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準備と初恋と


 エリクシア10歳は来たるべき日に備える。



 まずは使用人から家事を学んだのだ。

 掃除、洗濯、料理について学ぶ様子に家族も使用人も微笑ましく見ていた。そして母からは刺繍、茶の淹れ方など貴族の令嬢として困らない作法を学んだ。

 そして月日が流れ、エリクシアは家族や使用人に対して素直で優しい女性となり、家事も作法もほぼ完璧な令嬢が5年後には出来上がっていたのだった。


 そして高等部に入学し恋をした。

 1つ年上の騎士科に在籍する男だった。辺境伯の三男である彼は3年間辺境から離れたエリクシアの住む街の学園に在籍していた。逞しい体格で顔は他者から見たら怖いと言われる彼はよく見ると整った顔をしているが目力のある眼差し、190センチはあるだろう大男を前にすると貴族科に在籍する生徒達からすると男女問わず目を逸らす存在であった。貴族科の女子生徒の憧れは王子様の様な洗練されたマナーとキラキラした雰囲気であったから。



 大男と初めて会ったのは学園の中庭だった。放課後、友人との待ち合わせに遅れそうになり急ぐエリクシアは突然大きな壁にぶつかってしまった。


 ドン、バラバラバラバラ……。

「すいません」


 尻餅をつくエリクシアに大きな手が伸びる。

「大丈夫か?」

「はい……。」

 その大きな手を掴むエリクシアだった。


「君の大切なオヤツが……」


 地面にはクッキーが転がる。落ちた衝撃で殆どが割れてしまっていた。

「あら……これでは友達にあげられないわね」

 落ちたクッキーを拾いふーふーと息を吹きかけ砂を吹き飛ばして食べるエリクシア。


「おい、君……」

「ん?だって勿体無いわ。まあ、クッキーは次回のお楽しみにしてもらいましょう」


「そうか……すまないな」

 大きな男は屈み自分も地面から割れたクッキーを取りエリクシアと同じように砂を落とし食べるのだった。


「あの……騎士様……お腹壊しますわ」

「ん?君も同じだ」

「ふふっ。たしかに同じですわね」


 エリクシアはハンカチを取り出して落ちたクッキーを拾いハンカチに包む。

「あら……カゴに引っかかってしまったのかしら」

「ん?」

「ボタンがほつれてしまいましたね」

「いや……これは前からで」


 男は寮に住んでいるため。綻びたボタンを直してくれる使用人はいない。寮母に頼むのも気が引けて、言い出せぬまま現在へ至る。


「でも、カゴに引っ掛けた可能もありますわ。貸してください」

「ん?何を?」

「制服ですよ。この後、何か予定はありますか」

「いや、寮に戻るだけだが……」


「あの……ちょっと待ってて下さい。友人達に事情を話してきますので」


 急ぎ立ち去るエリクシアに男は、再び戻る事はないだろうと思い立ち去ろうとする。しかし仮に戻ってきた時に自分がいなかったらと思うと立ち去る事ができなかった。結果、男は門限まで待ち来なかったら諦めようと決めて噴水の近くのベンチに座る。

 噴水の水は午後の陽射しを受けキラキラと輝いていた。カバンから小説を出し読み始める。


 数ページ進むも内容は頭に入ってこない。そう男は可愛らしいエリクシアの事が気になっていたのだった。


「確か……あの制服の色は貴族科だな。ここへも戻らないだろうな」

 男は貴族科が騎士科に向ける視線を知っていた。騎士科には平民も通う、そして将来は前線で戦う騎士を目指す男が多いから。貴族の令嬢は前線で戦う騎士よりも王族の側にいる近衛に憧れを持っている事を知っていたから。貴族科にも剣術などの授業はあるが主に貴族の息子らが将来、近衛騎士団に入る為のものだ。見目の良さと地位の高い生徒のみだ。この男も身分は高いが騎士科の方がより実践に近い授業が受けられる為に騎士科を選択していた。卒業後は兄達のサポートとして辺境に戻るつもりだったから。


「しかし、可愛らしい令嬢だったな」


 頭に入らない小説を閉じ噴水を眺める。そこに1人の男が声をかける。

「おい。フランドル何してるのだ?」

 声を掛ける男はクラスメイトで親友のランチェスだった。男爵の三男のランチェスもまた、将来は家督を継ぐ事はない為騎士科を選択し、卒業後はフランドルの故郷の辺境伯の騎士団に入団したいと考えている男だった。彼には同い年の恋人がいた。その彼女は平民であり学園には通ってはいないが放課後は市井に行きデートをし仲睦まじいカップルだった。

「あぁ、ちょっとな。ランチェスはこれから市井に?」

「あぁ、デートだ。フランドルにも誰か紹介するように頼もうか?まぁ、平民だけどね」

「いや、大丈夫だ」

「そうか、誰か紹介して欲しかったら言ってね。市井では近衛より前線の騎士の方が人気だよ」


 その時、1人の令嬢が近づいてくる。

「あの……はぁはぁ……お待たせしてすいません」

「ん?その制服の色は……貴族科?フランドル?どうして貴族科の令嬢と?しかも……君は……」

「ランチェス?彼女を知っているのか?」

「あ……令嬢……ちょっと待ってね」



 ランチェスはフランドルと共に少し令嬢から離れる。

「フランドル……お前……いつの間にエリクシアちゃんと?」

「ん?エリクシア?彼女の名前か」

「そうだよ。エリクシア・バーキンだよ。前に言ったろ孤児だった彼女を養子にした公爵家だよ。貴族の間では夢物語として語られる位の仲良し家族だよ」

「そうか……バーキン公爵家か」


「実際に見るとさ……可愛いな。家族から可愛いがられて当然だよ。しかし、どうやって知り合いに」

「彼女とぶつかってしまい……それでだな……」


「あの、お邪魔でしたら……私はここで」

「いや、大丈夫だよ。エリクシアちゃん」

「私の名前をご存知で」

「あぁ、ランチェス・ユーグリアです」

「あら、あの輸入雑貨の可愛いお店の?」

「知ってるの?」

「はい、私もあのお店のファンなんです」

「ありがとうね。でも殆どが平民向けだよ」

「あら、可愛いに貴族も平民もないですわ」

「エリクシアちゃん、この男はこう見えても優しい男でね、見た目は厳ついが……そう……オススメだよ」

「ふふっ、楽しい方ね。ランチェス様」


「ありがとう、では僕はデートがあるので」


 そう言いランチェスは2人の元を去る。

「ふふっ、楽しい方ね」

「ああ、いい奴なんだよ。…………君は来ないかと思っていた」

「何故ですか?」

「その……貴族科からは騎士科の男は野蛮な男として遠巻きにされているから、君がここで私と話しているのを見られたら君まで何を言われるか」

「気遣いありがとうございます。でも大丈夫ですわ」

「自己紹介がまだだったな……フランドル・ヒューミットだ。辺境から来た」

「ヒューミット家と言えば代々騎士の家系で国の平和の為に戦う国境の守り神」

「守り神?そんな大それた事はしていない」

「そう?私は家族から、そう教わっていますわ。こうしてお話が出来たと知ったら家族も羨ましがるでしょうね」


「…………初めて言われてた。ありがとう、私の家族にもこの話をしたら喜ぶだろう」



「そうだ、忘れる所でした。制服を貸してくださる?」

「何をするのだ?」

「ボタンを直すのよ」


 カバンから裁縫セットを取り出すエリクシア。


「本当にいいのか?」

「はい、ちなみにこの裁縫セットはランチェス様の商会で購入したのよ」


「ありがとう……あのその……」

「私はエリクシア・バーキンですわ。エリクシアと」

「エリクシア嬢……よろしく頼む」


 制服を脱ぎエリクシアに渡す。エリクシアはボタンを1度取り止め直す。その様子を見つめるフランドルであった。

「ん?こっちも取れそうね」

「あ……いや」

「ついでですわ」

「それならば、先程の落としたクッキーはあるか?」

「ありますが……」

「それを食べたい」

「落としたクッキーですよ」

「先程も食べたが問題ない。むしろ美味かった。このまま持ち帰り自分で食べるのだろう?」

「う……」

「良ければ私に貰えないか?」

「…………わかりました。私の手作りで申し訳ないです」

「いただくよ」

「それならば、このお茶もどうぞ」

「何から何まで……すまない」


 この事がきっかけでエリクシアとフランドルは少しずつ交流を深めていく事になった。


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