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眠れる森で会いましょう~眠れないあなたに安らぎの夜を。もふもふ神獣とちびかわな妖精を添えて~  作者: 蒼真まこ


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不眠の勇者

「俺はここを去る。短い間だったが世話になった」


 ゾッとするほど冷たい声で、カイエンは別れの言葉を私たちに伝えた。慌てて逞しい背中を掴もうとしたけれど、するりと身を躱されてしまった。


「待って、カイエン。話をさせて」

「話すことなど何もない。さらばだ」


 さらばという短い言葉を告げた次の瞬間には、カイエンは風のように駆けていってしまった。


「カイエン、待ってってば!」


 慌ててカイエンを追いかけようとしたけれど、すてんと転んでしまった。三日間気を失っていたせいか、体力が落ちていたみたいだ。


『ヒーナ、我の背に乗れ。カイエンに勝てるかどうかはわからんが、我も足の速さには自信がある』

「ありがとう、リール。お願いします!」


 リールが屈んでくれたので、その背によじ登った。


『振り落とされるよう、しっかり掴まっていてくれ。かなり早く走らねばカイエンに追いつかん』

「わかった。しっかり掴まってるね!」

『あたしもついてく!』


 リンゼは私の胸元に滑りこみ、一緒に行くと言い出した。


『あたしもあの人のこと、心配だもん。友だちだから』


 私もリンゼと同じ気持ちだ。どうしてこれまで気づかなかったんだろう。

 あの人が魔王を倒した勇者カイエンだってことに。


 勇者カイエンはたったひとりで魔王を倒した。ところが魔王はこの世に生きるすべての存在を恨み、眠れない呪いを残した。眠れなくなった人々は苦しみのあまり、勇者カイエンを憎むようになってしまった。


『眠れなくなったのは、勇者が魔王を倒したからだ』


 アイルのお父さんのように、すべての人間がカイエンを憎んでいたわけではないと思う。眠りたいのに眠れない苦しみは、人間の正常な感覚を奪い、感情を制御できなくなってしまう。シェルタ村の雑貨屋で勇者を罵倒していた人々のように。

 魔王を倒した英雄として人々や国から賞賛されるはずだったカイエン。それが憎まれるようになって、どれだけ苦しかったことだろう。


「もっと早くカイエンの正体に気づいていたら、優しくできたかもしれないのに」


 最初に出会った頃、カイエンは自らの名前を教えてくれなかった。

 それは自分が勇者カイエンであると悟られたくなかったからだろう。

 勇者ではなく、一人の人間として私たちと接していたかったのだと思う。


『優しくしてほしかったわけではないと思うぞ。カイエンは聖女ヒーナによる眠りの手伝いをしたかったのだ。だからこそあれほど懸命に魔石や魔法花を探してきてくれたのだ。魔王が残した赤い月の影響を少しでも消し去りたかったのだろう』


 私とカイエンが出会ったのは、もしかしたら偶然ではなかったのかもしれない。

 運命なんて言葉は簡単に使いたくないけれど、あの人の苦悩を少しでも和らげることができるのは、きっと私だけだろうから……。


『カイエンの光があっちから感じるわ! あたしね、あの人にあたしの光の鱗粉をこっそりつけておいたの。だからわかるの!』

「すごいわ、リンゼ! よく思いついたわね」

「えへん、すごいでしょ。カイエンって顔がキレイだから、あたしのものよって仲間に伝えたかったの』


 カイエンを自分のものアピールするためリンゼのおかげで、カイエンの走っていった方向がわかった。


「リール、きっとあと少しよ。カイエンに追いつくまで頑張って!」

『逃がしはせぬ。我とてカイエンに伝えたいことがるのだから』


 それぞれの思惑は違うけれど、カイエンの身を案じる気持ちは同じだった。

 どうかあの人にもう一度会えますように!

 リールの駆ける速度が増し、ついにカイエンの逞しい背中が見えてきた。


『このまま一気に走りこみ、飛び乗って動きを抑える。危険だから口を閉じていろ!』

「はい!」


 近くの木に飛び乗ったリールは、そこで勢いをつけて一気にジャンプした。

 カイエンが後ろを振り返った瞬間には、リールの巨体はカイエンに飛び乗っていた。受け身をとる時間さえなかったカイエンは、その場で倒れてしまった。


「なんで追いかけてきたんだ……このまま行かせてくれ……」


 カイエンは顔を手で隠しながら囁いた。まるで嘆いているみたいだ。


「あなたと話をするためよ、カイエン」

「勇者の成れの果てである俺と話して何の価値がある?」

「あなたが勇者かどうかなんて関係ない! 私はカイエンと話したいの」


 カイエンは手で隠したまま、何も答えようとしない。彼が何を考えているのかはわからない。


『我とリンゼは下がっているから、まずは二人で話すがいい』

「ありがとう、リール、リンゼ」


 リールがリンゼを伴い、少し離れた場所で私たちを見守ってくれることになった。

 

「お願い、少しだけ話をさせて。私はまだカイエンに伝えてないことがあるの」

「……わかった」


 身を起こしたカイエンは、両膝を立て、長い脚を両手で抱えるようにして座った。その座り方が小さな子どもみたいで、心が絞めつけられる気がした。


「私ね、あなたと最初に出会ったとき、眠れない辛さを誰より知ってるって話したこと、覚えてる?」

「ああ……」

「信じてくれるかどうかわからないけれど、私は前世のことを覚えているの。正確には王宮から追放された時の衝撃で思い出したんだけど」

「前世……? 生まれ変わりってやつか?」

「ええ。そのことを話してもいい?」

「……好きにしろ」

「ありがとう。私ね、前世で仕事を頑張っていて、叶えたかった夢があったの。でもそれは結局叶わなかった……。あげく私がしてないことで低評価をつけられて、職場の人たちに身勝手な悪口ばかり言われてた。だから眠れなくなったの。寝ようとすると、私の悪口やあざ笑う声が頭に響いてくるんだもの」


 カイエンは無言で聞いている。否定しないということは、続きを話してもいいという意味だと思った。


「そして私は事故で死んで、この世界のヒーナとして転生した。前世のことを思い出してから、ずっと私は疑問に思っていた。なぜ私が『眠りの聖女』として生まれ変わったのか。理由は二つあると思ったの」


 カイエンは何も答えない。ただ静かに聞いてくれている。


「ひとつは眠れない人や魔物たちを私の魔力で眠らせてあげるため。そしてもうひとつは勇者カイエン、あなたと出会うためよ」

「俺と出会うため、だと?」

「ええ。カイエンの心を救えるのはきっと私だけだから」

「俺は誰の救いも求めてない。そんな資格は俺にはない」

「いいえ。あなたは誰よりすごいことを成し遂げたのよ。たったひとりで悪しき魔王を打ち倒したもの。仲間を連れて行かなかったのは、犠牲者を誰も出したくなかったからでしょ? 誰より優しくて強いカイエン。あなたは素晴らしい人だわ」

「……やめろ。俺は素晴らしい人なんかじゃない。俺が魔王を倒したせいで、呪いの赤い月が毎夜輝くようになったんだ。人々や魔物が眠れないのは俺のせいだ」

「いいえ。あなたの責任じゃない。あなたは少しも、これっぽっちも悪くないわ」


 カイエンが抱えている膝がかすかに震えているように感じるのは、きっと気のせいではないと思う。


「俺は、俺だけは魔王の呪いを受けてない。赤い月を見ても、寝ようと思えば寝られるからだ。だが眠れないんだ……。俺を責める人々の声が頭に響いて、どれだけ疲れていても眠れない。俺はきっと永遠に眠れないだろう……」


 カイエンの苦しみが痛いほど理解できた。前世の私とカイエン。立場も境遇も違うから、一緒にしたらカイエンに失礼かもしれない。でも私だけはカイエンの気持ちを受け止めてあげられると思う。

 カイエンにどうしても伝えたかったメッセージを伝えるため、私は両手を開いてカイエンに向けて微笑んだ。


「勇者カイエン、眠りの聖女ヒーナがあなたを眠らせてあげる。ううん、お願いだから眠ってほしい……私のところへ来て……」


 涙がこぼれそうになるのを必死に堪えて、カイエンに最後のお願いをする。

 今ここで泣いたら駄目。私が泣いたら、優しいカイエンはきっと自分を責めてしまうもの。泣く力もすべてカイエンのために使いたい。


「俺は眠ってもいいのか……? 魔王を倒した俺に許されるのか……?」

「聖女ヒーナがあなたを許します。あなたは誰よりも強く、素晴らしい人よ」


 笑顔で告げた瞬間、私はカイエンに強く抱きしめられていた。


「なんでアンタはそんなこと言えるんだ……俺が、俺自身を許せないのに……」

「だって知ってるもの。あなたはちょっと口が悪くて不愛想だけれど、本当はとても優しい人だって」

「口が悪くて無愛想な俺でも、アンタの、ヒーナのそばにいてもいいか?」

「うん、そばにいて。私を守ってちょうだい」

「わかった。俺は眠りの聖女ヒーナを永遠に守る。何があろうと絶対だ」

「ありがとう。その前に少し眠ろうか……?」

「ああ、頼む……」

「私の膝に頭を乗せてくれる?」


 カイエンは私の言葉に従ってくれた。私の膝の上に、カイエンの端整な顔が乗っていて、不謹慎にもちょっとドキドキしてしまう。


「眠りの聖女ヒーナが勇者カイエンのために心を込めて唱えます。『夢眠の魔法陣』」


 金色の光が魔法陣を描き出し、私とカイエンを温かく包み込む。

 ありったけの魔力を込めているけれど、三日間気を失っていた私の体力が残っているのかわからない。また倒れてもいいからカイエンを眠らせてあげたい。


『ヒーナ、あたしも手伝わせて』


 いつの間にか、妖精のリンゼが私の左脇に飛んでいた。くるくると舞いながら、カイエンのために子守歌を歌ってくれる。


『我も力添えできると思うぞ。体を預けろ、ヒーナ。そうすれば我の魔力を少し使うことができる』


 二人の思いは、きっとカイエンにも届いてると思う。だってカイエンが微笑んでいるのがわかるもの。


「ありがとう……ヒーナ……」


 カイエンから静かな寝息が聞こえてきた。夢見るように、幸せそうに、私の膝で眠り始めたカイエン。ああ、よかった。カイエンを眠らせてあげることができた。


「おやすみなさい、勇者カイエン」


 ずっと苦しみ続けたあなたに安らぎの眠りを。

 もふもふ神獣と、ちびかわな妖精を添えて、ぐっすり眠ってね。

 

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