。


「確かに違うな。私は、“神”だよ。一度死んで、今ここに蘇ったのだ」


 そこで俺の脳裏に引っ掛かる物があった。


「もしかして…、あ、あなたはまさか…」


「どうやら気づいたようだね」


「はい。先程の無礼な言葉使い、申し訳ありませんでした」


 俺は仕方なく片倉に対して敬語を使って話した。まあ、中身はアイツじゃないが。とにかく、俺の態度の変化に片倉は満足しているようだ。


「良いのだ。それにしても、麗奈には敬語を使わないのだね」


「申し訳ありません」


「謝る必要は無い。まだ麗奈が未熟なだけだ。情報室で確かめたのだが、男手が少ないようだね」


「片倉麗奈がやった事ですよ。男の幹部は俺以外任務で遠出をしています」


 その話題に触れられて、俺は思わず片倉に対する愚痴をこぼした。


「そうか、まあいい。居る者だけにでも伝えておこうじゃないか」


「何をですか?」


 踵を返して歩いていこうとする片倉に対し、俺は質問した。片倉は立ち止まり、再び俺の方へと向き直った。


「決まっているだろう。私の復活をだよ」



† † † † †



 あれから、一ヶ月は経っただろうか。あの人気のない公園で、俺達はまだ特訓を続けていた。


 俺は避ける事に専念すれば春香さんの蹴りをほぼ確実に回避する事ができるようになっていた。もちろん、攻撃も少なからず身につけている。


「圭介って才能あるんちゃう? ぐんぐん強くなりよるし」


 喧嘩は瞬殺がモットーの春香さんが言うのだからすごいのだろうけど、俺は納得していない。


「まだまだですよ。能力が使えない俺が役に立つにはもっと強くならないと」


 そうして、ほとんど休む事なく日中は特訓を続けている。



※ ※ ※



 どうやら感情のコントロールはできるようになってきたみたい。


 私は目をつぶって悲しい事を思い浮かべた。


 辛い過去の記憶。


 不自由な現在の状況。


 悲観的な未来の空想。



 様々な悲しみを冷静に思い浮かべて、その感情を目の前にいる五十嵐さんに送る。


 嫌な事ばかりを冷静に集中して思い浮かべるのに慣れるのは時間がかかった。でも、今までの様に無差別ではなく送りたい相手だけに波を送る事ができるまでには成長した。


「おー、くるねー」


 口ではそういうけど、五十嵐さんは相変わらず表情を変えず、感情も出さずだった。


 私は、そんな五十嵐さんを見てため息をついた。


「ん? どうしたのー?」


「まだ全然効かないんだなぁ、って今分かりました」


「えー? 結構強いと思うけどなー。まー僕はメンタルはかなり鍛えてるしね」


 そういうと五十嵐さんは辺りを見回した。


「じゃー試しにあそこ狙ってみなよ」


 五十嵐さんの指差す方では、圭介と春香さんが組み手をしていた。


「あの、今組み手をしてますけど…」


「まー、実際使うのもああやって仲間が戦ってる時が多いと思うし、実践練習だと思ってさー」


「うーん、確かに言われてみればそうかもですね」


 私は何故か気乗りしてきた。私の能力の成長を確かめたくなったのだ。


「じゃー春香を狙ってねー。メンタルそんなに強くないから効き目が分かると思うよー」


「はい、やってみます」


 私は今度は目を閉じなかった。閉じたら動いている相手に照準が合わない。だが目標は遠く、春香さんを狙うには先程の数倍は集中力を使いそうだった。


 集中力を最大まで高めた所で私は波を放った。目には見えないが、自分の体から感情の波が出ているのが感じられる。


 すると、途端に春香さんは膝をカクンと折って膝まずいた。


「え!?」


 驚いたのは圭介。突然目の前の春香さんが、力が抜けたように崩れ落ちたんだから当然だよね。


「だ、大丈夫ですか?」


「大丈夫に見えるんか?」


 春香さんはうつむいて答えた。


「…どうしたんですか?」


「うちは駄目な人間や。何も考えず突っ走るし、すぐにキレるし。うち生まれてきて良かったんやろか」


「えぇ!?」


 春香さんが嘆くのを見て、失礼ながら私は喜んでいた。


 私は知らない間に強くなってたんだ! これなら何かあった時に相手の隙を作れる!


「ほらねー、強くなってるんだよ」


 五十嵐さんが言うと、私はうなずいた。


「はい! あっ、そうだ。ちょっと二人に謝ってきますね!」


 私は急いで二人のもとに駆け寄った。



※ ※ ※



 今回は、拓夢を特訓するついでに圭介と恭子も鍛えるという目的だったが、おそらく拓夢は三人の中でも特に目覚ましい成長を遂げていた。


 特訓早々に、触れる事無く平面世界に物質を送るという俺の出した課題を打破していた。今はそれをスムーズに行えるように繰り返し様々な物で練習している。


「そろそろ俺がしてやれる事も少なくなってきたな」


 俺が呟くと、それを聞いた拓夢は練習を中断して俺の方を向いた。


「ちょっと待ってよ、どういう事?」


「拓夢が強くなったって事だ」


「本当!? 僕強くなった?」


「ああ、明日から最終段階に入ろう。今日はもう終わりだ」


「分かった!」


 嬉しそうに笑顔で答える拓夢を見ていると、俺は子供嫌いを撤回したくなった。



† † † † †



 次の日、俺が拓夢を迎えに行くと、すでに玄関前には先客がいた。


 レンズの色が薄めのサングラスをかけて、高そうな白い上着に、青のジーパンを履いている。サングラスをかけているが、春香が言っていた雰囲気とは違う。黒田という男では無いようだ。


 そんな男が玄関前の小さな門を隔てて、拓夢の母親と話をしていた。表情等からは苛立った様子も見られる。


「何だ?」


 他の四人は既に公園で特訓を始めていて、今は俺一人だ。俺は、その男の用事が終わるのを離れた位置で待つ事にした。


 話は良く聞こえないが、拓夢の母親が何かを断り続けている事は分かった。先程から彼女が何度も頭を下げている事とその時の表情から察するに、しつこく頼まれているようだ。


 何を話してるんだ?


 俺は疑問を解決すべく、相手の視界に入る限界のラインまで近づいた。


 微かに聞こえる会話の中で、俺はいくつかの単語を聞き取る事が出来た。


 “能力”、“子供”、“保護”―――。


 会話に含まれたこの内容だけで十分察しはついた。おそらく拓夢の能力の情報を聞きつけた組織が“これは病気だから、危険だから”と保護すると理由をつけて拓夢を連れていくつもりなのだろう。


 どうする? 相手の能力が分からない以上春香達がいた方が頼もしいが、一人で来てしまった。


 しかし、呼びに行く間に事は終わっている可能性がある。時間はない…。


 くっ、仕方ない。行くしかないな。子供一人護れないようでは、組織を潰すなど言ってはいられない。


「そこでコソコソ何をやってんのさ」


「………!?」


 突如、俺は頭上から声がしたのを聞いた。


 俺が慌てて上を向くと、先程の白い上着の男がほとんど逆立ちの状態で宙に浮いていた。


「いつ気づいた?」


「お前が来た時からさ。まさか気づかれてないとは思ってないだろ?」


 浮遊している男はニヤリと笑った。


 まずいな、いきなり大ピンチだ…。


 俺は手を軽く握って細い隙間を作り冷気を出した。すると、水蒸気が凍って、手の内側に氷の針が出来た。これは、圭介と恭子を橘から救った時にも使った物だ。


 とにかく、俺はいつ戦いに発展してもいいように武器を用意したのだ。


「お前、組織の者か?」


「はあ? 何の組織さ」


 質問にまともに答えない浮遊男のために、俺は質問を捕捉した。


「黒田の仲間か、って聞いているんだ」


「黒田? なるほど、その組織ね。でもそれはこっちのセリフさ。君こそ組織の人間だろ?」


 しらばっくれる気だな。そうはさせない。


「お前がしらを切るつもりなら命の保証はしないが、どうする?」


「アハハハ、面白そうだね。戦闘開始?」


 上から嬉しそうな声が降ってきた。


「あれ? 兄ちゃんもう来てたの?」


 睨み合っていた俺達が声がした方に顔を向けると、そこには拓夢が無邪気に笑って立っていた。


 母親も止めようとしてついてきている。


「拓夢、離れてろ」


 俺は、氷の針を持っていない方の手を拓夢に向けて、浮遊男の方に向き直った。


「兄ちゃん! 特訓は!?」


 何を言ってる…! 状況を理解してくれ! 今が本番だ!


 俺はそう思ったものの、拓夢の言葉を聞いて葛藤した。


 相手は雰囲気からして強い。戦うべきか戦わないべきか。もし負けた時、誰が拓夢を護る?


「何考えてるのさ。早くはじめようよ」


 浮遊男がニヤリと笑った。しかし、俺は浮遊男の目を見てこう言った。


「断る」


「はあ?」


「俺はこいつを特訓しないとならないからな」


 俺は拓夢を抱え、全力で公園の方へと走った。拓夢を一人で護りながら戦うのは難しい。だが公園まで行けば春香達がいる。今は耐える時だ…!


「ほら、やっぱり誘拐だよ」


 浮遊男は頭を掻くと、宙を蹴って追いかけてきた。


「玲次さん、お願いします…!」


 振り返ると、残された拓夢の母親が手を合わせて目をつぶったのが見える。俺を信頼してくれているようだ。彼女のためにも拓夢を守らなければな。


 拓夢の家から公園までは走れば十分程しかかからないはず。だが、そこまでの時間が長く思えた。


「君、遅いんだね」


 再びあの声が聞こえた。横を見ると、先程の男が、浮遊したまま俺の真横を滑るように移動していた。口が笑っている所を見ると、まだまだ余裕そうだ。


「何て速さだ…!」


 俺もさすがに動揺を隠せなかった。


「さてと、そろそろその子を渡してくれないかな?」


 浮遊男は俺に抱えられた拓夢に向かって手を伸ばした。


 これは、もう公然で能力の使用を控えるとか言っていられない! こいつだって既に堂々と使ってるしな。


 俺は足から冷気を放出し、これから進むであろう道を、三歩先辺りから凍らせた。


 そして、浮遊男の手が拓夢に触れようとしたその瞬間、俺は加速した。俺は自ら作った氷の道の上をスケートの要領で滑る事でスピードを得たのだ。


 この為にわざわざ俺の靴の底には浅いスケート靴の刃のような物を二本ずつつけてある。このスピードならおそらく追いつかれない!


「これが本気か。じゃあ俺も速くしないとね」


 浮遊男は俺に追いつこうと、宙を蹴ってさらに加速してきた。


 この状況は、拓夢を抱えている分俺が不利なようにも思えるが、俺は滑っているので重い方がスピードは増す。拓夢もしっかりしがみついているし、落とす心配はいらない。


 ただ、バランスが悪く小回りが効かないという欠点もあった。


しかし、俺は公園までの道のりを正確に覚えている。カーブに入る時に早めに体勢を変えればスピードを緩めずとも上手く曲がる事ができた。


 一方浮遊男の方はと言うと、最高スピードは俺を明らかに上回るが、カーブを曲がりきれずに何度か無駄な動きが混じっていた。


そのおかげか、公園まで追いつかれずしかし突き離せずのまま到着したのだった。


「春香ぁ!」


 俺が声を公園内に響かせると、特訓中の四人全員が動きを止めた。三人は驚いていたが、五十嵐だけは察していたようで、全く動じていなかった。


 俺は、春香の所まで滑ると、減速して拓夢を下ろした。


「拓夢を頼んだ」


 状況を察した春香は拓夢を自分のそばに引き寄せた。


「よっしゃ、拓夢はうちに任しときー」


 俺は、そのままのスピードで公園の入り口まで戻ると地面を凍らせるのをやめ、立ち止まった。俺の通った跡には氷の道が出来ていた。


 ちょうど浮遊男も到着したようだ。公園の入り口で二人向かい合う。


「さあ、早くあの子を渡しなよ」

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