収穫の時
人前に出ると顔が真っ赤になる。
極度の上がり性のわたしの丸っこい顔つきからなのか、トマトなんてあだ名もついた。
いっそのこと髪を緑にでも染めてトマトの下手まで再現してやろうかとまで思うくらいだ。
けど実際にはわたしの高校は髪染め禁止なので行動には移さない。
そんなトマトのわたしは今学校の廊下にいる。
灰色の床にチカチカ明滅する電灯、孤独感がわたしを襲い、応接室のドアが重々しくそびえたつ。
(やっぱり、わたしには無理だ。)
心の中ではそう思い、今にも逃げ出したい衝動に駆られる。
でも今逃げ出したらみんなに迷惑がかかる。
(行かなくちゃ)
わたしはドアノブに手を伸ばす。しかし手が届く前にドアが開いた。
「あれ?君が新聞部の人?」
野球部エースの言葉を背中に受けながら、わたしは駈け出していた。
(無理、怖い・・・)
早鐘のように心臓が鳴る。鼓動が身体じゅうに響いてテンパった体をさらに駆り立てる。
(無理、やっぱり新聞部なんて無理!)
わたしは部室へ戻ることもできす、校舎裏に座り込んだ。
応接室では野球部エースが困惑していると思う。取材を申し込んで待っていたら、インタビュアーが逃げた。怒って当然だ。
それが、怖い。
優しそうな先輩が気に入って入部した新聞部だがわたしには無理だった。
緊張して息が詰まる。心臓を打つ鼓動が痛い。
昼からの曇天はゆっくりと崩れ始め、小雨になって降ってくる。
雨にぬれて体が冷えていくのが自分でもわかるが、体がすくんで動けない。
(怖い、怖い・・・)
体をちぢ混ませて自分の体を抱きかかえる。
「あっ、こんな所にいた」
聞きなれた声に僅かに視線を上げると、入部を決めたきっかけになった先輩がいた。
雨の中、傘もささずに頭から濡れている。
(怖い。怒られる!)
ギュッと目をつむったわたしの手にポンと手が乗せられた。暖かい体温がゆっくりと伝わってくる。
「こんなに濡れちゃって、とりあえず部室行こ」
優しい声をかけられながら手を引かれ、私は部室へ入った。
「ほら、頭ふいて」
大きめのタオルを顔に投げられ。わたしはそれで顔をふく。
「あったかいもの飲むでしょ」
先輩はそういって返事も待たずお湯を沸かす。
ポットの電気音だけが二人しかいない部室に音を入れる。
(怒って、ない?)
ふとわたしが先輩を見ると、先輩は両手にマグカップを持って差し出してきた。
「はい、魔法をかけてあげる」
マグカップに入っていたのはアツアツのミルクティーだった。甘くおいしそうな匂いに思わずマグカップに口をつける。
「あ、おいしい」
一口飲むと自然と言葉が出た。冷えた体にミルクティーの温度が気持ちいい。
「落ち着いた?」
「あっ、はい」
言われて見て気がついたけど、いつの間にか緊張が消えている。
「緊張なんてそのくらいのものよ。ちょっとした勇気で消えちゃうくらいのね」
優しく笑う先輩。そうだ、この笑顔が気に入ったんだ。
「野球部のエースには別の人が取材してるから挨拶に行ってきなさい。できる?」
(怖い。でも今ならいける気がする)
「はい」
力強く返事をして、わたしは部室を出た。
灰色の床にチカチカ明滅する電灯。しかし応接室のとあはさっきより小さく見える。
(ふうっ・・・)
鼓動が速い。先輩に元気づけられはしたが、やっぱりまだ怖い。
(でも、ちょっとした勇気で・・・)
コンコンッ
わたしがドアを二回ノックすると、中から野球部エースが顔を出した。
(怖い。怒られる・・・でも、)
「さっきはすいませんでした!!」
視線を床に向け頭を下げる。うつむいた態勢が恐怖を倍増させる。
嫌な汗が体を流れる。鼓動がどんどん速くなる。
「うん。それより大丈夫?」
「はいっ!!」
優しく声をかけた野球部エースにつられて顔を上げる。そういえばこの人の顔を真正面から見るのは初めてだ。
流れる雨は六月のもの。トマトの収穫時期にはまだもう少しかかる。