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3、親子

 俺達五人は、会議の後にリストを確認した。色々検討したが、爆発に関係しそうな能力は見つからずに終わった。彼らの内の誰かの能力が暴走して起きるとは考えにくい。


 そして、次の日となる。




「力を持った人を探し出すのって思ったより大変なんですね」


 俺は木で出来た椅子にもたれかかった。


 今、五十嵐さんを除いた俺達四人は、近くの公立図書館に来ている。五十嵐さんは外に出たくない、との事で留守番していた。


 ここは本が綺麗に並んだ棚がいくつもある。だが、それと対称的に人はほとんどいない。聞こえるのは本をめくる微かな音だけ。


 だからこそ、玲次さん達はいつもここで調べ物をするらしい。最近の新聞などに時々欲しい情報があったりもするのだと言う。


「当然だ。なんせ異常な力だ。周りの目を気にして隠す人も多い。だから情報なんて滅多に入らない」


 玲次さんは、ノートパソコンのキーを叩く手を止めずに言った。一体玲次さんは、どこから情報を探しているのだろう。


 しばらくすると、春香さんは新聞をめくる手を止め、大きく伸びをした。


「玲次、こんなにのんびりしとって平気なんか? 爆発やろ? 今までのとは格が違うで? 大体規模も分からへんし」


「大丈夫だ、五十嵐も半年以上は後の事だって言ってたしな」


 役に立ちたいと言う気持ちは揺らいでいないものの、俺はどうしてもこの情報収集に集中できなかった。そこで気をまぎらわすため、隣の恭子に話しかけようとした。


 だがその時俺は、恭子が資料探しをそっちのけに携帯電話を操作している事に気づいてしまった。


「えぇ!? 恭子サボってたのかよ!」


 それなら俺ももっと早く気を抜けば良かったな。


 俺がそんな事を思っていると、恭子が俺の言葉の意味を理解したらしく、慌てた様子で口を開いた。


「違うってば。親にまだ言ってないから連絡取ろうと思ってたの」


 口を膨らませて言うと、電話を閉じて鞄にしまった。


「で、親は何だって?」


 恭子は首を横に振ってた。


「ダメ、つながんなかった。お母さん達大丈夫かなぁ」


「よし、じゃあ次は俺が電話するよ。出たら恭子の親の事も聞いてみる。親同士仲が良いし多分知ってるだろ」


 俺は携帯の電源を入れようとした。だが、そこでふとある疑問が浮かんだ。


「あの、携帯の電源って入れて平気なんですかね?」


「急にどうしたの?」


 恭子が不思議そうな顔で聞いてくる。


「だって危ないだろ? GPSとかで場所を特定されるかもしれないし」


「あ、そっか。って、じゃあ私まずい事したの…?」


「安心しろ」


 俺達のやりとりを遮って玲次さんが先程の質問に答える。


「相手の組織はGPSを管理できるほどの権力は無いらしい」


「住所と名前を特定できるのに?」




「そうだ。五十嵐が調べたんだが、今まで位置情報が流出した事例は無いそうだ。五十嵐は優秀なハッカーだが、その五十嵐さえもセキュリティを突破できなかった。

 相当にセキュリティが固いから許可をもらわない限り閲覧不可能だろうな」


 五十嵐さんって意外と凄い人なのかな…。


「ウチもそれが分かってから電源つけたままやで?」


 春香さんは携帯電話の待ち受け画面を見せながら言った。


「そういう事だ。だから安心しろ。両親と連絡をとるくらいなら問題は無い」


「分かりました。じゃあ、かけます」


 俺は携帯電話を操作して、親に電話をかけた。何度も同じ電子音が耳の中に響く。


「うーん、出ないな」


 俺がそう口に出すか出さないかという瞬間に回線が繋がる音が聞こえた。


『もしもし、池田ですが』


「母さん?」


『圭介…!?』


 どうやら繋がったらしく、母さんが電話に出た。


「俺、無事だから。でもしばらく帰れないよ。俺の近くにいたら危険だから」


『何言ってるの!? まずどういう事なのか話してちょうだい』


 母さんは大声をあげた。


「俺もまだよく分からない…。だけど俺にも関係してる事は確かなんだ」


 俺が静かに、真剣に言うので、母さんはしばらく黙ってしまった。


 そして、一言発せられた。


『分かったわ』


「え?」


『どうしても帰れないのは分かったわ。時々連絡をちょうだいね。それと無理はしない事』


「分かった。それと…」


 俺は、恭子の親の事も聞こうとしたのだが、それは電話の向こうの何かが弾けるような乾いた音によって遮られた。


 そして、それに続く悲鳴。


「えっ? どうしたんだ!? おいっ!!」


 俺が大声で尋ねるも母さんの返事は無く、しばらくして通話は切れた。


「どうしたの? そんな大声出して…」


 恭子が心配そうに見てくる。


「何か弾けるような音。多分銃声、その後に悲鳴が聞こえた…」


「え、それって…」


 春香さんも心配そうな顔になった。


「襲われた可能性が高いな。目的はおそらく手紙を見た者の抹消と言った所か」


 玲次さんはこんな状況でも冷静だった。


 しばらくして俺は立ち上がり、口を開いた。


「俺、ちょっと見てきます」


 それを見た恭子も立ち上がった。


「私も! 心配だから無事を確かめたい」


「だろうな、こうなっては仕方ない。行ってこい。春香、お前もついてけ。俺は五十嵐を連れて後から行く」


 確かに相手が銃を使うなら五十嵐さんの予知は必要になるかもしれない。五十嵐さんの事は玲次さんに任せよう。


「了解や! 二人はうちに任しとき!」


 春香さんも立ち上がった。


「行くでぇ!」


 春香さんがスタスタと歩いていったので、俺と恭子は急いでついていった。



※ ※ ※



 俺達は図書館を出て駆け足になった。


「ちょっと、待ってくださいよ!」


 俺は、どんどん先に行こうとする春香さんを呼び止めた。


「なんやねん! 急がへんと取り返しのつかん事になるかもしれんのやで!?」


「そりゃそうですよ。でもどこ向かってるんですか?」


「何言うとるんや。圭介の家に決まってるやろ」


 春香さんは、俺と恭子が呆れた顔をしてるのを見て目をしばたたいた。


「な、なんやその顔…」


「えーと、春香さん知らないでしょ? 圭介の家の場所」


 恭子が俺の代わりに言ってくれた。春香さんは考える素振りをしてから口を開いた。


「それもそやな」


「だから春香さんが先に行ったら困るんです! 俺の家はこの道の反対です。急ぎましょう」


 俺が今来た道へ進むと、恭子と春香さんもそれに続いた。


 そしてしばらく進んだ所で、


「あ!」


 俺はある事に気づいて叫ぶと、振り返って戻り出した。


「ちょっと、少し戻ろう」


「なんでやねん、急がなあかんやろ!」


「どうして戻るの?」


 恭子の問いに俺は頭に手を当てて答えた。


「ここから行くと人通りの多い道を通る事になるんだよ。橘の仲間に出会ったらまずいだろ? 急がば回れだよ。裏から行こう」


 と、逆方向に走りだそうとした俺の腕を春香さんが掴んだ。


「それはあかん」


「へ?」


「玲次が言うとったで。裏路地より表通りの方が安全なんやって。人を隠すなら人の中、これ基本やで?」


 そう言うと、春香さんはさっきまで向かっていた道に向かって、俺を掴んだまま走り出した。


「と言う訳で、行っくでぇ!!」



※ ※ ※



そして…、


「着きました。ここです」


 俺は壁の白い二階建ての家を指差した。


「ここからは慎重に行きましょう」


 恭子のその言葉を最後に俺達は黙った。そしてゆっくりと玄関に近づき、春香がインターホンを押そうとする。圭介はその腕を慌てて掴んで制止した。


「鍵持ってますから。静かに入りましょう」


 俺が小声で言うと、恭子と春香はうなずいた。俺は静かに鍵を回し、ドアノブに手をかけた。なるべく音を立てないようにしたが、どうしても金属の擦れるような嫌な音が響く。


 中は薄暗く、家の中の照明という照明が全て消されているようだ。ただ、カーテンが所々開いているのが明かりとなってくれている。玄関を上がり、リビングへと向かって左へ廊下を進んでいるが、自分達の微かな足音以外何も聞こえない。そして、リビングの戸を開けると…、


「母さん? 父さんも…」


「圭介…!」


「帰って来たのか」


 そこでは、母さんが父さんに寄り添う形で立っている姿があった。


「何をそんなに警戒してたんだ? さっきの電話の音も気になるし」


 俺の言葉で母さん達は我に返ったようにはっとした。


「その事なんだけど、圭介、今ここは危険なの! どこに潜んでるか分からない。動けないのよ!」


 母さんはあまりの恐怖に混乱しているようだ。


「母さん達を助けに来たんだ。一緒に行こう。って、まずこの部屋、俺達以外誰もいない気がするけど…」


 部屋が薄暗い事もあってか他に人の姿は確認できない。


「いるんだよ…! この中に潜んでるんだ。さっき、当たらなかったが発砲するのを見たんだ」


 今度は父さんが厳かに言う。


「そんなら取り敢えずさっさと外に出ぇ。ここから玄関まで誰もおらんかったから大丈夫や。話はそれからや!」


 春香さんの一言で次の行動は決まり、迅速に玄関に向かった。春香さんは最後まで残り、一通り隠れられそうな場所を探すために部屋に残った。


「で、結局なんなんだよ」


 家から出た所で、話を再開する。ここなら中で襲われるよりは逃げやすいだろう。


「何って、さっき言った通りよ」


「でも銃どころか人も居なかったじゃないか」


 玄関の扉が開き、春香さんも出てきた。


「隠れられそうな所は全部見たはずやけどどこにもおらんかったで」


「幻覚でも見たんじゃないの?」


「圭介、父さん達は本気で言っているんだ」


 その時だった。厳そかだった父さんの顔は一瞬にして青ざめ、驚きと恐怖の表情に変わった。


「圭介、逃げろ!」


「え?」


 全員が一斉に父さんの目線の先を見た。


「幻覚で片付けられちゃあちょっとつまらないなあ」


 そこにはサングラスをかけた男が、片手はジーンズのポケットに突っ込み、もう片方の手には黒く光る拳銃を握って立っていた。


「…っ!」


 春香さんは急いで止めに飛び出した。だが、


「残念だが、もう遅い」


 銃の引き金は躊躇無く引かれ、無情な銃声が鳴り響いた。


 だが、しばらくして痛みが来ない事に気づいた。


「あれ?」


 恐る恐る周りを見渡すが、どうやら弾が当たった人はいないようだ。


「外したのか?」


 状況が掴めないが、どうやら全員無事らしかった。


「そんなはずはないんだがなぁ。腕が落ちたか?」


 その声を聞いて全員の目線がサングラスの男に集中した。


 そうだ。まだ危険が去った訳じゃない。奴は俺達を殺す気だ。こんな訳も分からぬまま死んでたまるか…!


「このっ…!」


 春香さんが突然飛び出し、サングラスの男に飛び蹴りを食らわせようとした。


「残念」


「…っ!」


 しかし春香さんが蹴った時にはすでにそこに気配は無く、攻撃は外れて春香は地面に叩きつけられた。


「どこに消えたんや!」


「ハハ、こっちだ」


 全身に寒気がした。


 どうして奴の声が、後ろからするんだ…!


「流石に今度は外さないぜ」


 俺は急いで振り向いたが、既に手遅れだった。銃口は俺の額に向いていた。


 まずい、足が動かない…。


 再び引き金が引かれ、乾いた破裂音が響く。俺は目を瞑り、最期の時を待った。


「あれ?」


 だが、痛みを感じる事はなかった。どうやらまだ生きているようだ。俺は体中を見渡すが、擦り傷一つない。


 嘘だろ? 今のは明らかに俺に照準があっていた…。


「なるほどね。お前も能力者だったんだな」


 そう言う拳銃男の目線の先にいるのは…。


「こんな形で知られたくはなかった。今まで黙っていたが、家族の危険とあらば仕方がない」


「何言ってんだよ、父さん」


「今は話している時間はない。俺をおいてひとまず全員逃げろ」


「嫌や。仲間に手ぇ出してもうたしなぁ。絶対許さへんで。」


 春香さんはそう言いながら、父さんの隣に並んだ。


「はあ、なんて事だ。能力者が二人もいるとはね。ゼロだって聞いたから遊んでたのにな。さっさと殺しときゃ良かった」


 サングラスの男はわざとらしく両掌を上に向けた。


「ま、報告する事が出来たんだから収穫っちゃあ収穫だな。って訳で、今回は帰るぜ」


「待てぇ!」


 春香さんがつかみかかろうと飛び出した。


 驚異の脚力で飛び出した春香さんは、素早くサングラスの男の両腕をつかむと、アスファルトに仰向けに倒した。


「ははっ、もう帰るって言ってんのに。まだ遊び足りないのかい? 甘えん坊だな」


 男は、まるでじゃれついてくる犬と話すかのような口調で話した。


「黙っとき? そんで状況理解せぇ。うちが腹に蹴り入れたらあんた死ぬで」


 それでも男は余裕の表情だった。


「おぉ、怖い怖い。じゃあ俺の名前だけでも教えといてやるよ。少しばかりの手掛かりにはなるだろ?」


 男は何を思ったか聞いてもいない名を突然名乗り始めた。


「俺の名は黒田だ。信じるかどうかは自由。楽しみに待ってるぜ」


「そんな事よりもどこの手の者か吐いてくれるとありがたいんやけど」


「そりゃさすがに無理だ。いきなり核心に触れるのはお法度だぜ。それじゃ何も面白くない」


「言わんなら蹴るで?」


「やれるもんならな」


「こいつ!」


 どこまでも馬鹿にした態度の黒田に対して春香さんは怒りを顕にし、右足を黒田の腹に向けた。


 しかし、春香さんが構えると、黒田は姿を消した。


「……!?」


 日が傾き暗くなり始めていたが、それは人の姿を見失う程ではない。溶けるように吸い込まれるように、黒田の体がアスファルトの地面に消えていくのが見えた。


 黒田は最後に“それじゃまたな”と言うと、完全にその姿をその場から消した。


「何が、起きたんだ?」


 父さんが怪訝そうに聞くと、春香さんは立ち上がって答えた。今まで春香さんの迫力に圧されて、誰も動けずただ遠くから見ていた。


「逃げられた。多分瞬間移動に似た能力やな」


「また来るのかな?」


 恭子が心配そうに聞くと、春香さんは無言で首を横に振った。また来るかなど分かろうはずもない。


 一瞬の沈黙が流れた。俺はその沈黙を破って父さんに話し掛けた。


「父さん、いろいろと聞きたい事があるんだけど」


 父さんは俺の要求を聞くと、一呼吸置いてから答えた。


「分かった、だがまずはどこか安全な場所に移ろう。そこで答える」


 その時、誰かの携帯電話の着信音が鳴り響いた。


「ん、うちのやな」


 どうやら春香さんの物だったようで、春香さんは携帯電話を取り出して耳に当てた。


「もしもしー」


『今から五十嵐と車でそっちに向かう。どの辺りか教えてくれないか』


 通話音は周りにも小さく漏れていて、俺達も内容を聞く事が出来た。どうやら玲次さんからの電話だったようだ。


「いや、えぇわ」


『は?』


「だからええって。もう終わったんや」


 春香さんは少し自慢気だった。


『何があった?』


「それも一緒に戻ってから話したるから、とりあえず待っといてなぁ」


『いや、ちょっと待――』


 春香さんは途中で通話を切り、携帯電話をポケットにしまった。


「って訳やから、帰るで」


 春香さんはすました顔で言った。


「えっと、私達も行くべきでしょうか」


 母さんは、状況が理解できていないようだった。


「せやで。まだこの辺は危険やし、圭介と話もあるやろ? とりあえず一晩泊まってきぃや」


「迷惑じゃないですか?」


 母さんは気づかって言ったつもりだろうが、春香さんは笑い飛ばした。


「平気平気! こういう時の為にうちらがおるんやから」



※ ※ ※



 しばらくして、全員無事に玲次さんの家に着いた。


「玲次ぃ、帰ったでぇ」


「あっ、春香! さっきのは何なんだ?」


 玲次さんは椅子に座っていたが、春香さんが帰ってきた事に気づくと勢いよく立ち上がった。途中で電話を切られた事が気に食わなかったらしく、玲次さんは機嫌が悪いように見えた。


「急いでたんや、しゃぁないやろ?」


 春香さんは頬を膨らませた。


「まあ、いい。何があったんだ?」


「あ、それは今から話します」


 俺は二人の間に割って入った。そして俺は、玲次さんと五十嵐さんにさっきまでの事を詳しく伝えた。


 黒田に襲われた事、逃げられた事、そして父さんの事。


「なるほど。それで連れてきたって訳か」


 春香さんは、俺が話している間に紅茶をいれて机に人数分並べていた。


「すみません、おじゃましてます」


 父さんと母さんが軽く会釈した。


「いや、気にしないでいい。とりあえず適当に座ってくれ」


 全員が席に着いた所で、玲次さんが再び口を開けた。


「初めまして、だな。俺は氷川玲次。こっちが栗原春香で、この変なのが五十嵐正一」


「よろしく」


「うぃーす」


 玲次さんに紹介された二人も軽く挨拶した。


「後の二人は当然知ってるよな」


「あ、音無です」


 恭子は二人に会釈した。


「じゃあ、今度はこっちですね。私は圭介の父の池田衛(イケダマモル)、こちらは妻の美幸(ミユキ)です」


 母さんは軽く頭を下げた。


「さて、じゃあ自己紹介も済んだし、まずはあなたの力を教えてくれないか」


 玲次さんは座り直し、紅茶を一口飲んだ。


「私の力は…」


 父さんは、言い淀んだ。今更になって言うのを戸惑っているようだ。


「父さん、話してくれよ。今更隠す理由はないだろ?」


 俺が必死に訴えると、父さんはやっと口を開いた。


「確かにそうだな。全て話すと決めてここへ来たはずだった」


 父さんは覚悟を決めたようで、皆の方を向いて話し始めた。


「まずは私の能力からだったね。私の能力を説明するのは少し難しいんだ。何も存在しない所に存在を作る能力、と言っても分からないだろうね」


「存在を作る能力?」


 俺は理解出来なかったので思わず繰り返し呟いた。


 玲次さんもよく分からなかったようで“どういう事だ?”と続きを促した。


「簡単に言うと、そこに何かあると信じれば、見えない物や壁を作る事ができる」


 “例えば”と言いながら父さんはティーカップを持ち上げた。30センチ程上げると、父さんはティーカップを逆さにした。当然紅茶はこぼれ落ちる。


「あぁ! 何しとんねん!」


 春香が叫ぶか叫ばないかという時、紅茶が空中でとどまった。まるで透明なティーカップに入っているような形状をしている。


「私は今ここに入れ物があると信じている。だからここに貯まる」


「すごい…」


 恭子も興味津々で見ている。


 父さんは、空中に貯まっている紅茶の下にティーカップを置いた。


「しかし、私がその存在を信じるのをやめるとそれは消える」


 空中にあった紅茶は、何事もなかったかのように落下し、トポンと音を立ててきれいにティーカップの中に収まった。


「なるほど、すごい能力だな」


 玲次さんは再び紅茶を一口飲んだ。


「先程はこの能力を使って壁を作り、銃弾を防いだんだ」


「あの、さっきから当たり前のように話してますけど、もしかしてあなた達にも主人と同じような能力があるのですか…?」


 恐る恐るといった感じで母さんは言った。


「ああ、圭介以外はな」


 玲次さんが持っていたティーカップに力を入れると、ティーカップに水滴がつき、やがて霜となった。


「例えば、俺は冷気を出してあらゆる物を凍らせる能力を持っている」


 そして、玲次さんがティーカップを逆さにして軽く数回叩くと、固体となった紅茶がゴロンと出てきた。


 母さんは驚いて手を口元に当てている。まあ突然これを見せられて驚くなと言うのも無理があるが。


「父さん、1つ聞きたいんだけど、どうして力の事を知っていながらあの手紙の事を悪戯なんて言ったんだ?」


 俺は前に乗り出して言った。これは父さんに能力があると知った時から聞こうと思っていた。


「圭介、その事については本当にすまないと思っている。確かに私にもその手紙に心当たりはあった。しかし、このような力の事が世間に流れれば混乱を招く。

 母さんに話したら絶対に警察を呼んだだろう? だから、一人でお前を見守っていた」


 父さんは訴えるように話した。


「じゃあなんで俺達が襲われている時に出てこなかったんだよ!?」


 俺は声を荒げた。


「だからすまなかったと言っている。その少し前に人が倒れていてね。その人はとても具合が悪そうだったし、どうせ家はすぐ先だ。もう大丈夫だろうと思ったんだ。だがその間に襲われていたんだな。後で母さんに聞いたよ。

 今思い出して見ると、倒れていたのはさっきの黒田と言う男だった! 私はハメられたんだ。なんて馬鹿な事を…! こんなくだらない策にかかってしまうとは!」


 父さんは悔しそうに拳を握りしめた。


「父さん…」


 俺は新たな事実を知り、さっき怒鳴った事を後悔していた。家が近いからと油断したのは俺も同じ。父さんを責める資格など無い。


「父さん、ごめん。疑っちゃって」


「いいんだ、圭介。結局父さんは何も出来なかったんだから」


 父さんはおそらく、全ての責任が自分にあると考えている。


「それに、もう1つ謝らなければならない事があるんだ」


 その言葉を聞いて、全員の視線が再び父さんに向いた。


 まだ、何か隠していた事があるのか…?


「私は…、私は昔あの組織の一員だったんだ」


「はぁ!?」


 さすがに今度こそ納得が行かず、俺は大声を上げた。たった今良い雰囲気になったのに、再び疑心が生まれた。


「あんたも人を誘拐してたってのか?」


 玲次さんは冷酷な瞳を父さんに向けた。


「いや、違う。そこだけは勘違いしないでくれ。私がいた頃はまだその組織は今のような悪事はしていなかった!

 超能力による犯罪や事件を処理し、世間から超能力の存在を隠す重要な組織だったんだ!」


 父さんは声を荒らげ、必死に訴えた。


「じゃあどうして組織は今のようになった!?」


 玲次さんは、核心に迫れると思ったのか焦っているように見えた。


「それは私にも分からない。突然私は解雇されたんだ。幹部であった私がだ。何故だかは知らない。ただひとつだけ分かるのは、組織が豹変したのはそのすぐ後だったという事だけだ」


 父さんは静かに言った。


「なるほどな、新たな計画に協力しなそうな人は排除した訳だ」


 玲次さんは納得したように言った。


「ちょっと待ちぃや。あんた昔組織の幹部やて言うたよな? だったら組織の本部がどこかとか組織の名前とか知っとるんやないの?」


 春香さんが素朴な疑問を口にすると、玲次さんも“確かにな”と呟いた。


「残念だが、それは知らない。私は組織が豹変した後、一刻も早く組織を潰そうと一人で乗り込もうとした。だが既にそこに本部はなかった。手掛かりは無くなって、私も手を引いたよ。

 組織の名前も知らない。元より聞かされていないし、おそらく無いのだろう。なんせ世間に存在が割れてはいけない組織だからな。名前をつけず仲間内でも“組織”と呼んでいた」


「なんや、ダメかいな」


「あの、私からも質問いいですか?」


 恭子が律儀に手を上げると、父さんは首肯する事で質問を促した。


「えっと、その組織にいたのなら黒田の顔も知っていたんじゃないですか?」


「いや、それも知らない。私がいた頃は少人数で構成されていた組織だったから組織の人間なら顔と名前を全員覚えている。

 だが、黒田という名前にもあの顔にも覚えはない。おそらく私がいなくなってから新たに雇ったのだろう」


「じゃあ橘は? 植物を生やす女の人なんだけど」


「すまない、それも覚えがないよ」


 俺も続いて質問するが、返ってきた言葉は同じものだった。


「知らない事ずくめだな」


 玲次さんが椅子に寄りかかって、不機嫌そうな顔をした。


「いや、組織について重要な事をひとつだけ知っている」


 父さんは真剣な目で玲次さんを見た。


「実は、私のこの能力は自然に現れた物ではないんだ」


 玲次さんはその言葉に反応し、身を乗り出した。


「どういう事だ?」


「薬だよ。組織は、能力を使えるようになる薬を持っているんだ。どうやって作っているのかは知らないがね」


「何っ!?」


 父さん以外の全員が驚いた表情をした。


「なんせ超能力による事故や犯罪を処理しなければならないんだ。こちらも能力は必要だろう?」


「つまり、俺達もその薬で能力を与えられたって訳だな?」


 玲次さんが身を乗り出して聞いた。


「いや、その可能性は低いだろう。その薬は注射器で血液中に打って使うんだ。飲んだり霧状にして吹きかけたりしても効かないんだよ。

 訳の分からぬ注射を打たれた覚えがある者はいるか?」


 父さんの呼びかけに対し、全員無反応だった。


「だろうな。もしかしたら能力を与える別の方法があるのかもしれない」


 父さんは顎に手を当てて考え始めた。


「いや、十分だ。その情報だけでも俺達にとっては大収穫だしな」


 そう言うと、玲次さんは立ち上がった。


「さて、もう日も沈みかけて来てるし、会議終了だ!」


 玲次さんが言うと、五十嵐さんも立ち上がった。


「じゃあ僕は自室にいるねー」


「ほな遅くなったけど夕飯作るでぇ!」


「あ、じゃあ私も手伝います!」


「じゃあ俺も自室にいるから出来たら呼んでくれ」


 こうして、五十嵐さんと玲次さんは自室へ、春香さんと恭子は夕飯の準備に取りかかり、テーブルの周りに残ったのは池田一家のみとなった。


「やっぱり、圭介はここに残るの?」


 先に口を開いたのは母さんだった。


「うん、能力も無いのに追われてる俺にとっては、ここが一番安全だと思うし」


「父さんだって能力者なんだ。圭介を守る事ならできるぞ」


 父さんは、親として真剣に心配していた。家にいた方が両親を安心させられる。そんな事は分かっている。でも…。


 俺は首を横に振った。


「理由はそれだけじゃないんだ。巻き込まれた以上、みんなと一緒に戦いたい。隠れて守られて暮らしていても生きている気がしないだろ?」


 俺は精一杯の笑顔で言った。母さんはそれを見てため息をひとつつき、呆れたように言った。


「頼もしそうな人達で良かったわね。無理しちゃダメよ」


「分かった」


「父さんも何か気づいた事があったらまた報告に来るからな」


「うん、ありがとう」


 俺は、なんだか嬉しいような切ないような気持ちになった。その時、俺はふと思い出した事があった。


「あっ、そうだ! 恭子の家族! 恭子の家族がどうなってるか知らないか?」


「あぁ、恭子ちゃんの家族ね。心配しないで。事情を話したら、離れたホテルに避難するって言ってたわ。場所を教えるから恭子ちゃんに会ったら伝えておいてって」


 そう言うと母さんは、手持ちの鞄からメモ用紙とペンを出し、そのホテルの名前を書いた。


「じゃあ、これを恭子ちゃんによろしくね?」


「ああ、分かった」


 俺はメモをしっかりと受け取った。


「じゃあ、父さん達は帰るぞ」


 父さんと母さんは立ち上がった。


「え!? 泊まってかないのか? まだ危険だろ?」


 俺も慌てて立ち上がった。


「大丈夫よ、父さんがいるから。たった今それが証明されたじゃない」


「それに、ここに迷惑かける訳にもいかないだろう。ここに来たのはお礼として父さんの持つ情報を与えようと思ったからだ」


 父さんと母さんは笑顔で言った。その笑顔は、俺を安心させるのには十分だった。


「分かった、じゃあ玲次さんにも伝えとくよ」


「いや、自分達で伝えるよ。礼もまだまともに言ってないしね」


 父さんと母さんは玲次さんの部屋へと向かって行った。



※ ※ ※



 全員に挨拶を済ませると、父さんと母さんは帰って行った。


 その日は、疲れていたのですぐに眠りについた。両親の心配もしたが、父さんが壁を作って眠るだろうと考え、安心して眠れた。

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