3話(私が旦那様に惹かれた理由)
教会に着くといきなり司教様がお呼びだという。
「いやー着いて早々済まない。実はあの有名な作家のロッキーニ氏が直々に新しい作品の挿絵を君に頼みたいと言ってきたんだが受けてはくれないか?」
それを聞いた私は思わず驚き、素頓狂な声を出してしまった。
「はあぁっ? 私にですか」
「そうなんだよ。確か君が先月任された植物誌の挿絵、あれを見て気に入ったと仰ったんだ」
「是非、やらせてください」
私はこんなチャンスはないと、喜んで引き受けることにした。
「それからこれ、先月分の礼金だ。少しいつもより多めに入っている。期待しているよ」
「あ、ありがとうございます。できる限り頑張らせていただきます」
そう言って一礼してから部屋を出て、早速仕事に取り掛かった。
なんて幸せなのかしらと少し浮かれてしまった。
『あー憧れのクリスティーヌ・ド・ピザン先生、貴女のおかげです。ありがとうございます』
そう心の中で叫んでいた。
あのジャンヌ・ダルクと同じ時代を生きた自立した女性。
先生は二十代で最愛の夫を亡くし、後ろ盾を失いながらも、三人の子供と母を養うために筆一本で運命を切り拓いた女性。
ヨーロッパ史上初の『職業的女流作家』と言われる女性だ。
彼女は『婦人の街』という作品において、女性に向けられた不当な偏見に真っ向から異を唱えた人物でもあった。
私も頑張って、この仕事で旦那様を支えるわ。だって旦那様は侯爵家のご出身でも嫡男ではないから身分は平民になってしまう。それでも世間での階級は貴族だからそれなりに対面を保つためにお金はかかる。使用人たちのお給料もあるから正直、王宮からの手当てだけでは足りないはず。
『さあ、私も旦那様を支えるため頑張るわ。だってアラン様は私の憧れの人だから』
そう、初めて舞踏会でアラン様をお見かけした時からずっと私の憧れの人。
彼のあの冷たい瞳がとっても素敵! 周りは『氷の令息』というけれど、私はそこに惹かれてしまう。だって私の家族は男のくせに皆お喋りだから寡黙なアラン様は私の周りにはいないタイプの方なの。
アラン様との婚姻の話が持ち上がったとき、私はどれほど神様と、その話を持ってきてくださったお父様に感謝したことか。
そんな昔の話を思い出しているうちに、すっかり外も暗くなってしまったわ。そろそろ帰るといたしましょう。
お屋敷に着くとちょうど執事のエリックさんが出迎えてくれた。
「おかえりなさいませ。奥様。すぐにお夕食にいたしますか?」
「ただいま帰りました。それよりお話があるの」
そう言って、エリックさんの執務室に入った。
「エリックさんこれ、いつもの教会からの礼金です」
「奥様、ご苦労様です。おや? いつもより多くはないですか」
そう言われ、私は今日いただいた仕事の話を打ち明けたらとても驚いた顔をした。
「すごいことではないですか」
そう言って一緒に喜んでくれた。
「エリックさん、いつも通り、この礼金と新しくいただいた仕事の話は旦那様には内緒よ」
「でも奥様、そろそろお話しなさってもよろしいのではありませんか?」
「だめよ、いつも言っているでしょう? 殿方のプライドを傷つけたくはないの。だからお願いね」
エリックさんは大きなため息を吐いた。
「承知しました」
「ではお食事にしようかしら。お腹が空いてしまったわ。着替えは後にします」
「はい、もう支度はできていますので食堂にお越しください」
食堂に入るとお義姉様が先に食事をなさっていた。
「お義姉様、ただいま戻りました」
「あー今帰ったのね」
私は椅子に座って食事が運ばれるのを待っていたがその間に、心配していた件を聞くことにした。
「お義姉様、そういえばリチャード様のこと、気になっていたのですが大丈夫だったのですか?」
「あなたね、人の心配している暇はないでしょう?」
「え? 別に私はいつもと変わりませんが」
「その感覚が一番問題だわ」
そう言って食堂を出て行ってしまった。
私は、たまにおそばで旦那様のお顔を見られるだけで満足だからいいのだけれど。




