2、未来
ふと目が覚めると見慣れぬ部屋。そうだ、昨日は結局氷川さん達の家に一晩泊まる事になったんだっけ。この状況では帰る場所は無いので必然の選択だった。
時計を見るとまだ六時前。早く起きすぎてしまったな。無理もない。昨日は色々あって熟睡など出来なかったんだ。氷川さんの家が標準的な家より一回りも二回りも広く、俺も恭子も個室を借りる事が出来たのは不幸中の幸いと言えるだろう。そうで無ければ一睡も出来なかったかもしれない。
二度寝も出来なそうだし、部屋に居てもしょうがないので廊下に出てみる。まだ誰も起きていないようで非常に静かだ。
そのままリビングへ向かうと、氷川さんがノートパソコンを開いているのが見えた。氷川さんはとっくに起きていたんだな。どうやら調べものをしているようだ。
「おはようございます」
「ああ、おはよう」
氷川さんはチラリとこちらを見て挨拶を返した。
「あの、氷川さん」
「玲次でいい」
「…じゃあ、玲次さん」
「なんだ?」
玲次さんは振り返らずに聞き返した。
「昨日は本当にありがとうございました」
「まあ、気にするな」
「それで、俺達はまだ帰れませんか? 危険ですか?」
玲次さんはその言葉を聞くと作業を止めて振り返った。
「今帰ったら確実に危険だろうな」
「どのくらいしたら帰れますかね?」
俺は真剣に聞いた。返答はなんとなく予想できる。しかし、これは重要な事だ。
「分からないがしばらくは家に帰れないだろうな」
玲次さんはきっぱりと言った。
「そんな…」
「たとえ俺達が信じられなくともしばらく居てもらう。被害者は減らしたいんだ」
玲次さんは俺の目を見て言った。
きっと玲次さんは良い人なんだな。普通こんな正直に言えない。俺達を本当に気遣ってくれている。
俺はため息をひとつついた。
「何言ってるんですか。助けてもらっといて疑う事なんてできませんよ」
俺は本心で答えた。玲次さん達にはいつかお礼がしたいな。
「そうか」
玲次さんはそう言って再び目線を画面に向ける。その口元は僅かに緩んでいた。
※ ※ ※
少しすると、恭子と春香さんがほぼ同時に起きてきた。さて、恭子に現状を報告しておこうか。
「恭子、しばらくここに泊まらせてもらう事になりそうだよ」
「え、でもいろいろと家に…」
「それは俺も同じ! チャンスを伺って行くしかないよ」
服とか生活用品を取りに行きたいのは分かるけど、それが出来ればここに泊まる必要なんて無い。
「うーん、そうだね。分かった」
恭子はニコッと笑った。
「へぇ、決断早いんやなぁ」
春香さんが俺達の会話を聞いて感心したような顔をした。
「うちなんか一日中悩んで決めたんやで?」
「え? ちょっと待ってください」
「なんや?」
「もしかして、春香さんも俺達と同じ様な境遇でここに?」
「せやけど」
そうだったのか。てっきり夫婦か恋人だと思ってた。
「ちなみにどのくらい前からここに居るんですか?」
「今ちょうど一年くらい前やな」
「一年!?」
「本当ですか?」
俺と恭子は驚きの声を上げた。長くても1ヶ月ほどでどうにかなるだろうと思っていた。甘く見ていたな…。
「いや、だからびっくりしたんよ。こない早くこの状況を受け入れるんは凄いなぁ、て思てな」
俺と恭子は顔を見合わせた。
「まあ、そう気にするな」
玲次さんが座ったまま体をこちらに向けて言った。
「春香が例外なんだ。こいつは家が大阪だからな。お前達はすぐそこだろ? 少し寄るだけならいくらでも機会は来るさ」
「うーん、せやな! 玲次の言う事も一理ある」
「まあ、それならいいんですけど、春香さんはいいんですか?」
「ええのええの。うち、もうここに慣れてもうたしな!」
そう言うと春香さんは歯を出してニカッと笑う。
まあ、一年もいればそんなもんか。
「さて、じゃあ今後の事をいろいろ話すからみんなちょっと集まってくれ」
玲次さんに呼ばれたので、俺達はテーブルを囲って席に着いた。
「…春香。五十嵐も呼んで来てくれ」
「五十嵐?」
「誰ですか?」
俺と恭子の質問に、玲次さんは固まった。
「あー、もしかしてまだ紹介して無かったか?」
「…はい」
ちょっと待ってよ。この家二人で住んでる訳じゃないの?
「じゃあいい機会だ。今の内に慣れとけ」
「…慣れとけ?」
玲次さんが珍しい表現をするので、俺は不思議に思った。一体どういう意味だ?
※ ※ ※
玲次さんが扉を開けると、薄暗い部屋に椅子に座った人がいるのが見えた。その人の姿はパソコンの画面から漏れる光で出来るシルエットしか見えない。
「パソコンを使う時は部屋をもっと明るくしろ」
玲次さんはそう言うと、壁についた照明のスイッチを回して部屋の明るさを最大にした。
そのおかげで部屋の細部までよく見えるようになった。
多くの棚が部屋の壁に沿って置かれていてそれぞれの棚には、多数のファイルが詰め込まれている。入りきらなかったであろう書類は床に散らばっている。
そして真正面の壁には大きな机と、その上にパソコンが置かれている。その前には男の人が座っていた。あれが五十嵐さんか。
「玲次ー、勝手に入って来ないでよー」
「五十嵐が何日も部屋から出てこないからだろ?」
玲次さんが言うと五十嵐さんは回転椅子を回してこっちを向いた。この人、引きこもりなの?
「仕方ないだろー? 珍しく能力が長続きしてんのー。やれるときにやらないとじゃーん」
その独特の口調から俺が感じた五十嵐さんに対するイメージは、“変人”であった。
「あれー、誰さこの子達ー」
五十嵐さんは俺と恭子を指差して言った。
「ああ、昨日家に来たんだ。紹介する。池田圭介と音無恭子だ」
玲次さんは、後ろにいる俺達を手で示して言った。
「よろしくお願いします」
「こいつが五十嵐正一。予知能力者だ」
「うぃーす」
うん、棒読みだ。初対面の挨拶が棒読みとか何なんだろう。
※ ※ ※
「さてと、じゃあ会議を始めるぞ」
場所は移ってリビング。俺達は大きな机を囲んでいる。
「会議って言っても今日は新入りが二人来たからいろいろ説明するだけだけどな」
「じゃー僕いらなくなーい? 今せっかく能力使えるんだし金稼いどこーぜー」
五十嵐さんが机に頬杖をついてつまらなそうに言った。
「一応そこにいろ。一週間も続いてたんだから結構あるだろ?」
「いつまた使えるか分からないしー」
「あの、ちょっといいですか?」
玲次さんと五十嵐さんの会話に恭子が口を挟んだ。
「五十嵐さんの能力はいつでも使える訳じゃないんですか?」
「そうだよー。起きてる間は三分くらい先が見えるんだけど、不定期でねー。自分の意思じゃ見られないんだー。
寝てる時は遠い未来の事も夢で見られるんだけど、それも夢を覚えてない事が多いから結局自分の意思では能力を操れないのと同じだねー」
五十嵐さんは相変わらずの棒読みだった。きっと普段からこうなのだろう。
「そう、なんですか…」
恭子はまだ五十嵐さんの不思議なテンションに着いていけないようで、言葉が続かない。
「で、五十嵐はその3分先が見える能力を使って株で儲けてる。その金がここの財源だ」
玲次さんが補足の説明をしてくれた。予知能力で株取引とかチートだな…。
「玲次ー、そー言えばさー、僕夢ですんげーの見たんだー。これ本当に起きたらヤバいよー」
「はいはい、夢の話は後で聞くから先にお互い自己紹介」
「さっきしたじゃーん」
「名前だけだろ」
玲次さんが五十嵐さんと普通に話すのを聞いて、ただただ唖然としてしまう。俺もしばらくすれば五十嵐さんとの会話に慣れるのだろうか。
「じゃあ俺からな。俺は氷川玲次、21歳で大学生だ。まあ、ほとんどここにいるから単位なくて留年状態だけどな。
能力は“氷結”。体から冷気を出して周りの物を凍らせる事が出来る」
「次はうちやな! うちは栗原春香!年は20! 大学に入って、すぐにいろいろあってこの家に来たんや!
能力は“怪力”、足の力が強くなる能力やでー」
「じゃあ僕でフィナーレだねー。えーと、五十嵐正一、21歳。玲次とは大学で知り合ったんだー。
能力は“予知”。未来が見える能力だよー」
三人の自己紹介が終わって俺が驚いた事はただ一つ。五十嵐さんが20代だと言う事。正直もう少し下だと思っていた。精神年齢からして。
「じ、じゃあ次は俺らか。俺は池田圭介、16歳。恭子とは幼なじみです。
能力はまだ分かりません。というかあるのかな?」
「私は音無恭子、同じく16歳です。さっき圭介が言ったけど圭介とは幼なじみです。後は…、あっ、料理なら得意です。任せて下さい。
能力は、まだよく分からないけど“感情”に関する能力です」
恭子は緊張していたようで顔を赤らめている。
「おお、料理得意なんか? じゃあこれから料理頼むわ」
「馬鹿、押しつけるな。今まで通りみんなでやる」
玲次さんが春香さんの頭をコツンと叩いた。
「まあメインは恭子でいいかもしれないがな。
さて、恭子の力は“感情”…、と」
「何ですか、それ」
玲次さんが何かキーボードで打ちこんでいるのが気になったので聞いてみた。
「ああ、個人情報と能力を一緒に載せたリストを作ってるんだ。まだあんまり集まってないけどな」
玲次さんはそのリストを見せて言った。
確かにまだ多くは無い。それは、画面をスクロールしなくてもリストの全てを見る事ができる程だった。
「さて、じゃあ本題に入るか」
玲次さんは座り直して言った。
「俺達三人が今までやってきた事をこれからはお前達二人にも手伝って欲しいんだ」
「今までやってきた事?」
「今から話す」
玲次さんは焦らすように間を空けた。
「昨日お前達も身をもって知ったように、能力を一般人に与えて誘拐すると言う謎の組織がある。ここまではいいな?」
「いや、質問なんやけど」
春香さんが元気よく手を上げた。
「なんでお前が質問するんだ?」
「いや、分からんもんは分からんし」
「まあいい、なんだ?」
「昨日、うちらに特殊能力があるんは陰謀に違いない、て言うてたけどなんでそんな事分かったん?」
玲次さんはと大きくため息をついた。
「昨日それは説明したはずなんだがな」
「え? 僕はそんな事言われた覚えないけどー」
五十嵐さんがとぼけたようにに言う。
「いや、お前はその時いなかっただろ。じゃあ、もう一度だけ言うからよく聞けよ?
まだ圭介には能力は発現していないんだ。少なくとも使った事はない。しかし、組織から予告状が届いた。おかしいとは思わないか?」
「…いや?」
春香さんは首を傾げた。
「もっと噛み砕いて言おう。能力が発現していないのに狙われたって事は後から圭介に能力が発現するのを知ってるって事だ。それはつまり、何らかの方法で能力を与えてるって事だろ。まだ目的も手段も分からないけどな」
「なるほど! それで圭介達の話を聞いて分かったんやな?」
春香さんは納得して一人うなずいた。
「まあ、そういう事だ」
「さて、話を戻すぞ。
俺達がしているのはその組織についての調査。まだほとんど分かってないからな。
それと能力者の保護だ。能力者の存在を確認したら予告状が来る前に護身できるくらいに能力を鍛える。さらに手紙を受け取ったという連絡を受けたら俺達も護衛に向かう」
俺はその話を聞いて少し安心した。
「てっきり戦闘メインなのかと思ってました」
俺の能力がまだ分からない以上、今は戦闘においてほとんど力になれないので心配していた。
「でも、最終的にはそういう事になるのかもしれないな。組織を潰さない限り俺達に平和はないんだ」
玲次さんが静かに言うので、俺は背筋に寒気を感じた。
「調査の種類は大きく二つだ。ネットで調べて信憑性の高い怪奇現象があれば確認に行く。大体そういうのは能力者が引き起こしたもんだ。
そしてもうひとつはこいつだ」
玲次さんは五十嵐さんを指差した。
「こいつが、夢で大きな事件でも見たならすぐにでもそれを食い止める。こいつが予知した未来は、その未来を知らされた人にしか変えられないんだ。
実際圭介達を助けられたのは五十嵐の予知能力のおかげだ。お前達が誘拐される夢を五十嵐が見たから、事前に君達の顔を把握して、予知夢で示された場所で待っていたんだ。おかげで植物女をリストに入れられた」
「それで組織に近づけるんですか?」
恭子が不思議そうに聞いた。
「大丈夫だ。能力者のいる所にアイツらは現れるはずだ」
玲次さんは一区切り説明を終えると、一呼吸置いた。
「今言った事を全部ふまえた上で、俺達に協力するかどうか決めてくれ。協力できないならそれでいい。どこか文明の届かぬ小さな国くらいになら組織の脅威は及ばないかもしれない。金は五十嵐がたくさん稼いでるから住める場所は確保してやれるが、どうする?」
玲次さんは俺と恭子の顔を交互に見て言った。
「能力者同士の戦闘になる事って多いんですか?」
俺は一応聞いてみた。
「まあ、少なくはないな」
玲次さんはあっさりと答えた。
「そんな戦闘の時は能力の無い俺は足手まといになるかもしれませんが、それでもいいのなら…」
俺はそこまで言って立ち上がり、深く頭を下げた。
「…お願いします!」
「私も、私も何かお手伝いしたいです!」
恭子もつられるように立ち上がって深く頭を下げた。
「いや、いいんだ! そんなに頭を下げないでくれ。頼んでるのはこっちなんだ!」
玲次さんは慌てて俺達を座らせた。
「やったぁー! じゃあこれから圭介も恭子もウチらの仲間なんやな!?」
春香さんは大喜びしてはしゃいでいる。
「そう言えば、話は変わるが五十嵐、お前が見た夢ってのはなんだったんだ?」
そういえばそんな話をさっきしていたな。
「凄い夢見たー、って言ってましたよね」
恭子も興味ありげに五十嵐さんの方を見る。
「えー、知りたいー?」
「ああ、お前の予知は重要度が高いからな」
玲次さんが言うと、五十嵐さんはその夢の内容を語り始めた。
「えーとねー、広ーい場所にみんながいてー、」
「みんなって?」
俺の素朴な問いに、五十嵐さんは当然のように答えた。
「ここにいる五人とー、見たこと無い人も何人かいたなー。それ全員含めてみんなだよー。
そのみんな同じ方を向いててー、誰かがなんか叫んだら、ドゴーーン、ブオオーーンて感じになったんだー。そんな夢ー。スリリングだったなー」
「おいおい、意味が分からないな。どうやら効果音の部分が重要な気がするんだが」
玲次さんが慌てた風で言った。
「えー、説明難しいなー。みんなが見てるほうからドゴーーンとすごい力が放たれてー、みんなブオオーーンと吹き飛ばされる感じー?」
「おいおい、まさかそれって…」
玲次さんの言葉が途切れた所を俺が繋いだ。
「巨大な爆発でも起きるって事…?」
† † † † †
その日の夕暮れ…。
開けた土地。野球場のような、土ばかりの広い土地。でもちらほらと雑草が生えているし、大勢の観客なんていない。それどころか人の気配がしない。
ショベルカー等の重機が2、3台と、大きめの錆び付いた金属片が散らばっているだけであった。
その金属片に寄りかかるようにしながら、一人の少女が膝を抱えて座っていた。
その少女は制服から察して高校生くらいだろう。
その肩までかかる長い髪には黒くつやがあり、顔はうつむいているがおそらく美しい部類に入るだろう。
その少女はすすり泣いていた。たった一人、この広く寂しい土地で。
※ ※ ※
誰も探しに来ないし、電話さえかけてこない。やっぱり私がいなくても誰も気にしないのかな…。
私は負の想いに心が満たされ、膝を強く抱き寄せた。
あれ?今何か…。
私は辺りを見回した。土をしっかりと踏んで歩いてくる、人の足音が聞こえた気がした。
気のせい、だよね…。
私が再び視線を自分の膝に落としたその時だった。
「何やってるの? こんな所に一人で」
空耳、じゃない…!
私はバッと顔をあげ、声の聞こえた方を向いた。
「えっ…?」
てっきり親が来たのかと思った。
しかし今目の前にいる人は、見かけた事すら無い赤の他人だった。
でも、どちらにしろ驚いた。今まで初対面で私に自ら声をかけた人なんていたかな?
何故か私には誰も近づこうとはしない。いじめられている訳じゃない。特に悪い事をした訳でもない。ただ自然にみんな私と距離を置いた。
訳が分からなかった。
それが、辛かった。
私も輪の中に入りたかった…。
でもそれよりも、今何が起きてるの? 知らない人に話しかけられた。初めての経験だ。
「どうして私に話しかけたの?」
「どうしてって、不思議な事を聞くのね。一人で泣いている女の子がいて、放っておく人の方がおかしいわ」
その女の人は笑っていた。
私に笑顔を向けてくれてる…。
些細な事が嬉しく思えた。
「一緒に行こう。今までその力のせいで辛かったんでしょ?」
女の人は手を差しのべてきた。
「私達と、第二の人生を歩みましょ?」
力という言葉の意味はよく分からない。
だけど私には、この見知らぬ女の人の姿が私を救いに来た女神に見えた。
私は無意識に手を伸ばし、差し出された手をしっかりと握った。




