みんなのお願い
『ヒーナ、我からも頼みがあるのだが、いいだろうか?』
リールの体を思う存分もふもふ、なでなでしている私に、リールが笑顔で語りかけてきた。
私のお願いを叶えてから、自分の頼み事を伝えてきたリール。散々リールの体をもふもふなでなでした後では断れないじゃないの。リールってば、交渉上手ね。
「なぁに?」
『魔の森には多くの魔物がいる。眠れなくて苦しみ、魔物化してしまった存在を我のように救ってくれないだろうか? もちろん我もできるだけ協力する。魔石や魔法花があればヒーナの魔力をあげられると思うのだ』
「そういえばリールはなぜ魔石をもっていたの?」
『魔石があれば魔力を高められるのは我も同じだからだ。だが魔王が残した眠れない呪いは強力すぎて、我にもどうにもできなかった。一縷の望みをかけて、魔石を腹の中に隠しもっていた』
なるほど、そういうことだったのね。大切に隠していた魔石を私にさし出したのは、自分を救ってほしいという意味だったのだろう。
「わかったよ、リール。私も眠れない苦しみはよく知っているから、頑張ってみる。魔石や魔法花を探すのを手伝ってもらっていい?」
『勿論手伝うとも』
今も眠れずに苦しんでいる存在があるなら、できるだけ助けてあげたいって思う。
魔石や魔法花の力を借りれば自分がどこまでできるのか知りたいって気持ちもあるしね。
「では早速、出発しようか? リール」
『我はかまわぬぞ』
リールと同じように魔物化してしまった存在を救う。それが私にしかできないことなら、少しでも早く動きたいもの。
「おい、ちょっと待ってくれ。まさか何も準備せずに魔の森を進むつもりか?」
立ち上がった私とリールに慌てて声をかけてきたのは黒マントさんだった。
「そうですよ。何がいけないんですか? 食料なら魔の森に来る前にシェルタ村で買ってきましたし、特に問題ないと思いますけど」
「食料だけの話じゃない。魔の森には多くの魔物が存在している。女一人とフェンリルだけで歩き回るのは危険だ。俺もいく」
黒マントさんは私たちに同行するつもりらしい。うーん、そんなつもりはなかったんだけどな。だって黒マントさん、いまだにどういう人なのかよくわからないし。
「リールがいれば護衛は特に問題ないと思いますけど。ねぇ、リール」
『聖女ヒーナの言うとおりだ。我だけでは聖女ヒーナを守れぬと言いたいのか?』
「フェンリルを侮辱するつもりはない。だが護衛は少しでも多くいたほうが安全だろう? 俺は魔の森に慣れているし、剣の扱いも得意だ」
黒マントさんはどうしても私たちについていきたいのだろうか? それならその理由をはっきり言ってくれたほうがいいのに。
『黒マントさんとやら。はっきり言ったらどうだ? 自分も聖女ヒーナを守りたいのだと。希望があるなら、きちんと人に伝えなければ何も変わらんぞ』
リールの言葉に驚いたのは私のほうだった。
黒マントさんが私を守りたい? 私のことを『アンタ』呼ばわりしてたし、てっきり嫌われてると思っていたのに。
「聖女ヒーナは貴重な力があるから、しっかり護衛してやらなくてはと思ったただけだ! それに魔物化してしまった存在も気になるし、魔石や魔法花を探すのも俺のほうがたぶん得意分野だ」
ごにょごにょと言い訳しているように感じるけれど、私のことを守りたいという気持ちは本当のようだ。
「その気持ちはありがたいです、黒マントさん。でもですね、私たち、まだあなたから聞いてないんですよ」
「何をだ?」
黒マントさんはとても不思議そうな表情だ。自分で何とも思わないものなのだろうか?
「あなたの名前を聞いてないです。ずぅっと『黒マントさん』って呼ばせるつもりですか? 名乗ってくれない方と行動を共にするのはさすがに抵抗あります」
『我もそなたの名を聞いてないぞ、黒マントさん』
黒マントさんには本名を名乗れない事情があるのかもしれない。だとしても、あだ名でもいいから何かしら名は教えてほしい。そうでなければ心を開いて語り合えない気がするもの。
名前をまだ聞いてないことをずばり指摘してみたら、黒マントさんは「うっ」と小さく呻いて俯いてしまった。
あらら。
やっぱり名前を言いたくないようだ。だとしたら残念だけど、同行はお断りしようかな。
「……エンだ……」
「え? なんですか?」
小さな声で、黒マントさんがささやいた。声が小さすぎて、よく聞こえないんですけど。
すると黒マントさんはばっと顔を上げ、顔を赤くしながら叫んだのだ。
「俺の名は、カイエンだ! カイエンは聖女ヒーナとフェンリルのリールの護衛として同行したい!」
今度はびっくりするぐらい大きな声で、黒マントさん、いや、カイエンさんは名前と希望を伝えてくれた。顔は真っ赤になってるけれど、それがかえって偽りのない正直な思いだと感じた。
「カイエンさんとおっしゃるんですね、黒マントさんの名前は」
「カイエンでいい」
「じゃあカイエン。私とリールの護衛として一緒にきてくれる?」
「ああ、承知した」
こうして私とリール、そしてカイエンは共に魔の森を進むことになった。
「ところで魔石や魔法花、魔物化した神獣ってどうやって探すの? リール」
リールに問いかけると、カイエンが「だから準備不足だと言ったろうが。危なっかしいやつ」と呟いてるのが聞こえた。
うん、確かに準備不足というか、もう少し考えてから動くべきだったかも。そう思うと冷静に突っ込んでくれるカイエンの存在はありがたい。ずっと王宮にいたから、私には世間知らずなところがあるのかもしれない。今後は気をつけたいな。
『魔石や魔法花はひとつひとつ地道に探さなければいかんだろうな。だが魔物に関しては探すというよりも、呼び寄せればいい』
「呼び寄せる? どうやって?」
『ヒーナは感じないか? 魔物たちがヒーナを見ているのを。我を眠らせたことで、魔物たちがヒーナに注目している』
言われた私は魔の森の中をぐるりと見渡してみた。けれど瘴気を含んだ重い風が吹くのを感じるだけで、魔物らしき存在は感じられない。
「どこにもいないわよ、リール」
『ヒーナはまだ魔物の気配に慣れてないからな。カイエンにはわかるだろう? 魔物の気配を』
「ああ、わかる。魔物たちがヒーナの動向を注意深く見ている。ヒーナの存在が気になるけど、まだ警戒してるって感じだな」
魔物が私を見ている。そんな気配は私にはよくわからないけれど、二人がそういうなら確かなのだろう。
「魔物が私に注目しているなら、魔物たちに声をかけたら姿を見せてくれそう?」
『いい案だ。やってみてくれ』
「わかった」
すぅっと軽く深呼吸すると、私は大きな声で叫んだ。
「私は聖女ヒーナです。魔力であなたたちを眠らせることができます。眠りたい魔物さん、私のところへ来てくださーい!」
文末の「来てくださーい!」が木霊のように木々の中を響いていく。しばらく様子を見たけれど、魔物が姿を見せる気配はない。
「リール、カイエン。魔物出て来てくれないわよ」
『そんなことはい。すぐ近くに集まってきたぞ』
「ああ、いるな」
「え、どこ? どこにいるの?」
もう一度ぐるりと周囲を見渡す。すると何かがふわりと私の目の前を通り過ぎた。
ん? 今のは何?
通り過ぎたほうに慌てて顔を向けると、瘴気をまとって不気味に輝く蝶がくるり反転しているところだった。再び私の近くに飛んでくると、蝶は羽根をぱたぱたと震わせている。瘴気のせいなのか、青黒く輝く羽根がおぞましさを感じさせる。
『ネムリ、タイ⋯⋯』
「え?」
小さな声で語りかけてくるのは、目の前にいる瘴気をまとった蝶なのだろうか?
「蝶さん、眠りたいのはあなた?」
『ソウ⋯⋯ズットネテナイ⋯⋯ネムラセテ⋯⋯』
弱々しい声で必死にメッセージを送ってくるところが痛々しい。蝶であっても眠りたいよね。
「わかった。私が夢眠の魔法陣で眠らせてあげる。もう少しこっちに来てくれる?」
魔法陣がかけやすい位置まで呼び寄せようと、蝶に語りかけた時だった。
『アタシも寝たいよぅ⋯⋯』
『眠らせて、聖女さま』
『オイラもリールみたいに、すやぁって眠りたい』
『ボクもネタイ』
『私もよ、聖女さま⋯⋯』
魔の森のあちこちから、眠らせてほしいと言う声が響いてきた。顔をあげると、小さなウサギのような魔物からクマぐらいの魔物まで、様々な大きさの魔物が私をじっと見ていた。さっきまで気配すら感じなかったのに、どうしてなの?
『聖女ヒーナが自分たちを救ってくれる存在だと気づいたからだ。ヒーナよ、声に応えてやってはくれないだろうか? 中には生粋の魔物もいるかもしれぬが、彼らも苦しみは同じだろうから』
私に救いを求めているのは、かつては神聖な存在だった神獣だけではないかもしれない。
立場は逆だけれど、生まれながらの魔物も眠れずに苦しんできたであろうことは容易に想像できる。
人間も神獣、魔物や普通の動物も、この世に生きる存在すべてが魔王の呪いで眠れなかったのだ。
みんなを眠らせてあげたい。心からそう思う。眠りたいのに眠れない苦しみは前世で嫌というほど味わった。
聖女といっても、私の能力は無限大ではない。魔石や魔法花の力を借りていかないと、きっと難しいだろう。それでもできる限りのことはやってみたい。そのために私はこの世界に転生してきたように思えるから⋯⋯。
「眠りたいのに眠れない子たち! みーんな私のところにおいで。順番になってしまうかもだけど、私が必ずみんなを眠らせてあげるから!」
気持ちを込めて魔の森に生きるすべての存在に呼びかける。
すると、『おお〜!』『ありがたい!』『感謝する』という言葉と共に、魔物たちが私のほうへと近づいてくるのがわかった。瘴気をたっぷりとまとっているのに、不思議と怖くない。
「みんな私の前に並んでね。悪いけど、順番よ!」
ここにいる子たち全員を一度に眠らせてあげる力は私にはまだない。けれどいつかはできるようになれたらいいな。みんな仲良く全員で眠れたら最高だものね。
未来への希望を胸に、体の中のありったけの魔力を手の方へと集めていった。




