ヒーナ、王宮から出る
「あ~解放感。自由って素晴らしい!」
王宮の外で出た私は、乗せてもらった馬車の荷台で、思いっきり体を伸ばした。
気持ちよく晴れた青空に心地良い風。どれも王宮にいた頃はなかなか味わえなかったものだ。添い寝聖女としての任務は基本的に夜の仕事だったから、昼間は自分自身の体を休めないといけないからだ。
舞踏会でジェイド王子から婚約破棄&魔の森追放を命じられた私は、すぐに荷物をまとめた。ジェイド王子の気が変わらないうちに、さっさと王宮を出ていきたかったのだ。自分のものと言える持ち物は、ごくわずか。国から支給されたものを持ち出せば罪に問われるかもしれないし、面倒事はできるだけ避けたい。荷物を入れる大きめの鞄は持ってなかったから、ケープを風呂敷代わりにして荷物を包み込み、背中に背負えば終了だ。
「よいしょっと。うーん、なんか夜逃げみたいなスタイルだけど仕方ないよね」
鏡で見る今の私はちょっと悲壮感あるけれど、心は晴れやかだから問題ない。
「あの~もしよろしければ、ですが。商人の馬車に乗せてもらったらどうですか? 町まで意外と距離ありますし。もうじき馴染みの商人が来ますので彼らに頼んであげますよ」
哀れな夜逃げスタイルに同情してくれたのか、門番の一人がそっと声をかけてくれた。それはありがたい申し出だ。ずっと王宮にいた私は、城から出て町へ行く道を詳しく知らないもの。
王宮と取り引きしている商人は必要なものを渡せば荷台が空くので、魔の森近くの町まで乗せてもらえることになった。別の町にもっていく荷物もあるので広々とはいかないが、馬車に乗せてもらえるだけで十分だ。
馬車の荷台に乗りこみ、馬車に揺られながら少しずつ離れていく王宮を見つめる。
添い寝聖女として王宮の中でずっとジェイド王子の眠りのお世話をさせられていた。わずかな給金はもらっていたけれど、お金を使える場所も機会はほとんどなかった。おかげでコツコツ貯めた給金がそれなりに貯まっている。贅沢しなければ、しばらく生活は困らないと思う。町に出たら身の回りのものを揃えよう。魔の森に入るのだから、身を守るものも必要だしね。
「はい、到着したよ。ここがお目当ての町、シェルタ村だ。ここまででいいかい?」
「ありがとうございます。これ、少ないですけど御礼です」
「おや、ありがとう。そんなつもりはなかったけど、ありがたく頂戴するよ」
「こちらこそ乗せていただいてありがとうございました。とても助かりました」
御礼のお金を渡しながら、感謝の思いを商人さんに伝える。
馬車の荷台に乗せてもらうことに代金は要求されてなかったけど、気持ちだけでも謝礼をお渡ししたいと思ったのだ。馬車に乗せてもらわなければ、不慣れな私はきっと道に迷っていただろうから。
「シェルタ村に家族か友達でもいるのかい? 魔の森が近くにあるからか、治安があまりいい町とは言えないから十分気をつけるんだよ」
「ありがとうございます。用心します」
商人さんは私が王宮で働いていた侍女だとでも思っているのだろう。まさかシェルタ村の近くにある魔の森への追放を命じられた聖女なんて知ったら驚くだろうな。
優しい商人さんと別れると、私は背負っていたケープの風呂敷を開け、大きめのマントを取りだした。フードもついているので、顔を隠すことができる。あまり治安のいい町ではないのなら、女性であることが丸わかりだと危ないかもしれないからね。
手荷物の風呂敷を手でしっかりと持ち、マントをすっぽりと被った。
「さてと。まずは雑貨屋さんかな」
マントで顔を隠しながら、シェルタ村の中を歩いていく。それなりに大きい町だけれど、町の人たちの表情に覇気がない。目の焦点が定まらない男性がふらふらと歩いていたり、子どもを抱いたお母さんが疲れ切った様子でとぼとぼ歩いている。どの人も目が充血していて、目の下には黒ずんだ隈ができている。
彼らの様子を見ていてすぐにわかった。町の人たちは、眠れずに苦しんでいるのだと。魔の森が近くにあるせいで、魔王が残した呪いが強く出ているのかもしれない。
できれば町の人たちを私の魔力で眠らせてあげたいと思う。眠れない辛さは前世で経験した私が嫌というほど知っているし。
だが私の魔力にも限界があり、一度に多くの人を眠らせてあげることはできない。私の能力は目の前にいる人に呪いを寄せつけないよう、結界魔法で安眠に導くだけなのだ。
申し訳ないけれど、今の私ではシェルタ村の人たち全員を眠らせてあげることはできない。魔力を高められる魔石や魔法花が手に入ればなんとかなるかもしれないけれど、魔石や魔法花は貴重で、なかなか手に入らないし。
それに追放を命じられた私が魔の森へ行かず、シェルタ村にとどまっていたら、カーラリア王国が黙ってはいないだろう。下手すれば命令を無視した罰で捕らえられてしまうかもしれない。
ごめんなさいね……
心の中でシェルタ村の人たちに詫びながら、雑貨屋さんを求めて歩を進めた。
ようやく見つけた雑貨屋さんに入ると、衣類や寝具など種類は多くないが身の回りのものが一通り揃っている。魔の森に入る前に、準備しておきたかったのだ。
贅沢できないから多くは買えないけど、洗い替えは必要だものね。簡単な調理器具なんかもあるといいかも。
どれにしようかな? 魔の森なら誰にも見られないだろうし、少々派手なものでもいいかも。王宮では国から支給されたものを命じられたまま使うだけで、買い物なんてしたことなかった。買い物って、見ているだけでも楽しいのね。なんだかわくわくしてしまう。
気になったものを手に取りながらじっくり見ていると、雑貨屋さんの店主が客と話しているのが聞こえた。
「あのさ、安眠できる特製ポーション、ここで買えないか?」
「ないよ。あったとしても、王族が独占してるって話だから、簡単に手に入らない」
「そんなこと知ってるよ。でもなんとかして入手できないか?」
「無理だって。あきらめな」
「なんだよ、冷たいな。客が相談してるのに、その態度はないだろ?」
「ポーションがあったらオレが使いたいよ。何日もまともに寝てないからな」
「オレもだよ。ちきしょう、寝れないのは、すべては勇者のせいだよ。アイツが魔王を倒したからだ。魔王の呪い『赤い月』が夜空に浮かぶようになってしまった」
「赤い月が夜空に輝く限り、俺たちは魔王の呪いでまともに寝れない。勇者が魔王を倒さなければ、赤い月なんて現れなかったのに」
「そうだ、そうだ。寝れなくて辛いのは全部勇者が悪いんだ!」
近くにいた他の客も交じり、全員が勇者を責め、激しい憎悪をぶつけている。
カーラリア王国の人々は、魔王を倒した勇者を恨み、憎んでいる。
人間を支配下に置き、世界を手に入れようと企んだ悪しき魔王を倒した勇者は、本来なら英雄として感謝され、尊敬される存在のはずだ。
だが勇者に打ち倒された魔王は、最後の力をふり絞って恐ろしい呪いを遺していった。それが夜空に浮かぶ赤い月、眠れなくなる呪いだ。血のような赤い月が消えない限り、眠れない呪いはこの世からなくならないといわれている。
必死に魔王と戦った勇者が悪いわけではない。死ぬ前に眠れなくなる呪いを遺したした魔王が悪いのであって、勇者に責任があるわけでもない。
カーラリア王国の人々だって、本当は勇者が悪いわけではないとわかっていると思う。けれど眠れない辛さや苛立ちをぶつけられる存在が他にいないのだ。魔王はすでにこの世にいないのだから。
魔王を倒したことで感謝されるどころか、人々から憎悪をぶつけられるようになった勇者は、いずこかに姿を消してしまったそうだ。偉業を成し遂げたのに、人々に憎まれる勇者。正直気の毒だと思う。私にはどうすることもできないけれど、せめて私だけは勇者を憎むような発言はしないようにしたい。
だってきっと勇者も、眠れない呪いのせいで今もどこかで苦しんでいるだろうから……。
「聖女っていっても、つくつぐ無力よね……」
店の中にいる人に聞こえないよう、小声でぽそりと呟いた。
王宮では添い寝聖女として頑張っていたけれど、王宮の外に出れば私にできることは限られている。自分の力を誇示したいわけではないけれど、能力が足りないのも悔しい。どうにかして自分の魔力を高められるといいんだけどな。
勇者への罵詈雑言を聞きたくなかった私は必要な荷物を手早く購入して、雑貨屋を出ていった。




