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9、視察

「ここが訓練場。所属の班に関係無く己の鍛練を望む者全てに開放されているんだ」


 訓練場なんてあるんやなあ。百人は居るって聞いたしこういう施設も必要なんやろな。


「広いんやなあ」


 ここまだ受付なんよ? それなのに広さだけで言うたらホテルのロビー級やん。今日はここで訓練に参加させてくれるて言うてたし、なんか緊張してきたわぁ。


 空西は受付の名簿に名前と部屋番号を書き込んで、その番号の書かれた鍵を取った。


「部屋を使いたい時は名前を書くだけで良い。使える部屋は鍵がここにあるかで分かるだろ。今日はその内闘技場を借りるよ。さて、行こうか」


 誰でも使用可能とは言えかなりオープンやないか? 受付に人もおらんし…。


「おや、カケルさんじゃないっすか。後ろの方は噂の新人さんっすか?」


 声をかけてきたのは金髪の派手な服を着た見た目二十代前半の男性。うん、見た事無い。病室であった班長達の中にこの人はいなかったはずやけど。きっと今まで訓練してて帰る所なんやろな。


「せやで、よろしゅうな。うちは栗原春香。春香でええで」


「おっと、申し遅れたっすね。俺っちは突撃班の副班長、沼波渋淇(ヌマナミシブキ)っす。渋淇でいいっすよ」


 副班長なんやなぁ。見た目からは想像つかへんけど。でも突撃班って事は嵐原の部下やな。なら納得や。


「で、どこに行くのさ。訓練終えるにしてはいつもより早いんじゃないの?」


「はあ、それが轟鬼さんに呼ばれて研究班の方に向かう所なんすよ」


「轟鬼か…、じゃあついでにそこに玲次って人がいると思うから伝えて欲しい事があるんだけど」


「いいっすけど、何すか?」



※ ※ ※



 ここが闘技場…。部屋の壁は全面灰色やけど広いから暗さを感じへん。この灰色の壁は、防音性能にも優れた頑丈な素材を使っとるんやて。うち、こういうのが欲しかったんよ。


「俺達制圧班に最も求められるのは単なる強さじゃない」


 おお、空西を忘れてた。うち、案内されとる身やったな。


「突撃班のように力任せに破壊するのとは違って制圧班の任務は内部制圧が多い。そのためには迅速に行動して敵陣の心臓部を制圧する必要がある。だから各所に配置された警備をかい潜るだけの柔軟さと強靭さが必要なのさ」


「班長にその柔軟さがあるのかは謎ですけどね」


 うちの隣に居る紺色の柔道着に身を包んだ女性が、腕を組んでそう言った。って…、こいつ誰やねん。


「あんた、いつからおったんや!」


「申し遅れました。私は制圧班副班長の舞谷麻衣(マイタニマイ)です。以後お見知りおきを」


「俺が呼んだのさ。今日は一対一の訓練。制圧において対少人数戦は数多く起こる。一対一はその内の基本中の基本さ。これで春香の力を計りたいと思う」


 それでもいきなり副班長ってどないやねん…。


「まあそう気張るなよ。仮にも俺の意識を一瞬刈り取ったんだ。麻衣とも互角に渡りあえるかもしれないさ」


 ん? 空西の言葉に麻衣の体がピクリと反応したような。


「班長、何を言いますか。互角など有り得ません。彼女に抵抗する暇は与えませんよ」


 麻衣はそう言うと同時に両手に青い炎のような霧のような物を纏った。なんや? 見ただけじゃ何の能力か判断できへん。


「いや、それじゃ訓練にならないだろ…。まあ麻衣も本気出すみたいだし、春香も能力を存分に使ってくれよ」


 なるほど、空西は麻衣が本気出せるように挑発したんやな。この展開…、燃えるやないかい!


「ええんやな? 怪我しても知らへんで?」


 蹴っても靴が脱げないように愛用の赤いスニーカーの紐をきつく結び直す。


「構いませんよ。そちらこそせめて訓練になるように頑張りなさい」


 麻衣の両掌の青い炎は一定のリズムで強弱しとるな。多分この間隔は心臓の拍動やな。


「二人とも準備が整ったみたいだね。ルールは時間無制限で俺がどちらか戦闘不能と判断するまで。それでは、Ready Fight!!」


 空西の合図の直後、靴の赤と炎の青が交差した。



† † † † †



 私―――音無恭子は、救護班班長である蛍ちゃんに救護班の管理する医療施設を案内してもらっている。その施設は私達が治療を受けた場所で、私達が居たのと同じような病室が数多く設置されているみたい。その規模は多分一般の大型病院と変わらないんじゃないかな。


「蛍ちゃん、ここって本当に病院じゃないの?」


 長い廊下に私達の足音だけが響く中、私は蛍ちゃんに話しかけてみた。蛍ちゃんは白衣のポケットに手を入れたまま私の方に振り返る。


「うん、違うよー。隠密に動く人達が怪我した時に使う所でもあるからね」


「隠密って…?」


「隠密は隠密! 私だって知らなーい。私達はただ運ばれてくる人を治すだけだよ。

 病院って呼べない理由は他にもあるんだよ。私達って能力を使って治すでしょ? だから医師免許持ってない人が多いんだよね。私だってここの管理人なのに持ってないしー。

 だから病院の代わりに長ったらしい名前がついててね。GH付属科学併用非科学医療病棟って言うんだ。でも長いから、通称“蛍クリニック”で通ってるよ」


「GH…?」


 何の略だろう?


「ん? どうしたの? あはっ、まあいいや。今日はそんな話が目的じゃないから」


 蛍ちゃんはある病室の前で立ち止まった。


「今日はここで手伝ってもらいたい事があるの」


「私が、蛍ちゃんを手伝うの?」


 まだここに来て間もない私に班長の蛍ちゃんを手伝える事なんてあるのかな?


「そう言う事ー。って、さっきから蛍ちゃんって何なのー?」


「え、いや、ごめんなさい! 年下に見えたんで、可愛くてつい…」


「えへへ、分かるー? 私こう見えてまだ十四歳なんだ! 学校に言ってたら中学生かな?」


 こう見えても何もまんま中学生くらいに見えるんだけど…。


「まあいいや。恭子には“蛍ちゃん”を許可してあげる!」


 蛍ちゃんは右手を白衣のポケットから出してビシッと私に向けて指差した。元気だなあ、この子。


「ありがと、蛍ちゃん。で、何をすればいいの?」


 私が聞くと、蛍ちゃんは顔をやや曇らせた。


「実はこの病室の人も極秘任務で動いてた人でね。そこで起きた事がトラウマになってまともに話せない状況なの。だから精神治療をして欲しいんだよね」


「わ、私が!?」


 蛍ちゃんは無言で頷く。


「救護班には治療する能力に優れた人がたくさんいるんだけど、精神治療が出来る人って少ないんだ。私も少しは出来るんだけどそっちが専門じゃないからさ。こうやって恭子が来たのは運命だと思ってるよ! 恭子の能力は精神を揺るがすのが専門でしょ?」


 蛍ちゃんはニヤリと笑った。


「いやっ、でも私治療とかした事無いからっ!」


 私は顔の前で両手を振って出来ない事をアピールする。


「やってみなきゃ分かんないでしょーがっ!」


 蛍ちゃんがそう言うのとほぼ同時に、その周りに光の粒がぽつぽつと湧き始めた。すぐに数を増やした光の粒は私の体を優しく包んだ。


「こうやって、心を落ち着かせてあげる。それだけでいいのっ!」


 蛍ちゃんは両手をポケットに入れたまま挑戦的な笑みを見せる。蛍ちゃんの出す光に包まれる内に、不安や焦りが自然と和らいで心が落ち着いてきた気がする。


 私は今まで自分の能力は精神的に攻撃する事にしか使えないと思っていたけど、言われてみればこういう使い道もあるのかもしれない。やってみる価値は、ある。


「分かった、やってみる」


「えへへ、そうこなくっちゃ! では、どうぞー」


 蛍ちゃんが引き戸を開けると、部屋の一部が見えた。そこは個室らしく、私達が寝ていた部屋よりも狭い。


 私は患者の待つその部屋の中に大きく一歩を踏み出した。



† † † † †



 僕―――五十嵐正一は今、情報班班長の谷澤麓助の管理する情報処理室に来ている。


「これが私達の使用しているデータベースです」


 谷澤はパスワードを素早く入力し、コンピュータの画面に表示された物を見せてきた。そこにはこの組織が所有する施設の見取り図や各班の名簿等様々な情報がファイリングされていた。


「いいのー? こんなの見せちゃってさー。信用してくれるのは嬉しいけど、警戒心無さすぎじゃない? もし僕らがデータを盗んだりしたらどうするつもりー? 一応玲次に従ってるけどー、僕は君達の事まだ信用してないんだからねー」


 僕が挑発するように谷澤の目を見ると、谷澤は小さくため息をついて眼鏡を押し上げた。


「そのような余計な心配はいりませんよ。私も形さえ浮島に従ったものの、あなた達を信用している訳ではありませんから。

 今表示されている情報はメンバー全員に見る許可のある、つまり見られても問題ない情報ばかりなんですよ。重要な物はパスワードが必要ですし、“最重要事項”は厳重なセキュリティで管理されていますよ」


「ふーん、でもそんな事言われると僕頑張ってセキュリティ潜っちゃうかもねー」


「そのような無駄な努力は止めてください。親切に説明しますと、あのセキュリティは私にしか解けないようになっていましてね。一秒ごとに複雑な関数によって二十桁のパスワードが変更されるシステムなんです。それが何重にもかかっていて、さらに制限時間内に打ち込めない場合は中の情報が全て削除されるようになっています」


 うーん、それが本当なら僕でもさすがに突破出来ないかなー。でも…、


「それじゃあ君も解除出来ないんじゃなーい? 情報が消えちゃっても困らないのー?」


 谷澤は僕の言葉を聞くと、目を鋭くして僕を睨んだ。


「素晴らしい洞察力ですね。しかし、情報が消えても問題無いのですよ。あくまでもあれはバックアップ。全てのデータは…、」


 そこで谷澤は自身の頭部を指差した。


「私の脳内にありますから」


「冗談キツいなー。あの量の情報に加えてさらに他の情報まで君一人の頭に入る訳無いでしょー? 入ったとして整理出来るとは思えないね」


「問題ありませんよ。私の能力“絶対記憶”があればね」


「“絶対記憶”ー?」


「その名の通り、見た映像、聞いた音等様々な情報を記憶し、永遠に忘れない能力です。そのおかげで暗算が得意でして、先程言ったパスワードも既に百年分計算済みで全て暗記しています」


 谷澤はそう言って眼鏡を指で押し上げた。


 どうやらセキュリティの話も本当みたいだねー…。


「ところで、こんな話をしている場合ではないでしょう。あなた達がどこの班に配属されるか、あるいはされないかは班長の信頼に左右されるのですよ?」


「何それー、媚を売れって事ー?」


「まあ、悪く言えばそうなりますね。もうここには軽々しく見せられる物もありませんし、他の方々に挨拶に行ってきた方が良いと思いますよ」


「嫌だねー」


 僕は回転椅子でクルクルと回った。


「そう言うのは僕の役じゃないし、みんなそれぞれの班に行ってる訳だしー? 何より空西がいるから大丈夫でしょー。なんか結構信用してくれたみたいだよ?」


 谷澤はわざとらしく掌を上に向けて首を横に振った。


「残念ですが、空西じゃあ力不足でしょうね。空西と海野は初期メンバーでは無いので班長の中でも発言力が低いのですよ」


「ふーん」


 僕は回るのを止めて谷澤の目を見据えた。


「それでも頭の固そうな君よりは役に立ちそうだけどねー」


 谷澤も睨み返す。


「すみませんね。忘れたい事も忘れられないとひねくれてくるのですよ」



† † † † †



 空気の抜けるような音と共に鋼鉄の扉が開き、金髪の男が入ってきた。


「遅くなったっすね。俺っちは突撃班副班長の沼波渋淇っす」


「おお、来たか! 待ってたぞ!」


 嵐原が沼波に手招きする。俺は嵐原に他の能力者を連れてくるように頼んでいた。だが、副班長とはな…。


「なあ、嵐原。副班長を連れて来たみたいだが、能力は強いんだろ? 大丈夫か?」


「あぁ!? 俺達二人が揃ってまだ不安があるとは生意気な奴だな!」


「いや、そういう意味ではないんだが…。まあいい、始めようか」


 俺が行動を開始しようとしたその時、沼波がそれを止めた。


「何を始めるのか知らないっすけど、空西さんから伝言があるんすよ。玲次さんっているっすか?」


「玲次は俺だ」


 空西から伝言…? 何だ?


「あなたが玲次さんっすか。あなたに見学させたい班があるので行って欲しいらしいっす」


「そう言う事ならすまないな。今は圭介の事があるから断って―――」


「―――諜報班。そう言えば行くはずって言ってたっす」


 諜報班? そういえば俺達が公園で特訓していた事も諜報班が見つけて空西が知ったんだよな。どこから見ていたのか気になるな。


「分かった、行こう。嵐原、さっき言った事を試しておいてくれ。頼んだ」


「言われなくてもそのつもりだぁ!」


 俺はその言葉を背後に聞きながら実験室を後にした。



※ ※ ※



 研究班、情報班、諜報班のメインオフィスは全て同じ棟の違う階にあり、地下一階から二階まで階段を上がってすぐに諜報班班長―――浮島真一に会う事が出来た。


「おっ、来た来た。じゃあ行こうか」


「ああ、頼む」


 俺は歩き出す浮島に並んだ。廊下には人がおらず、並ぶ扉は全て閉め切り廊下側に窓も設けられていない。ひたすら乳白色の床が続く非常に殺風景な場所だった。


「歓迎できなくてすまないね、ほとんど出張ってるもんで人が少ないんだ」


「いいさ。歓迎されるなんて思ってないからな。ところで早速1つ聞きたいんだが、俺達を見つけたのはお前なのか?」


 俺は好奇心を抑えきれずに本題に入った。


「アッハッハ、俺じゃないよ。監視するだけなら俺より優れたのがここにはいるんだ」


「会わせて欲しいんだ」


「空西から話は聞いてるよ。そのために今こうして歩いてる」


 会わせてくれる事を知り、俺は拍子抜けした。まず拒否されると思っていた。


「なあ、諜報員って顔を知られたくないもんじゃないのか?」


「そりゃそうだ。だがな、顔を覚えられてもそれが諜報の妨げになったりしない能力があるんだよ。俺もだが、そいつは特にそうだ。それより第一に、俺は君達を信用しているんだ」


 浮島はそう言うと1つの部屋の前で止まった。


「ここに彼女はいる。だが後悔するなよ。彼女の能力を知れば夜も眠れなくなるかもしれない」


「俺はそんな事で引き下がらない。むしろこのまま帰ったら寝る事などできないな」


「そうか、ではどうぞ」


 浮島はドアを開けて部屋に入っていった。俺もそれについて中に入る。


 部屋に入り、まず目についたのはベッド。その上ではきれいな長髪の女性が仰向けになっていた。その右手が届く位置には木製の台、その上に白紙の束とボールペンが見えた。


「これは…?」


 この女、昼間から寝ているのか?


「まあそういう反応だろうな。紹介するよ。彼女こそが諜報班副班長の堀越千里(ホリコシチサト)、君達を発見した人物だ」


「この人が…。それで、何で眠っているんだ?」


「ね、眠ってないです! これでも任務中なんですよ!」


「なっ…!?」


 大声が聞こえてベッドの方を向くと、堀越がむくりと上半身を起こしていた。起きていたのか…?


「おいおい、あまり新人を驚かせないでくれよ」


「す、すみません! でも私も驚きましたよ。尾行してたら私の仕事部屋に着いたんですから。来るなら何か言ってくださいよ」


「それはすまない。しかし、任務が大変なんじゃないかと思ってね」


「大丈夫ですよ! 今日はノルマの範囲が狭いので能力は半分だけで行けます」


 浮島と堀越の間で訳の分からない会話が続いていく。


「浮島、説明してくれるんだよな…?」


「おっと、すまないね。彼女はちょいと特殊な能力の持ち主なんだ。“神経網”と言うんだけどね」


「“神経網”…?」


 何だそれは…。神経の、網…?


「はい、“神経網”です。分かりにくくてすみませんっ」


 堀越はおどおどしながらも続けた。


「簡単に言えば千里眼の様な物です。それが五感で使えると言うだけで…」


「さらに噛み砕いて言うなら、こいつの目や耳の機能を遠距離で作用させられるって事だ。しかも機能は落ちるが複数に分割できる」


 おいおい、千里眼のような能力って事は相手からは分からないって事だろ? その索敵能力は反則だろ…。


「それで俺達を見つけたのか?」


「はい、公園で子供と接触しているのを見つけまして…。その時聴覚はそこに作用させていなかったので誤解を招く結果となりました。本当にすみません!」


「悪いのは堀越じゃない。その情報を勘違いしたのは俺だし、同じ考えを持った団体が他に無いと盲信していたのはみんな同じ事だ」


「いや、そんなに謝られても困る。俺達が人目につかないようにやっていたんだ。怪しまれても自業自得だ」


 浮島は吹き出すように笑った。


「ハハッ、そう言ってくれるとありがたいよ。さて、この話は終わりにしよう。折角来たんだ。質問があれば受け付けるぞ?」


「そうか、何でもいいのか?」


 俺が聞くと、浮島は困ったような顔をした。


「何でもと言う範囲が分からないが、まだ正式に仲間になった訳じゃないんだ。当然捜査内容については答えられないぞ。それ以外なら何でも答えるつもりだ」


「そうか、じゃあ…」


 俺は一瞬間を置いて続けた。


「…敵の組織について、詳しい事はまだいい。何が分かっているのか教えてくれ」


 浮島と堀越は顔を見合わせた。


 当然だよな。諜報担当の人間は口を割らないのが仕事みたいな物だ。何が分かっているのかさえも教えたくないはずだ。


 無理かもしれないが、それでも知っておきたい。



† † † † †



 唸るような重低音と共に一筋の閃光が空き缶を貫き、それは弾けとんだ。


「よーし、上出来だ! 金属が電気を多少誘導しているとは言え、当てるのはコツがいるだろ? 少しは能力の使い方が分かってきたか?」


 俺は玲次さんが出て行った後、能力の解析を行う前にまずは嵐原さんの能力“雷撃”をコントロール出来るようにする事になった。


『“分かってきただろ?”じゃねーぜ、全くよぉ。俺が来てなかったらまた能力暴走が起きてたかもしれなかったんだぜ?』


 片手で頭を掻きながらこの部屋に備え付けられた唯一の窓越しにそう言うのは、研究班班長の喜山秀明(キヤマヒデアキ)さんだ。まず“雷撃”をコントロールするように言ったのはこの人だ。この後の実験でまた能力暴走が起きないようにある程度身につけておく必要があるそうだ。


『カッ! 氷川って奴は新入りながら気が回るじゃねーか。俺を呼ばねーで嵐原一人じゃあどうなってたか分かりゃしねーぜ。嵐原の頭の悪さに勘づいてたって事だな!

 物事には順序があんだぜ? 1つずつ確実にしねーまま次に進んでも危なっかしくてしょーがねー。ったく、何でこんな脳味噌不足にこういうの任せちまうかねー』


 いや、玲次さんもそこまで思って頼んだ訳じゃないと思うけど…。


「うるせーぞ、もやし! いいから続きやるぞぉ!」


 嵐原さんはイライラした様子で怒鳴った。


『おー、それもそうだなー。“雷撃”の扱い方も分かってきたみてーだし。じゃあ沼波、てめーの出番だ!』


「おっと、ようやくっすか。何すれば良いんすか?」


 壁にもたれていた沼波さんは体を起こした。


『あー? 圭介とやらの体に触れる、それだけでいい。単純明解だろ?』


「……? はぁ、了解したっす。触ればいいんすね?」


 沼波さんは俺の方に歩き始めた。


『その前にだ…! 注意事項! 圭介とやら、良く聞けよー。お前の能力の現段階の情報から推測した俺の仮説なんだがよー、ほぼ確実と言って間違いねー。沼波が触れた後、能力の制御は倍難しくなるぜー』


 倍だって…!? 大丈夫かな…。


「安心して欲しいっす。俺っちの能力は班長のと違って殺傷能力は低いっすから。さっき見せたっすよね」


「はい…」


 思わず返事が尻すぼみになる。いや、駄目だ。…こんな調子で拓夢を助けられるものか! 俺は拳を強く握りしめた。


「大丈夫です。お願いします!」


 俺は右手を前に差し出したまま目を閉じた。


「じゃあ、触るっすよ?」


 金属の床に靴が触れる音が何度か聞こえ、俺の前で止まった。そのすぐ後、差し出した右手を握られたのが分かった。沼波さんの手だろう。


 その手から何かが伝わってくるのを感じる。力が溢れ出ようとするのが分かる。耐えろ。ここでまた暴走する訳にはいかない!


 俺は目を開けた。大丈夫みたいだ。沼波さんは既に俺から距離を置いて壁にもたれていた。


『圭介とやら、大丈夫そうか?』


「はい、なんとか」


「俺から見ても大丈夫そうだな。電気が流れる様子は無ぇ」


 なんとか成功したようだ。後は上手くコントロール出来るかだけど…。


『よーし! 沼波ぃ、使い方を教えてやれ!』


「了解っす。じゃあ圭介さん、手を広げて床に付けるっす」


 俺は言われた通りに掌を床につけた。


「そして手を床に押しつけるっす」


 俺は床に置いた手に力を入れていく。これでいいのだろうか…。


 ある程度力を入れた時、突然その手をついた所から水が噴水の如く噴き出した。俺は顔面にその水を浴び、驚いて尻餅をついた。既に噴水は止まっているが、辺りは水浸しになっている。


「出来たっすね。それが俺っちの能力―――“水柱”っす」


『おー! やるじゃねーか! “氷結”“雷撃”“水柱”と来た! 分かったぜー。“模倣”、それがあんたの能力だ!』


「“模倣”…」


『そう、触れた相手の能力をコピーしちまう! それがあんたの能力って訳だ! カッ、珍しい種類の能力だ。羨ましいぜ、全くよー』


「でも、今“氷結”は使えないみたいですよ?」


 俺は、両手の間に電流を走らせながら言った。“雷撃”はまだ使えるんだよな。


『その辺はまだ研究が必要だなー。時間による制限かコピー数による制限か。ま、早くもあんたの軟禁は終了ってこった!』


 良かった。やっと解放されるんだ…。みんな何やってるのかな。


「皆さん、ありがとうございました」


「おう、さっさとこんな所から出ようぜ」


「そうっすね。こんな所にいたら息苦しいっす」


 俺が礼を言うと、嵐原さんと沼波さんは出口に向かった。俺は二人に続いて歩く。扉が空気の抜ける音と共に開くと、二人はさっさと出ていった。


 さて、俺も早く出よう。外の空気が吸いたい。


『圭介とやら、ちょいと待ちな!』


 だが俺が出ようとすると、再び扉は閉まってしまう。


「えっ?」


『あんたがこれからも研究班に定期的に通う事、それがここから出す条件だ。あんたの能力はまだ良く分からねー事が多すぎるからなー。異論は認めねーぞ?』


 なんだ、そんな事か。俺だって自分の能力の事は気になるし、頼もうと思っていた所だ。


「はい、お願いします」


『カッ、ムカつくくらいいい返事だぜ。ほら、通りなー』


 扉は再び開かれ、俺はようやく外に出る事が出来た。


 能力か…。夢を見ているようだ。まだ実感が湧かないけど、俺にも能力があったんだな。

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